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Dear SORCERY  作者: 長岡壱月
第三幕:来訪者たち -Visitatores quis-
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3-(1) 新たなる任務

『もう一つ、貴方達に与えるべき任務があります』

 気付けばすぐ近くにいたその鴉──もとい鴉型の式神越しに宗主は言った。

 柵の上に止まってこちらを見つめている金の瞳。聞く限り、その声は妙齢の女性のものの

ように思える。

 麻耶や正明ら巫監の五人は勿論、瀬名川母子おやこや聖もそんな発言とこの状況に少なからず戸

惑っていた。それでも宗主は構わず、静かな威厳を湛えながら、少し間を置いて一同を見渡

すと話し始める。

『先日、我々巫事監査寮に“清十字騎士団”から本国への進入許可申請が来ました』

「清十字……騎士団?」

「イギリスを拠点にしている魔術結社の一つだな。こと魔術災害・犯罪への対応に特化して

いて、構成員らの戦闘能力はかなり高いと聞く」

『ええ。貴方は知らないかもしれませんが、魔術結社というのはこの国以外にも大小様々に

存在しているのですよ』

 面々の中で唯一、魔術それ自体に素人である聖が漏らした疑問符に武蔵が答えていた。鴉

もとい宗主も一見穏やかな物腰でそう付け加える。

「と、いうことは……英国むこうで魔術犯罪が?」

『はい。先日現地で逃走した犯人が、どうやら本国──この潮ノ目市近郊に流れ着いたらし

いことが判明したのです。そこで騎士団本部からの追討部隊派遣に当たり、予めこちらとの

事前了承──根回しが来た、という流れですね」

「……そうでしたか。では我々への追加任務というのは、その補佐のような……?」

 既にある程度の素性は分かっているらしい。現地出身者アリスからの問うような言葉に、宗主は

先程よりも心持ち丁寧な声色をしていた。

 根回し。

 聞く限りでは何かとネガティブな響きだが、こと秘匿されなければならない魔術師の世界

においては大事なこと。

 凛が再び、意図を咀嚼するようにしてから促そうとした。だがそれを、ずいっと正明が、

文字通り言葉も身体も割り込むようにして訴え出す。

「せ、僭越ながら宗主様。お待ちください。ここには“部外者”達がいます。任務の為とは

いえ御身自ら……。お話でしたら、場所を変えて──」

『そうはいかないのですよ。今回の任務には、彼らが──そこにいる相馬聖が必要不可欠な

のですから』

「えっ?」

 しかし当の宗主は落ち着いていた。想定していた反応だったのだろうか。

 面々が声を揃えて驚き、割り込んだままの格好で正明が固まっている。そんな中で麻弥も

狼狽を隠せないまま、兄や仲間達、そして聖らの方を交互に見遣っている。

『その魔術師ざいにんというのは……魔法使いなのですよ』

 衝撃的な事実は、そう極々自然な口調で告げられた。

 彼女は言う。今回事件を起こした魔術師、罪人は魔法を得た者でもあるのだと。

 面々は総じて目を見開いていた。正明達四人は驚きにわかに緊張し、麻弥は動揺を更に深

める。アリスと晴はお互いに顔を見合わせ、聖はじっとこの宗主の顔(もとい鴉)を見つめ

ている。

『今回の任務は二重構造です。先ほど卯月君が言ったように、貴方達には件の騎士団から派

遣される部隊の補佐を務めてもらいます。ですがそれは表向きの話。貴方達に我々が命じる

のはただ一つ──“この魔法使いを相馬聖に倒させること”です』

 そうして、ぴんと張り詰めた緊張は一切の弛みをなくすように正明達を縛り上げた。

 厳粛で在れる訳がない。

 一斉に面々が黙り込んでいる聖を見る。彼は先程からずっと目を細め、まるでそこに分厚

い壁を建てているかのように宗主の方を見つめて動かない。

「なっ……。なっ!?」

「ご説明、願えますか? 何故そのような話になっているのです?」

『勿論。そのつもりでこうして直々に式神を遣ったのですからね。──魔法使い・相馬聖。

その現保護責任者である瀬名川アリス殿。貴方がたのことは既に耳にしています』

 武蔵の押し殺した問いかけに、宗主はやはり朗々と応えた。金色の双眸が聖を、瀬名川母

子をスッと捉えている。

『……発端は政府からの一報でした。どうやら今回の、魔術薬の一件に関する報告を見て、

政府内から不安の声が上がっているようなのですよ。相馬聖まほうつかいなどいう危険人物を野放しにして

いるのか? すぐに始末すべきだ、とね』

「そ、そんなっ! ひー君は──」

『分かっています。頷ける筈ないじゃないですか。確かに魔法使いとは存在そのものが異端

ではあります。ですが相馬聖という個人に関して観れば、その覚醒から十年“他に”これと

いった罪を犯している訳ではないでしょう?』

「……」

