君を気がつきたい、君に気がついてあげられない。
サブタイトルの接続詞は誤字ではありません。
その7
君を気がつきたい、君に気がついてあげられない。
尾野勝彦と原田義徳。
相手がわからない以上は対策の立てようなどないのだけど、だからといって何もしないわけにはいかないだろうと俺はあさぎに連絡をとったが、どうにも電話が繋がらなかった。
朝だし、まだ寝ているのだろうか?
何でもいいや、そのうち折り返しの着信があるだろう。
とりあえず顔を洗い、着替えをすませると朝食を作るか、外に行くかで考えてしまう。
時間は朝の八時、コンビニかファーストフードくらいしか選択肢が無いな。
なら作るかな。
冷蔵庫のあまり物に卵とベーコンがあったから目玉焼きにベーコンを炒めて、あとは食パンででも。
それならいっそサンドイッチにした方が洗い物が少なくていいかな。
サンドイッチの方向に決めると、油を引いて熱したフライパンに卵を落とした。
それにして大学に行っていた頃はこの時間は、この時間に朝食の準備じゃ慌てるどころか食べずに出かける覚悟を決めていたな。
五月も、もうすぐ終わる。
戦いは六月に終わるから、復学は夏が終わってからだな。
夏で大学が無い間に遅れを取り戻せばいいだろう。
優勝して、家族を取り戻して、日常に帰る。
上々だ、それができたら何よりだ。
……だよな?
取らぬ狸の皮算用ではあるけれど、優勝すればその望みが叶う。
だと、いうのに。
残り四回戦えばその望みが叶うというのに。
どうして、ワクワク感というか喜びが薄いのだろう。
ふと東の言葉を思い出す。
『君はいつの間にか自分の願いなどどうでも良くなっているだろう。あさぎの為に戦うなどといったぬるい気持ちでいただろう』
『絶望したのだろう、それでも死を選べない。ただ逃げて引きこもっただけだ』
……うるさい。
あいつは哲学者か何かか、何か目的があって生きてる人間の方が少ないに決まってる。
俺だって学が無いわけじゃないんだ、それにニーチェの提唱する超人象なんてそういったこだわりを捨てろっていってるんだ。
むしろ俺の考えというか、この感情が正しい。
こんな戦いになんて何の意味も持たない。
普通に戻る、それでいいんじゃないか!
自分に言い聞かせるように頭を振る、と焦げ付いた臭いが鼻についた。
『ああっ』と奇声を上げてフライパンの火を止める。
まったく、何をやってるんだ俺は。
ため息を大きくついて頭を切り替える。
きっと腹が減って気が立っているんだろう。
と、折り返し着信があった。
あさぎかと思ったが、着信の名前の欄を見て我が目を疑う。
着信の名前は公衆電話だった。
この端末は公衆電話の着信が可能なのだろうか、そもそもいわゆる携帯電話の電波をこの端末は使ってるのだろうか?
そもそも、俺はこの端末の自分の番号もわかっていないんだぞ。
だが、無視するわけにもいかない。
おそるおそる着信にでる。
「もっしー」
知らない女の人の声が聞こえてきた。
……知らないよな?
知らないはずなのだけど、どこかで聞いた声な気もするような。
「えっと、どちら様でしょうか?」
端末越しなのだから、急にどうにかされるという事はないだろうけどさすがに警戒する。
「戦いの関係者ってだけ今は言っておこっかな?」
「えっ?」
名前は名乗らないけど、愛想良く女の人は笑っている。
「本戦も始まったからやっと正体が明かせるってところなのよ、こっちもいろいろ縛られててさ。あ、縛られてるってのは肉体的な意味じゃないよ?」
「……天童さん?」
「彼女とは、私も会うべきなのかな? その辺りの意見を聞きたいよね」
ノリは天童さんに近いような気がするけど、声はやはり違うんだよな。
「公衆電話からかけてきてますど、どうやってるんですか?」
「考えて、あなたは考える事ができるっていうのもあるから東の眼鏡に叶ったってのもあるんだから」
「東を知ってるのか?」
「知ってるし、あなたは私に会った事もある。気がついてないだけでね。東は見破ったけど」
「……まさか、お父様か?」
端末をいじれる。
そして正体を隠している、それならば俺達が残してる謎はお父様の存在だ。
しかし、お父様という呼び方は俺達がそう呼んでいるだけで女性なのかもしれない。
地球が女の子なんだから宇宙も女性だって不思議じゃない。
「じゃあ、仮に私が男の子だとしたら?」
俺は言葉に詰まる。
どういう前提だと言う前に、この存在は電話越しに俺の思考を読んだとでも言うのか。
というか、こんなやりとりを以前にもやったような気がしないでもないが。
少し考えると、電話越しからふふふと笑い声が聞こえる。
「やっぱり、あなたホモなんじゃないの?」
「やっぱりって何だよ!」
「ムキになって否定するわりに逆にあやし……」
俺は電話を切った。
さて、朝食を取ろう。
するとまた公衆電話から着信がある。
「ごめんなさい、調子にのりました。それでも、ホモが嫌いな女子なんていないって事を理解して欲しい」
「理解できるか!」
「あばばばばばば!」
「何言ってんの!?」
やはり何だかどこかでこんなやりとりをした気がするんだが。
というか、ラチがあかない。
「何なんですかあなたは!!」
「これくらいのお茶目でそんなに青筋立てないでよ~、人間ちっちゃいゾっ!」
「だからアンタは誰だよ!」
「もう、がっつくんだから。それじゃ星乃ミ……いや、星乃サキって名乗っておこうかしら?」
ん?
