集束し収束し終息を始める人間関係。 中編
その14
集束し収束し終息を始める人間関係 中編
「オーウ、一週間ぶりネ! 無事で何よりデース!」
待ち合わせのマンションの前。
超が二つどころか二乗はつくほどの高級マンションの入り口でヨアンナさんが既に到着していた。
オートロックどころか、まず入り口に警備員が常駐している。
そもそもオートロックなんてものは安全なようでいて、キーを持っている人と一緒に入ってしまばロックにさえなっていないのだ。
適当な理由をくっつけて人の良さそうな無警戒の人と一緒に入ってしまえば進入などたやすい。
警備員が目を光らせ、通行の許可証か住人の了承か住人である証明が無ければ、何人たりとも通さないスタンスは徹底している。
別に来た順番で入ってもいい気もするが、あさぎ以外はその謎の協力者に会った事もないのだから気まずい思いはる。
それに完全なアウェーであり、俺をもってしても頑なに秘密主義を貫く協力者に心を許せるはずもない。
そもそもの問題としてこのヨアンナさんの発祥の同盟関係は今日初めて成立するかどうかという話なのだ。
さて、そのヨアンナさんである。
ヨアンナさんの相棒は今日、この場で紹介されるという事になっている。
だけど、この場にはヨアンナさんしかない。
いや、厳密にはヨアンナさんと大型犬が一匹。
いやいや、その大きさは一匹というよりも一頭と数えた方がしっくりくる。
男子中学生と同じくらいはありそうな体躯の巨犬、体重だけならそれこそ男子中学生の平均よりもはるかに重いだろう。
土佐犬とピレネーを掛け合わせたかのような顔つきは鈍重そうな見た目とは裏腹に凛々しく。
そしてしなやかな筋肉の流動は、鈍重どころか俊敏な動きをするであろうと容易に想像できた。
動物は苦手ではないけど、これはさすがに怖い。
単純な威圧感があるし、どうしてもこの犬が暴れ出したら助からないというリアルな想像をかき立てる。
「可愛いけどデカッ!」
あさぎが相変わらず素直な感想を述べる。
「デスよねー。最初は私もビクリしました。紹介しまス、私のパートナーのヌルハチでス。ハチって呼んでアゲテ」
ヨアンナさんの言葉に返事をするように。
ヌルハチは『バウッ! 』っと重低音で吼える。
いや、
いやいや、
「いやいやいやいや!」
さすがに突っ込みを我慢できなかった。
「犬じゃないですか!」
犬だった、犬ならまだしも犬というカテゴリではあるけど別な生き物みたいな体格だ。
先ほどの仮説がいよいよ現実味を帯びる。
数値以外の戦闘力もランクに反映されると、そう考えると現状でこの組まれようとする同盟内で最強はヨアンナ、ヌルハチ組という事になる。
サバンナマスク、健太君組と俺達は同じくらいか、もしかして同盟内で再弱って俺達じゃないのか。
「すげー、でもヌルハチって技を出す時にどうするの?」
「特別ルールのメールが来たヨ、ハチに関しては私が操作できるヨ。しかもネ、ハチが吼えると私のタンマツに何を言ったかデルよ、ハイこれ」
言って端末の画面をこちらに見せてくれるヨアンナさん。
もうこの端末は何でもアリの様相だった。
画面には「オレサマ オマエ マルカジリ」の文字。
冗談がキツ過ぎる!
ケルベロスかこいつは、初対面の相手に言う事じゃないだろ。
「ああ、皆さんお集まりで」
そうこうしているとサバンナマスクと健太君がやってきた。
「っと、大きい犬ですね」
「すっごい! 僕とか乗れそう!」
「んー、ちょっと待つよ!」
バウというヌルハチの吼え声に対してヨアンナさんが端末を確認する。
(イイノカイ ホイホイ イッチマッテ オレハ ノンケダッテ カマワナイデ ノセチマウヤツナンダゼ)
酷い犬だった。
酷すぎる犬だった。
っていうかこの犬、ネットに詳しすぎだった。
「いいミタイヨ! 健太君ノルね」
「本当に! わーい!」
バウッっとヌルハチが吼える。
(アッー!)
