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足跡の理由  作者: 瓜葉
第3章 縁は異なもの
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婚姻届は涙とともに

私の両親は離婚し、その後、別の人と再婚している。

今のパートナーとは本当に仲が良くて羨ましいぐらい。


愛する人を一生の伴侶とすることに憧れがないわけではないけど、自信がない。

結婚するなら幸平しか考えられないのに。


私の気持ちをよくわかってくれてる幸平は何も言わない。


待ってるって。


一緒に暮らし出してもう一年になる。


同棲する時にこれで二人の関係が終わるかもしれないって思っていた。

なのに一緒に暮らしてみればとっても良い感じ。


どんなに忙しくても一緒のベットで眠ると気持ちが落ち着く。



婚姻届を出すのと出さないのでは法律上、雲泥の差がある。

そんなことは職業柄、嫌と言うほどわかっているのに、今の状態が居心地が良過ぎて先に進めない。




幸平と私は同じ10月生まれ。

私の方が2週間だけ誕生日が早い。

そして今度で28歳になる。


誕生日には外でご飯を食べようと誘ってくれて、私の気に入っているレストランに予約をいれたとメールが来る。


今年は土曜日が誕生日だから、少しお洒落して幸平と出掛けようと思う。

でも、このところ幸平は話し掛けても上の空。

かと思うと、不意に目が合ったりする。


難しい症例でも抱えているのだろうと思っていた。




誕生日当日。

私と幸平は少しお洒落して出掛けた。


小さな隠れ家のようなレストラン。

オーナーシェフのこだわりが詰まっている。

中は観葉植物や柱などを巧みに使ってまるで個室のような感じがする。


美味しいものを食べるのも作るのも好きな幸平だけど、今日は静かに食べている。

話しかければ返答は返ってくるけど、気持ちはどこかに行っている。


失礼な奴って思ってから、ちょっとだけ予感することがある。



高校3年の夏。幸平がプロポーズしてくれたことがあった。

まだ互いに思いを伝えてもいない頃で、母親と喧嘩し、寂しい思いをしていた私を慰めようとして幸平が口走ったのだ。


私はビックリして、でも嫌じゃなかった。

「10年後にもう一度言ってくれたら考える」って答えたと思う。


あれから10年。


二人の間でその話が出たことはないけれど、幸平も忘れていないと思う。




でも誕生日にプロポーズなんてベタなこと、幸平はしないよね。

悪い話だったらどうしようと一瞬思うけど、そんな話をわざわざ誕生日にするような人じゃない。


かみ合わない会話のままデザートが運ばれてきた。


大好きなリンゴのタルトに自家製バニラアイス添えられている。

リンゴの甘酸っぱさとアイスクリームの甘さのバランスがとても良くて嬉しくなるような一品。


幸平の手が止まってる。


「あのさ、沙耶」

「何?」


深刻な声で名前を呼ばれて狼狽える。やっぱり何か嫌な話?


「俺と……」


いよいよ声が深刻。


「だから何?」


もう心臓がドキドキしてきた。悪い想像が駆け抜ける。

デザートを食べ続けることができずスプーンを置き、覚悟を決めて幸平に視線を向けた。


「結婚しよう」


えっ?結婚?


