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第23話 銀狼咆哮!! 待ち人の元へ

 

 オフィスを満たす呻き声に呼応する様に、《エンプロイヤーアトラム》へエネルギーが満ちていく。それは寄生宿主である水春の精神に限界が近づいている証でもあった。

「ふぅ……そろそろ独立起業も視野に入って来たなぁ」

 《エンプロイヤーアトラム》は首の骨を大袈裟に鳴らすと、動かなくなった社員を怒鳴り散らしている月永を腕の鞭で引き寄せる。

「おい、仕上げをやるから手伝え」

「し、仕上げ、でございますか?」

「こいつ、嫁がいるだろ。ここに連れてこい」

「つ、連れて来て、何を?」

「決まってんだろ、働かせるんだよ」

 その言葉を聞いた水春は、俯いていた顔を上げた。

「や、やめろ!! 琉華ちゃんを巻き込むのだけは絶対にダメだ!!」

「おぉっほ、効いてる効いてる! こりゃ顔見せたら独立まで行くかもなぁ。おい、早く連れてこいよ」

「わ、分かりました、すぐに……」


 次の瞬間、オフィスのドアが外れんばかりの勢いで開かれた。否、本当にドアハッチが破損し、大きな音と共に倒れたのだ。


 《エンプロイヤーアトラム》も、月永も、肉まんを頬張っていたセレスタも、その場にいた全員が一様に視線を向ける。

「……思った以上だな」

 水春は、月永は、その顔を知っていた。特に月永は体を震わせ、今にも倒れ込みそうな様子だ。

「き、ききき、黄山、琥珀……!?」

「やぁ、お久しぶりです月永さん。しばらくぶりですね」

 対して朗らかな笑顔を浮かべる琥珀。服装はプライベートで愛用しているロングコートである事から、警察としてここへ侵入したわけではない事がわかる。

「け、警備員、は……」

「頑なに通してくれなかったので、仮眠して貰ってます」

 ふと月永は監視カメラへ目をやる。そこでは警備員が仲良く気絶していた。

「お、お前! 警察がこんな事していいのか!?」

「監視カメラ見てませんでした? 貴方の事を少しお伺いしたら殴りかかって来たので、仕方なく……」

「む、むむ、昔から変わってねぇなお前ぇ! 警察になって正義の味方ヅラしてても、結局ただの暴力野郎じゃねえか!!」


 月永の言葉に対しての琥珀の返答は、近くにあったパソコンを拳で叩き割る事だった。普段は優しく垂れた目は吊り上がり、笑顔は消えていた。


「お互い様だろ。何なら昔みたいにまた〆てやろうか? ユナカさんとほたるちゃんにちょっかいかけたあの時みてーによぉ!! あぁ!? 月永ぁ!!」


 琥珀の怒号に、周りの空間が震える。同時に月永の脳裏に蘇る負の記憶。

 自分がフラれた女と、その兄に手を出したばかりに、当時最強の不良と称された目の前の男によって取り巻き諸共ぶちのめされた記憶を。

 

「う、うるせぇぇぇ!!! 〆られんのはテメェの方だぁ!!」

「へっ、無謀なバカ1人、バデックで十分だな」

 《エンプロイヤーアトラム》が指を鳴らすと、何処からか大量のバデックが現れる。社員達に過酷な労働を強いる事で生まれたアトラムを貯蔵していたのだ。

「やれ」

 号令と同時に琥珀へ一斉に襲いかかる。


 変身する間もないと判断した琥珀は、徒手空拳のままバデックを迎え打つ。掴まれるより速く前蹴りを放ち、背後のバデックを裏拳で打ちのめし、背負い投げで2体を同時に無力化する。

「はぁ〜? 変身もしないで戦うとか舐めてんの?」

 そんな光景を見たセレスタは眉を顰めながら肉まんを頬張る。苛立つ様子を感じ取ったのか、《エンプロイヤーアトラム》は宥める様な仕草を見せる。

「まぁすぐに根を上げますよセレスタ様。心配なさらないでぇ」

 だが思惑とは裏腹に、琥珀は襲いかかるバデックを生身で捌き続ける。

 振りかぶった右ストレートがバデックを吹き飛ばし、窓ガラスを突き破って外へと落ちる。回し蹴りで飛ばしたバデックが、次の肉まんを食べようとしたセレスタにぶつかった。肉まんが床に落ち、よろめいたバデックによって踏み潰される。

