信じてる、信じてる、信じてる? 前編
その4
信じてる、信じてる、信じてる?
土田雄平と水島麻里との邂逅は突然だった。
だが、人の出会いに突然でない事なんてそもそもないだろうし、その突然という言葉だって必然という言葉に置き換える事など容易だ。
そういう意味でも意味でなくとも。
この戦いにおいてではななく日常生活においてでも、出会いとは何らかの意味がある気がする。
それは時に挫折であったり、時に成長するきっかけであったりする。
出会いとはそういう物で、深い浅いは関係なく、人との関係っていうのはそういうものであるべきだと俺は思う。
だから出会いという物に良い悪いも無いし、喜ぼうが辛酸を嘗めようがそれは等しい価値があるべきだと思う。
それでも。
それでも、だ。
やはりこの二人の出会いに関して言えばやはり俺にとってもあさぎにとっても残酷なまでに重要だったと思う。
僕があの人と出会った事が良いきっかけであったように。
特に水島麻理に関しては、あさぎはここで出あっていた事がとても良かったのだと思う。
この二人に出会ったのはあさぎと出会って二日目、レベル上げの最中だった。
何でも俺と会う前にあさぎに協力してくれた二人が暢気にも旅行に行っているので会わせる事ができないというのだ。
暢気とも思うけれど、それは当然のような気もしないでもない。
死と隣会わせの戦いに身を投じるのだから、せめて悔いの無いように生きて、楽しみたいという気持ちはわかる。
わからないのは何でもその二人はお互いをパートナーと認識した時点で。
というか、認識する以前の問題で一目で恋に落ちて、そのまま結婚してしまったそうなのだ。
ロマン溢れる話ですね。
溢れすぎてロマンがダラダラとロマンどんぶりからコボレている気がするぜ。
自分の事に置き換えても、意味不明で理解不能な行動だ。
だって、この戦いの時点で混乱してるのに。そこで出会って直ぐに結婚を決めるか普通?
何でもお互いに声をそろえて「二重の運命を感じた」だそうだ。
馬鹿だ。
あさぎが馬鹿なのは知っているし、この馬鹿が一人で俺に出会うまで戦えてきたとは思えない。
いや、そこは思えてしまうのだ。
あさぎは強かった。
ステータスばかりに気をとられていたけど、戦うのはあくまで本人なのだから本人の格闘能力が大きな戦力となるのだ。
少なくてもハイキックっていうものを生で見たのは初めてだったし、威力の補正があるとはいえ人が蹴るという行為がここまで大きな音をあげるものだと想像さえしていなかった。
ロングスカートで良くもまぁ器用にできると感心したが、あさぎが言うには蹴るには確かに邪魔にはなるけど、ここまで長ければ袴と同じで足運びに問題は無いらしい。
中途半端なミニスカートよりも動きやすいし、戦いやすいという事だった。
あと、ミニスカートだとパンツが見えちゃうからと恥らんでいた。
ここまで萌えない女子の恥じらいもまた俺にとっては初めてだった。
ご褒美がご褒美になってない。
それに世の中に嬉しくないパンチラがあるとは伝え聞いてはいたけれど、まさか実体験する事になるとは考えもつかなかった。
そういうのは都市伝説の類だと思っていたのだが。
せっかくの機会だ、ここは冷静に考えてみよう。
防人あさぎという女性をあくまで外見的に見るなら、あくまで俺の好みという狭いカテゴリの中での評価にはなるが決して悪くはない。
防人あさぎという人間と、何の関係も無いという状態でお互いが通行人Aという認識で道ばたですれ違う際に、例えばいたずらな風があさぎのスカートをめくったりするとか。
いや、そこまで露骨な萌え展開でなくても日常的に起こりうるケースを取り上げてみよう。
