星のアスクレピオス
その29
星のアスクレピオス
「あさぎ、ここは俺だけで戦わせてくれないか?」
あさぎは『ほえ』と素っ頓狂な声をあげる。
「なしてさ? 正直なところ今の私なら楽勝だぜって思ってたんだけど?」
「これはそういう戦いじゃないからさ」
俺が真剣にそう言ったからか、あさぎは黙って納得してくれた。
こういうところで、多くを語らなくても理解してくれるような関係を築けた事を俺は本当に嬉しく思う。
「格闘戦だと私と同じくらい強いよ、負けたらマジで承知しないからね」
「そりゃ怖いや、東もそれでいいか?」
俺が東に確認すると、何とも読めない表情で言う。
「いいよ、むしろ僕はどうやってその提案を出そうかと考えていたくらいだよ。でも、いいのかい。あさぎちゃんの言う通り僕はこういったら何だけど格闘技術において君よりもだいぶ上なんだけど?」
「だから一つ質問だ、お前の能力値ってどうなってる?」
「そりゃ僕は死んだ身だからね、あの時から止まったままさ」
わざわざちょっとカッコいい言い回しをするな。
だけどそれなら大丈夫だ。
戦える、俺が戦わないといけないんだ。
あさぎが天童さんを、水島を乗り越えたように、俺は東を乗り越えないと、この戦いの俺の心の結果を残せない。
だから、俺は速攻をかけた。
単純で、シンプルで、だからこそ技で戦う、頭で戦う東には有効だ。
東の頭の良さに、正直なところ俺は憧れていた。
だが、どう転んでも東の思考能力に叶うはずはない。
ならば同じ土俵で戦う必要は無い、そもそも俺は東にはなれないんだ。
悩む事なく、まっすぐに戦う。
これはあさぎに教わった事だ。
東の前蹴りでを合わせるけれど、それが間に合う事はない。
東も自分と同じように考えて戦う人間だと思っていたんだろう。
確かにそうだったと思うというより、そうだった俺までしか知らないのだからしょうがないのだ。
仕様がないのだ。
悲しい事実だが、すでに東が死んでしまっているから。
東はすでに止まってしまっているか。
亀のように防御を固めて蹴りに耐える、天童さんと一緒にやった練習の時よりも痛くはない。
これもだ。
これも止まってしまった東と俺の違いだ。
あの時よりも俺は能力が高くなったのだから、あの時よりも成長しているのだから。
俺の組み付きを東は直前で身を翻して避けた。
避けられはしたけど、それでも前回の時のような圧倒的な差は感じられ無い。
「随分と思い切った事をするね、破れ被れとか、玉砕覚悟とかそういった事なのかな。それじゃさすがに勝てないんじゃないかな?」
試すように東はそう言う。
相変わらず鼻につくような言い方だけど、いちいち東のこの台詞回しに腹を立てる事もない。
「何とでも言えよ、勝手にお前を倒して越えていくからよ」
「随分とカッコいい事を言うね、その言い回し誰に習ったんだい?」
「アンタとミライかな」
「嬉しい事を言うね、じゃあ立ちふさがらないとな。さぁ、来いよ」
奇襲が失敗してしまったために、東に構え治す時間を与えてしまった。
会話なんてしないで、そのまま攻めれば良かったのだろうけど、奇襲が失敗してしまった以上はこの決意表明に近い会話は必要な事だと思う。
東の構えを見て、対してみて、感じる。
少なからず戦いに身を置いていたから、あさぎの言っていた緊張がわかる。
そしてその隙の無さも。
来いよとは言われても、おいそれと踏み出す事ができない緊張感だった。
能力値的にこの前のような即死級のダメージは無いとはいえ、連続して食らうわけにはいかない。
そう考えているうちに、東の鋭い蹴りが俺の腹部を捉えた。
しまった、考えすぎだ。
この思考はまずいんだ、思考を遮断しろ。
「考えてたんじゃ勝てないんじゃないかなぁ?」
「黙ってろよ、勝った時にお前のアドバイスのおかげだと思っちゃうだろ」
「小憎らしい事言うなぁ」
「お前ほどじゃないよ!」
やる事は変わらず体当たり。
今度の攻撃は余裕を持って交わされ、おまけに頭に蹴りまでもらってしまう。
確かにこの技術差はちょっとやそっとじゃ覆せない。
これも俺一人じゃどうしようもなかったな、だけど俺は前例を見てしまってる。
技術差どころか戦闘能力の差まで覆して勝った尊敬すべき相棒の事を俺は知っている。
だから真似よう、泥臭く勝つための手段を選ぼう。
俺は走らず、ゆっくりと地に足をふみしめて東へと歩を進める。
ゆっくりと、地に足をつけて、強靱な意志を持って。
東を越えたい思いと、この戦そのものを根絶させる思いを持って。
いや、もっとシンプルに考えないと駄目だ。
世界を救うための歩みだ。
いや、もっとシンプルに考えないと駄目だ。
目の前の少女を救うための歩みだ。
いや、もっとシンプルに考えないと駄目だ。
ミライのしゃに構えた悪い病気を直すための歩みだ。
