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第49話

「とりあえず進もうか・・・。」


 数秒の間衝撃で固まっていた俺たちだったが、カケルさんの呼び声で我に返り、隊列を若干崩しながらもボス部屋の扉までの道をゆっくりと歩む。

 先ほどまで30階の攻略に向けて高揚しつつあった雰囲気とは打って変わり、皆ひたすらに無言だった。


 ここ数日考えてきた作戦が根本から覆る事態とあって、俺を含めたファイブスターズの足取りは重いものだ。

 自然と目に入ってくる固められた土やボス部屋に続く道とあって簡単な装飾の施された壁が、俺にはいつもよりも無機質なものに思えた。


 時間がいつもよりもゆっくり進んでいるように感じながらもしばらく歩き、扉の目の前に辿り着く。

 地下30階のボス部屋の扉は、色彩豊かで貴重であろう金属による装飾も施された今まで見たどのダンジョンのボス部屋の扉よりも豪華だ。


 しかし、当然あるはずの魔力水晶が消えて扉が閉まっているという事実には変わりなく、どこからともなく誰かのため息が聞こえてくるようである。


(本当になにがあったのか・・・。)


 寂しげに感じる豪華な扉の前で立ちすくんでいた俺たちだったが、少ししてから自然とカケルさんを中心に輪になるようにして、ボス部屋前の少し広くなったスペースに集まる。


(予定ではここでボス戦に備えて少し休憩するだけだったはずだけど時間がかかりそうだ。)


 予想外の展開に先ほどまでは余裕そうに汗すらかかずにいた俺以外の4人は、より茜ちゃんの魔法についての理解が深いこともあってか、一転して冷や汗と思われる汗をじわりと額に流している。


「皆びっくりしているだろうがそれは僕も同じだ。そうだな・・・。茜、見た感じから理由を解明することは出来そうか?」

「・・・わからないよ。これまでは一度もこわされたことなんてなかったから。」


 カケルさんから声をかけられると非を責められたと思ったのか、茜ちゃんは泣きそうな表情になり、一方のカケルさんは慌てた表情を見せた。

 すぐ隣にいた俺はフォローするように茜ちゃんの頭を優しくなでる。


(茜ちゃん・・・。)


 涙を何とかこらえるように強く目を瞑る茜ちゃん。

 もちろんカケルさんにそのつもりはなかったのだろうが、相変わらずの姿で精神も見た目に引っ張られがちな茜ちゃんの精神状態は予想以上に不安定になっているようだった。

 言葉選びに少し考え込むような感じのカケルさんを見かねて、カケルさんの隣に立つミサキさんがフォローする。


「痕跡が残っていないから理由の解明は難しいわね。ただ想定できるのは2つだけ。中からジェネラルオーガが打ち破ったか、外から能力者が破壊したか。」


 ミサキさんの言う通り、ボス部屋は完全にリセットがかかっており、ここから見る限りは地面にも扉にも一切の痕跡が残っていなさそうだった。

 ダンジョンには非常に強い復元力があり、壁や地面に傷がついたり抉られたりすると数分のうちに元通りになる。

 ボス部屋も同じで、ボスが討伐、もしくは部屋の外に飛び出すと全てはリセットされるのだ。


 ミサキさんの言う通り、想定できるのは人為的なものか、魔物によるものかの二択だが、問題はどちらなのかがここでは判断できないということだろう。


「カケルさん。もしジェネラルオーガが魔力水晶を破壊して外に出ているのならここも安全とは言えないんじゃないですか?」

「・・・確かに陽向くんの言う通りだね。強くなったジェネラルオーガが徘徊しているとしたら態勢を整えずに戦うのは危険だ。早く方針を決めないと。正直僕だけでは判断が難しい。皆の意見をくれ。」


 俺が恐れているのは不利な状態でジェネラルオーガと接敵することだった。

 数的には1対5と有利だが、魔力水晶を壊せるほどの力を持っているとなれば、進化したか、でなくとも相当に強くなっていることは間違いなく、もし戦うにしても少しでも不安要素を消しておきたい。

 この場所は一方通行でボス部屋に入るしか退路がなく、もしここで襲われたらかなりまずい状況になることが予想できる。


(いくつか選択肢はありそうだけど、どれも茨の道に思えてしまう。)


 ソロ経験がある程度あり、常に考えながら攻略を進めてきた俺の頭には色々な可能性と選択肢が浮かんでは消え、を繰り返していた。


 これから俺たちのとれる選択肢は三つ。

 このまま進むか、退くか、あるいはジェネラルオーガを探すか、だ。


「難しい選択ね・・・。第5ダンジョンを担当する能力者という立場からするとダンジョンの安全のためにもジェネラルオーガが徘徊しているかいないかの確認はしないといけないわ。幸い食料もポーションも十分に持ってきているし今からでもできなくはないけど。」


