8 聖と闇
「アイナっ! よせっ!」
アレスはアイナの前に跪き、その小さな身体を抱きしめた。アレスのただならぬ雰囲気に『銀獅子団』の三人はアイナとアレスを守るように陣形を整える。
突然抱きしめられたアイナはびっくりして我に返った。その両目からは涙が溢れていたが、怒りは霧散していた。
「あ、アレスさん……?」
「ああ、すまない。落ち着いたかい?」
アレスはアイナの頬を両手で挟み、その身体に異常がないか『心眼』で確認する。闇の翼は消えていた。
「おいおいっ! 何の茶番だよ? いい加減そのガキをこっちに――」
ベルクは最後まで言えなかった。気が付けばモニカの拳が鼻先に突きつけられ、その風圧で後ろによろめいていた。
「その汚い口を閉じなさい。次は当てるわよ?」
モニカの後ろにはいつの間にかヒューイが控え、油断なくグランを見据えていた。そこにネネが歩み寄り口を開く。
「理由を問わず、危険な場所に奴隷を半日以上放置した場合はその所有権を放棄したものと見做す。労働奴隷契約法第三十八条第四項。
危険な場所とは、紛争地帯、被災地、ダンジョンその他一般的に危険と認識されている場所を指す。同条補足第二項。だからアイナはあなたたちのものじゃない。アイナは自由」
暇さえあれば本を読んでいるネネは、一度読むとその内容を完璧に記憶する。スキル『叡智』の能力である。主に読むのは魔法関係の本だが、箸休めに恋愛小説、哲学、歴史、法律も嗜む。
風呂に浸かっている時、十五歳の時に読んだ「労働奴隷の人権と契約の問題点」という本の内容を思い出していた。十五歳の女の子が読むような本ではないが、その知識が役立つ時が来たのだった。
リリアは今が引き際だと悟った。本当は最初から絡まないのが一番だったが、ここで引かなければ事態は悪化する一方だ。
「ほら、あの子も無事だったんだし、良かったじゃない! ね? もう行きましょ?」
そう言いながら、リリアはベルクとグランの腕を取る。
「あ? お前なに言って――」
「いいからっ! 行くのよっ!」
リリアはベルクの言葉を遮り、強引に二人を引っ張る。「ちっ!」と舌打ちして、ベルクはアイナの方を振り返って睨み付ける。何度も振り返ってガンを飛ばしながら『血風の狼団』の三人はその場から去って行った。
彼ら三人は知らなかった。アレスがアイナを止めなければ、その存在が消し去られていたことを。それはアイナ自身も知らないことだった。
* * * * * * * *
「聖属性と闇属性だって!?」
ヒューイが上ずった声をあげた。
ここは宿屋の一室。アレスが出来るリーダーの資質を遺憾なく発揮してアイナの好物が食べられる美味しい食事処に向かったのだが、『血風の狼団』のせいで夕食の雰囲気は散々だった。アイナの表情は曇り、それを気遣ったアレスたちの会話も弾まなかった。帰り道に肩を落とす憐れなアレスをヒューイが肩を叩いて慰めていた。
そして元気がないアイナをモニカとネネが寝かしつけ、『銀獅子団』の三人はアレスが『心眼』で「視た」オーラの話を聞いた。それをネネが「聖属性と闇属性の混合かも知れない」と呟き、ヒューイが声をあげたという訳だ。
「ヒューイ、声が大きいっ! アイナが起きちゃうでしょ?」
モニカが窘めるとヒューイは「あ、ごめん」と素直に謝る。しかし、ヒューイが驚きの声をあげるのも仕方のないことだった。
『火・水・土・風・雷・命・光・聖・闇』
世界を構成すると言われている九つの属性。普通は一つだが、複数の属性持ちもいない訳ではない。現にネネなどは五つの属性を持っている。
ただし、『聖属性』や『闇属性』を持つ人間は、その存在自体が稀だった。『聖属性』を持つ者は聖職者にたまにいると聞く。一方で『闇属性』は存在が確認されているだけで、どのような属性なのかもよく知られていない。そんな珍しい属性を二つ持っている者など聞いたことがなかった。