だって、俺は星座の蛇使い座は医術の神のアスクレピオスなんだろう。
家族をとられたとか、何だとかじゃない。
病気の友達を助けるとか、何だとかじゃない。
誰かに、他の何かに理由を求めない。
純粋な自分だけの願い。
ここに至った意思を持った歩みはどんなに蹴られても止まる事はない。
折れない意思も、これもあさぎに貰ったもんだな。
蹴りがベストな威力を持つ間合いよりも詰める。
シンプルな拳が届く間合いだ。
「マジか……僕が雰囲気に呑まれて正常な判断ができなくなっちゃうとはね……」
「さんざん蹴ってくれやがって……さんざんバカにしやがって……さんざん利用しやがって……」
「ごめん、って言ったら許してくれるかい?」
「許す事なんて何もねぇよ馬鹿野郎!」
精一杯の感謝を込めた俺の拳が、東の頬を打ち抜いた。
きっと東は避ける事ができたのだろうけど、東は避けなかった。
最初から負けるつもりだったのだろうか。
いや、東はそんなに甘い男じゃない。
東がかつて俺達の心を折ったように、俺の気迫が、俺の感謝が、東の心を折ったのだ。
「あがぁ!」
悲鳴をあげて東が地面に倒れる。
やっと届いた一発の拳が、この戦いの決着だった。
全身を蹴りとばされてあちこち痛いけど、俺の呪文は自分を治せないのだ。
いててと悲鳴をあげる俺を見ながら、あさぎはため息まじりに呟いた。
「まったく、殴り合わないとわかりあえないとか男って本当に馬鹿ね」
「基本的に暴力的な手段をとるお前が言うなよ!」
俺のツッコミを聞きながら、同じようにイテテと頬をなでながら東が立ち上がった。
「だから可愛いと思ってくれよ、男ってそういう生き物なんだからさ」
言って東は背伸びする。
「ごめんよ加々美、それにミライちゃん。どうやら僕じゃ勝てなさそうだ」
東は軽薄な笑みを浮かべながら、加々美ちゃんとミライへの道を譲る。
俺とあさぎはミライと加々美ちゃんを見る。
「さぁ、本番だ」
「本番ね」
「本番ですね!」
「本番って?」」
指をポキポキと鳴らして気合い十分なあさぎとは対照的にミライは状況を理解していないようで小首を傾げる。
そして、甘くても優しくはない東は残酷な笑顔でミライにわかっていなければならない事を宣告する。
「おいおい、僕はあくまでゲストだからね。本来、君達が二人と戦うんだよ。この戦いのルールは知ってるだろ、本戦は誰か死なないと終わらない。加えて言うなら……」
「私は数合わせで組んでいるだけなんで、私達の方はミライちゃんが死なないと終わりません。だから二人はミライちゃんを狙うと思いますよ」
「そういう事だミライ、覚悟はいいな?」
俺は脅すようにミライにそう言う。
「悲しいけど、これって戦争なのよね」
あさぎはどっかの軍人みたいな事を言う。
しかし、あの人はどうしてあの時だけお姉言葉だったんだろうか。
「いや、ちょっと私は地球意思だし。それにまだ子供だよ」
「子供だって戦ったし、サキだって戦っただろ。お前は今まで何を見てきたんだ?」
「でも、ほら、私は……」
サキは言ってハッとする。
「今は命を持っている……でも、私が死んだら……」
「こう言っちゃ何だけどさ、死にいく星の延命が戦いの理由ならいっそ引導を渡すのもアリだよね」
あさぎの言葉で、今度こそ本当に状況を理解したのか、ミライの顔から血の気が引いていく。
「ちょっと千鶴冗談でしょう……」
「これはそういう戦いだ、ずっと見てきて、お前は何も学んでなかったんだな」
俺の言葉でついに本気で死を意識したんだろう。
ミライは感じはじめた自分の命と、それを失う恐怖で狂乱して叫ぶ。
死という概念を通して、人と心を通わせる。
死を通して命と真っ向から向き合う。
その病巣と向き合う。
死する自分を直視する。
「嫌だ、嫌だ、そんなの嫌だぁぁぁぁぁ!」
言葉と同時にミライの背中から黒い影のような物が吹きだし、さながらその黒い影は翼のように見える。
白い服、白い髪、白い肌、それと対照的なその漆黒の羽は印象と相成って邪悪な物を感じさせる。
そして生きているからこそ、命を持った俺達だからこそ直感する。
地球意思という精神性を具現化したのが星乃ミライという存在であるのだから、今吹き出したのはその星乃ミライの精神の病巣であると。
実に分かりやすいじゃないか、シンプルに考えた結果、シンプルな答えが出た感じだ。
難しく考える人ほどメンタルを病む事が多いとはよく言ったもんだ。
言ったっていうか、事実としたデータだ。
厨二病じみた、小難しい屁理屈は今から叩きつぶしてやるからな。
なぁにそれこそ気に病む事は無い、今のご時世じゃメンタルクリニックは歯医者なみに身近なもんだ。
待ってろ、俺達が今すぐ治してやるからな。
ラストバトル
瀬賀千鶴&防人あさぎVS星乃暗黒ミライ




