37 王都メネベルク
2話投稿の1話目です。
十五歳になったアイナと『銀獅子団』は、『蒼牙団』及びミリアナ・マリウス一行と共にパルムを発って十五日後、メンネベヌク王国の王都メネベルクに到着した。
ウラヌス大森林を抜けたあとは特に大きな問題もなく、王子と王女を無事送り届けることができた。
「アレスさん、本当にありがとうございました」
マリウスが差し出した右手を、アレスが握り返す。
「ああ。色々とゴタゴタがあるかもしれないが……ライラたちがいれば大丈夫だろう」
ゴタゴタとはマリウスの「暗殺未遂」のことだ。実の姉であるライラ率いる『蒼牙団』や後ろ盾のグリアドル侯爵がいれば、この王都でそうそう危険な目に遭うことはないだろう。
「みなさんへのお礼として、下賜できる武器のリストを手配していますわ」
ミリアナはもう、アイナを取り込むのを諦め、国宝級の武器で『銀獅子団』を釣る作戦に切り替えていた。
「ミリアナ様のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます」
アレスは慇懃に別れの挨拶を口にした。「暴虐の姫」と聞いていたが、この旅を通してそれが大袈裟なことが分かった。せいぜい「世間知らずのわがまま姫」という程度だ。
マリウスから「ぜひ城でお食事を」と誘われたが固辞し、南区にある宿を押さえた。その後アレスとネネは、冒険者ギルド・メネベルク南支部へと向かった。報酬の残りの受け取りと、「異界人」について新たな情報が入っていないか確かめるためだ。
冒険者ギルドには、たいてい「スイッター」と呼ばれる通信魔道具がある。
スイッターで送受信できるのは文字情報のみで、しかも一回百四十文字まで。さらに魔力を充填する必要があるため一日に送信が一度、受信も一度までと制限がある。
それでも一度で多くのギルドへ瞬時に情報を送れるので非常に有用な情報伝達の手段であった。
カルデ王国の王都カルディアナで起こった「異界人」による襲撃については、カルディアナ西支部から各冒険者ギルドへ数日かけて情報を送っていた。襲撃からすでに三か月経っている。新たな情報があれば、ここメネベルクでも得られるはずだった。
「それで『異界人』について、何か分かったのか?」
ギルマスの執務室でアレスが口を開いた。向かいには冒険者ギルド・メネベルク南支部のギルドマスター、エルデン・ショートが座っている。名前とは裏腹の長く伸ばした黒髪をふぁさぁっと後ろに流しながらエルデンが答えた。
「今のところ何もない。新たな襲撃の情報はもちろん、目撃情報すらない」
冒険者ギルドは国の枠組みを越えた組織だ。この大陸には数百のギルド支部があり、ほとんどの支部に「異界人」のことは伝わっている。それでも目撃情報すらないとは――
「本当に、その『異界人』というのは脅威なのか? 一人で中隊規模の兵力に匹敵するなどにわかには信じがたいのだが」
統率が取れていなかったとは言え、百六十人以上の兵士が成す術もなく殺された。現場を見ていないエルデンが信じられないのも仕方ないかも知れない。
「あれともう一度闘えと言われても、できれば遠慮したい。あれに比べれば地竜百匹の群れの方がずっと可愛い」
隣でネネが「うんうん」と頷く。
「それほどか……」
「そうだ」
「分かった。情報はないが、気になることはある」
ソファの背もたれに背中を預け、腕組みしながらエルデンが言う。笑うときっと美人なんだろう、とアレスは思った。今日はずっと厳しい顔をしている。
「なんだ?」
「クシュタニアのギルドと連絡が取れない……らしい」
北方の、海に面したクシュタニア公国。そこは「魔導国家」の異名を持つ、魔術と魔道具の開発において他国の追随を許さない小国である。小国でも侵攻を受けないのは、特殊な地形と強力な魔術師団、優れた魔道具のおかげと言われており、魔道具は輸出もされている。
「らしい、というのは?」
「まだ確かなことは分からん。冒険者に調査を依頼しているがまだ結果が出ていない」
