52 神の右手
「?」
アレスの答えに、既に知っていたヒューイ以外の全員がポカーンとした。神の右手が使えると言われても意味不明である。モニカとネネ、ペネドラの三人は、なんならちょっとエッチなことしか思い付かない。
変な妄想を振り払い、モニカが尋ねる。
「『神の右手』が使えたらなんなのよ?」
「うむ。それには我が答えよう」
テンが突然しゃしゃり出てきた。ようやく自分の喋る番が回ってきたと思ったのだ。
「『神の右手』とは、強力な付与が出来る神器じゃ。主に武具を強化するために使う。魔石を消費することで属性を伴ったハチャメチャに強い武具を生み出すことが可能じゃ」
テンの説明が、ゆっくりと六人の頭に浸透していく。
「えっと、テンちゃん?」
「うむ?」
「ハチャメチャに強いって、どんくらい強いの?」
「うーむ。簡単に言うと、我をビビらせるくらいかの」
全然分からなかった。
「んー。具体的には?」
「そうじゃな……ここへ来る途中、峡谷を渡ったじゃろ? あそこは昔、『神の右手』で生み出された大剣が大地を切り裂いて出来たんじゃ」
「 「 「 「 「 「 へっ?」 」 」 」 」 」
一瞬の間を置いて、部屋に「えーーっ!?」という絶叫が響いた。
「まぁ、あれは大地神『クトニオス』の仕業じゃから、人間がやってもあそこまでは割れんじゃろう。じゃが、使う者によってはとんでもない力を発揮するんじゃ」
神の一柱が使ったとは言え、深さ百メートルも大地を切り裂く力がある剣。
「な、なるほどね。つまり、私たちの元々の目的が叶うっていうことね?」
「モニカの言う通りだ。魔石はパタグリュエルが好きなだけ提供してくれるって言うし。報酬が魅力的なんだよなぁ……」
ハイリスク・ハイリターン。それがこの緊急依頼だった。
「やろうよ!」
アイナが真っ先に声を上げる。
「すごく危険なことは分かってる。でも、いざというときは『献身』があるし」
「アイナ……」
ネネが悲痛な顔でアイナの名を呟く。確かに、アイナのスキルがあれば『銀獅子団』は誰一人として欠ける心配がない。しかし、メンバーが受けた傷や死は、アイナが全て肩代わりするのだ。
その悲惨な光景に何度胸を痛めたことか。ネネのみならず全員が同じ気持ちだ。アイナを守りたい。アイナが酷い目に遭うことは避けたい。
「私なら大丈夫。私だって仲間なんだから、みんなの役に立つ」
「我も手を貸そう」
テンの申し出にアレスたちは驚いた。
「テン……いいのか?」
「うむ! 我の使命は世界の危機を救うこと。それ以外は我の好きにするのじゃ」
テンは『銀獅子団』のことが好きになったから、手を貸すくらい当たり前だと思っている。むしろ頼られたいくらいだ。
「テン……それにアイナ、ありがとう。じゃあみんな、依頼は受ける。それでいいな?」
全員が決意のこもった目で頷いた。
* * * * * * * *
それから三日後。『銀獅子団』一行はニヴルヘイム・ダンジョン入口に到着した。冒険者ギルドから緊急依頼を受けた国境の街アルゴスから東へ向かい、首都ヘルムスの手前の街ヨルドスから北東へ。
迷宮都市ニヴルヘイムでダンジョンに潜る準備を整え、ここまで旅を共にした馬車と馬たちを預ける。そこから街とダンジョンを定期的に往復する乗合馬車を一台貸し切りにしてダンジョン入口までやって来た。
入口には、事前に聞いていた通りドワルフとエルフの兵士たちが待機していた。現在、一般の冒険者は立ち入り禁止となっている。ギルドの依頼書を手にアレスが兵士の一人に近付いた。
「『銀獅子団』だ。依頼を受けて来た」
アレスより大柄なドワルフの兵が依頼書を確認して頷く。
「先行してるのはドワルフ兵二十、エルフ兵二十。それにAランクパーティが三組だ。付き添いが必要か?」
「いや結構。俺たちだけの方が早いと思う」
「分かった。頼んだぞ」
アレスはドワルフ兵の言葉に頷きを返した。
エルフの至宝「神の右手」を盗んだのは『紅の鷲獅子団』とほぼ断定され、ドワーフとエルフの無用な争いは避けられた。現在は「神の右手」を取り戻すためにエルフ側がドワーフ側に協力を要請し、それが受け入れられている。
