87 予見
「今からお話することは私とごく一部の者しか知らない事です。『転移陣』と同じように、秘密にして頂けますか?」
教皇の真剣な眼差しは、否やを言わせない迫力があった。三人は教皇の目を見てしっかりと頷く。
「私は、『予見』というスキルを持っています。ほんの少し先の未来、数日後から長くて一か月後の事が朧気に分かる、というスキルです」
「未来が!? それなら――」
アイナの言葉を、パルマは右手を挙げて制した。
「あくまでなんとなく、です。いつ起こるか、どこで起こるか……それさえはっきりとは分かりません。ですから、それほど有用なスキルとは考えていませんでした。良く当たる占い程度だと思っていたのです。少なくとも最近までは」
パルマは一度言葉を切り、紅茶で喉を潤す。それに倣って、アイナ達も紅茶を飲んだ。
「細かい話は省きますね。現在、約六万の騎士たちが、異界人と闘う為アルウブラードという街に向かっています」
それは、アイナ達も既に知っている情報だ。
「しかし、二週間後、彼らは大敗を喫することになるでしょう」
「……そんな……」
「それは、教皇様の『予見』で?」
アイナが言葉にならない小さな呟きを漏らし、ネネが確認の意味で尋ねる。
「そうです。私の『予見』で、今日の午後、あなた達に会うことを予見していました。これほどはっきりと予見出来たのは初めてです。そして、それと同じくらいはっきりと予見してしまったのです。聖教騎士団の敗北を」
教皇本人が言う通り、これまで『予見』で見える未来は朧気で、実際にそれが起きて初めて「この事だったのか」と分かる程度だったそうだ。
それが二週間ほど前から、突然はっきり見えるようになったと言う。それは、この場に居る誰も知らない事だが、実はテンが女神ルーナから「天啓」を受けた日とぴったり重なる。
女神ルーナは「保険」を掛けていた。テンだけでは不安だったのだろう。そしてその不安は的中したので、結果的に「女神、グッジョブ!」である。
ただし、相手は教皇とは言え「神獣」とは違って直接繋がりのない普通の「人間」。天啓のように、具体的な解決策まで授ける事は出来なかった。
パルマはそこで目を瞑り、両手の指先をこめかみに当てた。眉間に深く皺が刻まれる。たっぷり一分以上そうしていただろうか、パルマが再び口を開く。
「アイナ、そしてネネさん。フレデリクさんも。あなた達の望みは分かりました。教皇として、全面的に協力するとお約束しましょう」
「え? お祖母様?」
「私達の望みとは何でしょうか?」
「ファミュルカさん、でよろしいのかしら?」
「 「 「 っ!?」 」 」
パルマの口から「ファミュルカ」の名が出たことに、三人が息を飲む。
「この世界に害意のない『異界人』の方もいらっしゃるのね。まずはその方たちの安全を保障しましょう」
「お祖母様!? 本当に?」
「ええ、本当よ。孫に嫌われたくないもの」
パルマは口に手を当てて「ホホホ!」と上品に笑う。アイナはネネとフレデリクを見て、パルマに向き直って頭を下げる。
「お祖母様、ありがとうございます!」
「いいんですよ。それでね、アイナ…………」
パルマは再び目を瞑りこめかみを押さえる。おそらく、『予見』のスキルを使っているのだろう。
「あなたが来てくれた事で、未来がいくつかに分岐したようなの。騎士団が敗北する未来もあるけれど、勝利する未来も見える」
「勝てるの!? っ、ですか?」
「フフフ、アイナ、普段の喋り方でいいのよ。貴女のお祖母ちゃんなのだから」
「で、でも……」
「私がいいと言ってるのだからいいのよ!」
「は、はいっ、じゃなくて、うん、分かりま……分かった!」
どこまで砕けて良いのか塩梅が分からず戸惑うアイナだが、パルマはそんなアイナを愛おしそうに見ている。
アイナから視線を外したパルマは、三度目を閉じる。
「勝利する未来では…………えっ? アイナ、貴女が闘っている……それに神獣様や大きな生き物……そして……六、いえ……七人の仲間……」
アイナとネネ、フレデリクは、パルマの話を聞き洩らすまいと真剣に耳を傾ける。
