こうするしかなかったなんて言い訳をするなよ。
その4
こうするしかなかったなんて言い訳をするなよ。
時間にすれば二分経過したかどうかくらいだろう。
今のところあさぎ対サバンナマスクの戦局は拮抗状態だった。
別に二分間にらみ合っていたというわけじゃない。
それどころか壮絶に殴りあっていた。
筆舌し難い殴り合いだった。
リーチと体格に優れるサバンナの攻撃を受けながら、先ほど自分が健太君にされたような、そんなサバンナの間合いの中のさらに中。
表現するのなら間合いの中の視覚という距離をあさぎは保ちながらの乱打戦だった。
体格の差からあさぎが押されているようにも見えるけれど、あさぎの表情やサバンナマスクの口元を見る限り、どちらも歯を食いしばり精神力で立っているのが明らかなので今では有利不利なんて関係ないほどの泥仕合の様相になっていた。
そして、悲しいかなこの時点で俺達の勝ちは決まっていた。
サバンマスクはそれに気がついているのかいないのか。
勝ち負けといったそんなものはもうどうでもいいのか。
悔いの残らぬよう、やり残しの無いように自分の全部を出し尽くそうとしているようにも見えた。
サバンナマスクの敗因は冷静さを欠いたところだった。
自分で言ってしまっては、みもふたもないのだけれど。
勝つだけだったら足から俺を振り払ったら、そのままあさぎに向かわずにそのまま俺をしとめれば良かったのだ。
それでも、そうしようとしたところであさぎの方が先に健太君にとどめを刺していただろうからやはりあの時点で詰みだったのかもしれない。
勝負の流れを振り返ると俺達の運が良かったとも言えるし、俺達の正々堂々としていない策略のたまものとも言える。
だから勝ちが確定している現状でも、晴れやかな気持ちにはならなかった。
どのみち勝ったところで良い気分になれたためしがこの戦いには無いのだが。
大いに盛り上がったからこそ、祭りの後は寂しい。
今のあさぎとサバンナマスクの戦いなど祭りの後だ。
前座で盛り上がりすぎて客が帰ってしまったメインイベント、そんなもの悲しさがある。
拮抗状態はいつの間にかサバンナマスクが優勢になっていた。
それも当たり前だ、力が同じだとしても体格と経験だけは不変で不動だ。
端末が示す数字が変わらないように、それも変わりようがない。
「うぎゃああああああ!!」
どこか芝居のような声色であさぎは悲鳴をあげる。
サバンナマスクはあさぎの額に噛みついているのだ。
確かサバンナトゥースだっけか。
実際に観るのは二回目だけど、やっぱりかっこいい名前がついているわりにやっている事はただの噛みつきなんだな。
しかし、これは凄い絵面だな。
女子大生に噛みつきを決める覆面姿のマッチョマンって、日本じゃ放映できないだろう。
やっぱり血が出るとお茶の間としてはドン引きだろうし。
サバンナマスクは弱ったあさぎを後ろから羽交い締めにし、回転してから叩きつける。
何だっけ?『ライオン・スピン・ボンバー』だったっけ?
何か違う気がするけど、今となってはどうでもいいや。
少しアバウトな方がプロレスっぽいんだろ、俺もさすがに学んだよ。
そしてサバンナマスクは天高く指を上げてフィニッシュを宣言する。
そう、確かサバンナヒートというボディプレスだ。
最初に横方向の変形式で放ったけど、今回は天から降ってくる本来の形式だ。
コーナーポストが無いから直接ジャンプする違いはあるが、数値で強化したサバンナの跳躍力はコーナーポストから飛んだ以上の高さを見せる。
さて、そろそろいいだろう。
正義の無い戦いだからどっちが勝ってもおかしくなかった、差があったとするならばサバンナマスクは悪役でもあった。
ヒールは最後の負けて客を沸かせるのが役目だ。
皮肉な事に観客は誰もいないのだが。
「ラス・アルハゲ」
俺の言葉であさぎが回復する。
蓄積したダメージがあるため、全快とまではいかないようだったけどそれでも行動に支障は無い程度に動けるようになったようだ。
だから、そのサバンナマスクの必殺技を何なく避ける。
悪役のフィニッシュは決まらないのだ。
決まっても返されてしまうのだ。
ズゥンという音と同時にサバンナマスクは大の字になって動かない。
「満足だ……。言い訳も何もない。きっと心のどこかに悔いがあるのだろうけど、それも思いつかない」
言いながらサバンナマスクは上体だけを起こす。
