痛いのは初めだけ慣れてしまえば大丈夫
その5
痛いのは初めだけ慣れてしまえば大丈夫
土田雄平と水島麻里。
この名前が狙撃者と囮の名前だった。
どうして名前がわかったのかと言うと、アドレス帳に勝手にその名前が増えていたからだ。
あさぎが言うにはそういう物らしく、出会った人のアドレスが表示されるものらしい。
もっとも翌日にはそういった内容のメールというかインフォメーションが送られてきた。
アドレスの一番上はパートナーである事、デフォルトで表示されていた5名とは通話はできるという事。
そしてリタイアした名前は文字化けしてしまうという事。
似て否なるとは言っても、日本地図としてはA世界1世界とも同じらしく、お互いに示し合わせて戦えといったところなのだろうか。
面通しさえできればナビゲーションこそ無いものの、近くにはワープできるという事も書いてあった。
このゲーム、ジハードだっけ?
案外ルールに穴がある気がする。
むしろわざと穴をあけていて、気がついた奴が有利に事を運べるようになっている。
ゲームの根底を揺るがすほどではないくせに、バランスを崩壊させるくらいの。
そしてそれに気がついたとしても、全部お釈迦様の掌の上だったといった非常にタチの悪い類の物だ。
そもそも生き残りをかけた戦いだというのなら、ずっとバトルロイヤルのままでいい。
二部構成にして本戦トーナメントを行う必要は無いのだ。
そこに深い意味があるのか、それはまだ予想がつかない。
不確定要素で頭を悩ませても仕方がないので、当面の問題に頭を切り替える。
水島麻里の問題である。
問題というか、俺達が勝手に問題として扱っているだけというか。
ともかく、俺とあさぎの考えは土田雄平からの解放だった。
あんな人を人とも考えていないような男に扱われるだなんて、そんな事は許せなかった。
許せないなんて言葉は、殺し合い前提での関係において決して適切ではないだろうけど、近い思いがあった。
そして水島麻里とコンタクトをとったのだが、思いの外丁寧に対応してもらえた。
話しをしたのはあさぎ。
どういうやりとりをしたのかは知らないが、とにかく上手く話をまとめてくれた。
彼女は俺と同じ世界の住人で、家は二駅しか離れていない。
土田には秘密という条件も簡単に呑んでくれた。
あまりにも思ったように事が運びすぎているので罠とも考えられるが、俺もあさぎも、だとしても会おうという事で話が落ち着いた。
場所は先日に水島達と交戦した駅の近くで経営しているカラオケボックス。
そこの一室を借りているという話だった。
いつものようにあさぎが俺の世界にやってきて、車で移動しつつがなく入店。
そして案内された部屋に、約束通り水島は居た。
土田は居なかった。
代わりにライオンのマスクをした大男と少年が同席していた。
……うん。
おーけぃ、おーけぃ、ちょっと落ち着こうか。
何?
何この状況?
俺がシリアスな空気として張りつめていたというのに、急にお笑い空間になる。
考えてもみてほしい、例えばあなたが知った女性と真面目な話があると約束して、その場所に行ったら謎のマスクマンがいるのだ。
笑うだろ?
デデーン! 瀬賀アウトー、そんな状況だ。
でも、笑うに笑えない。
笑えないというか、笑い事じゃねぇ。
百歩譲って……いや、全くもって譲っちゃいけない要素だけどマスクは許そう。
見なかった事にしよう、気づかなかった事にしよう、気づかないふりをしよう。
だけど、デカイ!
大きいというシンプルで絶対的で覆らない重要なファクター。
『デカアアアアアィ! 説明不要!』である。
それはもう、単純に怖いのだ。
笑えないのだ、笑っても苦笑いしか浮かばないのだ。
マスクマンの着ているジャケットがぴっちぴちだ、どんな胸板なのだろう、見てみたいけど見たくない。
それにあの二の腕、あさぎの太股どころか胴回りくらいあるんじゃないのか!?
