72 困惑するフレデリク
北門から出て街道をしばらく進むと、早速ゴブリンの群れが現れた。
「『地獄の炎』!」
十二体のゴブリンは、アイナたちに気が付く前に黒と赤の炎に呑み込まれた。動きの早い相手に『地獄の炎』は相性が悪いが、動き出す前なら対処できる。
更に、ダンジョン内で余った魔物の肉を何度も焼いたおかげで、ピンポイントでのコントロールも上達していた。
「アイナよ」
「うん?」
「全部灰になったな」
「うん」
「討伐証明とやらはいらんのか?」
「はっ!?」
ギルドの依頼を受けた以上、討伐証明を持ち帰らなければ依頼達成とはならない。アイナたちの目の前で、元ゴブリンの灰がサラサラと風に流されて行く。
「世知辛いのう」
「世知辛いね……」
(アイナ様が倒したのは間違いないのに、理不尽でございます)
「キュイィ……」
「う、うん……もう『地獄の炎』は使わないようにする」
『地獄の炎』を封印し、アイナたちは街道を北へ進む。それほど時間を置かず、コボルトの群れに遭遇した。十体のコボルトはアイナたちに気付き、二本足や四本足でこちらに迫って来る。
「『死神の鎌団』!」
コボルトたちの行く手を阻むように十体の死神が出現し、的確に一体ずつ斬り裂いた。討伐証明の「耳」をナイフで切り取り、他の魔物が寄って来ないように死体は『地獄の炎』で燃やし尽くす。
その後、一時間もかからず依頼分の討伐証明を集めることが出来た。三十体を超えてからは最初から『地獄の炎』を使ったので、実際には六十体以上倒している。
「けっこう魔物多くない?」
「そうなのか? 我にはよく分からんけど」
「普通、街道は騎士団の人たちが定期的に魔物を駆除してるから、魔物ってそんなに居ないはずなんだよ」
これも、首都クストニアで起こっている騒動が原因だろう。
『紅の鷲獅子団』を追ってニヴルヘイム・ダンジョンに入る前、アレスに聞かされた話。
「異界人」たちは魔導国家クシュタニア公国で開発途上だった「転送ゲート」を通ってこの世界にやって来た。クシュタニア公国の首都クストニアでは、転送ゲートを通ってこちらへやって来ようとする異界人と、既にこちらの世界に紛れ込み、ゲートを奪おうとする異界人の両方を迎え撃っている。
これらの防衛・迎撃の為に国内の半数の戦力が割かれているらしい。神獣も戦線に参加しているので、そう簡単に異界人の思い通りにはならないだろうと言われている。
そのせいで、首都以外の戦力が手薄になっているようだ。ここムスベルヘイムなど、首都から一番遠い街なので手が回らなくても仕方ないのかも知れない。
「うーん……街道の安全を確保したいけど、魔物を全滅させるなんて無理だしねぇ……」
「うむ、お主の気持ちも分からんではないが、それはこの国の人々がやるべきことじゃと思うぞ?」
「うん、そうだね……とりあえずこの辺から森に入って、『レッドベア』を探そう」
アイナたちは二つ目の依頼「北東の森の魔物、レッドベア五体討伐」をこなすため、森へと分け入っていった。
* * * * * * * *
冒険者ギルドでアイナたちが居そうな場所を聞いたフレデリクは、北門から街道を進みながら困惑していた。
所々に何かを燃やしたような形跡がある。土の地面が焦げた跡だ。しかし黒いシミのようなそれ以外、魔物の死体もないし、炭化した身体の一部なども一切ない。たまに灰が薄っすらと残っている程度だ。
若干十八歳でクシュタニア公国第三騎士団副団長となったフレデリク=カームランド・クシュタニアは、公爵家の三男という地位を笠に着て副団長となった訳ではない。
幼い頃から血の滲む努力を積み重ね、剣技と炎魔術を究めた結果、文句なしの実力で副団長を務めているのだ。
特に炎魔術は、「魔導国家」と呼ばれるほど魔術が盛んなクシュタニアでも五指に入ると目される使い手である。
そんなフレデリクでも、何かを燃やし尽くして灰にしてしまうような火力の炎魔術は見たことがなかった。いっそ、誰かがここで焚き火をして、跡形もなく綺麗に片付けたと言われた方が納得出来る。
だが、フレデリクの目は魔物と人間が闘った痕跡を見抜いていた。「辺境の第三団」と呼ばれる第三騎士団は、首都から離れた場所で魔物を討伐するのが主な役目だ。魔物とは嫌と言うほど闘っているのだ。
よく見れば、草や植物の葉に魔物の血が飛び散っている。草の折れ方や土についた足跡を見れば、かなりの数の魔物が押し寄せたことが分かる。
血が飛び散っているという事は、魔物の身体を損壊させる何らかの攻撃を加えたと言う事だ。それは間違いない筈なのに、魔物を迎え撃った者はその場からほとんど動いていないように見える。
(これを、あの可憐な少女たちがやったと言うのか……?)
