10 王都への道中
「ふえぇぇぇぇぇぇぇええー!?」
朝日が登ったばかりの草原に奇声がこだまする。続けて「ガキンっ!」と金属同士がぶつかる音。声の主はアイナである。今は、ニーズヘッグの街を出発してから毎朝の日課になっている、アレスによる剣を使った訓練の最中だった。
「ふえぇぇ!」「ガキンっ!」「ふえぇぇ!?」「ガキンっ!」
「アイナ、踏み込みが甘いぞ?」
ちなみにアイナは困っている訳ではない。彼女はこれで気合を入れているつもりであった。かれこれ三十分ほど続いている訓練を、銀獅子団の三人とキュイックが生温い目で見守っていた。
ニーズヘッグの街で買った、子供用の刃を潰した剣を使うアイナ。対するアレスももちろん刃を潰した練習用の剣で相手をしている。
ニーズヘッグの街を出発して九日目。王都までの途中にある三つの街のうち、すでに一つは通過して、次の街には今日の夕方に到着予定だった。
銀獅子団は、ちょうど王都に向かう所だった商人のギルハルドから護衛の依頼を受け、毎朝アイナに訓練しても良いなら、と条件を付けて相場より安く引き受けていた。
相場と言ってもSランク冒険者を雇う場合の相場なので、普通にAランクを雇うより高額である。それをポンと出せるギルハルドは自前の護衛も六人雇っていた。かなり羽振りの良い商人のようだった。
ギルハルドたちは、最初こそアイナの「ふえぇぇ」に少し引いていたが、九日目ともなれば慣れたもの。朝の目覚まし代わりに丁度良いらしく、護衛たちが手早く野営の片付けと朝食の準備を行っていた。
「今朝も精が出ますな」
ギルハルドも銀獅子団と一緒にアイナとアレスの訓練を見守る。
これまでアイナは一度も剣を握ったことがなかった。当然剣術など習ったこともない。しかし、銀獅子団随一の剣の使い手であるアレスの指導のもと、わずか九日という短期間で、その剣の腕前はメキメキと上達……する訳もなかった。
(これは、剣の才能というものがないのではないでしょうか)
素人のギルハルドから見ても、アイナの剣の腕は酷かった。子供用の軽い剣なのに、剣に振り回されて足元が覚束ない。にも関わらず闇雲に剣を振り回し、アレスに届くこともなく一人で勝手にコケる始末である。怪我をしないか見てる方がハラハラする。
それでも、アレスを始め銀獅子団の三人はアイナを温かい目で見守っている。アイナが元気に動いて、時折「ふえぇぇ」と声を上げる姿を見てるだけで、彼らは幸せであった。銀獅子団は重度のシスコン的な何かに陥っていた。
もとより、彼らにアイナを一流の剣士に育てようなんて気はさらさらなかった。アイナに剣の才能がないことは訓練初日で誰の目にも明らかだった。でもそんなことはどうでも良いのだ。だってアイナが訓練したいって言うんだから。後は、アイナの訓練のパートナーの座をいかに自然にアレスから奪うか。特にモニカが虎視眈々とその座を狙っていた。どうでもいい話である。
「よし、アイナ。朝飯も出来たみたいだし、そろそろ終わろうか」
「はい、ありがとうございました!」
アイナの銀色の前髪が汗で額に張り付くころ、朝の訓練が終わった。
朝食を終えると一行は出発した。三台の荷馬車が連なるように街道を進んでいる。先頭の馬車にはヒューイとモニカが、殿にはアレスとネネ、そしてアイナが乗っていた。護衛対象のギルハルドは真ん中で四人の護衛と共に。残り二人の護衛はそれぞれ先頭と殿に乗っていた。
馬車で移動中は、ネネによる魔術やスキルの座学が行われるのだが、魔術については早々に諦められていた。
「アイナの魔力は普通の人より相当多いはず」
「そうなんですか?」
「ん。スキルの特殊性を考えると間違いない」
万が一護衛に聞かれると面倒なので、ネネが言葉を選んで話す。ネネの考え通り、アイナの魔力量はかなり多かった。実を言うと、パーティで魔術による攻撃を担当するネネより遥かに多かった。
「スキルを使うのにも魔力が必要だから」
「そうなんですね……でも私は魔術は使えないんですよね……」