あさぎが上、俺が下という配置で階段を上っている時に、俺が何となく、悪意など入る余地もなく、自然に首をあげた時にチラリと見えたとしたならば。
俺は紳士的に、男の子として当然に、心の中でガッツポーズを取るだろう。
だというのに、どういうわけかその人を知ってしまうとそのような当然の思いが無くなってしまうのだ。
平坦で平凡という名の無間地獄の中において、一服の清涼剤たるご褒美が意味を持たなくなるのだ。
相手を知れば知るほどわからない部分が出てくる、相手を理解すればするほど自分の素直な感情が失われていく。
相手を想えばおもうほど、失われる感情がある。
自分が、殺されていく。
不思議である。
不可思議である。
人間の関係というものを考えてしまうと、やはり一筋縄ではいかない。
自分でも答えを出せない疑問なのだから、相手の持つ疑問などはやはり理解などできないだろう。
というか話を戻そう。
パンチラの話はさておいて、パンチラの話をした直後にこんな表現を使うのは非常に気が引けるのだが。
一心同体であるところのパートナーの俺にあさぎはその協力者の事をそれ以上は一切教えてくれなかった。
理由は「きっとびっくりするよ!」という至ってシンプルな理由だった。
出会った直後に結婚したなどという事に十分に驚いているのだから今更びっくりも無いと思うのだけど。
いずれにせよ、いずれ会う事になるのだからそれ以上を聞いても仕方ないと思った。
あさぎは人当たりは良いくせに、どこか踏み込み難いところがあるのは間違い無かった。
そんなわけでホライゾンをうろつきながら適当に出会ったNPEを倒しつつ、お互いの交友を深めていた。
いろいろなものを想像していたけど、基本的に牛とか馬っぽい形をした一色単の無機質な固まりで、風船みたいな質感のプラスチックっていう表現がしっくりくるけど、決して正しくは無いという感じなのだ。
無機質であるにもかかわらず、どことなく触れると生命の温もりみたないのを感じるのが嫌なところで、倒すと確実に生物を殺したという感触が残る。
慣れといったらそれまでなのだろうけど、俺にはどうもまだ慣れないでいた。
慣れないというか、すぐに疲れた。
なにぶん半年ほど引きこもっていたのだ。それほど運動神経は悪くなかったはずだったのだが、すぐに息があがるし思ったように体が動かない。
それ以上に戦うという行為はその場に存在するだけで、その空気に体力を奪われる。
ヤンキー漫画の場慣れとかは、そういう経験の数という意味以外にこういう空気において、通常のスペックを発揮できるかという事も表現してたのだ、嫌なリアル思考である。
などと感心していたその時だった。
不意に、端末が震えて強制エンカウントに入ったのだ。
「こんにちは」
さらに続く突然の呼びかけに、俺もあさぎも声の方を振り向く。
振り向かざるを得ない。
シックなワンピースにジャケットを羽織った女、歳は俺達よりもちょっと上かといったところか。
金髪という程ではないけど明るすぎる髪に、薄化粧でありながらもピッと決まったそれは女性の綺麗な顔をより引き立てていた。
だがしかし、女はどこか疲弊した。
疲れきった目をしていた。
それを差し引いても、俺の主観で見ても客観的に見て美人だと断言できる。
美人だからといって見とれていたわけではない。
同姓のあさぎだってその女に見入ってしまったのだから。
自分を弁護するわけではないけど、言いたくもなる。
無様にも言い訳をしたくなる。
「あがっ!」
ドッという鈍い音と、端的なあさぎの悲鳴。
俺達がその女に気を取られてしまった、その一瞬。
呆けていた。
この戦いはそういう物だ。
その一瞬で、俺達は窮地に立たされてしまった。
うずくまるあさぎ。
その背中の右肩から胸に真っ直ぐに矢が突き抜けていたからだ。
まずい!