そこで気がついた、超能力バトルの展開に脳が緩んで気がつけなかった。
ホライゾンではともかくとして、お互いの世界に行き来できるのだ。
戦うべき相手とホライゾン以外で接触できるのだ。
ならば、その世界で襲われたらどうなるのだろう。
ホライゾンでなければステータスの強化なんていうものも無ければ特殊能力も使えない。
この世界で殺されてもリタイアなんじゃないのか?
書かれてはいない、説明されていない、重要なルール。
考えれば気がつけた、たどり着けた思考だ。
またしても馬鹿だった、浅はかだった、ぬかってしまった。
もし、このマスクマンにあの鍛え上げられた、服の上からでも解るはちきれんばかりの筋肉がつまった腕で殴られたら俺は間違いなく死ぬ。
祈る事しかできない。
いや、そんな事はする必要は無い。
逃げよう、ただちに逃げるべきだ。
今の状況ではあさぎはどうする事もできない、まずは離れる。
そしてホライゾンに入る。
そこでならばいくらでも対応が可能だ、土田の待ち伏せがあるかもしれないが、今この状況は間違いなく詰みだ。
一瞬で、筋骨隆々のマスクマンを目にしただけでそこまで俺は頭をフル回転させたというのに隣のあさぎは全くもって違っていた。
それは俺とは真逆の反応の頂点だった。
恐れた俺と違ってあさぎは有名なショーウィンドゥに飾られたトランペットを見るかのようなキラキラとした瞳で、うっすらと顔に笑顔を作り。
そしてその感情を爆発させるように、静かな雰囲気の飲食店内である事をすっかり失念した様子で。
「サバンナマスクだーーーー!!」
そのマスクマンの名前を叫んだ。
え、知ってるの?
このライオンさんとお知り合いなの?
「お、こんなところでファンに会えるとは嬉しいな!」
体格のわりに爽やかな声だった。
「え、誰?」
何だか俺だけがおかしいみたいなリアクションになってしまう。
水島麻里にしても涼しい顔だ、同じ部屋にマスクマンが存在する事に何の疑問を抱いていない顔だ。
少年は背筋をただして行儀よく座っている。
あさぎはあさぎで子供みたいにはしゃいでいる。
俺は怯えている。
おかしな事に、子供が一番この状況の中で冷静だった。
「誰って知らないの?」
「知らないよ」
「サバンナマスク! 戦慄のプレデター! 無冠の凶獣王! 食物連鎖のピラミッドの頂点! リングという野生の支配者! 身長百九十二センチ、体重百二十キロ、リオントゥースで相手を弱らせてからのラオイネルスピンニングボトム! そしてフィニッシャーはサバンナヒート! これが決まれば勝ったも同然! 何で知らないのよ!? わったし大ファンなんです!」
何でと言われても……。
えっと、プロレスラーか何かなのだろうか?
二つ名のほとんどが物騒この上ないのだけど、そんなに有名なのか、プロレスとか知らないからわからないけれど。
そもそもこうもポンポンとパーソナルデータがでてくるあたり本気でファンなんだろうな。
「う、うわー! サ、サイン良いですか? あ、でも色紙とかないし……ど、ど、ど、どうしよう!?」
「いいよ、今度書いてきてあげよう。応援してくれてどうもありがとう、名前いいかな?」
「防人あさぎです。防御の防に人間の人、あさぎはひらがなです」
「わかった。はっはっは、そうえば端末に名前が出るから大丈夫だね。はっはっは」
「お姉ちゃんもサバンナのファンなの?」
「ファンよ! 大ファン! 超ファン! 鬼ファンだよ!」
「僕、三ノ輪健太。お姉ちゃん今度一緒にサバンナの試合を見に行こうよ!」
「いいよ行く行く! あ、私の事はあさぎお姉ちゃんって呼んでね健太君!」
「うん、あさぎお姉ちゃん!」
「あの、ちょっと二の腕触っていいですか……?」
「はっはっは! もちろんいいよ!」
「わぁ! すっごいカッチカチ! カッチカチだぁ! すっごいよ千鶴!!」
「はっはっは! 君もどうだい?」
「あ、俺はいいです」
急に話を振らないで欲しい。
何だこのプロレスファンの交流会みたいなノリは…
なんかもう帰りたくなってきた、おまえ等もう勝手にもりあがってればいいんじゃないか、俺は携帯でもいじって外で待ってるからさ。
置いてけぼりの展開に拗ねたような気持ちになったところで、場をリセットするように水島さんが口を挟んだ。
「とりあえず、落ち着いて話をしませんか?」
場が水を打ったように静まりかえった。
そう、俺もあさぎもまだ席についてさえいないのだ。
気まずそうにあさぎは席についた、ライオンのマスクの、えっとサバンナマスクだっけ?