「アイナ……貴女がSランク冒険者なのは知ってますが……」
目を開けたパルマの声と表情には不安と怖れが入り混じっていた。それはそうだろう。世界最強と謳われる聖教騎士団六万が負ける未来を一度は見た戦場に、せっかく会えた孫を行かせたいと思う筈がない。
「恐れながら教皇様。アイナ様は本当にお強いのです。先日も、災害級の魔物『双頭竜』の攻撃を退け、一撃で倒したのをこの目で見ております」
「いや、フレデリクさん。あれは――」
「教皇様。初めてカルデ王国が異界人に襲撃された時、それを倒したのはアイナなんです」
「ネネお姉ちゃん、あれはみんなで――」
フレデリクとネネから持ち上げられ、このままでは本当に強いとお祖母様に誤解されちゃう、と慌てるアイナだが、最後にそのお祖母様に言葉を遮られる。
「アーガン・シュルレスク統括団長を呼びます。話の続きはそれからにしましょう」
* * * * * * * *
ネネは自分が言った事を少し後悔していた。アイナに対する教皇の心配を和らげようと口をついた言葉だったが、これではアイナを闘わせたいみたいではないか。
危険な闘いにアイナを巻き込みたいなんてこれっぽっちも思っていない。寧ろ危険からは遠ざけたい。愛するアイナに傷一つ付けたくない。
アイナのスキルが有用なのは事実である。だが、どれだけ強力なスキルを持っていても無限に使える訳ではない。魔力が尽きれば、アイナは自分の身すら守れない。
かと言って、アイナや自分達が戦闘に参加しなければ多大な犠牲が出るだろう。教皇が『予見』で見た未来では「大敗を喫する」のだ。それを知りつつ指を咥えて見ている事など出来ない。
隣に座るアイナの横顔を見ながら、ネネは考える。アイナが存分に力を発揮するにはどうするべきか。そして、一つの答えに辿り着く。
「教皇様、お願いがございます。『銀獅子団』の仲間と、ファミュルカさん達をここへ呼んでも良いでしょうか?」
「ええ、そうですね。統括団長とも顔合わせした方が良いですね。転移陣をお使い頂いて構いません」
教皇の許可を得て、最初に案内してくれたミカイルとフレデリクが『銀獅子団』の屋敷に迎えに行く。フレデリクには、ファミュルカ達の安全が保障される事を忘れずに伝えるよう念を押した。
フレデリクが退室した後、ネネはもう一つ教皇にお願いする。
「統括団長様に、アイナの力をお見せしたいと思うのですが……そうですね、広域最上級魔術を使っても大丈夫そうな場所はありますか?」
広域最上級魔術とは、術者によっては一発で街の四分の一を灰燼に帰す程の魔術である。
「ネネお姉ちゃん?」
「ん。アイナ、統括団長さんにスキルを見てもらってもいい?」
「それは別にいいけど……」
「アイナの……私の孫の力は、それほどまでに強力なのかしら?」
「はい」「いいえ!」
パルマの言葉にネネは肯定し、アイナは否定した。
「教皇様。アイナは自己評価が低いのです。それは美点でもありますが……私の考えでは、私達が前線で異界人と闘うのが最善です。聖教騎士団には後方の警戒と支援をお願いしたい。でも、アイナの力を見ないと納得できないでしょう」
「でも孫を前線に立たせるなんて――」
「私達が命に代えてもお守りします」
ネネは本気だ。それはパルマだけでなくアイナにも伝わった。
「ネネお姉ちゃん……」
「ん。それにアイナはまだ経験不足だから。傍で見てないと最初からぶっ放すでしょ?」
聖教騎士団を後ろに下がらせて巻き込みを防ぎ、傍でアイナの魔力使用量とスキルを放つタイミングをコントロールする事。それがネネの考える「最善策」だった。
「ただ、厄介なのは『異界人』の全体攻撃です。恐らく光属性だと思うのですが、あの『光の環』から放たれる雨や槍の――」
ネネは、結界や防御魔術に特化した騎士が居れば、そういった人達に防御をお願いしたいと考えていた。
「ああ、それでしたら何とかなるかも知れません」
教皇の口から意外な言葉を告げられた。
「それについては私より統括団長が詳しいから、彼から直接話してもらいましょう」




