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「プロローグ:レンの自由」

『星の虚無の玉座』— プロローグ


三百億年。


それが、マラコール・レンが《星の虚無の玉座》に座り続けた時間だった。


宇宙の果てにある、孤独な玉座。

その名を聞くだけで、数え切れないほどの世界や文明が恐怖に震えた。


多くの生命にとって、彼は「マラコール」――《血の皇帝》だった。


星々や異なる次元まで支配した、冷酷な皇帝。

彼に逆らう者は、ほとんどいなかった。


だが、もう誰も覚えていなかった。


遠い昔、まだ世界が始まったばかりの頃。

一人の人間の女性が、息子に「レン」という名前をつけたことを。


母の使っていた古代の言葉で、その名前は「自由」を意味していた。


皮肉なことだ。

レンは幼い頃から、自由とは何かを知らずに生きてきたのだから。


ある日、すべての始まりに存在した神である父が、レンの目の前で母を殺した。


その瞬間、少年の心は深く傷ついた。

そして、二度と元には戻らなかった。


人間としての心は、まるで灰になったかのように壊れてしまった。


やがてレンは、地獄の最深部で、一振りの漆黒の剣を鍛え上げた。


その名は――《アニヒレーター》。


神々の金属から造られた、ほぼ破壊不可能な剣。

神々でさえ簡単には壊せないことから、《神殺し》とも呼ばれた。


レンはその剣を手に、数え切れないほどの戦いを繰り広げた。


彼は多くの魔法を操り、現実そのものを書き換える力を身につけていた。

そして、ついに自分の父を倒した。


だが、それでもレンは止まらなかった。


もう二度と、誰にも罪のない者を傷つけさせない。


そう心に決めたレンは、宇宙全体を支配し始めた。


世界も、文明も、種族も。

そして、魔法さえも。


レンはすべてを自分の支配下に置き、完全な秩序を作り上げた。


誰も彼に逆らうことはできなかった。

誰も、彼が決めたルールを破ることはできなかった。


宇宙を怪物から守るために。


レン自身が、宇宙で最も恐ろしい怪物になっていた。


彼は、過去も現在も未来も、すべてを知っていた。


まるで、始まりから終わりまで描かれた絵を、一度に見ているかのように。


だが、その力はやがて、彼にとって最大の苦しみとなった。


三百億年という長い時間が過ぎた頃。

ついに、レンは自分の犯した過ちに気づいた。


彼は時間の流れを見通し、すべてを目にした。


自分の軍勢に焼かれた星々。

瓦礫となった街。

血に染まった海。


破壊された家族。

親を失った子供たち。


そして、彼は聞いた。


苦しみ続ける無数の魂の声を。


レンは、その場に立ち尽くした。


世界を怪物から守ろうとしていた。

それなのに、自分自身が怪物になっていた。


罪のない人々を苦しみから救おうとしていた。

それなのに、かつての自分と同じように、家族を失った子供たちや未亡人を生み出していた。


三百億年ぶりに、レンは後悔した。


《血の皇帝》は、初めて自分の罪を認めたのだった。


レンは玉座の前にひざまずき、果てしない闇を見上げた。


「……神々よ」


その声は、初めて震えていた。


「俺の願いは一つだけだ。……俺を、死なせてくれ」


虚空から、神々の声が響いた。


『苦しみから逃れるために、死を望むのか?』


『いや。死は、お前が犯した罪に対する罰としては、あまりにも軽すぎる』


その瞬間、玉座の周りの空間が大きく揺れた。


そして、古き神々が姿を現した。


神々は、レンに罰を与えると決めた。


彼から安らかな眠りを奪う。

そして、不死を呪いへと変えた。


それは、決して傷つかない体を与えるという意味ではなかった。


神々が彼に与えたのは、ただ一つ。


――死ぬことができないという呪いだった。


呪いによって、レンの体は十五歳の少年の姿に変わった。


その体は普通の人間とは比べものにならないほど強く、並の刃物や銃弾では傷つけることさえ難しかった。


だが、完全に無敵というわけではない。


限界を超えるほど強い攻撃を受ければ、体は傷つき、壊れることもあった。


どれほど深い傷を負っても、どれほど激しい痛みに苦しんでも、彼の体は再び元に戻っていく。


死が訪れようとしても、魂は無理やりこの世界へ引き戻される。


死ぬことも、年老いて朽ちることも許されない。


それでも、神々はレンから心まで奪うことはなかった。


誰かを愛することも、思い出を大切にすることもできる。

痛みも、悲しみも、絶望も、すべて感じ続けなければならない。


だが、神々は一つだけ間違えていた。


レンは壊れなかった。


彼は自分の呪いを受け入れた。

それを、罪を償うために背負うべきものだと考えたのだ。


マラコール・レンは、ゆっくりと《星の虚無の玉座》から立ち上がった。


「俺は――お前たちの処刑人だ。そして、ここを去る」


「俺が、お前たちの骨の上に築いた秩序。その鎖を、今ここで砕いてやる」


「これからは、すべての星も、すべての種族も、すべての生命も自由だ」


レンは王冠を外し、玉座の上に置いた。


そして、《星の虚無の玉座》を後にした。


---


レンが向かったのは、地球だった。


彼の最初の母が生まれた星。


レンは、どこまでも広がる海の上で立ち止まった。


手には、最後の武器である《アニヒレーター》があった。


レンはゆっくりと手を開いた。


漆黒の剣は海へ落ち、冷たい深海の闇へと沈んでいった。


もう二度と、この剣を手にするつもりはなかった。


その後、神々は現実を書き換えた。


歴史から「マラコール」という名前が消え、世界は《血の皇帝》の存在を忘れた。


そして、地球で新しい人生が始まった。


家族。

家。

両親。

学校。


ようやく、一人の人間として生きられる人生だった。


今のレンは十五歳。

制服を着て、学生鞄を背負い、東京の街を歩く普通の少年だった。


誰も知らない。


彼の瞳の奥に、どれほど深い闇が隠されているのか。


この静かな少年が、かつて宇宙全体を支配していたことを。


レンは新しい家の窓辺に立ち、街を眺めた。


その顔には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。


三百億年もの間、求め続けてきた平穏。

彼はついに、それを手に入れたのだった。


だが、レンはまだ知らなかった。


神々は彼に新しい人生を与えたのではない。


ただ、罰を始めただけだった。


そしていつか、彼は知ることになる。


不死なる者にとって、本当に恐ろしいものが何なのかを。


死ねないことではない。


――いつか死んでしまう者たちを、愛してしまうことだった。

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