サバンナマスクもマスク越しに申し訳なさそうな表情をしていた、縮こまった様子はやたらと良い体格と相成ってちょっと可愛く見えた。
「さて、私としては正直なところこの面通しにメリットは無いのですけど。サバンナマスクさんと防人あさぎさんは私に何かご用があるわけですよね?」
酷く冷めた声だった。
冷たいという印象よりも疲れたという印象の方が強い。
あさぎとサバンナマスクは目だけで意志の疎通を行うと、あさぎの方が先に用件を切り出した。
「えっと、土田雄平の事です」
「私のパートナーが何か?」
平坦に水島は答える。
そこに何の感情も無いように、知らない人の話を持ち出されたように。
それでいて、しかりとパートナーであると答えた。
「この前のあれ、あの扱い許せません」
ストレートにあさぎは言う。
もっとも切り出し方としてはそう言うしかないだろう。
主語のぬけ落ちた俺達と水島にしか理解しようもないやりとりにサバンナマスクも健太君も何ともいえない顔をする。
「あの扱い、というと?」
あさぎの言葉が理解できないという様子で水島は聞き返す。
電話でのやりとりでは何と話したのかはわからないが、そもそも話し合いの説明もしていなかったようだ。
「あなたの、水島さんの髪を掴んで叩きつけたり。酷い事を言ったり!」
「言葉はともかく、私からしてみれば私はあなたに殺されかけたわけですから。よほどあなたの方が酷いのですけど。いえ、そういう戦いなのだから酷いというのは筋違いというのもわかってはいるんですけど」
水島は淡々と答えた。
粛粛と続けた。
「つまり何が言いたいのでしょうか?私は理解できないのですけどあなたは、防人さんは私が酷い目にあっているから助けたいっていう事なのは察しましたけど、それで私にどうし欲しいんですか、パートナーである土田を裏切れという事なのでしょうか?」
簡潔に、こちらの言いたい事を逆にはっきりと告げてきた。
土田を倒しさえすれば、水島さんは土田の下から解放され新しいパートナーと組む事になるのだ。
俺達は確かにそれが望みというか、願いである。
「裏切る……っていうか。水島さんはあんなのがパートナーでいいんですか?」
「特に不満はありません」
「どうして! だってひ」
「酷い扱いを受けたり酷い言葉を言われるから、と言いたいんですよね。さっきお聞ききしました」
こっちの考えなどお見通しという感じで水島は言葉を重ねる。
そうされてはあさぎでは何も言い返せない。
俺だって何も言えない。
だが、関係性の良し悪しはともかく聞きたい事はある。
「酷い事、っていうか。ほら、土田は攻撃的な能力で水島さんは防御的な能力じゃないですか。だから土田に脅されていやいや従ってるとか」
俺と能力的な立場が一緒だから、一瞬でもそう考えてしまった事があるからこそ聞いてみたい事だった。
聞いてみたいだけで、意味の無い事だとわかってはいる。
「もし、そうだったら。ここに土田はいないわけですから。あなた方の申し出を受けているんじゃないですか?」
そうなのだ。
だというのに、水島は今の関係に不満はないと答えたのだ。
「話がわからないが、パートナーに虐待を受けているのか?」
サバンナマスクが事情がわからないなりに、探った質問を投げる。
ある意味適切な質問だ。
いじめの問題に必ずついてまわる、認識という誤差。
いじめる側はいじめてないと言い張るが、いじめられている側はそうは思わず、いじめられていると考える。
だけど水島と土田の関係は少し変わっている。
あきらかに土田は意志を持って水島をいじめているにもかかわらず水島がいじめられているという実感を持っていないのだ。
被害者なき事実。
その場合、問題なのだろうか?
