9 仲間に入ろう
そっと扉を開け、真っ暗な部屋に一歩踏み出したベルクの顔面に拳が突き刺さり、後ろの男を巻き込みながら廊下の壁まで吹っ飛んだ。
「次は当てるって言ったわよね?」
ベルクが意識を失う前に見たのは、ポニーテールの女の影だった。
グランが槍を短く持ち、女に向かって鋭い突きを放つ。女はそれを半身になって躱し、グランの懐に素早く踏み込んで鳩尾に肘を叩き込む。「ぐぅっ!」と呻き声をあげたグランはその場に膝から崩れ落ちた。
グランの後ろから続いて部屋に入って来ようとした男たちは、扉の陰から現れた銀髪の男に首根っこを掴まれ、まとめて廊下に投げられる。コンパクトな蹴りが男たちの側頭部を捉え、意識が刈り取られる。
廊下で待機していた襲撃者たちは、重なるように倒れるベルクたちを見て後退った。自分たちの背中にいつの間にか迫っていた、髪をツンツン立てた男には気付いていなかった。
銀髪とツンツン髪に挟まれた襲撃者たちは、その威圧感に武器を落とし、その場に膝をついて両手を挙げた。降伏である。
「なによ。全然歯応えがないわねっ!」
モニカの言葉に、アレスとヒューイが苦笑いする。確かに、襲撃が始まって制圧するまで一分ほどしかかかっていなかった。
それから程なくして、街の警護兵たちがリシリーの宿に集まり、部屋と廊下でのびている九人と裏口で同じくのびている三人を縛り上げ、馬が牽く荷馬車の荷台に乗せて警護所に連行していった。
アレスは『血風の狼団』のことを調べ、リーダーのベルクの性格から襲撃の可能性を予測していた。リシリーの宿で借りた部屋はそのまま、少し離れた別の宿にも部屋を借り、アイナと、その護衛にネネを置いてきていた。ネネの攻撃魔術は街中でぶっ放すと罪に問われる可能性が高いので。
というわけで、アレスとモニカはリシリーの宿の部屋で待ち、ヒューイは外を警戒していたのである。そこにまんまとベルクたちが来たのであった。
この時点ではアレスたちも知らなかったが、ベルクは宿に勤める女性を殺していた。後に奪った鍵と雇った男たちの証言から殺人の罪が確定し処刑されることになる。グランはベルクと共謀したが手は下していなかったため、鉱山で十年の強制労働となった。雇われた荒くれ者たちは前科によって半年~二年の強制労働になった。彼らは全くもって雇われ損である。なにせまだ金も受け取っていない上、アレスたちにボコボコにされただけだったのだから。
こうして『血風の狼団』は悪名だけを残して消え去った。唯一リリアだけは、アイナを見かけた直後に姿をくらましていた。保身に長けた直感によるものだったが、リリアにとってはベルク達の元を離れたのは良い判断だったと言えよう。
* * * * * * * *
窓から差し込む光にアイナが目を覚ます。先程までネネが同じベッドでアイナを抱き枕にして寝ていたが、それを見たモニカに強引に引き剝がされていた。アイナはそんな騒動には気付かずぐっすり眠っていた。
アイナにとって、ベッドで眠るなんて久しぶりのことだった。途中で無理矢理起こされることもなく自然に目が覚めたのも久しぶりだった。
半身を起こして部屋を見回すと、すでに整えられたベッドには誰もいなかった。キュイックもいない。アイナは慌ててベッドから飛び出す。もしかして、彼らに置いて行かれたのでは!?
