53 紅の鷲獅子団
『銀獅子団』が一角狼の群れを殲滅したころ、『紅の鷲獅子団』はニヴルヘイム・ダンジョンの三十五階層に到達した。
ランクSSのニヴルヘイム・ダンジョンは、これまで誰も最深部まで到達していない。最高到達点は百十階層。これは十年以上前にとあるSランクパーティが達成したもので、この記録は未だ破られていないのだ。
五十一階層以降は転移陣の罠が出現する。ほとんどがニヴルヘイム・ダンジョン内のどこかに転移させられるものだが、稀に別のダンジョンまで転移する罠も出現する。
先人たちの挑戦により、別のダンジョンへ転移する陣は「金色」の光を放つことが分かっている。ただ、「黄色」に光る転移陣もあるため注意して見ないと見分けがつかない。「黄色」はニヴルヘイム・ダンジョンの上層階に戻される転移陣と言われている。
『紅の鷲獅子団』が三十五階層に足を踏み入れた途端、先頭の斥候役であるリンが立ち止まって右拳を上げ、全員に「止まれ」のサインを出す。
長い黒髪をツインテールにした小柄なリンは『探索者」のスキルで魔物の気配を読み取る。右手の指を広げヒラヒラと振っている。魔物が五体以上いる合図だ。ちなみに十体以上だと握ったり開いたりを繰り返す。
別に声に出せば良いのだが、リンは好んでハンドサインを使っている。なんか雰囲気がかっこいいと思っているのだ。
「リン。何が何体だ?」
「しぃっ!」
重戦士のカイトが尋ねるがリンに窘められイラっとする。別に隠密行動をしている訳じゃないし、小声で囁く程度なら魔物にも気付かれないのに……
石柱の陰からリンがそっと先を窺う。三十階層からダンジョンの様相は石造りの城の内部のように変化していた。それも途轍もない広さの城だ。
リンの様子に半ば呆れ、カイトが後ろの三人に向けて肩を竦める。カイトは二メートルを越す体躯で、大楯と槍を扱う禿頭の大男である。後ろにはリーダーのシュウ、その妹のミーナ、そして召喚術師のゼフがいて、後方の警戒に当たっている。
「ダークオーガ、六体」
リンが囁く。(結局喋るんじゃないか……)後ろの四人は同時に思った。
「カイト、リン、行くぞ。ミーナとゼフは援護を頼む」
真っ赤な短髪のシュウが右手に幅広の長剣を構えて指示を出す。ワインレッド色の瞳が厳しさを増した。
そのシュウの横顔を見て、妹のミーナも気を引き締める。兄と同じ真っ赤な髪を長く伸ばしたミーナは、結界と回復魔術の使い手。
その半歩後ろには、真っ黒な髪を後ろで束ね、神経質そうなしかめ面をしたゼフが控える。ゼフは攻撃魔術と、大陸でも数人しかいない「召喚術」の使い手である。
シュウが右手に魔力を込めると、長剣から炎が立ち昇った。炎の魔剣「イグニス」。込める魔力次第で、岩でもバターのように斬ることが出来るのだ。
行く手に待ち構えるダークオーガはオーガの上位種。その名の通り鉄灰色の皮膚は金属のように固い。身長は二メートルほどでどちらかと言うと引き締まった身体つき。下位のオーガの方が見た目は遥かに強そうだ。
しかし、ダークオーガはオーガを膂力で上回り、敏捷性はオーガを歯牙にもかけないほど。固く、力が強く、速い。単体でも非常に厄介なSランクの魔物である。
リンが極端に柄を短くした偃月刀を構える。偃月刀の刃は薄緑色の光を放っている。敵の数が多い時は柄を継ぎ足して槍としても使える武器だ。
カイトは背負っていた大楯を左手に、大剣を右手に構える。前衛のシュウとリンの攻撃を抜けて来た魔物を迎え撃つ構えだ。
ミーナは前にいる仲間にいつでも結界を張れる準備を、ゼフは攻撃魔術の準備をする。
石柱の後ろからシュウとリンが飛び出す。二人に気付いたダークオーガは迎撃の構えを見せるが、その前に二人がそれぞれ一体ずつに攻撃を加える。
シュウのイグニスがダークオーガの胴体を両断し、リンの偃月刀が別の一体の首を刎ねた。
仲間を殺された残り四体のダークオーガは怒り狂った。リンはすぐさまその場から離脱し、シュウは四体から放たれる拳や蹴りを紙一重で躱す。
反撃の輪の外からリンが偃月刀を長槍にして攻撃する。一体の背中から胸に刃が貫通し、リンはそのままダークオーガの股まで切り裂いた。
リンの偃月刀は「フェルグルエス」。風属性が付与された魔槍である。刺突や斬撃の速さが上がり、刺さると真空の刃を発生させる。そのおかげでダークオーガも易々と両断出来るのだ。
仲間がエグい殺され方をした残り三体のダークオーガは、相手が悪いと見て敗走した。全滅させるのは容易いが、『紅の鷲獅子団』は後を追わなかった。目的は魔物の掃討やダンジョンの攻略ではないからだ。
一刻も早く帝国に戻りたい。そのために、五十一階層以降の転移陣を使って他国のダンジョンへ転移しなければ。
* * * * * * * *
SSランク冒険者パーティとは、単に強ければなれる訳ではない。
無論強さは必須である。それも人外の強さが要求される。SSランク冒険者パーティは全ての冒険者の頂点にして希望であり、一般の人々にとっては憧れの的、国にとっては国防の砦といっても過言ではない。
大商人や貴族、王族からの指名依頼も多いことから、依頼に対する責任感、そして「人柄」も重要だ。二国以上の国家からの推挙がなければSSランクにはなれない。
そんな、世界に五組しか存在しないSSランクパーティの一角『紅の鷲獅子団』が、なぜエルフから至宝「神の右手」を盗むような真似をしたのか?
