信じてる、信じてる、信じてる? 後編
あさぎは足下の縁石をむんずと掴むと、大きく振りかぶって投げた。
コンクリートの塊を、さながらソフトボールでも遠投するように投げた。
その縁石は重量と速度と相成って、いつか映画で目にした火薬を炸裂させて鉄球を飛ばす、海賊船に装備されたカルバリン砲のように流弾となって狙撃者が潜んでいるであろうビルの階に直撃する。
大ざっぱな性格の割にそういったコントロールは抜群なようで、次々と縁石を掴んでは正確にぶち当てる。
シンプル過ぎてこれは有効だった。
能力は端末の操作をした上で発声という手順を踏まなくてはならない。
そのうえ遠距離攻撃なら照準を合わせる必要があるのだ。
防御力という数値化された確かに虚ろな保証はあるものの、一発一発がビルの壁をえぐるような投擲攻撃の雨の中でそれを行う度胸はよほどでもない限り起きないだろう。
それに直前に攻撃を避けるではなく、受け止められたのだ。
ファーストコンタクトのアベレージは狙撃者の中ではもう無いだろうし、戦いの流れというアドバンテージは間違いなくこちらに流れていた。
さすがにこの状況はまずいと思ったのだろう、女があさぎに向かって走り出す。
この弾丸を妨害できれば狙撃者にも攻撃の機会は再び訪れるのだ。
しかし、女のそれは悲しいほどに。
俺だって格闘という行為に関しては素人であるけれど、それでもお粗末といっていい単純な飛びかかりであさぎに迫る。
「っしゃあ!」
気合い一閃。
容赦の欠片も無い、腰の回転が乗った見事なあさぎの腹パンが女に炸裂する。
効果音としてはドモン!っていう感じだろうか、いずれにしても今まで聞いた事もないし、聞きたくもない音だった。
「おぅぇ……ぐっ……」
やはり聞きたくもない声をあげながら女はうずくまる。
うずくまった女の頭がちょうどあさぎの腰の高さに合うと同時に、電光石火の早業と表現するに差し支えない回し蹴りが女の側頭部を捉えた。
今度はゴッという鈍い音だった。
女は声も上げなかった。
バタリとその場に横になった。
それは俺達の勝利に間違いない。
間違いないというのに、一気に恐怖が俺の身体を支配した。
お人好し?
ズレた意見?
覚悟が足りない?
言いたければ言えよ、貶したければ貶せよ。
誹謗でも中傷でも甘んじて受け入れるよ、殺そうとした相手だけど、確かに殺意に殺意をもって答えた相手だけど。
現状、俺が直接殺されそうになったという直接的な事はなかったけど。
直接俺の手で殺したわけじゃないけど。
人が目の前で殺されれば、畏れを抱いていいじゃないか。
相棒に、パートナーに、命を預け合う存在に畏怖を抱いても仕方ないじゃないか。
立ち尽くしている俺をよそに、その倒れた女の足下に矢が刺さる。
明らかにあさぎを狙ったわけではないその一矢は、地面に刺さると同時に発光し、あさぎを勢い良く吹き飛ばした。
コンビニのガラスをぶち破り、それでも止まれず弁当のコーナーの棚にぶち当たってやっとあさぎは止まる。
そういう威力を持った攻撃なのかと思ったが、そうではなかった。
青白い光の壁が矢を中心に女を取り囲んでいた。
「あいたたたた、くっそー。何だよ!」
あさぎは頭からスパゲティナポリタンをかぶるというちょっと面白い出で立ちで俺の隣に戻ってくる。
かと思えばちゅるっと口の端にかかったスパゲティの麺を食べた。
いや、こういう時にそういう面白いリアクションをとるのはやめて貰いたい。
笑いを堪えつつ、何がおきるか見ていると学習塾が入っているビルから男が現れた。
背が高く髪は金髪、カテゴリ分けするならイケメンの部類に入るルックス。
白いシャツにジャケットスーツ、その首もとにはシルバーアクセサリがじゃらじゃらとついており、
シャツからはだけた首もとは浅黒く日焼けしていて、覗く胸板も引き締まっているのが見てとれる。
一見するとホストのような男だった。
男は無言でずかずかと俺たちに歩み寄る。
あさぎも構える、ケチャップまみれだけど。
緊張せざるを得ない、策を弄する相手は破られた時点で攻めてを失うという俺の考えは案外違っていたのか。
不意を狙う方が楽だからそうしているだけであって、別に直接戦うという事も良しとするのか。
しかし、男のそばで足を止める。
そしてあろう事か女の髪を乱暴に掴んで引き起こしたのだ。
「なっ!」
俺が驚きの声をあげようとしたところで、あさぎの怒声がそれをかき消した。
「アンタ何て事をしてんのよ!」
それは素直な、女性が女性の立場として発せられた声だ。
気を失った女の人にその対応は無いだろう。
「あ?何て?何て事って言ったの今?マジでウケんだけど、その何て事したのっておメェじゃねぇの?」
「あう……」
乱暴に髪を捕まれて、無理矢理に起こされた女の上半身はこっちを向いていた。
まだ生きていた。
生きていたからこそ、痛々しかった。
力無く、男に髪を捕まれるままにだらりとしており。
そしてその表情は苦悶に満ちていた。
男の言い分はもっともだった、全くもって正しい。その姿にせしめたのはあさぎの攻撃だ。
それは間違いだろうし、俺達がそんな事を言う立場に無いのも解っているというのに。
男の様子と言動を絶対に認めるわけにはいかなかった。
それとこれとは全くもって話が別だ!