「あっ……っ、あームカつく!! ぶち殺してやる!!」

「セ、セレスタ様、ここは俺がやりますからぁ! どうか気をお沈めになられて!」

「離せよ、おいっ!! テメェ何処触ってんだ殺すぞ!!」

 バデック数匹がセレスタを押さえつけ、《エンプロイヤーアトラム》が遂に動き出した。


「うっ、うぅ……!」

 水春はそんな光景をただ見ているしかない。立ち上がろうにも四肢に力が入らない。

「この、ままじゃ……っ?」

 その時、目の前にスマートフォンが落ちて来た。自分のものではない。ロックは既に外されている。

「これは……」

 画面に映されたメモ帳に、文字が記されていた。


《水春 琉華さんが心配してる》


 直後、まるでそれを見るのを待っていたかの様に着信音が鳴る。送信元は《琉華さん》。

 震える指に力を込め、通知に応じる。

「琉華、ちゃん……」

『水春くん、お疲れ様。ユナカくんから聞いたよ。今、凄く大変なんだって』

「……ごめん、心配かけて」

『水春くんは何も悪くないでしょ! ……ねぇ、今日だけで良いから、我が儘、聞いて欲しいな』

「なに……?」


『寂しいから、早く帰ってきて。待ってるよ、ずっと』


 瞬間、水春の首輪に亀裂が走る。

「あぁん!? 何が……」

 《エンプロイヤーアトラム》が振り向くと、先程まで伏せていた水春が立ち上がっていた。そしてゆっくりと歩き始める。

「水春、お前何処に行こうとして、げっ!?」

 阻もうとした月永の顔面へ、水春は自らの社員証を力一杯叩きつけた。

「今までお世話になりました……なんて言うかよ。もうお前には付き合っていられない。大切な人を待たせてる」


「退職届なんか受け取るかよ宿主様よぉ。どうしてもってんなら俺をぶっ飛ばしてみるんだな」


 目の前に立ち塞がる《エンプロイヤーアトラム》。そんな事できる筈がない。自身に恐れ慄き、再び地面に伏せる。その後にまた脅してやれば、壊れた首輪と鎖も元に戻る。

 しかし水春は怯む様子を見せない。目には光が宿り、首輪と鎖は見る見るうちに崩れ落ちていく。


「な、何だぁ、お前……人間の癖に、奴隷の癖にぃ!?」

「望み通り、ぶっ飛ばしてやる!!」


 我を忘れた《エンプロイヤーアトラム》が鞭を振り上げる。それに真正面から水春は拳を振り上げる。



《炎舞・バースト!! イグニス・リーパー!!》



 その時、《エンプロイヤーアトラム》は見た。


 割れた窓からこちらへ突き進む、炎の死神を。

「だれ、げばぁぁぁっ!?」

 顔面に炎を纏った右足が突き刺さり、《エンプロイヤーアトラム》はオフィスの壁に叩きつけられた。

 水春は驚いた顔で死神を見つめる。《エンプロイヤーアトラム》に負けず劣らず化け物な見た目だったが、不思議と恐怖はなかった。むしろ、見知った雰囲気すらあった。

「早く行け」

「……ありがとう!」

 水春がビルを出た瞬間、彼を縛り付けていた鎖は砕け散った。


「こ、この、このぉ……ふざけんなよクソ奴隷がぁ!!」

 《エンプロイヤーアトラム》は《リーパー》目掛けて突進。しかし頭に血が昇った攻撃を見切られないはずが無い。

「ふっ!」

「おぁぁっととと、あぎゃぁぁぁ!!?」

 回避と同時に背中を蹴り付けられ、勢い余った《エンプロイヤーアトラム》は窓から地上へ転落していった。


「あぁぁあいつぅぅ、役立たずにも程があるっての!! ムカつくムカつくムカつく!!!」

 自身を取り押さえるバデックを全て弾き飛ばすセレスタ。それを見た《リーパー》は琥珀へ呼びかける。

「琥珀くん、ダルストンズは任せても良い!?」

「はい、今、はぁっ、変身、します!!」

「頼んだ、応援も来るから!」

 《リーパー》は窓から落ちた《エンプロイヤーアトラム》を追いかけ、飛び降りた。


「変身する前に、ぶっ殺す!」


《Impurities Mix Mix Mix!! セレスタイト・ヒポグリフ!!》


 変身した《セレスタ》が迫る。しかし無限に湧き出るバデックに妨害され、琥珀はまだフラグメントゲートへフラグメント・Vを全て装填出来ていない。

「あと、1本、なんだけど!!」

「死ねぇぇぇ、ぇあ!?」