別れ話じゃなくてホッとする。そっか幸平は結婚の話をしたかったんだ。

でも嫌じゃないけど、すごく嬉しいって気分にならない。


「幸平は怖くないの?」


私の不安を幸平に訊いてみる。


「何を」


さっきまでの緊張した顔ではなく穏やかな表情で反対に訊かれた。



「気持ちが変わったり、運命の相手を間違えてるかもしれないし、幸平の気持ちが私から離れたらって考えるだけでも嫌」


どうしても終わりを考えてしまう。

今が続くだけで良いのに……


「俺も同じだよ。沙耶が誰か他の奴を選んだらどうしようっていつも心配だった」


嘘ばっかり。幸平は私を真っ直ぐに見ていてくれた。

幸平ではなく自分を信じられないから不安なのに


「だから」


私の言葉を幸平が遮る。


「だけど、俺たちは7年の遠距離にも1年ちょっとの同棲も互いに離れる要素は見つけれなかっただろ?」


幸平の優しさが心に染み入る。

先のことはわからないけど、自分たちが歩いてきた道のりは信じられる。


だって遠距離は寂しかったけど、幸平以外の誰かに心を動かされることは無かったのだから。

幸平を信じられないと感じたこともない。


結婚するってことは、幸平がこの先も私の横にいてくれるってことなんだよね。

二人で進む将来を語るために必要な手続き。


急に目頭が熱くなる。

泣きたくないのに


「幸平のバカ!」


憎まれ口をたたいてみる。


「ごめん、ここじゃ泣きたくないよね」


我慢してるのに、それ以上言わないで。


「わかってるんなら止めてよ」

「ごめん、でも、家ではないところで言いたかったんだ。俺、このところ何て言おうかずっと考えてたんだぞ」


ここ数日、上の空だった理由がプロポーズだったなんて。

それに全く気が付かなかった自分に呆れる。


そんな自分を笑ってしまう。

その途端、涙が零れた。


「真理子さんみたいな奥さんにはなれないよ、私は」


答えがわかっているのに聞かずにはいられない。


「沙耶は沙耶のままでいい。今のままで俺は満足だよ」


そんな私の気持ちをわかっている幸平の返事。


「仕事も辞めないよ」

「当たり前だ」


これも即答。

家庭的な人がいいなら不満の一つも言われるだろうけど、幸平は一度も言わないし感じさせない。


私が結婚を拒否しないとわかったら急に落ち着いてきた幸平。

私の扱いが上手い幸平のことだから、何重にも説得の道具を用意していると思う。

あっ!


「……ひょっとして婚姻届、用意してる?」

「よくわかってるじゃん」


やっぱり。


「当たり前でしょう」


何年付き合ってると思ってるの?

まだ余裕がある表情ってことは。


「きっとママとパパが証人のサインしてる」

「当り」


私が気が付くことも想定済みなのね。


「あの二人は失敗した人たちだよ。参考にならない」


ちょっと文句を言ってみる。


「でも沙耶の父として母として二人はここにサインしてくれたよ。その絆は無くなってない」


私の中の何かがはじけた。

パパとママの顔が浮かぶ。

幸平が婚姻届を渡してくれる。見覚えのある筆跡が証人欄にあった。

幸平の記入欄にもすべて書いてある。


「もうヤダ……」


涙が止まらない。

親の離婚で傷ついた心も洗い流せるほど泣いた気がする。


私の手に重ねられた幸平の手。

この温もりが、ずっとずっと支えだった。


これまでも、そしてこれからも。



「結婚しよう」


幸平がもう一度言ってくれる。


「私、幸平と結婚する」


私、前に進む。そう決めた。

幸平の顔が近づいてきて、私たちはテーブル越しにキスをした。

レストランってことを思い出し、照れて下を向く。

手の中にグチャグチャになった婚姻届。


「どうしよう……グチャグチャになっちゃった」


私は慌てて婚姻届を広げてみる。



「大丈夫。2枚書いてもらったから予備がある」


幸平はもう1枚婚姻届を取り出した。

そっちにも記入済みらしい。


「用意良過ぎる」


すべて幸平の予想通りってところが面白くない。

でも、良いか。

悪くないと思う。


むしろ積極的に嬉しい。




「おめでとうございます」


オーナーシェフから声がかかる。


「すみません、聞こえてしまったので、差し出がましいとは思いましたがお祝いをさせてください」


そう言ってシャンパンを抜いてくれたのだ。


「お二人でお幸せになるよう歩んでいかれますように。乾杯」


合わさるグラス。


はい、私たち二人で幸せになれるよう歩いていきます。


振り返った時にちゃんと足跡が残るから。

だから辛くても、悲しくても、嬉しくても、楽しくても 二人分の足跡を付けて行こうね。



       ~Fin~

やっとゴールにたどり着きました。

結婚後や友人たちのエピソードをいくつか考えていますが、それはまた後日に。


読んでくださってありがとうございました。

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