36 誕生日
2話投稿の2話目になります。
「はぁー。アイナ喜んでくれるかなー」
貸し切りにした店の中を飾りつけしながら、モニカが呟く。
「喜んでくれるさ」
「アイナ、泣いちゃうかもな」
アレスとヒューイが前日から店に頼んで用意してもらった酒樽を運んでいる。
一人前の大人として見られる十五歳の誕生日。ようやく一緒に酒が呑めると、メンバーで一番下戸のアレスが息巻いていた。
「口じゃなくて手を動かせっす」
「ん。急いで」
先程まで飾りつけをしていたペネドラとネネはテーブルをセッティングしている。誕生日パーティーと言っても六人しかいないので、それほど大仕事ではない。
厨房からは料理の良い匂いが漂っている。パルムの冒険者ギルドで教わったこの店は、小ぢんまりとしているが肉料理と美味い酒が女性冒険者にも評判の店だった。
時刻は間もなく夕方の五時。
「そろそろいいっすかね?」
「そうだな」
「だな!」
「じゃあ、アイナっちを迎えに行ってくるっす!」
「私も行く!」
「わたしも」
女性三人が店を飛び出して行く。アレスとヒューイは取り残され、アイナの到着をそわそわしながら待つことになった。
宿の一室ではアイナが誰かが迎えに来るのを待っていた。
もう何度目か分からないが、鏡に向かって髪を梳かしたり、服が変じゃないかチェックする。と言っても、いつもと同じ服なのだが。そして、小さな革製のリュックの中身をもう一度確認した。
「キュイっ?」
そわそわしているアイナの様子に、キュイックも不思議そうである。
(みんなが何も言わなかったってことは、驚かそうとしてるんだよね……)
内緒で準備してくれているのだから、不自然にならないよう驚かなければならない。アイナは空気を読める子だった。そして、扉を「コン、コン、コン」と叩く音。
「アイナー、いるー?」
モニカの間延びした声。
「アイナっちー。いるのは分かってるっすー」
「ん。大人しく出ておいでー」
ペネドラとネネは、なぜか借金取りのような言葉になっていた。いつもなら、返事を待たずにズカズカ入ってくるのに、今日は扉の外で待つつもりのようだ。
「はーい」「キューイ!」
返事をして、リュックを背負ったアイナはもう一度鏡を見た。三人を見てニヤニヤしないように気を引き締める。みんなの好意を無駄にしないよう、しっかりと騙されたフリをするのだ。
「もう晩ごはんー?」
そう言いながらアイナが扉を開くと、そこにはニヤニヤが止まらない三人が立っていた。
「ど、どうしたの? 三人とも。なんかニヤニヤしてるけど?」
(そんな顔してたら、何も知らなくてもバレちゃうよ!?)
騙す気がない三人を見て心の中でツッコむアイナ。
「な、なんでもないわよー」
「ん……アイナがかわいいなーって思っただけ」
「と、とにかく行くっすよ!」
キュイックを頭に乗せ、三人に代わる代わる手を繋がれて店に連れて行かれるアイナであった。
店に入ると、真っ先に目に飛び込んで来たのはアレスとヒューイのニヤニヤ顔だった。
「 「 「 じゃーん!」 」 」
モニカとネネ、ペネドラが両手を大きく振って店内の様子に目を向けさせる。
「わぁ……!」「キュイィィィ……」
金色や銀色の紙で作った飾りが壁や天井を埋め尽くし、色とりどりの花が活けられた花瓶が所狭しと置かれている。木で出来た温かい雰囲気の店内に夕陽が差し込み、オレンジ色があちこちで反射して万華鏡のように色彩が溢れていた。
アイナは「フリ」ではなく本気で驚いていた。その光景が想像を遥かに超えていたからだ。
六人がゆったり座れる四角いテーブルの上座に、肩を押されながら押し込まれる。すると、店のカウンターの上に大きな板が吊り下げられているのが目に入った。そこには、でっかい文字で「アイナ 十五の誕生日 おめでとう!」と書かれていた。
騙されたフリなどする必要がなかった。驚きのあまり目を丸くし、声も出ないアイナの様子に『銀獅子団』の五人はこれ以上ない満足げな笑みを浮かべた。
アイナは五人を順番に見る。
アレス。
ヒューイ。
モニカ。
ネネ。
ペネドラ。
五人の笑顔を見て、アイナの瞳から涙が溢れ出した。
アイナは、『銀獅子団』に出逢う前、自分が成人を迎えるまで生きられると思っていなかった。生きられたとしても、幸せとは程遠いだろうと思っていたし、それでいいと思っていた。自分を愛してくれる人はいないと思っていたから。
でも今は違う。こんなにも愛してくれている。しかも五人も。それがこんなに幸せなことだなんて。
五人が代わる代わるアイナの傍までやって来て「おめでとう」と言ってくれた。泣き止まなきゃと思うのに涙が止まらない。
「ふぐぅ……むうぅぅぅん!」
真っ赤な顔をして一生懸命涙を堪えようとするアイナに、モニカが「がまんしなくていいのよ」と声を掛ける。見るとモニカも真っ赤な目をしていた。それを見てアイナがまた涙する。
