ミライを救うたった一つの方法(後編)
その25
ミライを救うたった一つの方法(後編)
大気軒に入ってみると、天にも昇る旨さだというのに相変わらず客はいない。
隠れた名店と言ったら聞こえがいいけど、隠れすぎて潰れてしまうのじゃないかと心配になってしまう。
「調子どう千鶴? よくわかんねぇけど回復の連発って体に負担がヤバそうだったじゃん?」
「一過性みたいなもんで、今は何ともないです」
「ネギは?」
「え、ああ」
電話口での天童さんの様子を思い出して少しだけ言い淀んだものの、いつもの天童さんと特に様子が変わっていないようだったので俺は正直に話した。
「体はともかく、精神的にまだ参ってるみたいです。正直、僕もちょっとトラウマですよ。あの天童さんの戦いっぷりは。昨日今日でこうやって普通に話してご飯食べに来てるって考えてみればおかしな話ですよ」
皮肉をこめて言ったつもりだったけど、天童さんはあえて無視しているのか、それとも気がついていないのか『かっっかっか』と高笑いした。
「千鶴、そりゃお前少年漫画的に考えたら負けたライバルは主人公の味方になるだろ」
「……天童さんは最初から味方だった気がしますけど」
「ハッ、思い上がるなよ。私としたって都合が良かったからそうしてただけだぜ」
大げさに斜に構えた後、天童さんは優しく微笑んだ。
「ま、その期待に応えてもらったんだけどね。あ! おやっさんネギラーメンを大盛りで!」
「僕は……そうだな。今日はワンタン麺にしてみるかな」
「ミライちゃんは?」
僕と天童さんは慣れたものだったから、話を進めながらでも注文が決められたけど、ミライはそうはいかなかった。
気がついてあげられなかったのはちょっと悪い事をしてしまったな。
反省しつつも、いわゆる一般教養とやらは知っているミライなので注文の事は知っているようだった。
「私は味噌ラーメンが好きだぜ、やっぱ基本っしょ!」
「……じゃあ、それで」
決めあぐねていたミライを天童さんが後押しして、ミライも意見を持つ余裕も無いからか促されるままに味噌ラーメンを注文した。
「そういえば天童さん、どうしてミライを呼んだんです?」
「んー? 肩の荷も降りたからさ。ま、やり残したっていうか気になるっつぅか自分でもよくわからん事を相談してみようと思ってさ」
俺は『はぁ』と気の抜ける返事をし、ミライはそんな天童さんの狙いがわからないようで、警戒した様子で天童さんを見る。
緊張ほほぐすようにミライが水を口に含み、俺に助けるを求めるように視線を向ける。
俺だって天童さんの考えがわからないのだから、そんな目をされても困る。
「ところでミライちゃんって千鶴の事が好きなの?」
「ブーーーーーッ!!!」
ミライが口に含んでいた水を豪快に吹き出し、俺の顔面に見事にかかる。
むしろ、天童さんはこうなる事を予想してタイミングをはかって……。
いや、謀ってたんだろ! 絶対に!
「ゲフン……! ゲフン……! な、何を……ッ!?」
そういえば変な話の流れになって忘れてたけど、そもそも変な話の流れにしたのはミライと二人だけだった時の最後の別れが、何かアレだったからだっけな。
「ん? 違うのか?そうだと思ってたんだけどな。いや、もうここは女通し、ぶっちゃけたガールズトークをしようぜ!」
「ぶっちゃける対象が目の前にいるのが問題なんじゃない!」
「おおっ! それってそれってもしかして!!」
「…………ッ!!!」
茶化す天童さんと、それを受けて本来なら雪のように白い肌を耳まで真っ赤にしてうつむくミライ。
お、おう……。
思わぬところで桃色な話に巻き込まれてしまったのだけど、良い大人が小学生のようにはしゃいで子供を追いつめる光景、その子供に見える子はそもそも地球っていう意味不明さに、俺は当事者でありながら何かこの状況に向き合えなかった。
そもそも背景としてはうらぶれたラーメン屋だしな。
今気がついたんだけど壁に冷やし中華始めますっていう予告の張り紙がある。
始めてから張れよ。
「あの……あのね……千鶴!」
「ひゅーひゅー!」
「ヘイ! 味噌ラーメンお待ちぃ!」
「早ぇなおい!」
もうわけがわからん状況だ、なんというか負けた天童さんの精一杯の腹いせのようにさえ思える。
以外と陰険なんだな天童さん……。
「何か失礼な事を思われた気がするけど……。ちょっとおふざけが過ぎたかな。ま、続きは食べてからにしましょ。ほれミライちん、伸びる前に食べちゃいな」
「う、うん」
キャラも忘れてミライは言われるがまま、ラーメンに息を吹きかけると麺を口に含んだ。
