願いよかなえいつの日か
その21
願いよかなえいつの日か
先ずは。
というか、最初から決めていた戦術。
開幕と同時に終わらせるための唯一無二の作戦をあさぎは決行した。
踏まえるにあたって、今更ながら簡単にに戦力を分析しよう。
瀬賀千鶴、男性。
体格はやや背が高い。
体力はそれなり、能力的には自己回復と特殊能力に突出。
格闘技経験は対戦者である天童翼子から多少の手ほどきがあった程度。
星座の加護は蛇使い座、能力値は防御と補助にかたよりつつも平均的
防人あさぎ、女性。
身長、体格共に平均的。
体力は平均以上、能力的には攻撃力と防御に完全に突出。
暴走癖が有り。
星座の加護はエリダヌス座。
地蔵院源蔵
身長は平均的、痩せ型、初老。
体力はおそらく平均以下、能力的な補助無し。
戦闘への介入の可能性は無し。
星座の加護は不明。
天童翼子
身長は高め、体格は線は細くもしっかりしている。
体力は最強、能力値は最強。
戦闘への意欲も最強。
現在のメンタルも最強。
つまりは最強。
星座の加護はヘラクレス座。
データ上でも、経験値でも真っ向勝負で勝つ事は難しい。
ルール上で普通に考えるならば地蔵院さんを狙うしか勝つ手段はありえず、そうでもしなければ下馬評を覆す事はできない。
天童翼子、最強たる彼女に勝つたった一つの方法だろう。
だからこそ、その方法を破棄する。
それは無策でも自暴自棄になったわけでもない、考えてもみるならば真っ当すぎるその方法では誰も天童に勝てなかったのだ。
十組を越える敵を蹂躙し、参加者の中で一番の撃破数を誇り、それでいてその強さを自覚し、ゆえに卑怯な手段などはとらない彼女。
だからその性格を逆手にとる、その強さを逆手にとる。
強すぎるのを自覚しているからこそ隙がなく、その上真っ向勝負で戦うからこそ、作戦が瓦解した時やにつけいるという手も使えない彼女にだからこそ使用できる。
彼女にしか通用しないであろう、そんな彼女だからこそ絶対に成功する不意打ち。
それは特殊な能力に頼るわけでもなく、野暮な策を巡らせるわけでもない事だ。
一周回って、至極当然な行動だ。
こちらも正々堂々と正面切って迎え打つ、言葉の通りあさぎは天童さんに正面から突っ込んでいった。
初手を警戒し、さすがに構えていた地蔵院さんも目を丸くする。
百戦錬磨の天童さんだからこういった状況も頭の中でシミュレーションはしていただろうが、それでも実際にそれをやってくる相手を目の当たりにして驚いたのか一瞬だけその動きを止める。
止めるも、それでも不意を付いたまでには至らない。
この状況を理解するまでは一瞬、同時に眼光の輝きがより怪しく灯り、その口元は名状しがたい邪悪さを湛えながら笑みの形に盛り上がる。
その表情を感情のどれかに当てはめるなら恍惚、それ以外に形容するしかない。
待っていたのだろう。
待ちわびていたのだろう。
あの日の晩餐で、俺達と日下部達を値踏みして。
俺達が決勝で無くて残念だと言った言葉の真意が、天童さんのその口から聞かなくとも、その様子で察するにあまりある。
ならば、天童さんが俺を評した言葉の意味もわからなくもない。
天童さんが決勝で俺達と当たる事ができなかった事を悔やむのならば、天童さんの前に立ち向かえるのが俺でなくてあさぎなのが悔やまれる。
とはいえ最強の天童さんからしたら、そんな事は些細な事なのかもしれないが。
「オラァ! 来いやぁ!」
たまらないように。
たまりかねたように天童さんが声をあげる。
標的が自分になったとわかっても動じない、動かない。
地に根がついたようにそびえ立ち、短距離走のような加速をしながら迫るあさぎを腰を据えてむかえうつ。