アイナがしゅんとする。確かにアイナには魔術は一切使えなかった。
「それはたぶん、属性のせいだと思う。そんなに気にする必要はない」
ネネがアイナの頭を撫でる。慰める意味合いかと思いきや、単にネネがアイナを撫でたいだけであった。アイナを抱き枕にした前科持ちのネネは、言葉は少ないが他のメンバーに負けず劣らず重度のシスコン的な何かを患っていた。
「それよりスキルについて教える。王都に着いたら『神聖所』に行く。そこでスキル解放して、アイナのスキルをレベルアップする」
「はい。神聖所で『月水晶』に触れるんでしたよね?」
「そう。今私たちは『スキルポイント』が250貯まってるから、二つのスキルを一つずつレベルアップできる」
「で、レベルを上げると『派生スキル』が発現する、と」
「ん。その派生スキルを見て、今後どうするか決める」
全世界の主要都市には、真ルーナ教が管理する『神聖所』と呼ばれる施設がある。そこでレベルアップができるのは、真ルーナ教に一定額以上の献金をした者、真ルーナ教の『聖教騎士団』に入団して聖騎士に昇格した者に限られる。
例外として、冒険者ギルドの依頼を達成して得られる『クエストポイント』を使ってレベルアップに臨むことができた。
これは、国に縛られない冒険者ギルドという世界的な組織が、優秀な冒険者を多く育てたいという思惑のもと、真ルーナ教に毎年多額の献金を行うことで認められた特例であった。
冒険者ギルドとしては『神聖所』を管理する権利の一部でも真ルーナ教からもぎ取りたいと考えているが、これはまた別の話である。
「派生スキルかぁ。役に立つスキルだったらいいな」
アイナは『銀獅子団』がSランクということはすでに聞かされていた。その凄さはまだ実感していないが、自分のような戦闘力ゼロの女の子が入れるパーティではないことくらいは分かっていた。
アイナは役に立ちたかった。自分のことを大切にしてくれる『銀獅子団』のみんなに少しでも恩返ししたいと思っていた。剣の才能がないことは自分でも分かっていたが、自分の身くらい自分で守れるようになりたかった。大好きなみんなに迷惑を掛けたくなかった。
「アイナは今でも十分役に立ってる」
「いいえ、全然ダメダメです……」
アイナの頭の上でキュイックが「キュイっ?」と頭を傾げる。
「ふふ。アイナは分からないかも知れないけど、本当に役に立ってるんだよ。アイナと会ってから、パーティの雰囲気がガラっと変わった。今までは張りつめたような緊張感があったけど、今はみんなリラックスしてる」
「それは良いことなんですか?」
「ん。危険なクエストばっかりこなして生き急いでた気がする。あのままじゃ、いつか誰かを失ってたかも。だから、今はとてもいい雰囲気。アイナのおかげ」
ネネが珍しく長々と喋る。「そ、そうですかねぇ?」と照れるアイナの頭をネネが優しく撫でた。今度のはシスコン的な何かではなく、ネネの感謝の気持ちがこもっていた。キュイックも「キューイっ!」と心なしか嬉しそうな鳴き声を上げた。
と、そこで突然馬車が急停車する。御者席に座るギルハルドの護衛が「どうしたっ!?」と前方に大声で問いかけている。
「魔物だっ!」
前方から、別の護衛の声がした。
「まずいっ! 全速力で走るぞ!」
先頭の御者席に座るヒューイから後ろに声がかかる。馬に鞭が入れられて急発進する。馬車は激しく揺れ、ネネとアイナは互いに抱き合った。キュイックは振り落とされないようにアイナの頭にしっかり掴まっている。
「炎飛竜が三匹! くそっ、振りきれん……仕方ない、応戦する!」
アイナの目にも見えた。体長五メートルほどの炎飛竜たちがこちらに物凄いスピードで迫っていた。
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いきなりワイバーンから襲撃される一行の運命は……!?
明日は2話投稿を予定しております。
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