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星のアスクレピオス  作者: 面沢銀
後半パート  星まで届く本戦編
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すり減ったスニーカーがこれまで辿った道の証明

その20

 すり減ったスニーカーがこれまで辿った道の証明



 あさぎの世界のプロレス雑誌をてとってみると、サバンナマスクの戦いは熾烈を極めているようだった。

 王者の後藤とその挑戦者の秋山のタッグはやはり機能する事はなく、サバンナマスクとフランク・ボーイングのタッグに連敗中らしい。

 もっとも、レッスルナイトという大会で後藤の王座が移動するわけではないのだから勝っても負けても変わらないのかもしれない。

 だけど、そんな戦いに意味なんて無いのではと思うような、戦いというものに対してのどこか斜に構えた姿勢を俺は持ってはいない。

 サバンナマスクの個人的な携帯の番号を聞いてはいなかったから、とりあえずサバンナマスクの所属事務所に電話して名前と番号だけ伝えて、折り返しの着信を待つ事にした。

 とはいっても、サバンナからの連絡を期待はしていなかったりするが。

 次に加々美ちゃんに連絡をとる。呼び出し音が鳴っている間、ひと考えてしまう。

 偶然って程でもないのかもしれないけど、生き残ってくれた三人は俺とは違う世界の人なのだ。

 じゃあ、俺が最後まで勝ったとしても俺はこの戦いの参加者とは繋がりを持つ事はないのか。

 どちらの世界なのかさだかじゃない日下部達を除けば、俺の世界で確定しているのは天童さんのみ。

 次に勝ったならば、その天童さんともお別れなのだ。

 そんな事を考えていると、電話が繋がった。


「もしもし、よかった! 勝ち残ったんですね瀬賀さん!」


「うん、なんとか……っていうか。いや、何でもない。それよりもそっちの様子はどうなの?」


「順調です、エミュレーターは完璧だとは思いますけど。やっぱりどうしても最後はぶっつけ本番になっちゃいますからね。不安要素は残りますよ。正直なところ私よりも、最後に戦うであろう天童さんに勝てるかの方が私としては不安です」


「そっちからしてみればそうだよね。ちなみにその天童さんなんだけど決勝じゃなくて次で当たる事になった」


 いずれ当たる相手だというのに、加々美ちゃんはあからさまに驚いた口調になってしまう。


「え、本当ですか! そういう相手って決勝で当たるんじゃないんですか?」


「漫画やゲームじゃないんだから、そうそうドラマチックにはいかないよ」


「そいつはベリーバッドなニュースですね」


「一回戦うのが早くなっただけだよ、これからヨアンナさんに連絡して少しでも情報を集めようかと思ってる」


「おっと、その必要はありませんよ瀬賀さん。ヨアンナさんなら私の隣に居ますから」


 どうやら都合が良い事に、ヨアンナさんと加々美ちゃんは合流しているようだった。

 それに、リタイアしたからと言ってヨアンナさんの戦いは終わったわけではない。

 そうだったよな、と俺はしみじみそう思うと電話を代わったヨアンナさんの声は敗北を喫したわりには明らかに声が浮き足だっている。


「ハーイ、千鶴。勝ちアガリおめでトです」


「ありがとうございます」


 変なテンションになっているヨアンナさんに乗りきる元気も無かったから、思わず静かな口調になってしまった。

 そんな俺の口調にハッとするようにヨアンナさんはいつもの調子に戻る。


「聞こエてマシたけド。次の相手はテンドーなんデスね。……何かアドバイスをしてアゲたいのはヤマヤマなんデスが。アレはちょっと人の手にオエル相手ジャないかもシレません」


「そんなにもですか……」


 圧倒的な存在感と、実績と、言動から自他共に最強である事は認知してはいるけれど。

 その実、俺は天童さんが本気で戦っているところを一回しか見てはいない。

 海蛇座の加護を受けて、十個もの命という破格の能力を持っていた女、木田との戦いである。

 最も、その十個の命のおかげで木田はこの戦いにおいて見るならば、特に何も悪い事はしていなかったけど。

 先ほどの天童さんの言葉を借りるなら、文字通りおかげで長く生き地獄を味わう事になってしまったわけだが。

 その凄惨な光景たるや、當麻君と西村さんの事があって少なからず木田に憎悪のような近い感情を持っていた俺とあさぎが、そんな木田に同情してしまう程だったのだから。

 天童さんがまともに戦っているところを目撃したのは振り返ってみるとそれだけだ、あの時にしても本気で殺しにかかっていただけで、本気で戦っていたのかといえばそうではない。


 天災翼子。


 木田が悪い事をしていないと、さっきはそう思ったが、広い意味で考えるなら悪い事はしていなかったかもしれないが、木田はそんな天災に遭遇してしまったあたり単純に運が悪かったのだろう。

 天災は何であろうと、星にさえも容赦はない。

 だから、サキは負けたのだ。


「サキと天童さんとの戦いはどうだったんですか?」


「……あれを第三次世界大戦ダト言うノニ私は何の躊躇しまセン」


「そんなにも……ですか」


「何の参考にモ対策ニもならナイとは思いマスが、天童の戦いヲ説明するナラ、矛盾してマスが天童と戦うノニ特に注意スベき点はナイです」


 ヨアンナさん自身がそう言うように、その言葉は矛盾を含んでいたが、その言葉の意味するところは続く言葉ですぐにわかった。


「テンドーの戦イ方は単純明快。規格外の自己の身体能力とマックスまであげた能力値ヲさらにヘラクレスの能力で底上ゲしてブン殴って来ルです、小細工に近イような特殊能力は使テ来まセン。もしカシタら奥の手デとっているのカモですガ、彼女の性格カラ考えテそれは無いト思いマス。そもそもそういうノガあっタら、さすがにサキとノ戦イで使っテるでショウし」


