39 さらわれたアイナ
本日も2話投稿します。こちらは1話目です。
アイナが目を覚ましたとき、最初に感じたのは頬に感じる冷たくてスベスベした感触だった。
アイナは豪奢な天蓋付きのベッドに寝かされていた。これまで感じたことのない、素晴らしい寝心地のベッド。こんなベッドならずっと寝ていられる――
(って、そんなこと考えてる場合じゃない!)
アイナはベッドの上で半身を起こし、辺りをキョロキョロと見回す。二つある窓の外はすでに暗い。冒険者ギルド前のベンチに座っていたときは、お昼を少し回ったくらいだった。あれから少なくとも五~六時間は経っているようだ。
部屋はそれほど広くない。暗くて細かい所までは見えないが、ベッドの他は鏡台とクローゼット、二脚の椅子があるくらいだ。
その時、扉でガチャガチャと金属の音がした。鍵を開けているらしい。じっと待っていると扉が開き、ろうそくの灯が揺れる燭台を持った若い侍女らしき女性と目が合った。
「まぁ! お目覚めですね。奥様をお呼びして来ます」
アイナが声を掛ける前に再び扉が閉ざされ、鍵をかけられてしまった。アイナはベッドから降り、窓の前に立つ。
(ここは二階……庭には見回りがたくさん……)
眼下には広い庭があり、松明を持った兵が何人も歩いている。中には獰猛そうな犬を連れている者もいた。
正直、スキルを使えば脱出は容易い。ただ、ここがどこか分からないこと、これまで人間に対してスキルを使ったことがないことが、アイナを躊躇わせる。
(まずはこの場所。そして相手の目的を探ろう)
二年間、ソロで冒険者活動をしてきたアイナは、同じ年頃の女の子と比べても非常に落ち着いていた。いつも一緒にいたキュイックがいないことだけが心細かった。
身体は拘束されていない。酷いことをするつもりはないのだろう。たぶん。今のところは。
また扉でガチャガチャと音がする。今度は侍女ではなく、先に大柄な男が二人入って来た。鎧は着ていないが腰に長剣を帯びている。油断のない目つきでアイナを見据え、部屋の隅々にも視線を動かす。何か異常がないか確かめているのだろう。
その後から先程の侍女が入り、部屋にあった燭台に次々と灯を点けていく。アイナは暗闇に慣れた目を眩しさに細めた。
部屋が明るくなると、執事らしき男が椅子を持って入り、その後ろから高価そうな服に身を包んだ男女が入ってきた。
執事と侍女は、二人に黙礼して部屋を出ていく。代わりに別の侍女がティーセットを載せたワゴンを押して入ってくる。
「お座りになって。今お茶を淹れますから」
貴族らしき女性がアイナに椅子を指し示し、アイナはゆっくりとその椅子に座った。目つきの鋭い二人の男が、アイナの前に二脚の椅子を持ってくる。その椅子に、貴族らしき男女が座った。
剣を帯びた男たちは部屋の入口付近まで下がったが、アイナから視線を外さない。まるでアイナが貴族の二人を今にも襲うと警戒しているようだ。
侍女からお茶を受け取る。貴族二人が口をつけるのを待ち、アイナもお茶を飲んだ。
「若いのに、とっても落ち着いていらっしゃるのね」
貴族の女が「フフフ」と笑いながら口を開いた。隣の男はまだ一言も喋っていない。
「手荒な真似をしてごめんなさいね。私はメレディス=カイア・クルディス伯爵。クルドヘルムを含む、この辺りの領主です。こちらの方はランデル=モル・アンドール侯爵。まぁ、仲の良い知人といったところかしら」
相手が名乗ったので、自分も名乗るのが礼儀だろう。そう思ったアイナが口を開く。
「アイナ・レモンドです。ただの……冒険者、です」
言い終えたアイナは二人に向かってぺこりと頭を下げた。
「色々と聞きたいはずなのに、聞かないのね?」
「聞けば教えてくれるんですか?」
アイナの落ち着いた声に、クルディスとアンドールの二人の貴族は大袈裟に驚いた顔をして見せた。
「まあ! 面白いお嬢さんだこと。試しに聞いてご覧になって?」
クルディス伯爵は面白がっていた。そんな様子にアンドール侯爵は眉をひそめる。
「では……ここはどこですか?」
「私の屋敷よ。クルドヘルムの北のほう」
意外とあっさり教えてくれたことに、アイナは軽い驚きを覚えた。
「では、私がここに連れて来られた理由は何でしょうか?」
敢えて「さらわれた」とは言わず、当たり障りのない言葉で尋ねる。
「それは……アイナさんのお仲間に、聞いて欲しいお願いがあるからよ」
(なるほど。私を人質にして『銀獅子団』に何かさせようってことか……)
「『銀獅子団』に何をさせるつもりですか?」
「ごめんなさい、それは言えないの」
何をさせるつもりであっても、それが良いこととは思えない。アイナをさらったということは、何かやりたくないことを無理矢理させようとしてるってことだ。アイナがそんなことを許せる訳がなかった。
「それでは……あなた方は『敵』ですか?」
十五という年齢よりも幼く見える少女から、ゆらりと何かが立ち上がったように見えた。身動き一つしていないアイナに対し、後ろに立っていた二人の男が思わず剣を握る。クルディス伯爵とアンドール侯爵は、言い知れぬ恐怖を感じて椅子の中で身じろぎする。
「て、敵なんて言わないで! あくまで協力をお願いしたいだけよ? あなたを傷付けるつもりはないし、『銀獅子団』のみなさんにも無理強いするつもりはないから」
クルディス伯爵が慌てて取り繕う。しかし、それならば冒険者ギルドを通して依頼すれば良いだけだ。後ろ暗い頼みだから、アイナをさらって有無を言わさず思い通りにしようとしているのだ。アイナにもそれくらいは分かる。
突然、今まで黙っていたアンドール侯爵が口を開いた。
「こいつは危険だ。拘束しろ」
その瞬間、アイナの背後から手が伸び、また口と鼻を布で覆われる。
(っ!? いつから後ろにいたの?)
アイナは懸命に息を止めた。あれを嗅がされるとまた意識を失ってしまう。男の腕を握って布を口から離そうとするが、別の手がアイナの両手首を握り邪魔をする。
「おい、まだ殺すなよ?」
意識が途切れる直前に聞こえたのはアンドール侯爵の不穏な言葉だった。




