第58話 焦燥幻夢! 混迷極めし燐光
リシアの家庭は、とても恵まれていた。教育も、娯楽も、育った環境において何一つ不自由などなかった。両親からの愛も溢れんばかりに注がれ、友達もたくさんいた。
誰もが羨む様なまっすぐな道を歩んでいたリシアが変わるきっかけは、ほんの些細な事だった。
買い出しを頼まれた帰り、リシアがコンビニへ寄り道をしている時、ある光景を目撃する。
それは小学生の少年が、チョコレートを懐にしまう瞬間。万引きだ。
店員にバレない様に少年へ近づくと、チョコレートを静かに取り上げる。
「あっ……」
「お金を払わないと買えないのは知ってるよね。もうやっちゃダメだよ」
「ごめんなさい……」
「うん」
少年は出口へ向かって走って行った。リシアはそれを見送り、自らも買い物を済ませる。そしてレジに並んだ時、視界の端にある光景が映る。
先程の少年を、母親と思しき人物が平手で殴りつけていた。
万引きをしようとした事を咎めた結果だと誰もが思うだろう。しかしリシアの耳はある単語を捉えてしまった。
「簡単な事」 「出来ない」 「役立たず」
リシアの中に根付いていた1つの芽が、一気に弾けた。
一気に走り出し、もう一度手を振り上げた母親の顔を、リシアは力の限り蹴り付けた。
意識外からの攻撃だった。母親が倒れ伏し、ビクビクと痙攣している。それを見てもリシアは後悔や焦りを感じない。
見知らぬ他人に危害を加えたのではない。子供に害を与える怪物を倒したのだと。
まだ動いている母親へ歩み寄ろうとする。助けるつもりはない。動かなくなるまで徹底的に痛めつけるつもりだった。
だがその間に小さな影が割って入る。
「やめて!!」
少年だった。その目に、恐怖と怒りを宿してリシアを睨んでいる。
母親に殴られていた時は、ただただ悲しみしかなかったというのに。
その時、リシアの中でもう1つの芽が目覚め、絡み合う。
(あぁ……そういうこと、か)
今まで自分が不自由なく生活していた裏で、親に洗脳され、善悪の区別すらつかなくなってしまった子供達がいる。そうなってしまえば親の、大人の傀儡だ。根幹の原因であるそれらを除去しても、彼等にはとても大きな傷が残ってしまう。
(可哀想……かわいそう……カワイソウ……)
苦しみから、子供達を救うには。
リシアの手には、買い出しで頼まれていた果物ナイフが握られていた。
「そう……だ……」
意識を取り戻したリシア。駅の前のベンチで座ったまま気絶していたらしく、身体の各所が痛む。
それだけではない。身体の中を、巨大な地虫が這い回る不快感が残っている。モルオンから渡されたフラグメントを取り込んでからの記憶がないことを考えれば、理由は明白だった。
「でも……はは……じゃあ僕は、手に入れたんだ……!」
正気に戻ったということは、力に適合したということ。光の錬生術師にも勝てるということなのだから。
「さっそ、く……っ?」
立ち上がった時、リシアは違和感に気づく。駅前を歩く、親と手を繋いで歩く小さな子供達。笑顔を浮かべ、幸せそうな表情を浮かべていた筈が、リシアが視界に収めた途端に、
『タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテダズゲデダズゲデダズゲデダズゲデダズゲデ』
グシャグシャに握り潰された様に歪み、高音と低音が混じった声で助けを求め始めたのだ。
リシアの身体から結晶が析出し始める。
「っ、待っ……今は、ダメだ」
我に帰り、咄嗟に変身を中断する。衝動が昂ぶり続ける中、必死に抑え込みながら歩み始める。
「ごめんね……終わったらすぐに、助けに行くから」
子供達へ約束し、晶と光結を探しに。
「身体は大丈夫?」
「はい、なんとか」
あの日から2日。ユナカは自力で立ち、歩けるまで回復した。灰簾の看病、晶と光結の見舞いもあるが、何よりユナカの回復能力の高さが成したものだ。
「でもしばらくは変身しないように。アトラムかダルストンズが出ても、私達で対処するから」
灰簾が忠告していると、研究室の扉からザクロが姿を現す。
「誰に何と言われようと、ね」
彼女へ厳しい視線を向け、灰簾は入れ替わる様に部屋を出て行った。
「……ザクロ、話は聞いた。どうして翡翠ちゃんを引き止めなかったんだ」
「向こうが勝手に破棄したんだ。それに、もう同盟なんて必要ないだろう」
ザクロはデーモンハートを机に置く。
「君がこれを使いこなせば」
「……俺に出来るのか」
「おいおい、今更怖気付いたのかい?」
ザクロは机の上に座り、デーモンハートを撫でる。
「話を聞いたなら知っているだろう。これはソウリストゲートを開く為の鍵。たとえフラグメントが集まっても、これが完成しなければ」
デーモンハートをユナカへ投げ渡すザクロの表情は、いつもより険しかった。
「君の妹は助けられない。使いこなせるか、じゃなくて、使いこなさなきゃならないんだ」