寝室の扉を開けると、アレスたち四人はテーブルについてコーヒーを飲んでいた。テーブルの上ではキュイックが皿から何やら食べていた。
「お、起きたか。おはよう」「アイナ、おはよ」「おはよー」「おはー」「キュイ!」
『銀獅子団』の四人とキュイックがそこにいることに安堵して、アイナの瞳に涙が浮かぶ。
「う、ひぐぅ……おはようございます」
涙を拭いながら挨拶をするアイナの姿に四人は慌てた。
「ど、どうした? どこか痛いのか!?」
「怖い夢でも見たの!?」
ヒューイとモニカがアイナの傍に膝をついて尋ねる。アレスとネネも心配そうにアイナの顔を覗き込む。
「いいえ……その、置いて行かれたかと思って……」
アイナの言葉に驚いた四人は互いに目を合わせた。ネネがアイナの頭を撫でながら口を開く。
「置いて行くわけない。仲間なんだから」
そう言ってアイナの手を引っ張りテーブルに着かせる。座ったアイナの太腿にキュイックが飛び乗った。
アイナは赤い目をしながら、それぞれテーブルに着いた四人の顔を改めて見た。四人とも笑顔だが、少し疲れたような顔をしている。
実のところ、アレス、ヒューイ、モニカの三人は明け方近くまで警護所で事情聴取を受けていた。彼らは被害者なのだが、圧倒的戦力差のため客観的に被害者に見えなかったせいでこってり絞られたのだった。最終的に高名な冒険者パーティ『銀獅子団』であることを明かしてようやく解放された次第である。
戦闘より事情聴取に疲れ切って宿に戻った三人が見たのは、アイナを抱き枕にしてスヤスヤと眠っているネネの姿だった。
アイナを起こさないようにそっとネネを引き離し、別室に連れて行って寝惚けたネネを正座させたモニカは、日が昇るまでお説教を続けた。結局三人は一睡も出来ず、お説教を喰らい続けたネネもダメージを受けていた。
アイナが目覚めたときに他のベッドが整えられていたのは、誰も使っていないからであった。ちなみにキュイックはアイナの枕元で寝ていたが、ネネを連行したモニカに興味をひかれてついて行っていた。
「えっと……みなさん、なんか疲れてません?」
「ははは」
アイナの問いにアレスの乾いた笑い声が返って来た。アイナの頭に「?」が浮かぶ。
「気にしないでくれ。アイナ、話の前に一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
アイナは「はい」と頷く。
「これは夕べ四人で決めたことなんだけど、アイナ、君を正式に『銀獅子団』のパーティに加えたいんだ。でも、仲間になるかどうかはアイナが決めることだ。嫌ならもちろん断っていい。どうかな?」
アイナはアレス、ヒューイ、モニカ、ネネの顔を順番に見た。みんな優しい顔をしているが目が血走っていた。単に寝不足だった。アイナはごくりと唾を飲み込んで答える。
「断るなんてそんな……でも、私戦闘力ゼロですし、荷物持ちとか雑用しか出来ないですけど、仲間に入れていただいていいんでしょうか……?」
アイナの言葉に、四人が止めていた息をふぅーっと吐き出した。アイナがパーティ入りを断るんじゃないかと気が気でならなかったのだ。
「いいに決まってるじゃないっ! もう、アイナったら心配性ねぇ」
「おうよ! それに荷物持ちなんかさせる気はねーからな」
「ん。自分の荷物は自分で持つ。て言うか私の空間魔法でみんなの荷物を運んでるから心配ない」
「えぇ? えと、それじゃ私はパーティで何をすればいいんでしょう……?」
「うん、それについては今からする話を聞いてから、追々決めて行けばいい。それじゃ、アイナを正式に『銀獅子団』の一員に加えることにする。異論はないな?」
四人の期待を込めた視線がアイナに集まる。
「は、はい。これからよろしくお願いします!」
アイナは立ち上がってぺこりと礼をした。キュイックが慌ててテーブルに飛び移った。
再び座ったアイナに、アレスの口から『血風の狼団』の襲撃とその顛末、さらに女の姿がなかったことが伝えられた。ついでにネネがアイナを抱き枕にしていたこと、それに腹を立てたモニカがさっきまでお説教していたこともバラされた。
そして、アイナが持つと思われる二つの属性については、色々バラされて涙目のネネが説明することになった。
聖属性と闇属性を持つ者は珍しく、二つ同時持ちは奇跡に近いこと、悪い人間がアイナを利用する可能性や、アイナ自身が危険な存在に成り得ることを分かりやすく話した。
「それで俺たちとしては、アイナを守りながら、アイナが間違った道に進まないよう手ほどきするには、パーティに加えるのが一番じゃないかって結論に達したんだ」
「そうそう! だからアイナは、難しいことは考えずにドーンと構えときゃいいのよ!」
「そうだな! 危ないことやややこしいことは俺たちに任せろってんだ」
「ん。色々と教えてあげる」
四人の優しさと熱い気持ちに、再びアイナの瞳に涙が浮かぶ。
「みなさん、ありがとうございます!」
アイナが立ち上がって再びぺこりと礼をする。アイナの頭の上に移動していたキュイックはバランスを上手く取りながら「キュイっ!」と鳴いた。
「よーし! そうと決まれば明日の朝、王都に向けて出発だな。みんな準備しておいてくれ!」
こうして『銀獅子団』は、一人の新たなメンバーと一匹のマスコットを正式に迎え入れることになった。
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