この状況は想定してたけど想定外だ。
戦いが始まった場合の事はもちろん話しあっていた。
あさぎがオフェンスで俺がサポート。
ここで重要なのは、俺はサポートであってディフェンスではないという事だ。
これは星座の特質的に、現在においてこの戦略しかないためだ。
防御を担当できるほどに俺の防御力は高くない。しかし代わりに回復ができるという強みがある。
男として少し情けなくはあるのだけど、この戦いにおいて今の俺の役割はあさぎの足手まといにならないように逃げ回り、あさぎがダメージを負ったら回復。
チャンスと見るや攻撃力のサポートを行い畳みかける。
極端な役割ならあさぎが戦って俺が応援というスタンスだ。
あさぎはぶーたれていたが、直ぐに納得した。
こういう切り替えと頭の回転はあさぎはとても早いし、そういうところはとても素直だった。
あさぎ自身では、こういう戦法は思いつかなかったらしい。
あさぎのイメージとしては並んで一緒にどつきあう感覚だったのだから呆れたものだ。
そしてそんなあさぎを呆れる権利は俺にはもう無い。
並んでどつきあわないまでも、お互いが相手を認識していざ尋常に勝負、みたい感覚でこの戦いをとらえていた。
命のやりとりなのだから、そんな甘い武士道精神が存在できるはずもない。
あさぎの出血は思ったよりも激しい。
体力と防御力の因果関係はわからないが、見た目だけなら危険な状況だ。
俺はとっさに端末を操作し、発動する。
「ラス・アルハゲ!」
俺の発声と同時にあさぎの表情も顔色も良くなり、すぐに体力的な落ち着きを取り戻す。
落ち着いたどころか目に見えて怒りの表情になっていく。
「畜生! やりやがったな!」
と、同時に女に殴りかかろうとするあさぎの首根っこをひっつかむと、俺は近くのコンビニにあさぎごと身を隠した。
まったく、こいつには恐怖心というものがないのだろうか。
案の定、女はすぐには追ってこない。
気持ちをリセットしなければ。
現状をきちんと認識しなければ。
「千鶴! 何するんだよ!」
「馬鹿かお前は!」
いや、馬鹿は俺だ。
大馬鹿だ。
馬鹿でうつけ者で迂闊で粗忽で最低でとんだ臆病者だ。
だからこそ、あさぎの気持ちは分かる。
悔しいよな?
俺もなんだよ!
「あの女は囮だ!」
「それは何となくわかるけどさ!でもアイツを倒しちゃえばもう一人も出てこないといけないんだからさ!だったら手っとり早い方法はあの女をやっちぇばいいんじゃないか!?」
「自分が刺されたのにその発想が出るとか凄いな!?」
正直なところ、その胆力に恐怖さえ覚える。
冗談でも何でもなく、この女は自分の命を矢にして発射するくらいの感覚で戦いに行こうとしてるのだ。
「それでお前がまんまとやられたら俺はどうすればいいんだよ!?パートナーは協力しないといけないだろ!」
「お、おう……そうだったね」
「とにかく落ち着け。一発貰って、殺されかけて、頭に血が上って、腹ん中が煮えくりかえってるだろうけど。それで飛び出したら思うつぼだ! 俺だってそうだよ! 俺だってやり返してやりてぇんだよ!」
「確かにそうよね、解ったわ。それで、私はどうしたらいいのかな?」
俺の口調が荒くなるのと反比例するように、あさぎの口調が冷静に戻る。
怒ると口が荒くなるとか分かりやすくていい、俺もそうだから片方が怒れば片方が冷静になる。
いい傾向だ。
それに本当に素直だ。
俺の怒りなんて、むしろあさぎの立場なら半分は八つ当たりだ。
だというのに受け止めてくれた。
俺としては恥ずかしいが、それでも非常にありがたい事だった。
「まず状況の把握だ。あさぎは矢で刺されて、矢は今は消えている。この矢が武器として持ち込まれた物なのか敵の能力としての物なのかは解らない。解らないけど、ここでは能力として考える」
「何で?」
「推測だし、検証しないといけないけど。能力値が数値化されているのと、あさぎの破壊力を見てみると、矢とか並の武器を持ち込んでも意味がないとは言わないけど決め手にはなかなかならないと思う」
「なるほど、それはあの二人も考えて無かったよ」
あの二人とはこの場合はあさぎに協力してくれたという二人だろう。
話しを続ける。
「それと矢が消えたからな。俺の回復のせいで消えたって事も考えられるけどさ。これも検証しないといけないけど。向こうも回復するっていうのは想定してなかったんじゃないかな、追撃が無いのが証拠だよ」
「なるほどなるほど、でもここに閉じこもっていてもじり貧よね。どうしようか?」
そこで考えを巡らせる。