俺が考えていた通り、天童さんは誘いに乗った、罠だと承知の上でねじ伏せる自信があるのか、単純に正面から喧嘩をふっかける初の相手に浮き足だっているのかはわからない。
ここまできたら後はもうやるだけだ。
「リゲル!!」
あさぎが叫ぶ。
「的はここだぜ!」
ニヤニヤしながら天童さんはその綺麗な自分の顔を指さす。
吹っ飛ばせと、蹴り飛ばせと。
あさぎの事を知っているからこそ、やってみせろと誘う。
天童さん悪いが俺達はそこまで付き合う気はない。
そこで俺も走りだす。
天童さんが暴れたら何が起きるかわからない、ちょっとした事故がゲームオーバーになるだろう。
だからギリギリを攻める。
目算でも七メートルは正確に計れるようになったのだ、だから俺は距離をつめる。
静かではあるが、これが俺の戦いだ。
あさぎを信じて距離をつめる。
俺の行動に少し疑問の色を天童さんは見せるが一種のフェイントか何かと考えたのかあさぎから目をそらさない。
あさぎの蹴りを迎え撃つ姿勢は変わらない。
ここまで完全に計算通り。
天童さんは腰を落として顔面の攻撃を警戒。
それでも地蔵院さんへの注意はおこたらない。
あさぎの必殺技は蹴り。
天童さんは天童さんが持っている情報の通り動いている。
確かにあさぎの必殺技はその蹴りであり、天童さんの防御力を破るのもそれしかないだろう。
そこに盲点があるのだ。
あまりにも超常的に戦っていたから、あまりにも超常的に戦うのを楽しみ期待してしまったから。
そんな戦い方にあまりにも慣れてしまっていたから。
だからこそ、天童さんは見落としていた。
「ジャーーーーンプ!!」
あさぎが飛んだ。
縦ではなく、横に。
アメフト選手がトライをするように、高校球児がヘッドスライディングをするように。
巨大ヒーローが空を飛ぶ時のように。
体を伸ばし、まるで一本の矢になったかのように水平に飛んだ。
格闘技で言うところの胴タックル。
それは相手を地面に倒しグラウンドでの攻防へ持っていくための技術、柔道で言うなら寝技へ持っていくための布石。
腰を落とした倒れやすい姿勢だった事。
打って倒すという超常的な戦いに慣れすぎてしまって、今になって普通の格闘技の常識が来るとは思っていなかった事。
正面切って戦うという相手の覚悟に対する敬意や相手の事を知っていたからこその油断。
そういった幾重もの天童翼子だからこそ、生じうるそれらが重ならなければこうは上手くいかなかった。
無論、あさぎの頑張りも大きい。
リゲルキックで地面を蹴って常識はずれのスピードで体当たりを決めるとはいえ、頭から突っ込むのだ。
ちょっとでも膝を合わせられたらそれで終了だ。
そして天童さんなら、冷静な天童さんならそれくらいはやってのけるだろう。
失敗すれば死が待っているという作戦なのだから、普通ならばそれは躊躇に繋がり決心や判断を鈍らせる。
しかし、それを全て乗り越えて決まった渾身の胴タックルは体当たりそのものが相当な威力となって天童さんの腹部に突き刺さったのだ、ここにきて天童さんのモデルのような長い足も天童さんにとってはマイナスに作用した。
それでもさすが天童さん、すぐに状況を理解して身をよじり逃れようとするがそれでも一瞬だけは隙ができた。
何度も状況を考えたあさぎにはその一瞬のラグだけで十分だった。
天童さんにとってこの戦い始まって初の事だろう、常に相手を見下ろしていたのが、今はあさぎに見下ろされているのだ。
そして状況は説明不要のマウントポジション。
あさぎが上で天童さんが下。
この状況なら天童さんの攻撃力がいかに高くても、その全てを発揮できる事はなく、こっちは全力の攻撃を打ちたいほうだいだ。
そして俺とあさぎの距離は丁度七メートル。
