11.武装の準備はできた
私たちは、加納の運転で高速道路を走っていた。
一人暮らしの女性にしては、なかなか大きな車だと思う。キャンプでもするのだろうか、と思ったら、それには少々、趣味が関わっているようで……。
「やっぱり、大きい店は品揃えがいいわよねぇ」
運転席では、上機嫌で鼻歌を歌う加納。助手席に座る孝太は、早々に寝息を立ててしまっている。話し相手になっているうちに、疲れてしまったらしい。
私は翔子とお喋りに興じながら、背後に積まれた荷物をちらり。
なんでこの人は、現代文の教師なんだろう。そんな疑問がわいてくるほど、生地やら何やらが大量だった。
「翔子は服飾とか興味ある?」
「あんまり。どちらかと言うと車とか、そういう機械的な方が興味あるかも」
「だったら、最近の車はつまらないかもしれないわよ? 何でもコンピューター制御ですもの。乗るなら旧車ね。ミッションの方が面白いし」
「加納先生は、運転得意なの?」
些細な疑問に、ちょっとした沈黙。
面白い、ってことと、日常使いの間には、大きな溝があるらしい。彼女は単に、着替えるスペースがあったら嬉しいから、とこのような車を利用しているそうだ。
つまり、コスプレ。衣装作り。文化祭はメイド、執事喫茶しか認めないと豪語している。
真面目な人ほど、休日にははっちゃけるのかなぁ。
「それより、楽しかったよね。殺陣」
沈黙が居心地悪く思ったのか、翔子が話を切り替えた。
「ね。剣道とは違って、なんていうか、アクティブな感じが面白かった」
「相手が人型で、武器を持っているなら剣道の極意ってのも役に立つかもだけど、あそこの獣相手なら、文器を振り回していたほうがよさそうだものね」
それもこれも、加納に殺陣師をしている知り合いがいたお陰だった。アポを取って、少しだけだったが体験をさせてもらったのだ。
つまり、生地の購入はついでの寄り道。
「剣道とか、武道に関しては、正木さんが何とかしてくれるそうよ。学校にも部活動として申請しておいたから、私も放課後は、ある程度自由に動きます」
でも、なんであんなにあっさり通ったのだろう。と、加納は呟いた。
「どん名前の活動なの? 武道部とか?」
翔子は運転席に顔を覗かせて訊いた。
「武術部よ。武道と言うと、どちらかと言うと心を学ぶようなイメージでしょう? もう少し、実践的なものを学ぶ部活動。ということ」
「マーシャルアーツとか?」
「そう言うのもいいかもね」
マーシャルアーツ? と二人の話を聞きながら、私は首を傾げた。基本的に無趣味だから、その手の専門用語みたいなものにはつくづく疎い。
「とりあえず、帰ったら、今回学んだことを活かしてみましょうか」
今回学んだこと、か。そう会話を締める加納には、少々申し訳がないのだけど……。
「翔子、私、楽しかったって想い出しか残ってない」
「前で寝ている奴も、そうかもね」
静かなエンジン音に負けないように、限りなく小声での会話だった。
アパートの駐車場に車を止めて、四人で分担して荷物を運ぶ。
「やぁ、頼んでもいたものは買ってきてくれた?」
資料となるものの購入を頼まれた、と言うのが、近隣に不審に思われないための建前だったのだけれど、どうにも、このアパートに暮らす人たちは不思議でならない。
だって、私たちの部屋以外の出入りを、未だ目撃したことがなかったから。部屋を尋ねれば人は居るのだけれど、向こうからアクションを起こすことは全くないし。
ゴミ出しの日には出会ったりするのだろうか、と思えば、どうやらそうでもないらしい。ここで二拠点の生活を始めることになった正木も、戸惑った様子を見せている。
「とりあえず、今のところ不審な様子は感じられないけど、君たちも気を付けておいてくれ」
部屋に入ると、そんな忠告。
私たちは男性陣をリビングに追いやった後、フィッティングルームと名付けた部屋で、加納が用意した衣装を身につけることにした。
麻で出来たものだろうか、スリットネックのシャツに、黒いインナー。太ももの中間までのスカート。サイドにスリットがあって、シャツの胸元に通された紐と同じような紐で閉じられている。
タイツは少し厚手で、ブーツは膝下までのロング。全体的に色彩が淡い緑色で、まさに駆け出しの冒険者、言った雰囲気がある――というのが、私たちの姿を見た孝太の感想だ。
「やっぱり、何事も見た目から入るのは大事よね。武道だって、きちんと道着を着るからこそ、身が引き締まるものなのだし。用意して良かったわ」
「それ、理解出来る。俺も大事な場面では、ちょっと良いスーツとネクタイを身に纏っているからね」
「逮捕の時?」
「銃を持った時。安っぽい服じゃ、死んでも死にきれないからね」
大人の矜持ってやつだろうか。加納と正木の会話は、なんだか格好良いと思う。でも……。
「翔子、サイズがぴったり過ぎないかな?」
「そうね。ダボッともしないし、ぴったりともしない。ちょうどいいストレッチで、身体にフィットしているような……」
「私、人のスリーサイズを当てるのが特技なの」
この人、なんで現代文の教師になったんだろう?