ネネも。ペネドラも。ヒューイも。アレスも。みんな貰い泣きしていた。それを見てさらにアイナが泣く。もうエンドレスであった。
店の厨房からは、いつ料理を出そうかと主人と奥さんがチラチラとこちらの様子を窺っていた。出にくい。顔にそう書いてあった。
それに気付いたアイナが、涙を両袖でぐいっ! と拭い「もう大丈夫ですっ! お願いします!」と声を掛ける。ご主人たちがほっとした顔になり、次々と料理が運ばれる。
大きなテーブルが料理で埋まる。肉、肉、肉。店にある肉料理がすべて並べられる。山盛りのサラダ、それにスープも。評判に違わぬ美味さ。六人全員が舌鼓を打つ。
キュイックには、丁度良い大きさに刻んだ数種類の生肉が、皿に山盛りにして供された。キュイックもがつがつと平らげていた。
「あー、アイナ。ちゃんとしたプレゼントはカルディアナに戻ってから渡すからな。旅の邪魔になってしまうから」
アレスが唐突に宣言する。
「そんな……これで十分だよ?」
アイナは本気で遠慮したが、それでは五人の気持ちが収まらないらしい。
「取り敢えずって言うのもおかしいが、今はこれが俺たち五人からの贈り物だ」
アレスから細長い木箱を手渡される。蓋を開けると、中には革紐を通した深い青の石でできたペンダントが入っていた。石は親指の先くらいの大きさだ。
「わぁ……! 着けていい?」
五人が「うんうん」と頷く。着けてみると、アイナの美しい銀色の髪に、深い青がとてもよく似合った。
「とっても似合ってるわ!」
「ん。アイナのためにある石と言っても過言じゃない」
「アイナっち、かわいいっす!」
女性陣からは手放しの誉め言葉。
「アイナ、似合ってんぞ!」
「うん。よく似合う」
男性陣は語彙力を失ったようだ。
「みんな、ありがとう!」
アイナのお礼に、アレスが一言付け加える。
「その石には位置を知らせる付与魔術がかかってる。もし、アイナが俺たちに居場所を知られたくない時……出来ればそんな時は来て欲しくないが、そういう時は外して行けば問題ないからな」
行き過ぎた干渉、過保護の極み……人によってはそう感じるかも知れないが、アイナは嬉しさの方が勝った。もしはぐれることがあっても、これがあれば見付けてもらえる。
「うん、分かった! ……実は、私もみんなに渡したいものがあるの」
足元のリュックから小さな革袋を取り出す。その中には細い革紐を数本編んで作った六本のブレスレットが入っていた。それぞれ異なる色の石や金属の小さな飾りがついている。
銀はアレス。黒はヒューイ。金はモニカ。濃い紫はネネ。黄色はペネドラ。それぞれの髪色に合わせたものだ。そしてアイナ自身も銀色。
よく見ると、金属や石には「獅子」のモチーフが彫り込まれていた。
「高いものじゃないんだけど、これ、みんなへの感謝の印。良かったら使って……って、えぇっ!?」
アイナが言い終わるよりも早く、全員が左手首にそのブレスレットを装着し、それをじぃっと見つめて静かに涙を流していた。
アイナの誕生日なのに、まさか自分たちがプレゼントを貰えるなんて……しかもこんな素敵なものを。
「もう、みんな泣かないでよぅ……うぐっ、キュ、キュイックは、嫌がるかなーと思ったけど、一応着けてみる?」
アイナは涙を拭い、鼻を啜りながら一回り小さなものを取り出した。真っ白な石に獅子が彫られた細い首輪だ。
「キュイっ!」
アイナがキュイックの首にそれを着けると、キュイックは嬉しそうに鳴いた。
「へへへ。キュイックも気に入ったみたい」
アイナの不意打ちから立ち直ったアレスが、二つのグラスを持って傍に来る。
「よーし、アイナ! 今日から大人だ。大人は酒を呑んでもいいんだ。だから一緒に呑もう」
グラスに葡萄酒を注ぎ、一つをアイナに手渡す。「乾杯っ!」と言ってグラスを合わせ、アレスはぐいと呑んだ。
アイナは両手でグラスを持ちながら葡萄酒を覗き込み、くんくんと匂いを嗅ぎ、意を決してぐびりと呑んだ。
周囲の四人が固唾を飲んで見守る。遠くで店の主人と奥さんまで見守っていた。
最初にブドウの皮のえぐみ。次に酸味が来て、その後に爽やかな甘味と香りが口の中いっぱいに広がる。
「これが大人の味……美味しい!」
アイナの感想に、周りから一斉に吐息が漏れた。そしていつの間に注いだのか、全員がグラスを持ってあちこちで乾杯が始まる。もちろんアイナもみんなと乾杯だ。
美味い料理と美味い酒。お祝い事。そして仲間、家族。これだけ揃って楽しくない訳がない。樽の葡萄酒はどんどん減っていき、知らぬ間に店の主人が混ざり、気が付けば奥さんも巻き込まれ、アイナの誕生日を祝う宴は深夜まで続いた。
「銀獅子団、粋だねぇ」
「アイナも優しい!」
「アイナ、誕生日おめでとう!」
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