「やかましいわ!」
思わず口に出して突っ込みをいれてしまった。
ともかく全員集まった。
面通しといっても、ヌルハチは犬なので体格はともかく緊張は少なかっただろう。
加えて文字ではあるが、会話ができる。
ネットスラングどころか顔文字まで駆使して喋るこの犬に対して緊張感は絶無だった。
サバンナさんと健太君はそういうのに疎いようだが、俺とあさぎはいちいちツボだった。
会話が楽だからとハチの首に端末をぶら下げる。
吼えた時には何か喋っているという事だから、吼えたらハチの方をみればいい。
(さいたまさいたまー)
懐かしいネタだった。
そして意味の無い単語だった。
レスラーに怪しい格好の外人に大型犬というパーティーメンバーはあからさまに警備員が不審に感じているようだったが、協力者が入ってくるようにというので警備員としてはそうするしかなかった。
不審なのは痛いほどわかるけど、不審者じゃないしな。
ギリギリ不審者ならぬ、不審者ギリギリ。
わん、と吼えられた。
(別に上手くねぇから)
コイツ、心も読めるのか!?
(あばばばばばばばば!)
要領を得なかった、もういっそ心が読める犬として考えた方がつき合いやすいかもしれない。
…いや、能力的にそれが本当に可能なら無敵じゃないかこの犬。
………。
無回答かよ!
ともあれ、エレベーターを降りて最上階。
こういうマンションにおいてはかえって不用心なのではないかと思える表札。
名前はこうある。
東、と。
「一樹さん、あさぎです」
東一樹。
やはりかと思ってしまう。
天童さんが一目を置く、勝てるが絶対に一勝一敗にさせられるようなやりにくい相手。
それがあさぎの協力者である、東一樹だった。
「はいはーい!」
甲高い声が聞こえてくる、明らかに女性のものだ。
がちゃりと勢い良く、チェーンもかけずに不用心にドアが開いた。
女子高生だった。
たくしあげてミニにしたスカート、それでいて清楚な白のソックス。
あか抜けないあどけない顔立ちと、それでいてちょっと大人っぽくみせようとした遠慮がちな茶髪。
小柄というか、ちっちゃい印象。
総評するなら高校デビューをもくろんだ田舎の学生といった感じだった。
精一杯、流行に合わせようとしたけど、どこかちょっとだけ間違って。
そのちょっとが致命的に間違っているという感じ。
余計な事をしない方がよっぽど可愛らしいのに、本人がそれに気がついてない痛々しさ。
重ねて言おう、女子高生だった。
普通の女子高生だった。
「はじめして皆さ……うわー! おっきいワンちゃん!」
普通のリアクションだった。
(撫でて! 撫でて! 撫でて!)
ハチまで普通のリアクションだった。
「わぁ! スゴい! 会話できるんだ!よしよしいい子いい子!」
そこには本気で普通の女の子がいた。
(うほっ!ドュふふふふふ!)
普通じゃないリアクションの犬がそこにはいた。
「あ、ごめんなさい。私は牧田加賀美 《まきたかがみ》、十六歳。東一樹の妻です!」
やっと普通じゃない要素が出てきて安心する。
普通じゃない事に安心を覚える俺自身に一抹の不安を覚える。
思い返してみれば、確かにあさぎに出会って直ぐに結婚したという話をそう言えば聞いていた、プロレスラーにオタク犬という尋常じゃない個性の中で普通が個性かと勘違いするところだった。
奥様は女子高生だった。
「それじゃどうぞ上がってください、スリッパはご自由にどうぞ」
パタパタと加賀美ちゃんは奥へと促す。
「いささか緊張するな」
偽り無く、サバンナマスクがそう言った。
俺だってそれは同じっだが、マスクマンが言うのはシュール過ぎる。
廊下、なのだけど印象としてはマンションの廊下ではなくホテルの廊下に近い。
大柄男の最高峰みたいなサバンナマスクと俺が並んで歩いてもまだ余裕があるのだから個人の家の物とはとても信じられない。
部屋数も多すぎて一見してこれが何の部屋のドアなのかわからない。
東一樹と牧田加賀美の二人暮らしだよな?