これはどんな攻撃だ? 血の飛び散り方は何らかの斬撃のように見えるが……風魔術か土魔術だろうか? しかし、周囲の木々や草の様子からは、魔物だけが斬られたようにしか見えない……
当のアイナたちは、のほほんと街道沿いの魔物たちを倒して行ったのだが、フレデリクは持ち前の想像力のせいで勝手に戦慄していた。
不思議な結界魔術らしきものを自ら体験したことで、フレデリクはアイナに興味を持ってしまったのだ。アイナの助けを得る事が出来れば、首都で繰り広げられている異界人との攻防が有利になるかもしれないという打算もあった。
しかし今は、怖れと単純な好奇心が勝っていた。味方に出来るか云々ではなく、自分がこれまで見たことも聞いたこともない何か。途轍もない神秘の力を目の当たりにしているのではないか。
神の如きその御力の一端でも触れてみたい。
クシュタニア公国騎士団の中で女子人気ナンバーワンのイケメンでもあるフレデリクは、妄想が膨らみ過ぎて暴走しかけていた。
* * * * * * * *
正統派イケメン副団長(妄想癖アリ)から一方的に懸想されていることなど露知らず、アイナは三体のレッドベアと対峙していた。
「一撃死」
最初はその大きさにちょっとビビって『死神の鎌団』で死神を三十体も出してしまったアイナだったが、一瞬で細切れになったレッドベアを見るとやり過ぎの感は拭えない。
「……アイナよ」
「は、はいっ!?」
「そこまで細かく刻まんでも良いと思うぞ?」
「デスヨネー」
(アイナ様、弱い相手にも手を抜かないその姿勢、お見事です)
「あ、ありがとう、ククル」
ククルのフォローが胸に痛い。
森の中は、魔物が寄って来ても人への影響は少ないので、亡骸は放置である。討伐証明の「爪」を切り取り、さらにレッドベアを探すことにした。
依頼はレッドベアの討伐だが、森の中はそれ以外の魔物も多いのが当然である。しかし、目当ての魔物以外はこちらへ寄って来ない。
街道の魔物討伐の時もそうだったのだが、テンはエンカウントしたい魔物のランクに応じて神力の放出を自在にコントロール出来るようになったらしい。
これまではあまり考える機会がなかったのだが、『銀獅子団』と出会い、さらにムスベルヘイム・ダンジョンでアイナと一緒に彷徨っているうちに、そういう事が出来ると気付いたらしいのだ。
おかげで、目当ての魔物が逃げてしまうという事態も避けられる。ちなみにククルは、今は自分の気配を消しているのだそうだ。テンやククルは何気に凄い事をやっているのだ。
「キューーイ」
上空からレッドベアを探してくれていたキュイックが合図をくれた。
「おっ! このまま真っ直ぐ行けば何体かいるそうじゃ」
テンが先頭に立って進むと、開けた場所にレッドベア八体の群れを見付けた。
「『死神の鎌団』!」
今度は意図的に死神を三十体出し、レッドベアの群れを取り囲む。
「一撃死」
一瞬で八体が両断され、二つ目の依頼を達成した。
フレデリクは悪い人ではありませんので、念のため。
次回更新は、金曜か土曜の夜の予定です。よろしくお願いします!




