79 死告天使
遅くなってしまい申し訳ございません。
アイナたちと『銀獅子団』が再会を果たした翌朝。まだ陽が昇る前の薄暗い時間。ファミュルカ達の居る洞窟の入口を見つめる影が三つあった。
洞窟から、真っ白い髪を顎の辺りで切り揃えた女が一人出て来る。女は、組んだ両手を頭上に掲げて腕を真っ直ぐ伸ばし、背中を反らしている。それから肺一杯に空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
入り口横の土の部分を撫でるような動作をし、そのまま洞窟に戻って行く。
女に警戒しているような素振りはない。木の裏で女の様子を見ていた影の一つが、別の影に向かって頷く。それを合図に、その影は音もなく森の奥へ消えて行く。
その影は、黒装束で全身を固め、目の部分だけが空いた頭巾を被っていた。三十分ほど進むと森の少し拓けた場所に出る。そこには異様な集団が地面に腰を下ろしていた。
光を反射しない、艶消し黒の全身鎧に身を包んだ男たち、総勢二十五人。手に持つ長剣や槍すらも真っ黒である。
黒装束が、一人の男の前で跪く。
「発見いたしました」
「何人だ?」
「今のところ、確認できたのは女一名です」
「そうか。まぁ、何人居ようが構わん。では忌敵を討ちに行くとしよう」
その男の言葉に、周りの男たち全員が立ち上がる。彼らの鎧は特殊な加工が施され、動いても殆ど音がしない。真っ黒な鎧が音もなく一斉に立ち上がる姿は、見る者を怖気立たせる。
彼らは、聖教騎士団第四団に所属する小隊で、追跡・索敵・遊撃・暗殺といった特殊な任務を担っている。二十八名の隊員のうち、三名は追跡と索敵専門。残りは戦闘のスペシャリストである。
現在、真ルーナ教勅命の下、二十~三十名で構成された八つの小隊が、各地に潜伏していると思われる「異界人」の発見・排除に動いていた。
元々この小隊に名前など無かったが、その出で立ちと任務の成功率から、いつしか『死告天使隊』と呼ばれるようになった。
八つの小隊でこれまでに倒した異界人は二十一人。そのうち八人は『死告天使隊』の功績だった。
「行くぞ」
『死告天使隊』は、ファミュルカ達が隠れる洞窟の入口に向かって、音もなく森を進んだ。
* * * * * * * *
ボアボア亭で再会を祝した翌朝。アイナは宿の一部屋に全員集まってもらい、ファミュルカ達のことを話していた。まだ朝も早いというのに、フレデリクも同席している。
「ファミュルカさんによると、こっちに来ている『異界人』の兵士は、ほとんどが『反体制派』じゃないか、って話なんだよ」
アイナたちが倒した異界人、「スティルノフ」と「ドルムス」の名に、ファミュルカは聞き覚えがあった。その二人は、反体制派の中心人物、ジェレゲイル将軍の直轄部隊に所属する兵士だった。
長期に渡る水不足と水源を巡る争い。ファミュルカが居た異界のマザルガル帝国では、現皇帝が周辺国との争いを平和的に解決しようと奮起していた。
しかし、その国策に不満を募らせた者たちが「反体制派」を名乗り、マザルガル帝国軍部のトップ、ジェレゲイル将軍を中心に強硬策を主張。周辺国を武力で制圧し、水源の独占を目論んでいた。
そんな最中に、こちらの世界と繋がる「膜」が出現した。
川や湖、森林。およそ水不足とは縁のない新たな世界。この世界を目にした異界人の兵士は狂喜し、ここを自分たちのモノにしようと考えた。この世界の人間たちは弱く、征服するのも容易だと考えたのだ。
「ん……その『反体制派』が第一皇女のファミュルカさんを探しているとしたら、それは人質か、最悪抹殺を目的としている?」
「ファミュルカさんはそう考えてるみたい」
「しかしよぉ」
ネネとアイナのやり取りに、ヒューイがたまらず声を上げた。
「こっちに来てる『異界人』は、そんなに多くねぇんだよな? 確かに強いっちゃ強いが、今の俺たちなら簡単とまでは行かなくても負ける気はしねぇ。それで、こっちの世界を自分たちのモノにするってのは無理な話じゃねぇか?」
