第7話 大角鴉
アリアは、世界各地に残されたわずかな研究者と技術者たちと、地獄の戦場を潜り抜けて来た歴戦の精鋭部隊を結集させ、ミッションの準備を主導した。
「日和ってる暇は無いわよ! 使用可能な動力源を確保! 燃料は最後の備蓄を投入。極点までの長距離飛行に耐えうる改造が必要! はいはい、ちゃっちゃと動いて!ムーブ、ムーブ、ムーブ!ゴーゴーゴーゴー!」
彼女の声は、かつてNASAでの指揮を思い起こさせる、快活な指示で満ちていた。
残された軍事基地や研究施設の物資が、彼女の指揮のもと、南極行きの特殊輸送機へと集められる。
「高出力レーザー融解システムが必要ね。エレシュキガルの周囲を覆う氷を、安全に除去できるレベルまで出力を向上させるわ…これ、対ネクロム用の機体兵装にもこのシステムが運用できるわね。」
それは、大型軍用輸送機「 C-130Jスーパー・ハーキュリーズ」をベースに、エミールの初期データや、セレス基地内の‶地球外技術〟を応用。
極寒の環境と、ネクロムが跋扈する危険な上空を突破するために‶魔改造〟された機体。
数値を抜きにしたスペックは以下の通りだ。
【対極地・対ネクロム複合装甲】
通常の耐寒・耐衝撃装甲に加え、ネクロパルス菌の胞子や体液の付着を防ぐ特殊なコーティングが施されている。
機体の主要構造部分には、以前からセレス基地で解析・生産されていた「地球外由来の軽量・高強度合金」が部分的に統合されており、大幅な重量増加なしに、機体の装甲強度と構造的堅牢性を高めている。
【ハイブリッド推進・慣性制御システム。及び、多燃料対応型エンジンシステム】
従来のプロペラ機構を排除し、ターボプロップエンジンをベースに、アリアがセレス基地で解析していた地球外由来の「高効率エネルギー変換技術」を統合。
加えて、滑走路が不必要なVTOL(垂直離着陸機)機構。
ハイブリッド化に加え、ガソリン、ジェット燃料、さらには簡易的なバイオ燃料(劣化した植物油など)にも対応できるように改造されている。
これにより、推進燃料の消費効率が大幅に向上し、航続距離と滞空時間が劇的に延長。燃料補給が絶望的な状況下での、長距離・長期間の飛行が可能となった。
さらに、地球外航空機から得られたデータに基づき、劣化版ながら「重力制御(慣性制御)モジュール」が機体各所に組み込まれてる。
これは、完全な重力制御とは異なり、積載物資を含めた機体総重量の軽減と、搭乗者や機体にかかる「G(重力加速度)」を部分的に相殺する。
これにより、大型輸送機であるC-130Jではありえない、本来の機動性能を遥かに超える、超音速での急加速や急旋回が可能となり、ネクロムの追撃からの離脱や、回避行動の際に、搭乗者の高Gによる身体負荷を大幅に軽減する。
この技術は、アリアが地球外航空理論から一部を解読し、地球の物理学に落とし込んだものだが、連続的な高負荷運用はシステムの不安定化を招く。
【高出力融解レーザー(機首・貨物室)】
これは元々エレシュキガルへの再突入のために設計されたもので、機首部に限定的な射角で固定装備され、前方の氷塊や大型ネクロムの集団を融解・蒸発させるために使用。
貨物室には、地上で運用するための大型ポッドとして搭載。
この兵装は、今回のミッションの最重要装備であり、最大の電力消費源となる。
【30mm連装機関砲ポッド(サイドマウント)】
左右の胴体側面(貨物室ドア付近)に、GAU-8 アベンジャーをスケールダウンした30mm機関砲ポッドを装備。
これは格納式で、展開時には広範囲に掃射可能。主に、大量の小型ネクロム(変異バッタの群れや、ネクロム化した鳥類)の迎撃に特化。
搭載弾薬数は限られており、精密射撃が求められるが、AI補正でカバー。
【指向性音波パルス発生装置(機体下部)】
これは従来のミサイルの代わりに、「制御パルス」の概念を応用して開発した、非殺傷だが、ネクロムには有効のスタン兵器。
