これまでのあらすじ、これからのつづき。
その24
これまでのあらすじ、これからのつづき。
「いらっしゃい」
白いワンピース姿の少女が木製のベンチに座り、足をぶらぶらとバタつかせていた。
俺は立っていた。
「呼ばれたって事かな?」
「瀬賀千鶴が入る事を許可するぅぅ、だけど防人あさぎが入る事を許可しないぃぃ!」
「鏡の中って事か?」
「世界が違うって意味で考えればね」
くだらない会話につきあいながら、俺は現状を把握しなおす。
東を倒す……。
退場させて、とりあえず顛末をあさぎとヨアンナさん達に伝えて。
で、寝たんだ。
そして、ここに立っている。
ミライの船に立っている。
「何の用だよ?」
「さっきから質問ばっかりね」
「聞きたい事は山ほどあるからな」
「それはこっちも同じよ、じゃあお互いに一つずつ。東一樹が脱落させたわよね。どうして?」
「これはそういうルールの戦いだろ」
「もうすぐ病気で時間切れだったってのは知ってた?」
「最期に聞かされた、っていうか一つずつだろ?二つ続けるなよ」
「それくらいはサービスしてくれませんこと、器が知れますわよ」
早速ルールを破ってしまった事に対してお嬢様キャラで乗り切ろうと試みたようだった。
ミライの自分のキャラ設定の出来てない感が痛々しいが、そこはグッと堪えた。
「お父様と再参加者の事をミライは知ってるのか?」
「二つじゃないよのさ、どっちか一つにしてくれません事?」
もう口調がごちゃごちゃだった。
何だよ『よのさ』って。
何かのキャラの語尾であったような無かったような、そして慌ててすぐ取り繕うし。
主催者の威厳もへったくれもない、だから俺も強気で出られる。
「一つに質問をまとめてるだろ、大人はこうやってズルをするんだよ」
「東みたいな事を言うんですのね」
東みたいね、まさかそんな事を言われるとは思わなかった。
褒められたとは思えない。
実際、褒められてないだろうし。ミライからしても褒めているわけではなくむしろ逆だろう。
「答えはどっちもわからない、あくまで対等というルールを前回の願いで強いられちゃったから」
「だから翼子さんを利用した?」
「一つずつでしょう?」
「一つだったろ?」
「……うぐぐ」
ぶらぶらさせていた足をジタバタさせて言葉をミライは飲み込んだ。
「そうよ、徒党を組まれると間延びするってもありましたからね。予選突破のために経験者だったら共闘って選択肢を選ぶと思ったんですけど。当てが外れましたわ」
なるほど、天童さんの感覚は当たっていたわけだ。
ミライからしてみても、再参加者とお父様はそういった対策をとらないといけない存在という事だな。
「逆に、あなたは再参加者とお父様に検討はつかないの?」
「つかないな、おそらく会ってさえいないんだろう」
「……どうやら本当に知らないようね」
「どういう事だ?」
「東は参加者の全員に会ったみたいよ、気持ちよさそうにしてたいから呼んでみたら仕事は終わったって言ってたから検討がついたんでしょう」
東は影でそんな事をしていたのか。
すべき事は終わったとはそういう意味か、そしてそれは俺とあさぎにとってどういう意味だ?
「オセロで言うなら角を三つ取られた気分ですわ、こっちの手駒は翼子だけだものね」
「もう翼子さんはミライの言いなりにはならないだろ」
「お父様と再参加者が何を願うかは私にとって不安要素だけど、翼子に関しては不安ではないわ。それにお父様の生み出した例外だけど、お父様と再参加者もそういった面では例外じゃないからね。ルールに抵触はできない、出来たとしてちょっと端末をいじるくらいでしょう」
ならば、参加する事にどういう意味があるというんだろう。
再参加者はともかく、お父様とやらの目的がわからない。
「お互い情報交換はここまでね」
「最期に一ついいか?」
「質問のターンは私にあるわよ?」
「じゃあ、何か聞けよ」
「そうね……私を恨んでいる?」
意外な質問に即答できなかった。
少し考えて、やはり正直に答える。
「恨んでないわけじゃない」
今となっては言い切れなかった。
ミライにも、何か同情とは言えない感情が生まれているのは確かになっていた。
「そう、当然よね。でも、私にはあなたの運命を変える能力なんて無いのよ」
そうなのか?
という言葉を飲み込む。
それは質問になってしまうから最後の一つをここで使うわけにはいかない。
「東さんはどうなったんだ?」
「それはあなた達に分かりやすいように表現するなら食べちゃったって言った方がいいかな。もう私のお腹の中よ死んだのと何も変わらないわ」
食べた?