ざっとみてもドアが廊下に8つはあるのだけど。
と、突き当たりのドアの前にたったところで高い声が響いた。
「入りたまえ」
鋭くて若い声だった。
観察してみれば、廊下の角に監視カメラがある。
家の中に堂々と監視カメラがあるっていうのも、常識はずれだ。
もっとも、この戦いにおいて常識なんてものは関係ないのだろうけど。
「カズ君入るよ」
加賀美ちゃんがドアをあけると、電気屋で見るような過剰な大きさのモニターが目に入り、それに併設されるように細かなモニターがとっさに何個あるかわからないほどに設置されていた。
画面には証券取引所のような数列が並び、部屋は薄暗い。
そして中央の大型モニターの前には巨大な回転座椅子。
あまりの大きさに座っているはずの東一樹の頭の天辺しか見えない。
その椅子がぐるりと振り返る。
「このような形で失礼」
灰色のスーツ姿で足を組みリラックスした様子の東一樹。
髪はかなり白髪が混じっていて、白と黒のアバンギャルドすぎる様子でやや癖っ毛。
椅子に座っているにも関わらず長身だと見てとれる、190センチ、もしかしたら2メートルはあるかもしれない。
その背の高さをもってしても大きいと感じないのは酷く痩せている事と、手足が一見して特徴と表現できるほど長い点が目に付いた。
その色白の手には単三電池を6本入れて、3時間弱しかもたない時代の流れに飲み込まれて消えていったレトロな携帯ゲーム機が握られていた。
「私が東一樹 《あずまかずき》だ」
不遜に、不気味に、そして堂々と東は言った。
「一ヶ月ぶりだねあさぎ君、良かった。いや、この場合は感心すると前おいた方がいいな。私は私達という協力無しで一ヶ月。いや、3日と君は生き残れないと思っていたからね。ありがとう瀬賀千鶴君、君は間違いなく本物だ」
上から目線の失礼な物言いの東は続ける。
「加賀美、皆さんに椅子を。さて、君達の事は聞いている。サバンナマスク君」
「はい」
「君は別にいい、私にとってはイレギュラーな存在だ。いてもいなくても変わらないが、いないよりも居た方が良い。そういった程度の立場だとわきまえてほしい、私に言わせれば君は不要物だ」
「なっ!?」
悪役だけど常識人、やさしいサバンナマスクもこの物言われようには声を荒げそうになる。
「おっと、前置きをまた忘れた。私の言動はいちいち君達の神経を逆撫でするように心がけているが、私の話し方にいちいち目くじらを立てられては話が進まない。簡潔に自己紹介をするなら、私は今では投資家になりさっがっていてね。時間には思うところがあるのよ『今はまだなり、まだはもうなり』物事には良いタイミングがある。という、話だ。そしてそのタイミングとは今だ」
言って東一樹は今度はヨアンナさんを見据える。
「さて、では話を進めよう。ミセス・ヨアンナ、この度は私のような凡愚な男を同盟関係に誘っていただいて感謝の極み。私も才色兼備たるあなたに近づこうと精査しましたよ。有村誠治さんの事など、有村誠治さんのチームの扱いなど、私も知った時は胸が張り裂ける想いでした。私のあなたの評価は素晴らしいがそれでも別物だ」
ヨアンナさんの顔から人なつっこい笑みが消える。
その舐めるような言い回しは事情を知らない俺でも不快感が沸き立つ。
グルルとハチも敵意をむき出しにして東を睨みつけていた。
(屋上へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ)
しっかりAAまでついていた。
むしろ、お前が自重しろよ。
「それに健太君はいいとして……。ヌルハチ君だね、申し訳ない事に君達の真贋はまだわからない。評価できない私を許してほしい」
「え?」
(日本語でおk)
戸惑う一人と一匹、とにかくこの東という男はまずは人を値踏みするというとんでもなく失礼な男である事はわかった。
はっきり言って気に入らないタイプであり。
「そして瀬賀千鶴君、君は評価を下すまでもない。君は極上の代物だ」
そう評された時点で、俺の中で東は気に入らないから、いけ好かないを通りこし、嫌いなヤツのカテゴリに入ったのだった。
「さて、では円滑に話を進めたいのだが司会は私が勤めても良いのかな?」
あさぎと加賀美、あとは健太君以外は異論ありまくりという表情なのだけど我慢する。
今のところ余計な口を挟んでも喧嘩になるだけだ。
「僕は過程を重視しない、見るのは結果だけだ。スポーツマンシップなんて単語が大嫌いなんだよ。その昔、オリンピックの柔道の決勝で相手が足を痛めているのを知っているのにも関わらず、その足を攻めなかったなんて選手がいて美談として取り上げられてたけど僕にとってそれは侮辱としか思えないよね。相手じゃなくて、その選手がオリンピックに出場するまでに倒してきた予選の相手にも、倒してきた本戦の相手にもね。首尾よくその人は勝ったからいいものの、もし負けてたら何というつもりだったのだろうね。『弱点を狙うのは卑怯、フェアに戦いたかった』とでも言うつもりなのかね。全くもってくだらない、相手も勝った気になれないし、負けた相手も良い気分じゃないだろう。誰も幸せになれない、言うも悲しいバッドエンド。そう、バッドエンドだよ。この戦いの結末は誰も幸せになれずに幕を閉じる」