問題として成立するのだろうか?
「そのような事実はありません」
水島はキッパリとそう告げると。
それでついに抑えが利かなくなったのかあさぎが立ち上がって声を張り上げる。
「どうしてあんな事されて、あんな扱い受けて何とも思ってないのよ! 思わないのよ!」
そう言われて水島は初めて困った顔を見せる。
「そうね……質問を質問で返すのは申し訳ないけれど。それを答える前にあなた達が勝った時の願いを教えてくれるかしら?」
水島は小首を傾げながら、生気の薄いガラス玉のような瞳で俺達をみる。
「私は友達の病気を治す事」
「俺は殺された家族を取り返す」
サバンナマスクと健太君は言わなかった。
俺達に向けられての質問なのだから、よけいな事を言う必要は無い。
これはそういう戦いだ。
忘れてはいけない、今のこの状況だって戦いの最中なのだ。
「素敵ね、皮肉ではなく本当にそう思う。だからきっと驚くでしょうね。私の願いは」
水島は続けた。
尋常じゃない言葉を続けた。
「……無いの」
その意味を俺達は一瞬、理解できなかった。
サバンナマスクも健太君も理解できなかったらしく、固唾を飲んで水島のその理由を待つしかなかった。
「どうしてって顔ね、種明かしをすると私はもう死んだ人間だからよ、それも何度もね」
言って水島は右手を差し出す。
その手首には痛々しいまでのリストカットの痕が何重にも有った。
何度も自殺しようとした証だった。
死のうとした証拠だった。
「運が良い……この場合は悪いのかしら? 同情を引く気もないし、そんな気がなくてもこんな話を持ち出してくれる、とっても優しいあなた達が私達と戦い難くなっても困るからどうしてこうなったかは言わないけれど。私はもう全てを諦めてるの。世の中に必要とされなくなったのに、私も世の中を必要としてないのに、それでもまだのうのうと生きてる。何度も自殺を試みてもどうしてか生き残てしまうのよ、今となっては自分で死ぬ事さえも諦めた。そんな私が叶えたい願いなんてあると思う?」
絶句する。
気持ちが悪い。
空気がどろどろとしたどす黒い得体の知れない不快感に汚染されている、一刻も早くこの場から逃げたい。
この水島麻里という女の言葉を聞きたくないと思ってしまう。
その沸き上がる、こみ上げてくる感情は。
それこそ水島麻里の言うように、水島麻里という存在がこの世界に必要とされていないように。
水島麻里がこの世界を必要としていないという感情が具体的に現れたかのようだった。
だが、それでもあさぎは食いついた。
「そんな事は知らないわ! 幸せとかなるようなもんじゃないから、幸せになれとかそういう事を言いたいわけじゃないんだけどさ! 幸せと感じた事ないの! そういうのにしがみつきたいとか思わないの! 思わなかったの!」
精一杯抵抗するように。
気力だけで反抗するように。
そして自分に言い聞かせるようにあさぎは水島に言い返した。
水島は少し驚いた様子を見せたあと、静かに微笑む。
変わらず抑揚の無い声で。
疲れた表情で。
乾いた瞳で。
「確かに無かったわけじゃないわ。でもね、あなたで言うところの不幸に慣れてしまって、慣れすぎてしまって。今ではそういう事の方がしんどいのよ。だから考えてみなさい、そんな私に必要とされない私を適度に必要としてくれてそれなりに不幸でいさせてくれる土田の側はとっても居心地が良いのよ。あの何をしてもどうなっても不幸と真剣に向き合わない、感じようともしないあの男の幸せ願うっていうのも面白いかもしれなわね」
このタイミングで、水島は自分の願いを口にした。
思い立った。
想いに届いた。
それは俺達にとってはとんでもない願いで、理解できない願いで。
病的な願いだった。
心底その願いをどうでもよいと思っているのも間違いなく。
真底、彼女は自分が生きている事がどうでもよく。
深底は死さえも飲み込む闇のようだった。