 殆ど悲鳴のように、逸早く麻弥が反応していた。しかし尚も宗主は続け、自身に即抹殺の

意思が無いことを示した。

 それでも聖は、アリスや晴は浮かない顔をしている。宗主の宥めるような二言目にホッと

した様子の麻弥を、三者三様の眼差しで以って一瞥していた。

『魔術師とは技能者です。科学とは異なった理論と実践、道を辿ってきた──いち技能者な

のです。それをただ危険だからと、その力が恐ろしいからと安易に迫害を許すという事は、

それは即ち能力がある者は殺すという狂ったロジックを認めることに他なりません』

『まったく……まるで蛆のようじゃ。魔術側こちらのことは魔術側こちらで治めるゆえ手を出すなと言う

に、しつこくしつこく干渉してきよる』

『最近の世人達は領分というものを知りませんな。魔術も科学も、越えてはならない一線を

守ってきたからこそ、今日まで存続しているというのに』

『……そうですね。彼らはただ、我々が魔術師だから──自分達には理解できない存在であ

るが故に、そう声を張り上げているだけなのでしょう。逐一相手にせぬことです』

「そ、そうです……よね?」

「しかし、宗主様? それで政府側れんちゅうが納得したとは思えないんですが……」

「だよなあ。あいつら、何かにつけて無茶言ってくるし……」

 麻弥が、伴太が正明が。

 当の魔術師達はそう胸を撫で下ろし、さりとて安堵し切れないでいた。式神の向こう──

巫監本部にはどうやら宗主以外の幹部達も同席しているらしく、ぽろぽろとそんなある種の

蔑みを含めた嘆声が聞こえてくる。

『ええ、だからこその今回の追加任務なのですよ』

 だからか、なお怪訝な正明達に宗主は言った。

 短く、厳粛に。話の流れをさりげなく本筋に戻す。

『……示す必要があります。彼が、魔法使い・相馬聖が我々にとって脅威ではないこと──

もっと言ってしまえば“利用できるつかえる”存在であることを示す必要があります』

「だから……そのイギリスの魔法使いを倒せ、と?」

『そうです。魔法使いを凌駕する魔法使い、そんな人材が自分達のコントロール下にある、

そう彼らの側に思わせておけば、先日からの理不尽な要求も収まるでしょう。何せ我々は政

府直属の機関という扱いなのですから』

 ふふ。決して本心はそうではない、そんな場の面々も重々承知だが敢えて口にするまでも

ない建前を盾に、彼女は上品に笑っていた。

 つまりそういうこと。この街に逃げ込んできた魔術犯罪者もとい魔法使いを、聖という魔

法使いが破る──その命令を忠実に、最終的に実行することが今回の任務という訳だ。

「ま、待てよ! そんな身勝手な──」

「晴」

 それでも最後の最後まで、晴だけは反対していた。

 いや、嫌悪感というべきものだろう。それは“大人の事情”への反発であり、聖をあくま

義弟かぞくとして扱いたい彼の心根が成したものだったのだろう。

「落ち着きなさい。私達に拒否権はない筈よ。もしこれで聖を協力させなかったとして、今

後あなた達の身が安全である保証はある? 政府が聖を狙うようなことがあれば……それが

何を意味するか、分からない?」

「──ッ!?」

 しかしそんな彼を止めたのは、他ならぬアリス本人だった。

 身を乗り出さんとしていた晴を止め、そう自身の感情を押し殺すように告げるアリス。す

るとそんな母の言葉に眼に、彼ははたと何かを悟ったように反論の術すら失う。

『……ご理解いただけたようですね。賢明なご判断、感謝致します』

 そして宗主は静かに呟いていた。じっと見返す、項垂れるこの母子おやこに、彼女と正明・麻弥

兄妹以下巫監のメンバー達も思い思いの顰めっ面を遣っている。

 防がなければならないのだ。

 政府かがく魔術こちら側に干渉する状況を許し、為させてしまえば、互いの世界の均衡は大きく損な

われる。それだけは、何としても防がなければならない──。

「……。聖は、それでいいのか? それで」

 まるで我が事のように唇を噛み、晴は問うた。彼を含め、またおろおろとし出す麻弥、む

すっと明らかに不機嫌面になっている正明など場の面々の視線が再び聖の方へと向かう。

「……構わない。それが、色んなものを守ることになるのなら」

 酷く機械的な声色のように思えた。或いは魔法使いとしての“自分達”を演出し、その感

情を殺す為なのか。

 晴が目を瞑って唇の中で息を吐いていた。麻弥が哀しそうに、しかし何も声一つ掛けてや

れることもできず、押し黙る凛らの傍に佇んでいる。

 ふぁさっと、宗主もとい鴉の式神が翼を広げて柵から浮き上がっていた。もう一度、ほう

っと金色の瞳を輝かせながら言う。

『決まりですね。では、詳細は追って知らせます』


 期待していますよ──?

 言い残し、次の瞬間鴉は十文字の和紙に為ると、遠く風に運ばれ飛んで行ったのだった。

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