思い切って聞いてみたい気もするけれど、何か重い理由があったら困るという感情が、シーソーのようにゆったりと動きながら、天秤のように平行になる。
今はスルー。そう決めて、男性陣の着替えを待った。
彼らの格好は、上半身はほとんど同じ。スカートではなくズボンになったくらいの違いだった。ブーツもだいぶ短い。
「ブーツは、あの部屋に置いておくことにしましょうか」
加納の音頭で、私と正木、彼女と孝太が目玉の部屋に入った。
「じゃあ、翔子ちゃん、生地の収納、お願いするわね」
「はい。適当に押し入れに入れておくので、あとで確認してください」
そんなやりとりの間に、私は本を開く。今日の目標は、武器を探し出すことだ。
景色が瞬時に切り替わると、私たちは目的のものを探して草原を歩き出した。
今日、井上は不在だ。だから、あまり無理はできない。そのために、事前の確認はしっかりと行われていた。
井上が調べた限り、武器を示しそうな花言葉、拡大解釈をして、戦いに関係がありそうな花言葉を持つ花は、タンジーやアキレアなど様々あった。
その中で目を付けたのが、グラジオラス。
ラテン語で剣という言葉が、語源となっているらしい。花言葉には『勝利』『武装の準備ができた』など、誂向きな言葉が並ぶ。その反面、ネガティブな言葉も含まれていたけれど、そこは、実際に掘り返して確かめることになった。
持ち込んだ写真を頼りに歩き回ると、その花が密集している場所を発見した。
「この草原の、武器庫ということかな? 位置情報を把握しておければ良いんだけど……」
正木の言葉に、そう言えば、と思い出した。
「地図なんてものもないもんね。というか、地図だって掘り起こせるかもしれないんだ」
「考えが足らなかったわね。でも、今はこう言った場所がある、と分かっただけでも充分だと思うわ」
加納のポジティブな意見に頷いていれば、早速孝太がその根本を掘り返していた。
「お、やっぱりあったぜ」
土の中に見えた柄を、彼は握り込んで引き抜いた。
その姿はまるで、王を選定する剣を引き抜くかのような格好。多少、見窄らしく感じるような格好だったけれど、その資質は未だ分からない、と言ったところだろうか。
彼は剣を軽く振り、その感触を確かめているようだった。括弧のように湾曲した鍔が付いた両刃のもの。形状からすると……殺陣、あまり役に立たないような?
「あ、なんか解るわ。お前が言っていた、何かが引き出されていくような感じってやつ」
「え、大丈夫なの?」
心配になって訊くと、彼は笑顔で首を振った。
「これは、そんなヤバいもんじゃない。もっとこう、清々しい自身と、自分の体の動かし方が分かるような感じ。ちょっと、やってみるよ」
そう言って、彼は「ちょっと試してみる」と、一定の距離を保つ化け物の方へと駆け寄っていった。
明らかな変化を感じた。足を動かすスピードが、短距離走のトップランナーのそれだ。一般の高校生の動きでは、けしてなかった。
化け物の動きに合わせて、急ブレーキ。サイドステップ。攻撃を交わせば水平に刃を振り抜く。化け物を透過した剣は止まらない。遠心力を利用するように持ち上げると、そのまま唐竹割り。
化け物は怯み、孝太はまだ止まらない。斬り上げ、振り降ろし、横に薙ぐ。その動きに淀みはなく、素人のそれとは全く思えなかった。
そして、化け物は消えていく。
「ははっ! これ、スゲーよ。まさに武装の準備ができたって感じだ!」
武器を掘り起こせば、戦える。新たに補充される化け物を見ながら、私たちは笑顔になった。
――のだけど。
「あれ……あの狼の化け物、増えてないかしら?」
加納が指さす先に、もう一頭の化け物。もしかして、倒すと増えるパターン?