 《セレスタ》の爪が振り下ろされる刹那、横から飛来した銃撃が彼女を弾いた。

「刑事さーん、早く、早く変身しなさーい!」

「あ、ありがとう翡翠ちゃん!」

「うぇ、バデックだらけじゃん! 私も変身しないと!」


 琥珀は残るフラグメント・Vを装填。そして彼をアシストした翡翠もフラグメント・Vを装填する。


「「変身!」」


《《ゲート カイホウ!!》》


《土涛・クラッキング!! テラ・ファントム!!》

《風迅・ストーム!! ヴェントス・スピリット!!》


《ファントム・ノーム結合!!》

《スピリット・シルフィーネ理論!!》


「援護は任せて思っきし暴れてきな、ポリスメン!」

「う、うん、ありがとう」

 見せつける様にガンプレイをする《スピリット》に、《ファントム》は少々困った様に頷いた。




「くっそ……社長の俺がぁ……」

「社員を奴隷扱いする社長は即刻解任だ」

 着地と同時にヴィトロサイズを出現させ、静かに歩み寄る《リーパー》。油断している訳ではない。まだ《エンプロイヤーアトラム》の能力を全て把握出来ていない為だ。

「ひっへっへ……まぁ良い。奴隷の貯蓄は十分ある。それに……」

 《エンプロイヤーアトラム》の頭の石臼が高速回転を始め、肩のエンジンが唸りを上げる。

「へぁぁぁっ!!」

「っ、これは……!?」

 その2つの怪音が耳に入った瞬間、《リーパー》は膝から崩れ落ちた。全身にのし掛かる重圧。それが《リーパー》の動きを鈍くしているのだ。

 更に、

「視界が……」

 高速回転する頭部を目にした時から、平衡感覚までもが失われる。ヴィトロサイズが手から離れた事を見計らい《エンプロイヤーアトラム》は更なる能力を発揮する。

「おら奴隷どもぉ、仕事の時間だぁ!!」

 地面から出現するバデック達。しかし何処か様子がおかしい。能面の様な顔には赤い網目状のラインが浮かび上がり、一様に肩を上下させ、興奮している様だ。

「まさかこの音、バデック達を……」

「俺の音は心地良いだろ奴隷ども。さぁ行け!!」

 腕の鞭を打ち鳴らしたと同時にバデック達が襲いかかる。立てない状態から反撃を試みる《リーパー》だったが、四方八方からの攻撃を前にそれは至難の業だった。

「いい眺めだぜ、一生這いつくばってろ負け犬野郎!!」

「……これに、賭けるしか」


 攻撃を耐えながら、《リーパー》はホルダーからフラグメント・Vを取り出し、フラグメントゲートへ装填する。


《マグネシウム・ケルベロス!!》


「バウバウバウ!!」

「ワン! ゥグルゥゥゥ……!!」

 威勢よく《リーパー》を痛ぶっていたバデック達が一斉に飛び退き、腰を抜かす。

 《リーパー》を守る様に、2匹の銀狼が吠えていた。

「おいお前ら、そんな犬にビビってないで早く……」

「クゥーン」

「あ? なんか足が温かい……ぎょえっ!?」

 見れば《エンプロイヤーアトラム》の足へマーキングのシャワーを浴びせる、一際小さな銀狼がいた。心なしか愉悦の表情を浮かべて。

「このクソ犬が!!」

「ギャンッ!? ウゥゥゥ……!!」

 尻を蹴飛ばされた子銀狼は唸ると、一目散に《リーパー》の元へ走り出していく。それを見た他の2匹も同じ様に《リーパー》へ駆け出した。


《マグネシウム・ケルベロス!! 爆音……フラァァァァァァッッッシュ!!!》


 銀狼の頭と尾を象った装甲が右腕と右足に装着、そして子銀狼は黒いバイザーと垂れ耳の様なイヤーマフへと姿を変え、《リーパー》の頭へ合体。


「っ? あの音だけが、聞こえなくなった」

 地面に伏せていた《リーパー》はヴィトロサイズを再び手にし、跳ね起きると同時に周囲を薙ぎ払う。一閃で屠られたバデックを見た《エンプロイヤーアトラム》が狼狽する。

「な、何で立ってやがる!?」

「こんなに都合良く対策出来たのは予想外だったな」

 バイザーを通して《エンプロイヤーアトラム》を見れば、平衡感覚は保ったままでいられる。イヤーカフは《エンプロイヤーアトラム》が放つ怪音のみを除去しているのだ。

「このまま押し切る」


 《リーパー》の右足の銀狼が、眩しい輝きを散らした。



続く

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