機体下部に搭載されたポッドから、特定の周波数の強力な音波パルスが発生。
この音波は、ネクロムの神経系に直接作用し、一時的な行動停止や錯乱を引き起こす。特に、音に敏感な「変異体」ネクロムには絶大な効果を発揮するが、長時間照射は、機体システムの過負荷が多大。
なお、ミサイル兵器の不採用理由は、現在の世界では製造ラインが崩壊しており、物資の入手・補充の貴重性もあり、飛翔型ネクロムのサイズ、機動性、物量数を鑑みると、搭載数や運用的に非効率であるが為だ。
護衛戦闘機の同行も却下だ。現在、稼働可能な機体は一機でも極希少。
今後の未来のため、‶今は〟捨て駒にするわけにはいかない。
限られた時間も残りわずか、失敗は絶対に許されない、世界の命運をかけた決死の‶単独〟ミッション。
ゆえに、短期間で現在持ち得る最大限のリソースを総結集。
その漆黒の外装と異形の兵装。技術士たちから「角がある大鴉」の意味の識別コールサインが銘打たれた。
極地強襲用戦闘輸送機── ホーンド・レイブン。
「それで、エレシュキガルのエネルギーコアのデータは?」
アリアは、エミールのデータモジュールを解析システムに接続し、チームの技術者たちに矢継ぎ早に指示を飛ばす。
ひとりの技術者が、端末を操作しながら即座に応じた。
「ドクター・ヴァンス、データは全てバックアップ済みです! 破損もなく、クリアな状態で、メインサーバーに統合してあります!」
別の技術者が、続けて報告する。
「コア構造解析には時間がかかりましたが、初期エネルギーの出力予測は可能です。ただ、制御システムと動力源の全容は…」
アリアは彼の言葉を遮るように言った。
「それで十分よ。エレシュキガルのシステムを解析する上で、エミールの初期データは不可欠なの。それに、ネクロパルス菌の『制御パルス』の応用には、より安定したエネルギー源の確保が急務だわ。」
「「了解です!」」
元々、地球外技術に携わっていた技術者たちは、アリアの指示に従い、即座に散らばったデータを再収集し始める。
彼女の脳内では、エレシュキガルへの到達から、船内のオーバーテクノロジーの解析、そしてネクロムへの対抗手段を確立するまでの、詳細な計画が構築されていた。
この絶望的な状況下で、アリアの計画を支えたのは、エミールが命懸けで持ち帰ったデータだった。
これらの情報は、エレシュキガルのシステムを理解し、応用するための重要な手がかりとなった。
「エミールの解析によれば、この菌は『生命の法則』そのものを書き換える。だからこそ、我々の兵器は無力だった。けれど、彼の遺したデータは、菌が『認識』するパターンが存在することを示唆しているわ。エレシュキガルのシステムは、この菌を封じ込める、あるいは制御する何らかの仕組みを持っていたはずよ。」
アリアは、エミールのデータから、エレシュキガルの未知のエネルギー源と、菌の活動を抑制する可能性のある「波動」の概念を導き出し、「ネクロパルス菌」という命名が、偶然ではない、本質を突いたものであることを理解していた。
そして、ついに旅立ちの時が訪れた。
南極ミッションに選抜されたチームメンバーは、様々な分野のエリート専門家たちだった。
かつての軍人、科学者、そして、変異が始まっているにもかかわらず、奇跡的に理性を保っている‶耐性者〟たち。
彼らは、これが人類にとっての最後のチャンスであることを理解していた。
「我々は、ただ『生き残る』だけではない!この世界を取り戻すために、そして、未来を再構築するために、このミッションに全てを賭ける!」
アリアの言葉は、集まった全員の胸に、重く、そして確かな決意の炎を灯した。
「「「おおおおおおおおおおおおお!!」」」
そうして、セレス基地のスタッフたちが総出で見送る中、南極の凍てつく荒野へと、‶大角鴉〟は最後の希望を乗せて、大きく羽ばたいたのであった。