40 逆鱗
こちらは本日の2話目になります!
アイナがいると思われる屋敷は、メレディス=カイア・クルディスという女伯爵のもので、王子暗殺未遂の咎で王都から追われているランデル=モル・アンドール侯爵の遠縁に当たることが分かった。
相手がメンネベヌク王国の貴族であり、逃亡中のアンドール侯爵も関係している可能性があるため、アレスはネネと相談し、冒険者ギルド・メネベルク南支部のギルマス、エルデン・ショートにスイッターで情報を送ってもらった。
このクルドヘルム支部には優秀なスイッター職人がおり、アレスたちが言いたいことを的確に百四十文字以内にまとめてくれた。
『銀獅子団の仲間をクルディス伯爵が誘拐した可能性あり アンドール侯爵も関係か? これから伯爵の屋敷に向かうが場合によっては戦闘になる その際貴族二人は生かして捕える予定だが邪魔する者は排除する マリウス王子かグリアドル侯爵に至急伝言を請う』
エルデンはグリアドル侯爵と親しい間柄だったようで、一時間ほどで返事がきた。
『クルディス伯爵とアンドール侯爵に王家に対する反乱の兆しあり 反乱の証拠を掴んだら両貴族の生死は問わない 処遇は貴殿らに一任する 全責任はグリアドルが持つ くれぐれも気を付けよ』
返信を見たアレスとネネは顔を見合わせた。
「なるほど。狙いが見えたな」
「ん。アイナを人質にして、私たちに反乱の手助けをさせるつもり」
念のため、スイッターの返信を魔道具の紙に転写して、ギルドの判子を押してもらった。
「よし、みんな集まってくれ」
ギルドの応接室に五人が集まる。
「ここのギルマスが情報を集めてくれた。アイナをさらった貴族はここの領主でクルディスという。マリウスの暗殺に関わったアンドールと親戚らしい。メンネベヌクの王家に反乱を企ててるようだ。その証拠を掴めたら好きに暴れて構わない、とグリアドルからお墨付きが出た」
アレスの言葉に、ほかの四人は暗い笑みを浮かべる。それは完全にシリアルキラーの顔だった。小さな子供が見たらお漏らししちゃうやつである。
「おいおい。『証拠を掴んだら』だからな? 問答無用で皆殺しじゃないからな?」
アレスが念を押す。
「ふっ。分かってるって」
「楽には殺さないわ」
「んー。久しぶりに全力で撃てる」
「腕が鳴るっす」
「キューイっ」
『銀獅子団』は正義の味方ではない。あくまで冒険者だ。それもとびきり優秀な。これまでも護衛や依頼で盗賊団を何度も殺してきた。時には悪辣な商人や貴族も。
好んで人殺しをするわけではない。むしろ殺さずに済むならそうしてきた。
だが今回は別だ。奴らはアイナをさらったのだ。彼らの、命よりも大切に想っているアイナを。
それはアレスとて同じだった。
「ふん。アイナをさらったんだからな。当然の報いだ」
いつも冷静に見える人がキレると一番怖い。それがアレスだ。大人でもお漏らししちゃうやつである。
「よし、行くぞ」
陽が沈んだころ、『銀獅子団』は出発した。
* * * * * * * *
「ねぇ、ランデル。あんな少女に、いくらなんでもやり過ぎではなくって?」
向かいに座るアンドール侯爵に、メレディス=カイア・クルディス伯爵はワインをひと口飲んで意見した。
「メレディス。お前も感じただろう? あの子供からただならぬ殺気が発せられたのを。あんな子供でも『銀獅子団』の一員なのだ。なにか特殊な力を持ってるのかも知れん」
アンドール侯爵はそう言って、グラスのワインを一息で飲み干した。
(これだから辺境の貴族はいかん。危機感が足りん)
アンドール侯爵は空いたグラスを手元で振った。すかさず侍女がワインを注ぐ。
(それでも良い女なのは違いない……)
少し酔いが回った侯爵は遠慮のない視線をクルディス伯爵の身体に這わせる。王都から逃げる際、妻子は一足早く別の領地に送り出した。そこからカルデ王国、あるいはアドジオン帝国に逃亡させる手筈になっている。
このクルドヘルムに辿り着くまでは、お楽しみどころではなかった。ようやく一息つけたのだ。メレディスは無理でも侍女の一人くらい――
「ランデル……『銀獅子団』が来るとしても早くて明日。それまで少し楽しまない?」
メレディスも三年前に夫を亡くして以来、男っ気のない生活を余儀なくされていた。アイナの殺気に当てられて気持ちが昂ぶってもいた。