「そこまでサキは強かったんですか?」


「仮ニモ制限されてイルトはいえ地球意志の具現化デスからネ。でも、単純に強イというヨリモ、そういう存在ダカラこそ能力を使イこなシてイタと言えマス。小細工をしないテンドーとハ対照的に小細工に長けたサキって戦イでしタから」


 天童さん自身もその多種多様な能力に手を焼いたといっていたから、サキはそういう相手だったのだろう。

 裏を返せば天童さんの地力の高さがあったからこそ、それらの全てに対応できたのだろう。


「シンプルだからこそ強いって奴ですね」


「そんナところデス、弱点など存在シナイでショウ。勝つ方法というならテンドーの想定していナイ事をしテ、それで一撃でシトメる事ができれバ。でも、チャンスは一回でしょうネ。サキは何度かチャンスはあったけど物にデキナかっタというところデス」


 しれっ、とそんな事をヨアンナさんは話した後、少し間をおいた後に感慨深く続ける。


「でも、ふり返ってみるとサキは……最終的には負けるつもりだったのカモしれませン。いえ、わざト負ケタって事は無イですヨ。サキだテ私の事情は知テたんデスから。なんダかんダで全体の事ヲ考えテいたぽいデス。ちょっと今私ガ浮き足立テたのハ。ダーリン達が釈放されるからデス」


 その言葉に俺は静かに驚いた。

 たしかヨアンナさんの旦那さんは地球と対話をする機械の研究をしていて、それをアメリカに抑えられて投獄されたって話だよな。

 研究の成果というか過程は全部ぶっ飛ばした先がミライやサキの存在なのだから、考えてみると何やらその研究ってのも二つの意味でむなしい気がする。

 俺たちはそういうのがいるってわかっているのだから、未知の研究って事でもないし、成功したとしても話をするのはあのミライやサキだ。

 こんなにフランクな奴らが地球の意志と言われても肩すかしだろうに。


「それにしても急にどうしてですか?」


「サキの情報とイウか技術提供とイウか……端末の一部を情報を私達人類に早すぎない程度に教えテくれタンです。技術はトモかくメリットが希薄な地球トノ対話よりモ、平行世界との通信ノ方がアメリカにハ興味があったようデスね。その可能性らしき技術と交換条件にシテ、ダーリン達の解放を交渉シタのですヨ。ただ、研究者とシテ軟禁はされたママですが、それは前から同じようナものデシたからネ。サキは私の願イを知タうえで叶えて戦タんですヨ、その時に付き合わせてしまタお詫ビて言テまシた」


 長く会話する事は無かったけど、サキはサキなりに考えていたんだろう。

 ふりをしていたとはいえ、ハチはサキだったんだ。

 あんな愉快な奴がただの悪者なはずはないと思っていたんだけど、それを聞いて何か救われる気がした。

 サキもミライをちゃんと心配してたんだな。

 そこでヨアンナさんは電話を加々美ちゃんと代わった。


「残ったこの端末を使ってのエミュレーションの安定も最終的にはサキさんのアドバイスがあったからです。あの人も事情があったみたいですね。ここまで人類が成果を出せなかったら手をかせなかったって。ある一定のところまではやっぱり私達がどうにかしないといけなかったみたいです」


 複雑な事情がもろもろある。

 誰にだってあるし、この戦いに関してはそんな事情は誰も意味を持たない。

 人間なんて、人間関係なんてそんなものの集まりなのかもしれない。

 いつだって、俺は。

 いつだって、俺たちは。

 あの時ああすれば、あの時ああ言えば、そんな事を考えてしまうのだ。

 そういう風にできている。


 だから。

 だからこそ。

 それからしばらく話をした後、激励の言葉を二人からもらい。

 あさぎからの着信を待っている間に、サバンナからの連絡が入る。

 お互い何を言えばいいのかわからなかったし、長く話す事も無かったけど、確かに言葉を交わした。

 調子はと元気かと、お互いが状況を話をした、過程の話を道程の話を。

 こんな戦いだからこそ、正しいかはわからない。

 いや、そんなのは自分を誤魔化しているだけで本当は正しくなんてないんだろう。


 だけど。

 だけどこそ。  

 そんな話ができる相手と知り合えたという事実を、後悔も否定もしてもいけないのだろう。

 間違っていた、だから何だ?

 目を背けるな、失った物も失った者も多かったが、それでも得たものもあっただろう。

 だからこそ、勝たねばならない。






 

 意志を強く、尊敬すべき対戦者達と語らい、負けるわけにはいかないと強く思い。

 戦友と相談し、ついには不可視かと思えた勝利のビジョンへとたどり着く。

 悔やむならば、それでも確実とは言えないのだからあの少女の生意気な笑顔をもう一度観てから戦いに臨みたかったくらいか。

 もっとも、悔やむべき事が無い状況なんて気合いが入らないけどな。

 俺もあさぎも無言。

 対するはこの旅路の案内人、参加者最強、才色兼備、才異色拳美。

 生ける災害、地球の破壊者、神殺し。

 誰がこの戦いを振り返るにしても、必ず名前を最初にあげる規格外の女性。


「いやー、今日が楽しみすぎて昨日は昼からぐっすり寝ちゃたよ!」


 俺達とは対照的に人懐っこい笑顔で、いつものように小陽気に話しかけてくる。

 腰まである長い髪、陸上選手が着るような胸をびしっと締め付けるタイトなウェアにスパッツに姿といういつもの戦闘の出で立ち。

 俺の大好きな、俺からしたら大迷惑な、恋愛感情抜きに憧れの女性。

 天災、天童翼子と俺達の戦いがついに始まった。

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