こいつ、今なんてった?
「誰かって言われたから名乗ったのよ。星乃サキ、星乃ミライのお姉ちゃん。……的な人?厳密には人じゃないけど?」
受話器を持って固まり、混乱する。
言われてみれば確かに。
プラシーボ効果かもしれないが、言われてしまうとこのサキと名乗る女性はミライと声が似ていた。
だが。あったとしてどうだと言うのだろう。
鵜呑みにしていいような話でもない、ミライはあんなのだが地球意志であって人ではないのだ。
それで急に姉妹だと言われてもにわかには信じられない。
しかし、ミライの存在を知っている人間は今となっては俺とあさぎと天童さん、それと水島さんくらいのはずだ。
ミライが俺に言ってないだけかもしれないが、多分それはないと思う。
するとミライに知らないところで、ミライを知る人がいるって事か。
それなら日下部もミライを知っていてもおかしくないし、なら日下部のパートナーの男も知っているかもしれない。
でも、日下部のパートナーは男だ。
あの間違ったビジュアル系みたいな男が日下部のパートナーでこの人ではない。
もう一人の勝者である大和は負けたから居ない……いや、本戦はどちらか一人が死亡すれば敗退だ。
それなら大和のパートナーがこの電話の正体?
なら、なんで星乃ミライの姉を名乗る必要がある?
「よし、頭が切り替わったようね。人間は深く考えたら駄目なんだお」
「だお?……いや、アンタが思わせぶりな事を言うからだろ」
「その前よ、話始めはなんか変に悩んでたようだからさ。遠因の私が言うのもアレなんだけど、望みを叶えるっていうのはそれだけが得る物じゃないと思うわよ」
「……何を言ってるんですか?というか、アンタ人の心が読めるのか?」
「あばばばばばばば!」
「その誤魔化し方やめろ!」
「ま、読めるわけじゃないんだけどね。理解しようとはしてるよ。それがこの戦いでもあるからね、だから君はあさぎから学んだ方がいいよ、きみはあさぎのパートナーなんだからさ」
「あさぎに?いや、お前はあさぎも知ってるのか?」
「どうだろうネー」
何でそんな変なイントネーションで話すんだよ。
「そもそも君にもあさぎにも会ってるよ。サキとは別の名前を名乗ってるけどね。ヒントは君達、地球の支配者の友人の名前だよ。それじゃあね、近いうちに直接会いましょう」
そう言って一方的にサキは電話を切った。
別の名前を名乗っている。
つまり、すでに俺たちと会っている。
名乗れなかった理由があり、その条件はクリアされた。
本戦が始まったからか、それとも昨日の全員集合で直接顔を見たからか。
終わりは近いが、それでも単純にあと四回戦えば終わりってわけにはいかなそうだ。
順当に戦って勝てばいいわけでもなさそうだと、考えていると今度こそあさぎから連絡が入った。
「あさぎ、おはよう。今さっき、ミライの姉を名乗る変な…」
「……ぐすっ……すん」
「おい、あさぎ!?何だ、泣いてるのか!?」
泣いていた。
その涙の重さを俺は知っている。
骨が折れても、心が折れても、死を意識しても、振られても泣かなかったあさぎが泣いている。
強い心が泣いている。
それは俺が抱えている疑問を全て吹き飛ばすには十分過ぎた。