『紅の鷲獅子団』の目的は不明。アドジオン帝国が絡んでいるのかも現段階では分からない。
自分たちの目的ははっきりしている。「神の右手」を取り戻すことだ。分からないことをあれこれ思案する必要はない。目的に集中するのみ。
『銀獅子団』の七人と一匹は兵士たちに見送られながらニヴルヘイム・ダンジョンに足を踏み入れた。
「意外とっ! 魔物がっ! 多いっな、っとぉ!」
先頭に立つヒューイが、群れで襲い掛かって来た一角狼を続けざまに三匹斬り捨てながら叫ぶ。
「ほんとっ! ヒューイっちのっ! 言う通りっ、すねっ!」
ヒューイと同じく前衛に立つペネドラも、一角狼に手甲と脚甲を交互に叩き込み、三匹を撃破。
冒険者ギルドから提供されたマップを見ながら、『銀獅子団』は最短距離で十階層まで降りて来た。ここまでわずか六時間。途中で魔物を倒しながらなので驚異的な早さである。
四十人の精鋭兵士と実力のある三組の冒険者たちが先行している筈だが、思っていた以上に魔物が多い。ランクSSダンジョンならではだろうか。
先ほど会敵した一角狼は二十数匹の群れ。体長二メートル、体重百五十キロを超える大型の狼で、名前の由来である額の角は自在に伸縮できる。最大で体長の二倍くらいまで伸ばし、離れた場所からも攻撃してくるのだ。
前衛の二人を抜けた一角狼を、アレスが流れるような動きで両断する。
テンを後ろに庇ったアイナに一匹の一角狼が角を伸ばして攻撃してきた!
「『反射』!」
「ギャフゥッ!?」
角の攻撃はオレンジ色の光の板に弾かれ、一角狼が開いた顎に反射してその身体を貫き絶命させる。
別の一角狼がアイナの左側から飛び掛かる!
ドドドッ!
ほとんど一つの音に聞こえる矢の連射が一角狼の首から胴体に突き刺さり、一角狼は数メートル吹っ飛ばされる。後衛のモニカが三本の矢を放ったのだ。
飛ばされた一角狼はアレスの一撃で首を刎ねられる。
「みんな動かないで! 理を成す者よ、我が礫となり敵を貫け。土塊雨!」
直径三センチほどの土の球が、残った一角狼たちに恐ろしい速さで降り注ぎ、その身体をただの肉塊に変えていく。ネネの中級土魔術だ。雷や火炎は味方も密集していると使いにくい。
土塊雨は防御力の高い魔物には通用しないが、一角狼には覿面だったようだ。というかオーバーキルである。ネネも内心で(やっちゃった……)とちょっぴり後悔していた。
会敵からおよそ二分。Aランク魔物である一角狼二十数匹の群れは全滅した。
「みんな、ケガはないか?」
アレスが仲間たちを見回しながら確認する。各々が「大丈夫!」「問題なし!」と返答する。
ダンジョン内ではテンの「神力」の効果が通用しないようだ。テン曰く「魔素(=魔力の素になる物質)が濃過ぎるからでは?」ということだった。
もちろん、テンが「神力」を全開にすればほとんどの魔物が寄って来なくなるが、それでは『銀獅子団』もまともに動けなくなってしまう。そのためテンは「神力」を抑えている。
「ネネ、アイナ、魔力は大丈夫か?」
「ん。私は大丈夫」
「私も大丈夫だと思うよ」
このニヴルヘイム・ダンジョン内ではネネの上級魔術やアイナの殲滅スキルが使い辛い。ここまでの階層は大きめの洞窟の様相で、広範囲魔術やスキルは相性が悪いのだ。その反面、二人の魔力消費も抑えられていた。
「よし。当面の目標は二十階層、そこで休息を取ろう。でもその前に辛くなったら無理せず言うんだぞ?」
「 「 了解!」 」
「キュイっ!」
キュイックはここまで、というかこの先も何もする予定はないが、アイナとネネの言葉に合わせて返事をした。七人がキュイックの返事を聞いてほっこりする。殺伐としたダンジョンでキュイックは癒し担当であった。
前衛にヒューイとペネドラ、中衛にアレス、アイナ(とキュイック)、テン、後衛にモニカとネネ。事前に決めていた陣形で、『銀獅子団』はさらにダンジョンの深部を目指す。
『紅の鷲獅子団』との距離はおよそ六日分。その差はゆっくりとだが着実に狭まっていた。
ここからしばらくダンジョン内のお話が続きます。




