mission11 エンゲージメントドラゴン
私はエージェントドラゴン。
種族はエンシェントドラゴン。
ゲザー国の偉大なる王、カレーナル=ド=ゲザー陛下に仕える一人のエージェントだ!
………………
エージェントだ!
………………
……いや、違う。
そうじゃない。
エージェントとか、そんな事は、今はどうでもいいのだ。
緊張のあまり、自分でも訳が分からなくなっている。
まさか、自分がこんな風になるとは思ってもみなかった。
我ながら、取り乱しすぎだ。
そう……
今日は、主と初デートなのだ!
主のプロ―ポーズを受け、主が可哀そうだとは思いつつ、渡りに船なので婚約してから一年が経っている。
この一年、主と何も無かった。
……本当に何も無かったのだ!
と、言うのも、タイラン帝国が悪い!
あの馬鹿共、性懲りも無く、反転攻勢など企んだのだ!
皇帝はビビり散らしていたので、反撃など考えていなかった。
だが、主戦派の連中が皇帝を幽閉して、兵を集めだした。
首魁はタイラン帝国の皇太子だ。
そのタイラン皇太子が、奪われた国土を取り戻すと宣言してしまった。
どうやら、攻勢に出たらドラゴンが襲ってくるというのを話し半分以下に聞いていたらしい。
それに頭を抱えたのは主とジンク皇帝だ。
タイラン帝国の反撃を許したらドラゴンが出てきて大事になる。
そのため、攻撃の手を緩める事が出来なかった。
いきなり国土が増えても統治が難しいため、本来は、タイラン帝国の国土は五割以上残す予定でいた。
だが、それが出来なくなったのだ。
結果を言えば、タイラン帝国は八割以上の国土を喪失した。
その状況で、兄が千のドラゴンでタイラン帝国上空を編隊飛行する事を提案し、竜王のオッサンがこれを承認。
そして、その計画はすぐに実行された。
そこに至って、ようやくタイラン帝国は事態を正しく飲み込んだ。
言ってしまえば、千のドラゴンを間近に見て、やっと、脅しではないと理解したのだろう。
そこから外交交渉が始まり、最終的に一部領土をタイラン帝国に返還する事になったのだ。
と、言っても、返す領地は極一部だ。
戦闘が無駄に長引いたせいで、部下に恩賞として与える領地が必要になったからな。
そして、タイラン帝国との交渉の結論としては、次の通りになる。
タイラン帝国の国土は元の三割程度とする。
タイラン帝国は、毎年、ジンク帝国、ゲザー国に貢物を献じる。
タイラン帝国は、皇太子を廃し、幽閉する。
大体、こんな感じだ。
結果的に、主は事後処理に忙殺されていた。
本当に忙しそうだった。
そう……
私とデートも出来ないほどにな!
国土が、いきなり倍以上になったのだ。
対処に追われるに決まっていた。
しかも、六か国同盟で国土を平等に分割ができる訳もない。
そのため、結果的に、ジンク皇帝の後押しもあって、主は皇帝になる事になった。
ゲザー国はゲザー帝国となり、同盟を結んでいた五か国は、ゲザー帝国に所属する国となる予定だ。
同盟五か国も、ゲザー国の功績が大きいとして文句は言わなかった。
そして、五か国から選ばれた人間を帝国貴族として受け入れるという形で納まったのだ。
五か国は領土が微増し、ゲザー帝国に人を送り込める。
ゲザー国としても、領地を治められる人材が手に入る。
まあ、良い落としどころだったと思う。
だが、主の忙しさはとんでもない事になった。
何時、寝ているのかも分からない程だった。
ゲザー分身が無かったら、主であっても事後処理をしきれなかっただろう。
正直、ここまで迷惑を掛けてきたタイラン帝国を滅ぼしてやろうかとも思ったが、それをやったら主の忙しさが増すだけなので勘弁してやった。
……まあ、許してなどいないがな!