アレスは一度だけ『闇属性』持ちと闘ったことがある。彼は六年前のその闘いでかろうじて勝利したものの、引き換えに視力を失った。
その闘いで見た「闇の翼」が、スキルで「視た」アイナの闇の翼と似ていた。しかし、過去に自分の目で見た翼と『心眼』で視た翼が同じかどうか断言はできない。
「恐らく『献身』が聖属性で『拒絶』が闇属性ってこと」
ネネが己の知識に照らし合わせて推測を口にするが、それは正解だった。
「アイナの原初スキルは、まだレベルアップしていない。もしレベルが上がったら、どんな能力を発揮するか、どんな派生スキルが発現するか分からない」
「それは、アイナが『危険』だって言いたいの?」
アレスの言葉にモニカが突っかかる。
「だけど、普通に生活してたらレベルなんて上がらないよな?」
ヒューイの発言は正しい。スキルのレベルアップや派生スキルの発現には「スキル解放」が必要で、それは普通の生活を営む人々には縁のないことだった。
「ヒューイの言う通りだ。しかし、誰かがアイナのスキルに気付いたら? それが良からぬ人間だったらどうだろう?」
アレスの問いに、三人は先程の『血風の狼団』の男を思い浮かべた。
「あいつらがもし気付いたら、アイナを利用しようとする」
ネネが即答すると、他の三人も神妙な顔で頷く。
「まぁ、気付かないかも知れないけどな。だが、俺と同じスキルを持つ人間は他にもいる。そういう奴が気付く可能性はある。だからって利用されるとも限らない。あくまで可能性の話だ」
三人はアレスの続きの言葉を待った。
「俺たちがどうすべきか。アイナのことは忘れて放っておくか、それとも正式な仲間にして面倒を見るか」
「忘れるなんて出来る訳ないでしょ!?」「だな」「ん。当たり前」
モニカ、ヒューイ、ネネが返答する。
「だよなー。俺も放っておくことは出来ない。じゃあ『銀獅子団』として、アイナを正式に仲間にするってことでいいな?」
「おうよ!」「ええ!」「うん!」
「ただ、聖属性はかなり強力だ。闇属性に至っては一歩間違えば相当危険な存在になる。俺たちはアイナを守りながら正しい道に導かなきゃならん。今まで以上に危ない目に遭うかも知れない。それは覚悟してくれ」
「 「 「 問題なしっ!」 」 」
三人が声を揃える。
「当面、クエストをこなしてアイナを集中的にレベルアップさせようと思うんだがどうだろう? みんなのレベルアップが後回しになってしまうが」
「俺は構わないぜ」
「アイナの能力もそれで分かるしね!」
「アイナが強くなれば、その分アイナの危険は減るかも」
「うん。逆に危険が増す可能性もあるけどな。まぁ、ヤバい感じがしたらレベルアップを止めれば良いことだ。じゃあ王都に戻ったらその方針で行こう」
「 「 「 了解っ!」 」 」
こうして、アイナは眠っている間に『銀獅子団』の正式な一員になった。ついでにキュイックは『銀獅子団』のマスコット的立ち位置となった。
* * * * * * * *
月明かりもない真夜中。リシリーの宿の近くには『血風の狼団』のベルクとグラン、それにベルクが雇った十人の荒くれ者たちが集まっていた。リリアの姿はなかった。
(恥をかかせやがって! 思い知らせてやる)
ベルクは剣、グランは槍を持ち、他の男たちも全員が武器を持っていた。ベルクはリシリーの宿の勤め帰りの女を脅して一行が借りた部屋を聞き出していた。証拠を隠すためにその女もすでに殺していた。
「いいな? 銀髪の女のガキだけは殺すなよ。他は殺して構わん」
雇った男のうち三人を宿の裏口に配置し、正面玄関の錠を殺した女から奪った鍵で開ける。ベルクたちは音もなく二階へ上がり、アイナたち一行が借りている部屋に苦も無く辿り着いた。
(へへっ! 後悔しやがれ!)
ベルクは剣を握り直し、部屋のドアノブに手を掛けた。
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