この距離ならば届くのだ。
「ケバルライ!」
俺のパートナー強化術。
効果時間は一分三十秒。
その一分三十秒を、コンマ一秒として無駄に使う事なく。
全力で全開で一片の気後れもなく、一心不乱に拳を振り降ろし続ける、そして強化された攻撃ならば顔面でなくても殴れるところだったらどこでも、防御の上からでもお構いなしにダメージを通せるはずだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
何が起きているのかと問われるならば、馬乗りになったあさぎが天童さんを殴り続けている。
呼吸する余裕も余力も全て腕の振り下ろされる腕に注ぎ込んで天童さんの顔面に打ち込まれ炸裂し続ける。
その背中は怖くもあり、美しくもあり、悲しくもあった。
「まさかアイツと正面きって殴りあおうとするなんてな」
心底関心したように呟きながら、地蔵院さんはゆっくりと散歩するような足取りで天童さんに多い被さるあさぎの方へと歩み寄る。
地蔵院さんが天童さんの助けに入るとは思っていなかったけど、万が一を考えてそのケースも想定していた。
だが、地蔵院さんの様子はどうにも二人の間に割って入るというわけではないようだった。
歩み寄るどころか通りすぎて俺の正面にたったのだ。
「お前ぇさんが作戦を立てたのかい?」
「え、あ、まぁ」
いつもの地蔵院さんの口調に、俺は戦っている事を忘れて普通に答えてしまう。
地蔵院さんは『ヘッ!』と何とでもとれるような短い言葉を発して懐から煙草を取り出す。
「火ぃ……は持ってねぇわな」
その表情はいつもと変わらず渋い顔で、不機嫌のようにも見えるしそうでないようにも見える。
マッチ独特の臭いが鼻に届くと、地蔵院さんは大きく煙草を吸い込み、そして吐き出した。
「てぇしたもんだ、それで……これは嫌味か?」
途端に不機嫌そうになるも、地蔵院さんは今度こそ『ハッ!』と吐き捨てるように咳払いをした後、俺の目をジッと見つめた後、俺の隣に立って殴り続けるあさぎの背中を眺める。
「大の男二人が何もできずに女がドツキ合うのを眺めてるしかねぇ、口じゃああだこうだ言うくせに全く情けねぇ話だな」
そう言われてしまうと、俺はグゥの音もでない。
手出しができない俺と違って、地蔵院さんは最初から手を出そうとすらしていないのだから少しニュアンスが違う気もするのだが、天童さんの言われた通りにそうしているのだから似たものだと考えているのだろうか。
「それでお前さんは勝ったら、あのお嬢ちゃん。ミライってのを助けるのか?」
「……そのつもりです」
「てぇしたもんだな、泥水啜って命までかけて人の為に働くってのは時代が時代なら歴史に残ってるぜ」
クククと笑い声こそあげなかったけど、地蔵院さんは肩で笑う。
「最も、勝ったところで願いも何もありゃしねぇ俺や、手前の願いもわかっちゃいねぇバカ娘の俺達が何か言えた義理じゃねぇわな」
何が面白いのか再び地蔵院さんはクククと肩を震わせた。
いや、奮わせた。
「しかし、助けるね……。横文字はわからねぇがこの前にあのバカ娘が言った通りなのかね。それならアイツの為にももっと戦ってもらわねぇとな。お前さんの呪文とやらはあとどんくらいもつんだ?」
地蔵院さんに言われて腕時計に目を通す。
長い長い一分、そして悠久とも思える残り三十秒。
体力は呪文に影響されないから、どうしても疲れはとれないために重ねがけも連続がけもあまり得策とは言えないが。
……そこでふと気がつく。
あまりにも天童さんは殴られすぎだ。
あの天童翼子が反撃もしないで殴られ続けている。
それは反撃するタイミングを伺い、確実に脱出できるチャンスを待っているという事だ。
それはあさぎの疲労。