私と主の仲を結果的に取り持つ事になったのは事実だが、それとこれとは話が別だ。
結局、主とデートもできていないのだから許す理由にならない。
今後、タイラン帝国が迷惑を掛けてきたら、容赦なく潰そうと思う。
……まあ、愚痴はこの辺にしておこう。
せっかくの主とのデートの日なのだ。
気分が悪くなる事ばかり考えていても仕方ない。
早く、待ち合わせの場所に向かわないとな。
主は、どんな土下座で迎えに来てくれるだろう?
それを考えれば、気分も良くなるというものだ。
巷では、白馬に乗った王子様に迎えに来てほしい等という者も多いらしいが、私には理解できない。
土下座に勝る迎え方など存在しないのだ。
主が白馬に乗る姿が悪いとは言わないが、どう考えても土下座の方が魅力的だ。
白馬に乗った王子様にトキメク心境が分からない。
そんな事を考えていたら、待ち合わせ場所だ。
待ち合わせ場所と言っても城の敷地内だがな。
まあ、待ち合わせもデートの様式美と言うやつだ。
せっかくの初デートだから、その辺もこだわってみた。
さて……、主はもう来ているだろうか?
そう思って、待ち合わせ場所を見回してみたら、とんでもない者を見つけてしまった。
そう、それは白馬だった。
白馬が悠然と佇んでいる。
鬣を風になびかせ、静かにこちらを見つめていた。
そして、その白馬の足下には土下座をした主。
その主が、当たり前の様に白馬を背に乗せている。
………………
白馬を乗せた王子様だと⁉
何という事だ!
こういう事だったのか!
胸の高鳴りが鳴りやまない!
土下座をした主だけでも完璧と言って差し支えないのに、白馬と組み合わせただけでとんでもない事になっている!
完璧などという言葉では言い表せない!
正しく神の領域だ!
いや! 落ち着け!
主は王子様じゃない。国王だ。
今度、皇帝になる。
冷静になるんだ。私よ。
………………
駄目だ! 全然、落ち着けていない!
王子様か否かはどうでもいい話だ!
要は、好いた相手と白馬の組み合わせの話なのだ!
この取り合わせは見事と言う他ない!
しかも、それに土下座まで組み合わさっている!
落ち着ける訳がないだろう!
「人間の姿で来ていただけたのですね」
主が声を掛けてきた。
主の言う通り、今日は人化の術で人間の姿だ。
デートだから、その方が良いと兄に言われたのだ。
「本日は、貴女をエスコートさせていただきます」
そう言われて、さらに胸が高鳴る。
心臓が爆発しそうだ。
顔が赤く染まるのが分かる。
こんな感情は生まれて初めてだった。
一人であたふたしていると、白馬が主の背から降りて膝を折る。
そして、主が土下座のまま馬の横に位置を変えた。
「どうぞ。御乗りください」
っ⁉
完璧だ!
完璧なエスコートだ!
自らの土下座を踏み台にして、女性を白馬に乗せようというのだ!
これ以上のエスコートなど存在しない!
断言できる!
主は完璧な土下座紳士だ!
「……それでは、失礼するぞ」
そう言って、主の背に足を乗せる。
主の逞しい背中の感触に、また、胸が高鳴った。
「馬の背に腰かけてください」
「分かった」
主に言われるまま、横向きに馬の背に腰かける。
鞍も、そういう形に作られていた。
「では、行きましょう」
主がそう言うと、白馬が静かに立ち上がった。
そして、再び主の背に白馬が乗る。
揺れは一切ない。
流石は主だ。
馬に乗られたくらいでは微動だにしていない。
馬も良い。
よく訓練された馬なのだろう。
感心していると、下から声が掛かった。
「今日は、土下座歴史館に行こうと考えています」
⁉ デートプランも完璧だ!
私の嗜好を完全に把握している!
土下座歴史館は、私が入り浸っている施設だが、今日から特別展示があったはずだ。
それを踏まえた上での提案だろう。
「その後、土下座レストランで昼食をとります」
「⁉ まだ、オープンしていないのではなかったか⁉」
「土下座で拝み倒して、特別に営業してもらう事になりました」
良いのか⁉
そんな特別扱いをされても許されるのだろうか⁉
気にはなっていたが、オープンしていなかったので気長に待つ事にしていたのだ。
なのに、今日、入店できるとは!