「ありがとう、どういうわけか最後はプロレスになってしまっていた。私のバックボーンだからかな、意識しなくてもそうなってしまっていた事が私には嬉しいよ。そしてあさぎ君、そんな私につき合ってくれてありがとう」
「プロレスならサバンナの勝ちだよ」
「それはそうだ、本職だからね」
言ってサバンナマスクは立ち上がる。
「考えてみると、片方が負ければ決着というこの本戦のルールもプロレス的だな。私はプロレスに人生を捧げてプロレスに救われる事になるのか」
サバンナマスクはそう言って倒れたままの健太君を少し見て。
「さぁ、二人の一番強い技で来い! それを受けきるのがプロレスだ!」
プロレスラーとしての教示を見せる。
俺達も不思議と心が穏やかだった。
「勝ち上がれよ!」
「……ケバルライ」
「リゲル……」
俺の強化とあさぎの必殺の蹴り。
当初から考えていたこのコンビネーションも試すのが今回が始めてだ。
満身創痍のサバンナマスクに対して容赦無し。
容赦などしたら、この偉大なレスラーに対して失礼だ。
「キーーーーーーック!!!」
「駄目だぁぁぁああ!!」
あさぎの蹴りの軌道上に意識が無かったと思っていた健太君が割って入った。
あさぎはその不意な行動に対処できるはずもなく、サバンナマスクではなく健太君を蹴り付けた。
サバンナマスクを倒しうる蹴りを少年の小さな体に叩き込んだ。
「うわああああああああ!!」
蹴られていないサバンナマスクが悲鳴を上げる。
蹴られていないからこそサバンナマスクが悲鳴をあげる。
激しく、ボロくずのように吹き飛び、水切りの石のように地面で幾度とも無くバウンドして転がった健太君にサバンナマスクが駆け寄る。
俺達は茫然自失で立ち尽くすしかない。
「うわぁつ!? 嗚呼っ……! 健太! 健太ぁッ!!」
悲痛な叫びをあげながらサバンナマスクは健太君を抱き起こすが、無情にも足下から砂が散るように健太君の肉体は消滅を初めていた。
もう、どうしようも無かった。
「どうして……こんな……健太ぁッ!!」
「サバンナは僕のヒーローなんだ……戦ってるサバンナマスクが好きなんだ……サバンナに助けられたんだ……だから今度は僕が助けたんだ……」
「そんな……いいんだ……! お前は俺だ! ……俺もそうだった! だからお前は幸せにならなきゃいけなかったのにッ!!」
「いいんだよ……もう……十分さ……戦うサバンナは皆の記憶に残るけど……僕はサバンナの記憶に残れば十分だし……」
「そんな事を……」
「お願いだよサバンナ……素顔を見せて……」
「待ってろ! ほら! これでどうだ!見えるか!!」
サバンナマスクは覆面を脱ぐと、健太君に顔をよく見せるように健太君を引き寄せる。
だから、その角度では俺とあさぎにはサバンナの素顔は頬のライン程度しかわからない。
「へへへ……サバンナはやっぱり……かっこいいや」
健太君の体はもう胸まで消滅しており、サバンナも抱えるのが難しくなる。
「それ……被ってもいい……?」
言われるがままにサバンナは健太君にそのマスクをかぶせる、ややぶかぶかで目の部分から大きく顔を覗かせる。
だから健太君の表情はよくわかった。
「どう……似合うか……な?」
「ああ! 似合うぞ! カッコいい! 立派なサバンナマスク二世だ!」
健太君は言われて確かに微笑むと。
「お願い……サバンナ……これからも……戦って……僕はずっと観……………」
健太君の体はそこで完全に消滅した。
音もなく、被せてあげた獅子のマスクが地面に落ちる。
口が消えてしまったから言葉は途中で途切れてしまったが言おうとしていた事は考えなくてもわかる。
「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」
彼は慟哭する。
健太君を抱きいていた腕をそのままに拳を強く握りしめ、体を丸めて突っ伏した。
「うぐっ! お、お前達っ!!!!」
彼は言葉を飲む。
背中を震わせながら俺達に何かを告げようとして、その言葉を彼は飲み込む。
やがて地面に落ちたマスクを再び彼は被るとサバンナマスクとなった。
「俺は戦い続ける……千鶴、あさぎ、二人も戦って……」
サバンナマスクはさらに言葉を続けようとしたが。
その言葉をも飲み込んだ。
そして首を振る。
口を突こうとした言葉を訂正するように、そして真っ直ぐに俺達を見据えた。
「勝て!!!」
「「はい!!」」
憎いであろう俺達を激励し、その言葉に俺達は答えた。
本戦一回戦 終了
瀬賀千鶴、防人あさぎ 勝利 二回戦進出
サバンナマスク 敗北 戦線離脱
三ノ輪健太 死亡