そしてその願いが思いつくという時点で、俺達には理解できないし、したくもない土田と水島のパートナー関係は強固であると痛感せざるを得なかった。
もう、さすがにあさぎも黙るしかなかった。
あさぎの憔悴しきった表情はみるに耐えなかったが。
すぐ目の前に最初から、出会ったときから憔悴しきった顔をして、なおも平気であり続ける水島がいるのが酷く滑稽だった。
酷い不意打ちだ。
土田雄平と水島麻里の組み合わせは認めたくないが抜群であり、これ以上は無い相性だった。
そして恐るべきは土田ではなく、水島麻里だった。
「さて……それではサバンナマスクさん。あなたは私にどういった話があったのかしら?」
「君に対してはもう話は無い、私が浅はかだった」
水島は「あらそぅ?」と素っ気なく返事をする。
「それじゃ、用はおしまいかしら?私は失礼するわね。それと瀬賀さん、防人さん。明日の夜の十一時、同じ場所で再戦したいと私のパートナーが言ってたわ。よろしくさん」
言って水島は部屋から出ていった。
残ったのは重く、苦しい空気だけだった。
その場の誰もが、何と言葉を発していいかわからず沈黙するしかなかった。
場を切り替えるように、会話を切り出したのは爽やかな声をしたサバンナマスクだった。
「あさぎ君、君はさっき私の身長を192センチといったが……それは公表で。本当は189センチなんだ……」
「そ、そうなんですか……」
せっかくのサバンナマスクの場を切り替えようとした丸秘情報を持ってしても上滑りなだけだった。
素直すぎるだろあさぎ!
そこはいつものおかしなテンションで乗ってやれよ!
何でたかだか3センチさばをよんだんだって突っ込みを入れてやれよ!
「何だかよくわからなかったけどさ」
不意に健太君が声を上げた。
「帰るとき、今のお姉ちゃん。幸せそうだったよね?」
確認を取るように健太君がサバンナマスクを見る。
サバンナマスクは不意を打たれたように、体を震わせると、涙を堪えたような掠れた声で「ああ、そうだな」と言いながら大きな手で健太君の髪をくしゃくしゃにするように撫でた。
何も言わないし、聞かないし、察そうともしない。
健太君がそう言えてしまう、そう気づけてしまうという事は、そう感じてしまえるという事は健太君だってこの場にいるだけの何かを背負っているのだ。
水島の言う通りだろう。
言っても仕方ないし、聞かされてもどうしようもない。
叶える願いが無いからといって戦わなくてもいいという理由にはならない。
戦う理由が無いわけじゃない。
ならば、この不幸を絵に描いたような戦いは水島にとって最高のシチュエーションだ。
不幸でい続けるために戦う。
そんなふざけた理由の奴にやられうわけにはいかない。
「サバンナマスクさん」
「何だい、えっと……」
「瀬賀です、瀬賀千鶴です。単刀直入に聞いていいですか?」
「何だろう?」
「サバンナマスクさんは何人殺しましたか?」
俺の言葉にサバンナマスクは一瞬だけ躊躇い、健太君を気にするように見た。
だが、それでも答えた。
「二人だ、君たちと会う前に一度だけ交戦して……殺した」
「そうですか、あさぎは一人。そして明日僕たちも二人殺すと思います」
「さっきの彼女か」
「そうですね、指定までされては行かないわけにはね」
「きっと罠だぞ」
「でしょうね。でも、勝ちます」
「そうか……」
まだ迷っているようなあさぎの代わりに意思表示をする。
戦わなければならない。
むしろ、知ってしまった。
願いを持たせてしまった責任めいたものさえ感じる。
「僕らは彼女の、水島さんの人と也を知ってましたけど。まさかあれほどとは思ってませんでしたけど。サバンナマスクさんは知らなかったようですけど、どうして?」
俺の質問にサバンナマスクさんは少し、戸惑いながら答える。
この人、見た目のわりに案外気が小さくて遠慮がちだ。