そして、それともう一つ。
気がつくが、今更作戦を変える事ができないし、今のあさぎにそんな事を言っても止まらない。
止まったところで状況が良くなるとは思えない。
俺があさぎをずっと観てきたように、地蔵院さんもまた天童さんをみてきたのだ。
「じゃあ、そろそろだな。気をつけなお嬢ちゃん、黙ってやられるようなタマじゃねぇぞソイツはよ」
タイムアップ。
そして、待っていたように同時に天童さんが動いた。
足同様に長い手を駆使し、あさぎの頭を掴む。
長くて下から拳を放つにしても邪魔なその腕も捕獲となったら話は別だ。
最初に俺達が隙をついたと同じように、つるべ撃ちが終わった隙をつかれた。
それはほんの一瞬だったが、俺達と同じように天童さんに言わせればそれで十分だった。
「どかーーーーん!」
ここにきてさらに身長差を逆手にとって、天童さんはあさぎを引き寄せてその顔面に頭突きを食らわせる。
「くぁつ!」
短い悲鳴をあげて体制を崩すあさぎ、その間に天童さんは腰を翻してうつ伏せになると、力任せに立ち上がった。
「くひ……くひひひひひ……まさか防御に専念しないといけなくなるなんてね! こんなのサキと戦った時にも無かったよ。それにしてもたーのしぃー! まさか正面切って私に殴りかかってくるとはね! やっぱ喧嘩は殴り合いでしょ! さてと、百五十七回も殴られたんだから一発くらいお返しはオーケーよね?」
まだまだ元気いっぱいだとばかりに天童さんは笑う。
幸か不幸か、いや倒しきれなかったんだから不幸に決まってるんだがダメージが無かったわけではない。
どうやら鼻の骨は折れているのか変な方向に折れ曲がっている。
その折れた鼻を摘んで無理矢理に立て直すと片方ずつ鼻の穴を押さえて鼻血をフンと吹き出す。
「おぉ痛い痛い! ネギも鼻折れたんだからやっときな。呼吸器は強化の対象外だからスタミナ減っちまうぜ?」
血に染まった口元をぐじぐじと手で拭いながら天童さんは微笑んだ。
あさぎの拳で折れたのか、前歯が二本無くなっている。
美人が台無しなんて言葉があるが、ここまでその言葉がしっくりくる人も状況も珍しいだろう。
背中を向けたままのあさぎが、天童さんに言われるままに鼻を直したようだった。
「あっがああああああ!!」
天童さんほど我慢はできなかったのか悲痛な叫びをあげる。
そして俺に向かって振り返る。
「駄目だった、次の作戦はあるの?」
「お前の言ってた手ってのは?」
「あれは最後の最後のそれまた最後の手段よ」
俺さえも知らないあさぎの作戦。
しかし、それがまだ使えないというのなら悔しくも、歯がゆくもあるが作戦はこれしかない。
「あさぎ! 正面切って殴りあえ!!」
「オッケェェェェェイ!」
胸元で拳をガチリと合わせて気合いを入れると、あさぎは天童さんに振り返った。
「これでもまだ俺達のが少しだけ優勢か? 見物だな、こっからが面白いぜ」
地蔵員さんの手にした煙草の灰が、肩で笑った振動に揺られ、重力に引かれて落ちる、灰を落とすのを忘れるほどに見入ってしまっているのだ。
俺も同じだった。
天童さんの言葉の通りならば、百五十七回も殴ったダメージを差し引いて、それでもまだ五分とは言えないが、それでも倒しきれなかったとはいえ作戦はこうをそうしている。
確かに五分とは言えないがそれでも、おかげで戦いとして成立しているのだ。
成立させたのだ、させられるだけのダメージを与えたのだ。
天童さんが上で俺達が下。
それでも、絶望的な差でなくなった、ならばここからが正念場だ。
心を奮わせろ!
命を燃やせ!
「ケバルライ!」
「リゲーーーール!!!」
戦いが成立するというのなら、ここからが本当の戦いなのだ。