「マジで最高にムカつくよな! こいつマジで囮にしか何ねぇ。盾になれって言ってんのに、すぐにやられやがってよ」
そして、掴んだ髪を乱暴に手放した。
手放したなんて優しいもんじゃない、髪を掴んで女の頭を地面に叩きつけた。
そこであさぎが爆発した。
文字通り爆発した。
「てめぇ! そこを動くんじゃねぇぞ!!」
あさぎの攻撃力として強化された身体能力は一踏みの下に男との距離を詰める。
俺は止めない。
止める間も無かったのは間違いないが、それでも止めようとさえしなかっただろう。
それが男なりの挑発だったとしても、気にもとめないだろう。
とにかく吐き気さえ覚えるこの男を一刻も早く殴りつけてやりたい気持ちだった。
「えぶし!」
だが変な悲鳴をあげたのはあさぎの方で、男は涼しい顔をしたまんまだった。
当のあさぎは刺さった矢から発生した光の壁に衝突し、似たような勢いで弾き飛ばされて俺の横にどしゃーんという豪快な音を立てて転がった。
「あー、無理無理。このヨハン・バイエルって矢を抜くか3分経つまで絶対に壊せないらしいから。ってかさ、アンタのアレなんだよ。せっかく良い戦法だと思ったのにふざけんなよ」
男は愚痴りながら続けた。
「マジでこいつ起きねえな。ったく、コイツがいねぇと話しになんねぇのに。早く回復しろよ。マジで使えねえ!ムカつくな、てめぇもてめぇでどんな威力してんだよ!それに何で一発で治ってんの?あれマジで最初の一発で俺の勝ちだったんじゃね?」
男は唾を吐いた後に端末をチェックする。
「マジしらけた」
冷めた顔でそう言うと女のポケットから端末をまさぐると無理矢理に女の指を使って操作する。
すると女の身体が空間から、ホライゾンから消えた。
「てめぇらマジでやってやっかんな、マジだかんな。わかってんの? アン? 絶対にぶっ殺してやっかんな! あー、もうマジで超ウゼェ!」
もう完全にチンピラの捨て台詞を残して男は消えた。
どうやらいつの間にか10分が経過しており、もとの世界に帰ったという事だろう。
つまり逃げられたという事だろう。
それを理解した途端。
「何なのよあの男は!!!」
あさぎが足を曲げてハンドスプリングの要領でその場で飛び起きた。
カッコいいけど、女がそれをやるのはどうなの?
「見た? 何あれ? いや、まぁね。これが殺し合いってのはわかるよ? いや、だからってあの態度はないんじゃないの!」
あさぎの怒りはもっともで、全面的にその件については同意します。
だから地面を足でダンダンと踏むのはやめてください、このビルが壊れてしまう気がします。
いや、さすがに壊れないだろうけど。隣の俺は結構な震度でそれが伝わってくる。
この勢いで成長していったら、冗談抜きでビルの一つくらはあさぎは素手で壊せるんじゃなかろうか?