「そうだな……少しくらい楽しんでも罰は当たるまいよ」
ランデルとメレディスは、絡み合うように寝所へと消えて行った。
* * * * * * * *
メレディスの屋敷から三百メートルほど離れた、私兵の駐屯地に作られた地下牢。薬で眠らされたアイナは、その牢の一室に閉じ込められていた。
「なんで俺たちはこんなガキ一人を見張ってるんだ?」
金属の胸当てを着けた赤髪の男が、腰の剣を外して机に置きながら愚痴をこぼす。八室ある牢には、今はアイナしかいない。
「それが命令だからだよ」
真面目そうな黒髪の男が真面目に返答する。
「なぁ。全部終わったら、どうせこのガキは殺すんだろ? なら今のうちにちょっとばかり楽しんでも罰は当たらないだろ?」
下卑た笑みを浮かべながら、赤髪の男がアイナを見る。手足を縛られ、猿轡をされ意識を失っているアイナの身体を、上から下まで舐めるように見ていた。
「やめておけ。まだ子供だぞ」
黒髪の男は軽蔑した目で赤髪の男を見る。
「女には変わりねぇ」
「まったく……理解できん。さっさと済ませろよ」
呆れたように言って、黒髪の男は階段を上っていった。
「へっへっへ。ありがとよ」
赤髪の男が、壁に掛けてあった鍵束を手に取った。八つある鍵を一つ一つ試していく。
「んだよ……全部同じ鍵でいいじゃねぇかよ……」
ジャラジャラと鍵を試し、六つ目でようやく錠が開いた。
「じゃ、楽しませてもらうぜ」
男の手がアイナの足を縛る縄に伸びた。
* * * * * * * *
屋敷は、高さ三メートルの石壁に囲まれ、入口の門は重い鋼鉄製だった。門から少し離れた所に馬車を停め、ヒューイが手近な木に手綱を結ぶ。アレスはその間にもズカズカと門に近付いて行った。
馬車から、モニカ、ペネドラ、ネネが降り、アレスの後を追う。ヒューイが周りを警戒しながら後に続いた。
「ん。クルディスの私兵が百六十。アンドールが連れて来てるのが六十くらい」
「合わせて二百二十……一人あたま四十人ちょっとっすね」
「少しは楽しませてくれるかしら」
「ん……私が百くらいいっぺんにやってもいい」
女性三人はやる気だった。いや、むしろ殺る気だった。アレスとヒューイも何も言わない。止める気などさらさらないのだ。
アレスが門に近付くと、剣や槍、戦斧を持った全身甲冑の私兵たちが二十人ほど立ち塞がる。
「『銀獅子団』が仲間を迎えに来た、と主人に伝えろ」
アレスが、一番近くにいる兵に向かって淡々と言うと、兵が言い返す。
「あ? 誰に向かって――」
言い終わる前に、アレスが鞘に入れたままの剣を横薙ぎにする。兵は五メートルほど吹っ飛んだ。
「何度も言わん。早く伝えろ」
残った兵が一斉に武器を構える。この屋敷の主人は『銀獅子団』に何かやらせるためにアイナを誘拐したというのに、兵たちは目の前の男の異常な殺気に当てられ、本能的に武器を向けた。
戦斧を上段に振り上げた兵の腹に、いつの間にか迫っていたペネドラの掌底が叩き込まれる。金属の鎧が大きく凹み、男が血を吐きながら後ろに吹っ飛ぶ。
「今日のあたしらは気が短いっす。死にたくない奴はどっか行けっすよ」
ドカッ! バギッ! と派手な音がして、さらに兵が二人倒れる。モニカとヒューイが素手で倒した音だった。
騒ぎを聞きつけた兵たちがどんどん集まってくる。
「理を成す者よ、我が槍となり敵を滅ぼせ。雷撃槍」
その兵たちの足元に、眩い雷の槍が次々と突き刺さり、放電して昼間のように明るくなった。前にいた兵のうち何人かは感電して倒れ、後続の兵たちの足が止まる。
「ん……次は当てるっ!」
私兵の長らしき男が前に出て叫ぶ。
「貴様らっ! 領主様に向かってこのような狼藉、万死に値するっ!」
その言葉を聞いた兵たちの目に殺気が宿る。
「じゃあ、今からは殺し合いでいいんだな?」
アレスが獰猛な笑みを浮かべて鞘から剣を抜いた。
明確に章を区切っていはいないのですが、一応第48話で一区切りになります。
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「アレスやっちゃえ!」
「アイナ、目を覚ましてっ!」
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