ヒューイの考えは尤もだ。あの強さの兵士が何千、何万と居るなら話は違って来るが、クシュタニカ公国の調べでは、こちらに来ている異界人は恐らく多くても六十~七十人と推測されている。
「ヒューイ殿の仰る通り。アドジオン帝国を制圧した十二人は別格と聞いていますが、それでも、アイナ様やテン様、そして『銀獅子団』のみなさまがいらっしゃれば、恐れるに足らないでしょう」
アイナの力に対する絶対的信頼感はさておき、フレデリクの言葉には聞き捨てならない部分があった。
「フレデリクさん、『別格』ってどういうことですか?」
「先程話にあった『ジェレゲイル将軍』を含めた『十二将』と呼ばれる者たちで、なんでも一人で百人の兵に匹敵する強さらしいです。しかしアイナ様の前では虫けらも同然でしょう」
いやいや、絶対そんな事ない。一人でもあの強さの異界人なのに、百人に匹敵? それはもう、どれくらい強いのか想像も出来ないよ……アイナは背中に冷たい汗を感じた。
「現在、転送ゲートの奪還を目論んでいると思われますが、神獣様も防衛に加わって下さっているため膠着状態です」
結局、これからどうするべきかはファミュルカに会って一緒に話し合って決めようと結論づけ、全員でファミュルカ達が居る洞窟に向かうことになった。
* * * * * * * *
宿を出発して二時間。アイナたちは森の中を歩いていた。
「むっ? アイナよ、人間たちが闘っている気配がするぞ」
「それってファミュルカさん達が襲われてるってこと?」
「まだ距離があるから分からん」
「キューイ!」
(キュイック様が、先に言って様子を見て来ると仰っています)
「ほんと? キュイック、お願い。気を付けてね?」
「キュイっ!」
キュイックは上空へと舞い上がり、光の球となって瞬く間に飛んで行った。アイナたちの歩みも早まり、次第に駆け足となる。一分と経たず、キュイックが戻って来た。
「キューイっ!」
「はやっ! キュイック、どんな様子だった?」
「キュイ、キュキュイ」
「洞窟の前で、アーニカと黒い騎士たちが闘っておるじゃと?」
「急ごう!」
足場の悪い森の中を、可能な限りの速度で走る。ヒューイやペネドラならもっと速く走れるが、道が分からないためアイナが先頭を走っている。
「……キン! キン! ギン! キン! ガキン!」
五分ほど走ると、遠くで金属同士がぶつかるような音が聞こえ始めた。近付くに連れてその音は激しさを増していく。やがてほとんど連続した音となり、圧力すら感じられる程になった。
そして遂に森の切れ目を抜け、洞窟の入口目前に到着した。
そこには、黒い騎士たちに半円状に囲まれ、入口を死守するアーニカがいた。騎士たちは五重にアーニカを取り囲み、最前列にいる五人が一度に攻撃し、すぐさま後ろと入れ替わる。そうやって、アーニカに休む間を与えずに攻撃を繰り返していた。
黒い騎士たちは罵声を浴びせるでもなく、まるで機械のように淡々と攻撃している。鞭のように高速でしなるアーニカの脚の攻撃は相当重いはずだ。それを剣や槍で受け流し、隙を見て反撃している。
アーニカは身体中から緑色の体液を流していた。八本あった背中の脚は三本が失われ、今は五本になっている。
(あの双頭竜とも互角にやり合っていたアーニカが……あの人たち、強い!)
この世界の人間を殺してはいけない。アーニカは、ファミュルカからそう命令されている。アーニカにとってファミュルカの命令は絶対。だから、この黒い騎士たちを殺せない。そうでなければ、ここまで劣勢にはなっていなかっただろう。
普通の相手であれば、殺さないよう手加減しても尚、無力化するくらいならアーニカにとって容易い。だが、黒い騎士たちは手加減して勝てるような相手ではなかった。
今、アイナの目の前で、アーニカの残った五本の脚のうち一本が斬られ、切断面から緑色の体液が迸った。
(アーニカっ!)
脚を斬られたアーニカが僅かによろめく。大きなルビー色をしたアーニカの目に、黒い騎士の槍が突き刺さった。