なるほど、天童さんをミライの世界に呼んだ時はこんな風にミライは天童さんにオモチャにされてたんだな。
「!!」
ハッとした表情を見せるけれど、ミライは何も言葉にしんかった。
「おお、ここのラーメン食べると全員がうめぇって叫ぶんだけどな」
俺の言葉にミライは、少しうつむき。
そしてポツリと呟いた。
「そっか、美味しいってこういう事なんだ……」
「やっぱり知らなかったかぁ~~」
天童さんはにししと子供のような笑顔を見せた。
「あれ、でも一般知識をミライは持ってるんじゃなかったのか?」
「知識だけね。だから、美味しい物がある。美味しいっていう感情があるってのは知ってるけど。そっか……これがそうなんだ……」
感動とも困惑ともとれないような表情でミライは呟いた後。
『……そっか』と言いながら優しく微笑んだ。
それに合わせるように俺と天童さんが注文したラーメンがテーブルに置かれた。
「ミライ、知ってるとかいいながら忘れてるんじゃない? ご飯を食べる時はまずいただきます。だろ?」
「あ、そっか」
「そっかじゃない! 私達の血と肉になってくれるんだ。感謝を忘れるなんてとんでもない」
天童さんに軽くげんこつされながら、ミライは知っている知識の実践をできなかったと素直に反省しているようだった。
にしても今の天童さんの様子、お母さんというかお父さんみたいだったな。
さらに言うなら地蔵院さんみたいだ。
「「「いただきます」」」
俺たちにあわせて、ちゃんと挨拶をした。
ズズっという音を立てながら、天童さんは話を続ける。
「私もさ。何っつーかさ。ほら、私って少し特別だからちょっと人の気持ちがわからなかったのよ。親も私の能力を毛嫌いってか怖がってたみたいだしさ。だから他人にどう接していいかよくわかんかったんだよね。でも、そしたらオジキはそんな私を。っていうかそんな私だからか半人前扱いだよ。そんな扱いうけたのは初めてだしさ、ちゃんと私を見てんだなーって思った。だからかん、オジキは特別だったんだ。好きだったんだろうなぁ。でも、これは恋いじゃない。って、そんな話」
「まぁ、それはわかりますよ」
地蔵院さんは孫のようだって言ってたしな。
もう五十年早くあえたらな、とも言っていたけど。
天童さんは言葉の通りわかっているのだろうけど、自分の言葉の意味でしかわかっちゃいないだろうな。
きっと、天童さんが五十年遅く生まれていたらそれを恋と呼べたのかもしれない。
もっとも、そんな話なんてもしもの話としても成立しやしないが。
だけど、ミライは何か思う事があったらしく天童さんの言葉を黙って聞くだけだった。
「千鶴さ、この前のオジキの家で焼き肉を食った時の話を覚えてるか?」
「ズビズバ! の奇妙な冒険の話で盛り上がりましたね」
「麺をすすりながら喋るなって。いや、まぁそうだったけどさ。あれはオジキがついてこれなくて不機嫌になってたな。いや、そうじゃなくてな。千鶴の星座の話」
「蛇使い座の? ああ、覚えてますよ」
「今日、飯食って確信したよ。きっとお前は残るべくして残ったし。その星座になるべくしてなった。もっとも星座は最初からそうだっけか」
天童さんが感慨深そうに言うけど、ミライはその前の話に食いついた。
「私もその漫画はご多分に漏れず詳しくてね、混ぜてよ」
「だが許可しないぃぃぃぃぃ! 星乃ミライが漫画の話をするのを許可しないぃぃぃぃ!」
「なしてさ!!」
真面目な話から唐突に漫画の話にシフトした。
まぁ、俺が当事者のストロベリった話よりはましだろう。
それから漫画の話になって、歌の話になって、最後は時代劇の話になってキリが無いという事でお開きとなった。
「ミライちん、送っていかなくてもいいの? ってか送るってもどうすりゃいいかわからんけど」
「いいよ、あなた達が瞬きする間に消えるから」
「マジでか!」
俺は思わず声をあげてしまった、それでこの前から唐突に現れたのか。
こっちの世界に出入りできるようになってからそうなのか、どこでも出れるなら超便利だな。
「じゃ、バイバイ。千鶴……負けないでね」
ミライはそう言い残すと本当に瞬きする間に消えてしまった。
「ふんふふふ~~ん♪」
「どうしたんですか天童さん?」
「いやー、愛されてるねぇ千鶴。主催者が中立の立場を忘れてエールを送ったらいけないでしょ♪」
「ま、まぁ。そうかもしれませんね」
エールを送ってもらっても依怙贔屓されるわけではないから意味は無いんだけどね。
……意味は無いって言っちゃうのはミライの気持ちを考えると酷なのか?