 そう言い切ってからミサキさんは渋い顔をする。

 ミサキさんもきっと、ジェネラルオーガと戦っても必ず勝てるという保証はないことが分かっているのだろう。


「ミサキ、この際立場とかプライドは捨ててしまっていい気がするんだ。それよりも正直に言えば僕はもうメンバーを誰一人として失いたくない。皆の命を預かるリーダーとして一番安全な策を選択したい。だからジェネラルオーガを探すのはそう、なしだ。問題はこのまま進んでボスと戦うのか、それとも撤退するのか、どちらが安全なのかというところだけど・・・。」


 カケルさんの尻すぼみしていく言葉に対して共通して4人の顔に浮かぶのは、ためらいの表情。

 前回の攻略でマスターと4人は撤退することを選ばざるを得なかった。

 ボス部屋がリセットされているということは、完全に再戦するということであり、俺には分からない前回の嫌な思い出が脳裏に浮かんできているのだろう。


「カケルも分かっているとは思いますが撤退も簡単ではありませんよ。29階と30階では魔物部屋は見つけていないので28階まで戻る必要がありますから。」


 話が膠着しつつあるのを見かねてか、ヒカリさんが珍しく発言する。


 下層からダンジョンの1階に戻る手段は主に2つ。

 どちらもポータルを使っての帰還になるが、出現場所は5階ごとのボス部屋か、ランダム的に存在する魔物部屋である。

 29階より先は避けて訓練していたこともあって、現時点で場所が分かっている魔物部屋は一番近くて地下28階のもの。

 すでに何度かクリア済みのため着いてしまえば確実に戻れることは間違いないが、ジェネラルオーガが徘徊しているかもしれないと分かってしまった以上、道中で遭遇してしまうリスクも考えなければいけなかった。

 撤退するのにも危険が伴うという事実が余計に選択を難しくしているのだ。


 つまり話を総合すると、進むのも退くのも、どちらも安全とは言い切れない、ということになってしまう。

 改めて各々が現状を口に出して整理したことで、むしろ話の膠着状態は続いてしまった。


(俺も発言するべきなのだろうか・・・。)


 一方の俺はというと、ここまで話の成り行きをなるべく発言せずに見守っていたが、思った以上に話が進まない現状にどうするべきか悩んでいた。

 実際にボスと戦った経験があるわけでもなく、能力者としての経験もほとんどないといっていい俺は、こういった話し合いではこれまでも発言を躊躇してしまうところがあった。

 しかも話が膠着して経験豊富な4人が迷っているという現状、俺の意見がパーティーの決定を左右するものになるかもしれないという予感がある。


 迷いながらも、ただただ発言せずに見合っている4人をぐるりと見渡すと、左隣のヒカリさんと不意に目が合った。

 いや、合ってしまったという方が正しいだろうか。


 ヒカリさんのそれは強く、何かを訴えかけるような視線。

 よくよく見てみると他の3人の焦ったような表情とは違い、ヒカリさんの表情はいつも通りで、むしろいつもに増して冷静さを感じられるようだった。


 鋭い目線から俺は、言葉はなくても、俺が意見を言うべきだ、とヒカリさんが思っているであろうことが容易に想像できてしまう。


 思えば出発前、いつもより早く来たヒカリさんが言ったこと。

 今の状況は彼女の予感通りだったのではないだろうか。


(ファイブスターズは自信を失いつつあるんだ。)


 こういう難しい状況になって初めてヒカリさんの言っていたことが真に理解できたような気がした。

 進むのも退くのも迷ってしまうのは、ハルカさんを失ったこと、そして前回の攻略で失敗してしまったことがきっかけで、何が最善なのかが分からなくなっているのだろう。


(俺にできることは何だろうか。)


 依然ヒカリさんからの強い視線を感じつつも、俺は考える。


 しばらくして俺が出した答えは、こうだった。


「カケルさん、ミサキさん、ヒカリさん、そして茜ちゃん。ボス部屋に進むことにしませんか?28階に戻るのはジェネラルオーガがいるかもしれないことを考えるとリスクが高い。もちろんボス戦なら心配はいりません。俺の能力を、いや、俺を信じてください。ジェネラルオーガを倒すとは言いません。だけどいくらでも引き付けて見せます。その間に他の3体を倒して他の皆が駆け付けてくれると信じています。だから当初の目的を果たしましょう。」

「よし、分かった。」


 俺の言葉にそう答えたカケルさん。

 奇しくも4人が決断できない現状、予想通り俺の意見がすんなりと受け入れられることになってしまった。


 しかしよく見ると、彼の瞳には強烈に引き付けられるようないつも通りの強い瞳が戻ってきている。


 それにしてもカケルさんの返事の速さは、もしかすると俺からの意見を最初から待っていていたのかもしれないとさえ思わせた。

 恐らく迷いながらもカケルさんの心内はすでに決まっていたに違いない。


 こうしてファイブスターズは一悶着ありつつも、予定通り30階のボス、ジェネラルオーガに挑むことになったのだ。






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