長い前置きの後、東は切り出す。
「そもそもの話、勝ち残ったら願いを叶えてくれるなんて保証はどこにもないだろう?」
俺たちのモチベーションを折るように。
この戦いの前提条件を真っ向から否定するように。
東一樹はそう言った。
そこから漫画やら歴史やらのよくわからない例え話しと、なぜかやたらと俺を挑発するような話方の長い話しを東が終えて。
「そろそろ具体的な話をしよう、ミセス・ヨアンナに関わる話なのだけど、僕から切り出しても良いだろうか?」
東の口上は長かったが、引き込まれるものがあった。
ここにいる全員が叶えたい望みがあるから戦っているのだから、それが勝ち残っても果たされないという状況を語られては聞かないわけにはいかなかった。
それに悔しいが惹かれる。
ここまでの事を言ってのける男が、果たしてどんな案を持っているのか。
それが気にならないほど、冷静でないわけではなかった。
ヨアンナさんは黙って頷くしかなかったし、それを見て東は満足げに目を細めた。
「必要なのは事実だ、SF的だとは今でも思うが世界は二つあり、この端末があるという事実。つまり二つの世界を客観的に認識し、介入できる存在があるという事は紛れもない事実だ。宗教としてはそれこそ神なんて呼ぶのだろうけど、そんな偶像的な言葉は使いたくないからね。ここではそう人を越えているのだから上位者としておこう、それをどうとるかだよ」
凄惨に微笑みながら東は饒舌に舌を回す。
「有名な話だよ、聞いた事があるんじゃないかな。『お前は見られている』が宗教、『見られていなくても』が道徳、『どう見ているか』が哲学、『見えているものは何か』が科学、『見えるようにする』のが数学、『見る事ができたら』が文学、『見えている事にする』のが統計学。そして」
東は一呼吸置いてためる。
「『見られると興奮する』のが変態だ」
そしてオチを用意した。
「あっはっは! 東さんてば面白い!」
「やっぱりダーリンのジョークは最高ね!」
あさぎと加賀美は笑ってる。
俺たちは一つも笑えない。
東は腹が立つくらいドヤ顔だ、コイツは結論を言うみたいな事を言っておいていっこうに話が進まないぞ。
「ここでいう『見えている物』は端末とA世界と1世界、あとは境界世界だ。そしてこれを『見えるようにする』それは数学の話、そしてミセス・ヨアンナ達は『見えるようにしようとした』その結果が今の状況というわけだろう?」
自分から話すといっておいて、東はヨアンナさんに話を振った。
この場に集めた時点でヨアンナさんも隠し事をするつもりは無かったのだろう。
「私……私達は以前……といっても一年と少し前デスが別の世界の存在を認識していマシた。KEK……日本語で言うなら物質構造科学研究所イイマス」
まるで夢物語りから現実に引き戻すように、今までの状況に理由という現実が肉付いてくる。
「ΔxΔp≧2/hと言ウのが量子力学の多世界観解釈デス、宇宙論のベビーユニバース仮説とか言ってわかりマスか?」
「わからないです」
あさぎがキッパリと断った。
俺も何のことだかサッパリだったので、ナイスプレー。
「んートですね、用すルに科学でそこマデ別世界の理屈ハ解ってルンですヨ。それで私達ハある時に確信に至タんでスが、その時ニですネ……」
「アメリカ政府に研究を没収され、夫も研究員も国家反逆罪で投獄。懲役は132年、寿退社をしていた君に手が回らなかったのは幸運としか言いようがない」
言いよどむヨアンナさんにフォローを入れるように東が口を挟んだ。
見えている物は何か、が科学で。見ようとするのが数学。
そしてヨアンナさん達の研究の証拠と言えるのが僕たちの現状。
「つまり、科学で人類の英知で上位者に届く。この馬鹿げたゲームを終わらせるのではなく破壊する事ができる。そしてこの一ヶ月で私は届いたよ、手元にテクノロジーがあるのだから解析ならば簡単だ。いや簡単ではなかったが我が良妻にかかれば何という事はない」
(どういう事だってばよ?)
加賀美ちゃんに撫でられている、ハチの端末に文字が浮かび上がる。
「えっと、私のIQって250くらいあってね。コンピューターをいじるの大好きなの」
普通の女子高生奥様はやはり普通じゃなかった。
何だよその漫画みたいなIQ。
金持ちに天才に、よくもまぁ都合良く集まったな。
「都合良く集まりすぎなこの状況、つまり結論はこうだ」
俺がご都合主義だなと、感じているところは東も思っていたのだろう。
そしてこう結論付けた。
「上位者は、いやここはあえて神としようか。神は私達に見られたいとんだ変態野郎なんだよ」