うーん、真剣に考えて良い問題なのか。
「ま、勘違いなんだろうけどね」
「勘違い?」
天童さんは手を後ろに組んで、遠い目をしながら続けた。
「オジキは私を孫いたいに思ってたんでしょう、私も本当の爺ちゃんみたいだと思ってたよ。同世代ならわかんなかっただろうけどさ」
……わかってないかと思ってたけど、天童さんはちゃんと自分の感情をわかってたのか。
わかってたというか、わかるようになったのだろうな。
だから地蔵院さんは心配ごとが無くなったって言ったんだな。
天童さんが普通に生きていけるのだと。
「アレだよ、私にとっちゃ小さい子がパパ大好きー!パパと結婚するー!って言うようなアレ。で、きっとそれはミライも一緒なのさ」
「一緒って言うと?」
「千鶴が好きっていうのはさ、地球っていうもんがその大地に生きる存在を好きっていうのと一緒なのさ。ただ、今はちょっとそれがわからなくて千鶴に熱をあげてるってだけ。私も女だからさ、そういうのはわかる」
天童さんらしくない事を、天童さんが言葉にして言うからこそ、それは強い説得力を持って俺の心に響いた。
それはミライの抱える問題、表現を変えるなら病床であるところの『世界を、命を共有できない』という部分が快方に向かっているっていう事だ。
「なんだかんだで、今回の戦いは前の連中……。大和だっけか? アイツと東の思惑通りに進んでるのかもね。あーあ、私は引き立て役か。別にいいけどね」
不服そうに言いながら、天童さんは色っぽい笑みを浮かべて続ける。
「さっきの話、蛇使い座の話さ」
「ああ、なんか途中になってましたね」
「蛇使い座のモデルになったのは医療の神様のアスクレピオスなんだけどさ」
「言ってましたね、そんな事」
「まさに千鶴そのものって話じゃない?」
「どうしてです?」
俺の疑問に天童さんは『ニブチン』と前置いた上で、俺の頭をかきむしりながら楽しそうに告げた。
「ミライの……地球の病気を治せるのに一番近いところにいるのが千鶴なんだよ。しかもさ恋の病は治せないっていう言葉があるけど、その逆で恋でしか治せない病。さすがの私も思っちまうよ、何てロマチンクなのかしらってな」
「発想が飛んでやしませんか?」
「いいや、私はそうは思わない。死に行く地球を救う。いや、復活させるんだ。責任重大なだな-----」
他人事のような口調で、そして俺を信じきったというような素敵な表情で天童さんは最後にこう付け足した。
「----星のアスクレピオス」
それこそミライが。
星乃ミライが好きそうな、厨二病全開の二つ名を俺に名付けて天童さんは『じゃーな』と去って行った。
全く、俺がそんなご大層なものかよ。
そうやって苦笑いしてみるものの、不思議と俺は悪い気がしなかった。
俺に対してどう思っているかはともかく、俺を通じて一人じゃないって事をミライが知ってくれればいい。
もしもミライがこれまで孤独を感じていたのだとしたら、それは今までずっと孤独じゃなかったって事だ。
この戦いに参加した全員がきっと、誰よりも孤独を感じていて、孤独を感じている者達だからこそ、全員がお互いの気持ちを理解できたのだ。
人という世界を越えて、伝わり、繋がり、信じあえる事ができたのだ。
だから、救おう。
ミライを救おう。
それからヨアンナさんや加賀美ちゃんと計画を煮詰めて最終段階へと進める。
気がつけば、決勝戦のこの戦い。
まるでよくある少年マンガのように星を守ろうとする者と、星を殺そうとする者がぶつかるのだ。
そして俺は少年マンガの主人公のように思ってしまうのだ、そういう背景があるのだからお互いを理解できないわけじゃないのではと、俺はそう思ってしまうのだ。
俺がそうだとしても、きっとそういう事を相手が思うとは限らないし、実際にそう思ったわけじゃないのだろうが。
決勝戦二日前、俺は日下部に呼び出されていた。