現状の地の利はこちらが不利。
俺達の場所はコンビニの店内で、店外は大通りの商店街。
平均的に三階建てのビルに両脇を囲まれた、四車線の道路。
もちろん車は走っていないし、矢の刺さった角度から考えてビルの上からの狙撃という事になる。
囮の能力が解らないが、まだ積極的に攻めてもいい状況で仕掛けてこないあたり攻撃的な能力ではないのだろう。
「つまり?」
纏めた考えを聞いてもあさぎはいまいち理解していないようだった。
いや、理解していてもそこからの発想が繋がらないっていうんだろうか。
これで素直じゃなかったら、本当にお互いにどうしようも無かった気がする。
「見方を変えれば狙撃して来た奴を見つければむしろこっちが有利になるって事だよ、向こうの戦術としてはそれが破綻したらまずいって事だから。強い代わりに脆くもあるんだ。あそこに俺達が立っていたんだから、角度的に考えてあのビルの上あたりだと思うけど」
「なるほど、あの辺りね。うーんと、能力だとしたら無尽蔵に撃てるわけじゃないよね?」
「そうだね、俺がそういう戦術を取るなら多く撃つために特性力と回復力を上げるかな。もしくは攻撃力をあげてどちらかを上げるか。外した時のリスクを考えるなら、前者がいいけど、それは初期値の配分にもよるかな」
「なるほど、それだけわかれば十分だよ」
言ってあさぎは凛とした表情でコンビニの外に出ようとする。
「おいおい、もう少し相手の事を……」
「千鶴は凄いと思うよ。私と違ってとにかく冷静だしね、私と千鶴の能力が逆だったとしたら、もう今ので殺されてたよ。ありがとう!」
素直だとは思ったけど素直すぎるだろコイツ。
言うに事をかいてありがとうと言ったぞ。
俺はビビったのをミスったのを取り繕って偉そうに能書きたれただけだってのに。
「あと、悔しいって一緒に思ってくれたしね。あれは割と嬉かった」
「その死亡フラグをガンガンに立てていくのやめてくんないかな!?」
「死にそうになったらまた回復してね、相棒!」
言って勇敢にあさぎは飛び出した。
勇敢というよりも蛮勇で、蛮勇というよりも無謀で。
無謀というよりも無茶苦茶で。
無茶苦茶でいて、言葉の通り俺を信頼しきっての事だった。
そして自分を信頼しきっての行動だった。
俺には理解できない。
そうまで自分自身を信じられるのも解らない、百歩譲って自分を信頼しても出会って二日のこの俺をそうまで信頼できるものか。
回復したとして、確かにあったあの痛みがまた襲ってくるかもしれないというのに、あんなにも迷い無く踏み出せるものなのか。
そんな俺の女々しい考えをへし折るように。
無言で。
そんな俺を皮肉るようでいて、その実はそんな事などあさぎは考えてもいない事を雄弁に語りかける雄々しい背中を俺に向けた。
仁王立ちだった。
相手が策を弄するというのなら、こっちは正々堂々と迎え撃つという強固すぎる意思表示だった。
相手を卑怯だなどと野暮で見当違いな泣き言など言わず、真っ正面から迎え撃つという威風堂々たる決意表明だった。
単純で純一でシンプル過ぎるからこそ、過剰で尋常でなく、フェイントにさえなっていないからこそ。
狙撃という不意を撃つ攻撃を主にする相手としては、攻撃せざるを得ない。
それしか選択の余地は無い。
無くなる。
ありえなくなってしまう。
故に力の無さをカバーするのが敵の作戦だというのに、プロレスの力比べのように同じ土俵に立たされる。
そこまで深い考えは間違いなくあさぎには無かっただろう。
彼女にとってはそんな小細工めいた考えなどありえないだろう。
だからこそ、無策だからこそ、この作戦などとは言えない作戦は通じたのだ。
今の俺の視点から見て正面、柳橋学習塾という看板のあるビルの三階。
そこから矢が放たれた。
そこは俺が立てた予想の範囲であり、だからこそ構えていたあさぎは反応した。
見事にその離れ業をやってのけた。
避けるどころか、その飛んできた矢を掴んで見せたのだ。
俺だって驚いた。
「そんな事ができんのか!?」
驚きのあまり声まで上げた。
声が出るならまだ余裕がある証拠だ。
それを目にした女も、おそらく狙撃者も、そのあさぎの心をへし折るようなカウンターに絶句していた。
矢の真ん中を掴んでいたあさぎは心ではなく力任せに矢を握り折ると道に投げ捨てる。
矢はほどなく無かったかのように消滅するが、あさぎはそんな事など気にもとめない。
「そこだな! 見つけたぞこんにゃろう!!」
巻き舌で怒声を張り上げた。
続くあさぎの行動も俺にとっては想定外の行動だった。