クシュタニア公国は山脈に囲まれた国だ。山越えの陸路は確立されておらず、入国は海路に限られている。海に面した国土のほとんどが切り立った崖になっており、船が近寄れる港は二か所しかない。当然そこは軍が常に厳しい目を光らせている。
クシュタニアへの航路はいくつかあるが、もっとも近い所から出発しても船で一か月かかる。調査が難航するのも無理はない。
「そうか。貴重な情報ありがとう」
アレスとネネは立ち上がり、エルデンと握手を交わした。
「お前たちはこのままパタグリュエルに向かうのだな?」
「ああ。そのつもりだ」
「向こうに着いたら冒険者ギルドに顔を出せ。新たな情報が入ってるかもしれん」
「了解した」
アレスとネネはギルマスの執務室を辞去し、仲間の待つ宿に向かった。
かっぽーーーん。
メネベルク南区にある高級宿「鷲獅子の巣」は、温泉ではないものの、黒大理石貼りの豪華な風呂で有名であった。
アレスとネネが帰って来たので、女性陣は早速連れだって女湯に向かった。ネネを差しおいて先に風呂に入ると、後で何を言われるか分からない。
脱衣所で、アイナは素早くすっぽんぽんになる。ここでもじもじしているとお姉さんたちにからかわれるのが分かっているからだ。三年近く一緒に過ごし、数えきれないほど一緒に風呂に入っているので、実際恥ずかしさもない。
「あーあ。あの初々しいアイナはどこに行っちゃったんだろう」
「ん。初めてのときは二人がかりで服を脱がせた」
早く脱げば脱いだでブツブツと文句を言うモニカとネネ。
「まあ、アイナっちの成長をずっと観察してきたのはあたしっすけどねー」
「ペネドラお姉ちゃん!? か、観察してたの!?」
急に恥ずかしくなって胸を抱くようにして隠すアイナ。
「キューイっ!」
キュイックはすでに桶に入ってスタンバっていた。
「そりゃ観察するっすよー。怪我してないかとか、筋肉の付き方とか、おっぱいが――」
「わ――っ!」
アイナが慌ててペネドラの口を塞ぐ。そのまま浴場に入っていく。後ろからモニカと、キュイックが入った桶を抱えたネネがついていった。
洗い場で四人並んで髪と身体を洗った。キュイックもアイナに全身泡だらけにされる。小さいときからキュイックはお風呂大好きで、アイナに洗ってもらうのも好きなのだ。
「ふんふーん。キュイックもおっきくなったねー」
「キュイっ!」
鼻歌交じりでアイナが洗っていると、キュイックも返事をする。
「前から思ってたけど、キュイックは言葉が分かってるわよね?」
「ん……そんな気がする」
そういうモニカとネネを、ペネドラが不思議そうな顔で見る。
「え? あたしたまにキュイックっちの言葉分かるっすけど?」
「 「 「……え?」 」 」
一瞬の間をおいて、女湯に「えーーーっ!?」という三人の叫びがこだました。
「聞いてない! どんな? どんな言葉?」
「え、え? キュイックはなんて言ってるの?」
「んっ、興味しかない……!」
モニカ、アイナ、ネネが同時にペネドラに詰め寄った。
「ま、待つっす。言葉って言っても簡単なのだけっすよ? 『お腹空いたー』とか『眠いー』とかっす」
「ほぉー」と言いながら、アイナがキラキラした瞳でペネドラを見る。
「いいなー。私もキュイックとお話してみたいなー」
「キュイ? ……キューイ!」
アイナがキュイックに向かって話し掛けると、キュイックが返事した。
「今のは!? 今なんて言ったの?」
アイナがペネドラに聞く。
「今のは、ただの鳴き声っす」
アイナが「ガクッ!」と風呂椅子からずり落ちた。
「だから『たまに』って言ったじゃないっすか! 全部が分かるわけじゃないっすよ」
椅子に座り直したアイナは、桶を持ち上げてキュイックと目線を合わせた。
「そっかー」
アイナの言葉は残念そうではない。むしろ期待に満ちたものだった。
(私もいつかキュイックの言葉が分かるかな? ……うん、きっと分かるよね! あのお母さんの時みたいに)
そして四人と一匹は一緒に風呂に浸かり、ここまでの疲れを癒すのだった。