正しく望外の喜びだ!
「午後は、土下座農場の見学に向かいます」
土下座農場⁉
気にはなっていたが、仕事の邪魔をする訳にいかないので、遠くから眺めるだけに止めていた場所だ!
見学できるのか⁉
「土下座農業術の見学ができます」
何という事だ!
間近に見る事が出来るとは!
「……説明とかしてもらえるのか?」
思わず聞いてしまう。
何せ、土下座農業術は人間特有の土下座術なのだ。
気になって仕方なかったが、農家さんの迷惑にならない様に訊ねる事はしていなかった。
「お任せください。土下座農業術は、我が王家が編み出した土下座術です。私が説明できます」
何と⁉
そうだったのか⁉
ならば、主が修めていない訳がない。
そして、主以上に説明できる者もいないだろう。
………………
完璧だ……。
完璧すぎるデートプランだ!
まだ、行く前だが、これ以上のデートは存在しないと言い切れる!
これ程に土下座に溢れたデートプランなど、主以外には用意できまい!
流石は主だ!
これがスパダリと言うやつなのだろう!
これ以上の結婚相手など、他にいるはずがない!
だからこそ、主に、この言葉を送ろう!
パーフェクトだ! 主!
幸福感が心を満たす。
そして、僅かな時間の後に、一つの疑念が心に影を差した。
やらかしまくって、迷惑を掛けている私などが、こんな幸せを得てしまって良いのだろうか?
そういう疑念。
元々、主は、やらかしまくっている私との婚約に消極的だったはずだ。
それなら、私とのデートなど、義務的にこなせば良いだけだろう。
なのに、これ程に完璧なデートプランを用意してくる理由が分からない。
義理堅い主の性格を考慮しても、手間を掛けすぎたデートプランだ。
「主よ……。私との婚約は嫌だったのではないのか?」
自然と聞いてしまった。
正直、聞かなければ良かったと思った。
返答次第では、デート前だというのに凹むのが分かり切っていた。
それでも、吐いた言葉は飲み込めない。
少し緊張して、主の言葉を待った。
「……理由はどうあれ、私は、貴女と婚約しました」
「……そうだな」
「ならば、全力で貴女を愛するだけです」
「愛っ……⁉」
顔が沸騰するかと思った。
主が、これ程、ストレートに言ってくるとは……。
「それに、結婚相手として見ていなかっただけで、貴女には好感を持っていましたよ」
それは初耳だ。
嫌われているとまでは思っていなかったが、あれ程にやらかしている私に好感を持っていると思う訳がない。
「今日は、ゲザー分身を全て消しました。今は、貴女だけの私です」
口説かれてる⁉
いや、既に婚約しているので、口説かれるも何も無いのだが、こんな言葉を聞けるとは思ってもみなかった。
「私は、貴女を幸せにします。……だから、貴女も私を幸せにしてください」
「……ああ、勿論だ」
自然と笑みがこぼれた。
これ程に嬉しい言葉は無い。
主は、真正面から私を受け止めてくれているのだ。
「……では、デートに出発しましょう」
そう言って、主が進みだす。
白馬が揺れる事は無かった。
それが、言葉だけでなく、主が私を本気で気遣ってくれている様で、また、嬉しかった。
「「「「行ってらっしゃいませ」」」」
主の家臣達が土下座で見送ってくれる。
右も左も見渡す限りの土下座。
素晴らしい光景だ。
私が愛して止まない光景。
この光景を守ろうと、自然と思えた。
そう思いながら城門を潜る。
良く晴れた空。
その空が、私達の行く末を暗示しているようだった。
この日のデートが、巷で噂になっていた。
なんでも、私がドラゴンの姿でなかった事から、国民が混乱したらしい。
主が、謎の美女と浮気したとか言われていた。
………………
……今度から、もう少し、人間の姿で表に出ようと思う。