「……そうだな」
「分かれば……っ」
ザクロは、デーモンハートを見つめるユナカの手が震えていることに気づく。恐怖から来る震えではない。未だ変身後のダメージが完全に癒えていないのだ。
「とにかく、私以外から何を言われても耳を貸すな」
ザクロは目を逸らし、話を打ち切ろうとする。だがその言葉の真意をユナカが聞こうとした時、
『ゴァッ、ゴァッ! アトラム出た! アトラム出た!』
「さ、て……こんぐらい暴れときゃ向こうから来るだろ」
多くの客で賑わうショッピングモール前の広場。その中心に突如現れ、破壊の限りを尽くしていたのは《ガーデル》だった。
「ちゃんと彼奴の攻略法見つけろよー。また爆発されたら今度こそ御陀仏かもしれないし」
「もちろん。身体張ってもらうからにはちゃんとやるって」
倒れたベンチに腰掛けるフローラは笑いながら告げると姿を消す。
この行動はフローラからの依頼、かつ《ガーデル》は他の2人へ一切話していない。本来なら変身すらままならない状態だが、フローラから渡された大量の黒いフラグメントで補っている。
「っ、つつ……はぁ〜んやっぱしんどい……おっ、結構早いな」
エンジン音が聞こえた方へ振り返ると、ユニコーンストライカーから降りるユナカとザクロの姿があった。
しかしユナカの足取りは何処か覚束ない。
「そっちも結構ボロボロじゃん。ま、俺はお前に用があったから好都合だけど」
「好都合なのはこっちも同じだ……弱ったお前になら、トドメを刺せる」
「生意気言ってんじゃないよ」
《Impurities Mix Mix Mix!! ヘマタイト・ミノタウロス!!》
《ガーデル》は強化形態へ変化。応戦するべく、ユナカはデーモンハートを取り出した。
その時、銃声と共にデーモンハートが宙を舞う。
「なっ!?」
「ちょおっ!?」
ユナカだけでなく、《ガーデル》も驚愕の声を上げる。足元に落ちたデーモンハートを拾い上げようとした刹那、またしてもそれを阻む様に銃撃が襲いかかる。
戸惑うユナカに対し、ザクロは冷えた視線をその根源へと向ける。
「同盟破棄と同時に敵対とはねぇ、風の錬生術師」
そこには翡翠が、既に《スピリット》へ変身した状態でフラグメントマグナムを向けていた。
「先輩。他のフラグメント使うなら手伝いますけど……それを使わせるわけにはいきません」
「翡翠ちゃん……」
バイザーの奥にある彼女の視線は真剣そのもの。きっとユナカがデーモンハートを使おうとする限り妨害し続けるだろう。
(いや〜……俺としてはそれ使って欲しいんだけどな〜……)
そんな《ガーデル》の思惑など露知らず、ユナカに焦りが浮かぶ。
「ねぇ、返したんだから他のフラグメント、持って来てるよね?」
《スピリット》はヴィトロガンを出現させ、その銃口をザクロへ向ける。
しかしザクロは何食わぬ顔で両手を上げ、手のひらを見せる。降伏ではない。他のフラグメントは全て置いて来たという意思表示だ。
「……じゃあ私がやる。そこで黙って、っ!?」
突如《スピリット》に組み付く影。それは、
「ユナカさん、翡翠ちゃんは僕が! 早く変身して下さい!」
「琥珀くん!」
「なん、で、邪魔しないで!!」
《ファントム》に変身した琥珀だった。そのまま力任せに《スピリット》を引きずり、ユナカ達から引き離した。
その隙にユナカはデーモンハートを拾い上げ、フラグメントゲートへ装填。
《デーモンハート!!》
《オーバーリアクション!!》
「変身!!」
《ゲート ブレイク!!!》
デーモンハートから放たれる怪しげな燐光。ゲートを破壊して現れた巨大な悪魔はそれを一息に吸い上げ、ユナカへ吐きつけながら同化。
《Deadry!! Dangerous!! Destruction!! Discharge !! デーモンハート・オーバーバースト!!! メルトリーパー!!!》
《アンノウン・ジ・エナジー》
《メルトリーパー》へ変身。
「うっ……!?」
直後、大きく揺らめき、燐光が消える。身体の中を焼き尽くさんばかりに熱が荒れ狂う中、視界までもがぼやけ始める。
(身体から、エネルギーが漏れ出してる……)
その中で《メルトリーパー》は気づく。熱いのは身体の中。だが実際には制御出来ない量のエネルギーが外へ流出しているからこその熱暴走なのだと。
(抑え込め……飲み込むんだ……死ぬほど、辛くても!!)
全てを抑え込めば、あの時の様に自爆はしない筈。身体の許容を超えるかどうかは、自分の精神力にかかっている。
「はぁぁぁっ!!」
輝きを失っていた水晶が青白い炎を灯し、中央の心臓部から燐光を再び放つ。大きく開いた顎から白煙が燻る。
「……」
それを見たザクロは思わず震える。間違いない。ユナカはデーモンハートの力を使いこなし始めている。非常に望ましいことだ。
その筈なのに。
(ユナカ……!)
震えは、止まらない。
続く




