第57話 同盟決裂! バラバラの錬生術師達
ユナカが目覚めないまま、1日が経過した。
「……ごめん。僕が間に合っていれば」
「刑事さんは悪くない。悪いのは……」
翡翠は扉の先にいる人物へ目を向ける。が、すぐにそれを逸らした。
1階の店は復旧の目処が立たず、比較的被害が少ない2階へ避難している。倒れたユナカの看病を灰簾と翡翠が行う中、ザクロはデーモンハートを持って研究室へ閉じこもっている。
「他に試せる方法はないんですか、灰簾さん」
「クリアフラグメントはまるで役に立たない。だからユナカくんのフラグメントを試してみたんだけど……」
灰簾が琥珀へ見せたのは、ユナカの手の中で淡く光るヘリオライトフェニックス・フラグメント。
「これが一番効果がある。だから待つしかないの。ユナカくんが目覚めるまで」
「あの変な装置……もう絶対使わせちゃダメだよ」
そう言った後、翡翠はおもむろにスマートフォンを取り出し、今度は画面へ向かって話す。
「2人も分かった?」
「は、はい……!」
「分かった。私もパン屋のお兄さんに恩がある。私と晶くんで、出来るだけ負担を減らすように頑張る」
テレビ通話を繋ぎ、一部始終を聞いていた晶と光結は了承する。
「よし、じゃあもう夜遅いから良い子は寝なさい、おやすみ!」
翡翠が通話を切ったと同時だった。研究室の扉が開き、中からザクロが姿を現した。その手に、デーモンハートを握って。
「……出てきたってことは、全部説明してくれるって事だよね」
先程とは打って変わり、冷え切った声色で翡翠は問う。そしてザクロの返答を待たずに灰簾が詰め寄る。
「そのフラグメント、どう考えたってマトモなものじゃない。なんでこんなものを ──」
「落ち着いたらどうかね。君だって相当重症な筈だろう水の錬生術師」
ザクロは道を譲らせるように灰簾を軽く押す。ただそれだけだったが、灰簾の身体は大きく揺らめいた。
「灰簾ちゃん!」
急いで翡翠が受け止める。だがそれに構う事なく、ザクロは灰簾からの問いに答える。
「これは……ソウリストゲートを開くために必要な鍵だよ」
「鍵……?」
「……それが」
灰簾と翡翠がその答えに更なる疑念を抱く中、琥珀はデーモンハートとユナカを交互に見ていた。
「錬生術師が変身するためには、フラグメントのエネルギーをフラグメントゲートに流し込んで、異空間へ繋がる扉を開く必要がある。謂わばフラグメントのエネルギーは異空間への鍵にあたる。ソウリストゲートも理論は同じなんだ」
一見いつものように長々と説明するザクロ。だがその声色に熱は一切篭っていない。
「デーモンハートは鍵の役目を担う特別なフラグメント。だが内部に充填されたエネルギーはまだ不十分だ。変身に使用すれば出力を一気に向上させて、一部のエネルギーを蓄積する事が出来る」
「それって、完成させるには何回も変身しなきゃならないってこと……!? 冗談じゃない、たった1回の変身でこれだけ大きな負担がユナカくんにかかってるのに!」
「……」
灰簾が愕然とする中、翡翠は無言でザクロの元へ詰め寄る。
伸ばされた手の行方を悟ったザクロはデーモンハートを遠ざけた。
「……渡す気はないってこと」
「当たり前だ」
「自分の弟子を犠牲にしてまでソウリストゲートに辿り着く。あんたってそんなクズだったっけ? 確かにちょっと変なところあったけどさ、先輩のことは大切にしてたじゃん」
「犠牲に?」
翡翠の発言をザクロは鼻で笑うと背を向けた。
「馬鹿な事を言うもんじゃない。ユナカに死なれては困る。そうならないように私も努めるよ。それに君達だってユナカがソウリストゲートに辿り着いた方が、色々と都合が良いだろう?」
「……あぁそう。分かった」
翡翠もまた小さな笑いで返すと、近くの棚へ何かを叩きつけた。
それらは同盟を結ぶ際に共有化を約束したフラグメントの数々。
「先輩と皆には悪いけど、もうあんたには付いていけない。私は私で勝手にやるから」
「……そうかい。勝手にしたまえよ」
部屋を出ていく翡翠。そして続く様に灰簾もフラグメントを棚へ置いた。
「ユナカくんにそれを使わせるわけにはいかない。あなたがどんな手を使ってでもやめさせる」
灰簾は治療道具を取り替えるために部屋を後にする。完全な離脱ではないが、それはザクロとの決別を意味していた。
「君はどうするんだね、土の錬生術師」
「……僕は」
そんな様子を見ていた琥珀は、フラグメントを手放さず、部屋を後にする。
「ユナカさんの意思を、確かめてから決めます」
ザクロは研究室の扉を閉めると、精製装置へ強く拳を叩きつけた。
「そんな馬鹿な話があってたまるか!!!」
棚の実験器具、フラグメント・Vを全て薙ぎ倒し、並べられた本棚を力一杯蹴りつけた。
「誰かが犠牲になって完成させなきゃならない鍵、そんな欠陥だらけのものを師匠が遺す筈がない!! 何かが足りないんだ、絶対に!!」
デーモンハートを投げ捨てようとする。が、その手が直前で止まる。
「でも、分からない……何が……!!」
デーモンハートは完璧だった。どれだけ探しても欠陥や不自然なパーツは見つからなかった。だとすれば、あの《リーパー》の姿は何も間違ってなどいないことになる。
── いつか君にこれを託す。それまで、ソウリストゲートで見つけたいものを考えておいて ──
「分からないよ……ずっと考えてるのに……教えて……師匠」
ザクロがソウリストゲートを目指す理由。それは、自分の師匠である初代炎の錬生術師に、もう一度会う事だった。
「ガーデル、具合は」
「いんやマジで問題ないって。やべーのは見た目だけ」
モルオンの問いに答えるガーデルの顔には、未だ深い亀裂が残っている。
「まぁしばらくは大人しくしてるわ。次食らったら流石に消滅しそうだし」
「そうだね。丁度、錬生術師の目を引いてくれる奴も出来上がる頃だ。対策はゆっくり考えればいい」
異形へ変わりかけていたリシアの姿を思い浮かべながら、モルオンはクッキーを口にする。
「ってわけだからさぁ、セレスタもそんな隅っこにいないでなんか食べれば?」
「……」
ガーデルの誘いを無視し、セレスタは毛布にくるまったまま動こうとしない。
「あーあ完全に拗ねてる。……ちょい気晴らしに外の空気吸ってきていい?」
「いいよ、気をつけてね」
ソファを立ったガーデルへ、モルオンはただ一言告げて紅茶に口をつける。その言葉の真意を汲み取ったガーデルは、何故か小さく笑った。
「っ、はぁ、はぁ……っぱ、モルオンにはバレるよねぇ」
ガーデルの顔の亀裂から、灰色の霧が溢れ始めた。《メルトリーパー》から受けたあの傷は回復するどころか、時間が経つほどにガーデルを蝕んでいたのだ。
「さて、いつまで持つのやら……」
「まだ頑張りたい?」
と、まるでガーデルが出るのを見計らっていた様にフローラが姿を現した。その手には黒い液体で満たされたフラグメントを手にしている。
「手なら貸せるけど」
「いや頑張るつもりなんかないけど……」
ガーデルはフローラのフラグメントを手に取ると、その中身を一気に飲み干した。
「もう少しだけ、長生きはしたいからさ」
続く
 