変わりないとは言ったけど、死んだとも言っていない。
この戦いは食事のような物でミライに必要なものだって言ってたよな、たからそういうニュアンスで言ったのだろうか。
俺も東に関しては不謹慎だと思うけど、殺したとは感じてないのは確かだ、だから退場させたと自分の中で表現したのだから。
いずれにせよ、もうこのミライの船でも会う機会はないのだろう。
「本戦が始まる時にまた会いましょう」
そして目が覚めた。
と、同時に端末が着信する、早速本戦についての事だろうか。
いや、端末を介しての通信はミライの場合はメールのはずだ。
誰からだと、思うと誰なのかわからなかった。
知らない名前だった。
少し低い男の声だった。
「おはよう、まずは自己紹介をしよう、私は大和晴彦。ランキングではあの怪物女に次いで二位の冴えない男だよ。もっともあの女を前にしてはそれは恥ずべき事ではないし、二位も最下位も同じような物だ。二位と最下位が同じというのは人生と一緒だな。このゲームにも同じ事が言える」
大和はどこかで聞いた事がある台詞を言ったうえで続けた。
まるで東のような喋り方だ。
「さて、これは私の予想なのだが君は。彼の話から察するに君は東の仲間なのだろう?」
その言葉に思わず口が滑る。
「あんた東と関わりがあるのか?」
「あるよ。仲間では無かったがね。そうだね、ここまでたどり着いた事に敬意を表していくつか君達だけに良い事を教えよう。まず一つ、優勝した者の望みと二人が共通する望みは叶う。注釈にある通り、戦いの参加者の復活と戦いそのものの停止の願いは叶えられないがね」
大和はそう言い切った。
でも、ごめん知ってる。
それでも、どうしてそう言い切れるのか聞き返そうとしたが、それよりも早く、大和は続けた。
「どうしてそんな事を知っているのか聞きたいだろう、私は前回のこの戦いの優勝者だからだよ」
またしても言葉に詰まる。
再参加者。
ここにきて、本戦開始のタイミングで向こうから接触してきた。
「だから安心したまえ、願いは叶う。悪いのは主催者という存在だよ。まだ、そう言われても君はわからないだろうけどね。フフフ……あと、本戦の開催は予選終了から一週間後だ……それまで少しでも強くなっておくんだね……」
そして一方的に通話は途切れた。
思わせぶりに話してくれたところで申し訳ないけれど『それも知ってるよ』と、言ってあげられなかった。
さっきまで会って話してたよ、と言ってあげられなかった。
唯一の新しい情報は一週間後に開始って事だけだった、それもありがたい情報かと言えばそうでもない。
するとおいかけ端末が震えた。
メールだった。
ミライからの一週間後に本戦開始という内容だった。
前大会で優勝し、ミライをルールで縛ったという凄い事をやってのけた存在であるにもかかわらず、俺の中では彼の小物臭がプンプン臭っている……。
それでも疑問なのは、彼はどうして俺の端末の事がわかったのだという事。
どうであれ警戒はしておかねばならない存在だ。
とにかく予選は終わった。
その日の夜、ヨアンナさんの発案で大気軒へまた行く事になった
「ラーメンうめぇーーーーー!!」
あさぎがガッツポーズする。
下手な芸人よりも面白派手なリアクションだった。
「ソウデショウソウデショウ」
ヨアンナさんもご満悦といった感じだった。
「本当に美味しいなここは!」
サバンナマスクも感動している。
確かに美味しいもんなここ。
皆で騒いで。
皆で食べ終えて。
皆で予選を終えて。
それから、誰からとともなくしんみりとした空気になる。
これまでのケジメというか、禊ぎというか、最後の瞬間を迎える。
サバンナマスクは残念そうに首を振り、健太君の肩を抱いた。
最後には。
最期には。
解っていたが、気まずさだけが残った。
巨体に覆面の大男と何の変哲も無い少年。
色彩の狂ったファッションセンスのハーフの女性と大型犬。
そして俺達、背賀千鶴と防人あさぎ。
この六人の同盟関係はこれにて終了し。
東一樹の作戦というか、計画というか、企みは謎のままであり、果たせるかさえわからない。
誰かに利用されていても。
誰かに強制されていても。
お互いに、叶えたい願いがあるから
もともとこの戦いはそのように出来ていた。
誰もが等しく志し半ばで倒れる可能性があったし、誰もが等しく思いを遂げられずに散っていく。
必死になっても到達できず、決死を持っても結果に至らない。
無情に無様に無意味に無味乾燥に平和主義をあざ笑うように。
友情を人情を好意を善意を温情を恩情を厚情を芳情を同情を愛情を。
全て丸ごと意味ない物と見下すように。
予選も終わったというのに、あるのは不確かな希望のみ。
ハッピーエンドへと至る錯覚さえ覚えられない、笑い話としては全く笑えないが、そんな滑稽な戦いの予選は、これで本当の意味で静かに幕を下ろした。
本戦開始