「落ちついてくださいあさぎさん!」
そりゃ思わず敬語にもなってしまう。
あさぎはむきゃー!などという猿が木から落ちたような声をあげると、やっと落ち着きを取り戻した。
「ふぅ、あのさ。男としてどうなの?ああいうのって?」
「最低だと思う」
「そう、ならいいわ」
あさぎはそこで一端言葉を区切って続けた。
「確認と大事な質問をするんだけどおーけぃ?」
「何だよあらたまって」
「千鶴は家族を蘇らせたい……いや、取り戻したいわけよね。私は友達を助けたい」
「おう、そうだぜ」
「そこに綺麗事はないのは解るわよね、殺したり殺されたりする戦いだって事に」
「うん、そうだな」
「役割分担として、私が主に相手を殺す事になる。少なからず千鶴はそんな私を嫌に思うだろうけど。
それでも信頼してくれる?」
その質問にザクリと胸を抉られる。
信頼が揺らいだわけじゃない。
いや、信頼関係と言えるほどの物がまだ築きあげられてさえいないのだろう。
……いや。
そうじゃない。
あさぎがこういう質問をしてくるのは俺の信頼を勝ち取るとしているからだ。
頑なに、自分を押さえて、不安を押し殺し信用しようとしているからだ。
自分を信用して欲しい、信頼に足りうる人間だと訴えているのだ。
疑う事も揺らぐ事もない、芯のような物が既にあるという事だ。
対して俺はまだ無い。
確立されていない。
戦う覚悟はできていても、信じ続ける覚悟ができていない。
あの時に感じた恐怖がまさにそれだ。
パートナーを怖がるタッグがどこにいる。
そういった俺が裏切らないように、という釘を指すつもりなのだと思った。
思ってしまった。
それは浅はかだった。
防人あさぎの事を、パートナーの事をまだよく理解していない証拠だった。
そういう意味ではあさぎだって俺の事を理解していないだろうけど、代わりにあさぎは無垢で純粋だから理解は必要ないのだ。
だから素直に。
素直すぎるように続けた。
「私が千鶴を裏切る事はありえないって信じてくれる?」
逆だった。
考えてみればそうだった。
俺にあさぎを殺す能力は無いが、あさぎは俺を殺す能力があるのだ。
俺はさっきあさぎに恐怖した。
恐怖は首輪だ、首輪がある限り対等ではない。
明確な上下が存在する。
それは、それこそパートナーとして破綻している関係だ。
信頼している。
信頼しようとしている。
だから、あさぎは手を差し伸べてくる。
自分を信頼てくれと、自分は信用に足りる人間だと。
あの時に飛び出したのは俺を信頼しているから、俺に背中を預けるから。
絶対的に俺を信頼するぞという、私はそうするぞという強烈な意志表示。
無茶苦茶だと思ったし、無鉄砲だとも思った。
それは間違いないが、そんな事をするのにあさぎに恐怖が無かったわけがないだろう。
決死の覚悟があっても、死に怯えないはずはないだろう。
順列が倒錯する不思議な二率関係。
卵が先か鶏が先かといった話だけど、これには答えが出せるものだ。
だから俺は言い切った。
「安心していい、目的のために俺は全面的にあさぎを信頼する!」
卵だろうが鶏だろうが料理するには変わらない、目的のために変わる事は無い。
そこまで行動で見せられて、魅せつけられて。
答えてやらないのは男じゃないぜ!
「ありがとう!じゃあ、ちょっと白状していい?」
「何だよ?」
「めっちゃくちゃ怖いな! あの狙われてるって解ってて飛び出すのって!」
「当たり前だろそんなの!」
やっぱりだった。
そりゃそうだ、ってか俺だったらやらない。
「いや、でも案外やってみるとどうとでもなるよね。まさか私も飛んで来る矢を掴めるとは思ってなかった」
「思ってなかったのかよ!?」
「いや、どっかのステータス補正かわかんないけど。集中するとなんかスローな感じに見えるからいけるかなーとは思ってはいたのよ」
ライトなノリだった。
なんか俺がいろいろと考えるのがアホらしいのだけど、あさぎがこれじゃあおれがいろいろと考えてやらないといけないな。
考えてなかったといえば、俺も反省点がある。
「そういえば、最初の狙撃で肩じゃなくて頭に矢が刺さってたらあさぎ死んでたよな」
言うとあさぎの顔がみるみるうちにサーっと青くなっていく。
すげぇ、人の顔ってこんなに分かりやすく変わっていくもんなんだ。
「そ、そ、そう言えばそうよね……」
「条件としては考えてみると、俺が殺されてたかもしれないんだけどね」
「それもそうね」
「え、その言葉で立ち直っちゃうの!?」
言い返すとあさぎは何かツボに入ったらしくてケタケタと笑いだした。
つられて俺も笑いだしてしまう。
俺も、おそらくあさぎもこの戦いをやっと肌で実感したんだと思う。
笑いとばすしかないような突発的な戦いだ。
命が安い戦争だ。
同情の余地の無い殺し合いだ。
それをお互いが理解した上であさぎは言った。
「自分でも意味の無い事だと思うし、むしろとんでも無い事だと思うんだけどさ、提案していい?」
「何だよ?」
「私、あの女の人を助けたいと思うのよ」
「いいんじゃねぇの、俺も賛成」
無意味で無駄で見当違いのあさぎの提案に俺は乗った。
そういう戦いであってもだ。
そういう戦いであるからこそ。
譲れない物があって、それに関して俺とあさぎの意向は完全に一致していた。
未熟で不完全だが、決して不安定ではない確かな信頼が築かれた証拠だった。