「今、言った通り二人殺して。俺も殺されるかもしれない戦いだと痛感した。だから、俺がもし死んでもこの子の面倒を見てくれる人がいればと思って。俺の端末に唯一ある女性の名前だったからね。女性だからという安易な考えだよ」
「サバンナは負けないよ!」
サバンナマスクの気弱な言葉を叱責するように健太君が言う。
「ああ、そうだな!」
そうか。
俺とあさぎのように、水島と土田のようにサバンナマスクと健太少年も相性が良いのだ。
そもそも、そのように選ばれているのだろう。
このゲームの運営というか主催者に、つくづく腹が立つ。
「僕たちは勝ちます、サバンナマスクさんも勝ってください。でも、今の言葉は覚えておきます」
「ああ、勝って来い。その時はもっとゆっくり話をしよう。俺の試合も見て欲しい」
「サインも楽しみにしてます。行くぞ、あさぎ」
うん、と気のない返事をしてあさぎを俺は連れだした。
何とも覇気の無い様子だ。
いつものあさぎとはとうてい考えもつかない。
「どうした、そんなに水島さんの事が気になるのか」
「いや、そうじゃないのよ。水島さんについては、なんというか話をしてみて。この人は終わってるなーって思うのよ。だから戦う事には何の躊躇いもないんだけどね」
「だけど何だよ」
「あそこまで行けばある意味楽なんだろうなって」
楽?
あの疲弊しきった水島を見て?
苦痛を苦痛と思わない、不幸を不幸と感じないという意味では確かにそうかもしれない。
それは楽ではなくて麻痺と表現する方が正しいのだろうけど。
「いいや、何でもない!腹一杯食べて!しっかり寝て!あの二人をぶっとばそうぜ!」
空元気なのは見てとれたけど俺は何も言えなかった。
言わせなかった。
言わせない、心配させまいという、不思議な力が防人あさぎにはある。
サバンナマスクにも健太君にもあるように、水島だけでなく、おそらく土田にもあるように。
それぞれに思う事はあるのだ。
そんな事をいちいち気にもしていられない。
戦おう。
決戦は明日。
因果関係は無いだろうが、防人あさぎのその生き方は本人の好きなプロレスと似た部分がある。
プロレスにはブックと呼ばれる台本がある。
その台本の代わりに、この場合は脚本があると言った方がいいのかもしれない。
こんな状況だったから、俺もその当事者として、さらに言うなら登場人物として存在するのだからそう思う。
言葉遊びであって同じ意味、シナリオとでもスクリプトとでも言える。
仮にスポーツ的な物の見方で、一方的な展開だったとして、極端な例でフルマラソンでトップと二位とで十キロ差がついてるとか。
甲子園の予選で強豪と弱小が当たった時にあるような三十対0でも七回までやらないといけないような状況とか。
シナリオが無いからこそ、台本が無いからこそ起こりうるそういうどうしようもない状況。
そんなのは見てる方も、負けてる方も、勝ってる方さえ面白くない。
そういう意味では俺も同じような、誰でも同じようなものなのだ。
面白いとという展開や、逆もしかりで辛いと思う展開、そのた諸々のちょっとした起伏は台本上という事と言い換えられる。
ただ突発的に受ける俺達とは違い、防人あさぎは用意された痛みに進んで飛び込む。
さながらプロレスのように。
プロレスの悪役のように。
負けが決まっている展開を進んで受け入れる。
周りを、観客を、読者を、視聴者を喜ばせるために、あえて自分を追い込む。
皆分かっている、言うだけ野暮だ、言う方がマナー違反だ。
だから俺は言えないし、あさぎが言わせないようにし向けている。
でも、この時は言うべきだった。
野暮でも何でも、言ってやるべきだった。
痛みは慣れる事ができるけれど、慣れてしまってはおしまいだと。
水島を見て。
水島のようになって楽だなんて思うんじゃないぞと。
その後悔をするのは、予選も終盤戦になっての事である。