『銀獅子団』のアレスとネネは、ニヴルヘイム・ダンジョン出発前に大いに頭を悩ませた。『紅の鷲獅子団』と面識はないが、数々の功績こそ耳にするものの悪い噂を聞いたことはない。冒険者ギルドを通じて情報を集めようとしたが大したことは分からなかった。
ただ気になる点が一つ。アドジオン帝国にある冒険者ギルドの大半と連絡が取れない状態になっていることだ。
冒険者ギルドの各支部は、通常時にそれほど頻繁に連絡を取り合っている訳ではない。必要に応じ、魔道具のスイッターで連絡事項をやり取りするくらいだ。
しかし『異界人』の問題が発生してからは、週に一度は何らかの形で連絡を取り合うのが習慣になっていた。
アドジオン帝国内には全部で二十三のギルドがあり、帝都の「アドグオス」には四つある。そのうち、帝都を中心とした都市部にある十六のギルドと三週間ほど連絡が途絶えているのだ。
現在、数組の冒険者パーティに依頼を出し、連絡が取れないギルドへ調査に向かわせているらしい。
『紅の鷲獅子団』はアドジオン帝国を本拠地としている。冒険者ギルドが音信不通になっていることと今回の事件、何らかの関係があると考えるのが自然だ。本人たちに聞くのが一番だろう。
聞くことが出来れば、だが。
『銀獅子団』は魔物を倒し、避けられるものは避けながら十九階層に降り立った。マップに従いしばらく歩を進めると、前方から冒険者らしい恰好をした三人の男たちがこちらへ駆け寄って来た。彼らは武器をしまい、空の両手をこちらに向けて敵意がないことを示しながら近付いて来る。
「あんたらも指名依頼を受けたのかっ?」
一人の男に尋ねられる。よく見ると、三人はあちこちに傷を負って血だらけだった。
「そうだ。俺たちは『銀獅子団』だ」
アレスがやや警戒しながら答えた。
「『銀獅子団』? ……Sランクか……だが……」
「どうした? 何かあったのか?」
言い淀む男にアレスが尋ねる。
「あぁ……この先にミノタウロスの群れがいる」
「ミノタウロスの群れだと……?」
ミノタウロスは、牛の頭をした人型の魔物。体長は三メートル近くあり、巨大な戦斧や戦鎚を持つ。黒く固い体毛で全身が覆われ、生半可な物理攻撃では傷一つ付けられないと言われる。その力は一撃で金属鎧を両断するほどだ。単体でA+ランクの魔物である。
「ああ。恐らく五十……もしかしたら百を超えてるかも知れない」
「お前たちのほかに仲間は? 生きてる者はいないのか?」
「……駄目だ。俺たち以外全滅した」
「そうか……モニカ、彼らに治癒魔術を頼む」
アレスがモニカに向かって彼らの治療を頼んだ。モニカは一つ頷き詠唱を始める。
「理を成す者よ、彼らを癒す力を我に与え給え。範囲治癒」
血だらけの三人が金色の淡い光に包まれる。「おお……」男たちから安堵の吐息が漏れた。
「助かった。ありがとう。あんた達も逃げた方がいい」
男が親切心から忠告する。『銀獅子団』の噂は聞いた事があるが、目の前にいるパーティは男二人、女五人。女のうち三人は子供に見える。テン、アイナ、ネネの三人。ネネも幼い見た目のせいで子供枠である。
「ご忠告感謝する。様子を見て危なそうなら撤退を考えるよ」
アレスの言葉に、三人の男たちは再度感謝を述べて帰路についた。男たちの背中を見送りながら、ペネドラが獰猛な声を出す。
「さあ、牛どもをぶっ倒しに行くっすよ!」




