第22話 陰謀露呈!! 暴かれた悪意
「……」
「どうしたのユナカくん、カラスの置物ずっと見てるけど」
休憩時間、ずっとカラスを持ったまま見つめるユナカへ灰簾は尋ねる。するとユナカは少し暗い表情を浮かべながら、カラスの翼の内側を見せた。
「画面になってるんだ。……ぇ、なに、これ」
そこに映し出された光景に灰簾は思わず呻いた。
死んだ目をしてキーボードを叩く社員。そしてそんな社員を不必要に大きな声で怒鳴りつけ、椅子を蹴る、コーヒーを掛けるなどの暴行を加える若い男と、それを面白がる様に眺める初老の男。
「ユナカさん、灰簾さん、何の動画見てるんですか?」
「ダメ、晶くんはまだ知らなくていい動画だから」
覗き込もうとした晶の目を灰簾は優しく隠す。
「想像通り、いや、想像以上でした。水春……会社選びを間違えたな」
「これ、警察に出せないかな。映像の入手方法はちょっとアレかもしれないけど、証拠にはなるでしょ?」
「琥珀くんに話は通していますけど、難しいみたいです。アトラムが絡まない事件でないと捜査の許可が降りないらしくて」
「いやー、お巡りさんのお尻は重いですな!」
「ひぃん!?」
突如休憩室へ乱入した翡翠によって尻を揉まれた灰簾は跳ね上がる。
「風の錬生術師! そんな言い方したら私のお尻が重いみたいじゃん!」
「めっちゃ良い揉み心地でしたっと。まぁそれはさておきですよ」
翡翠は真面目な表情でカラスの画面に映る男を指差した。
「常連のおばちゃんの息子さんが、こいつのせいで病院送りにされたらしくて。月永張士っていえば結構有名らしいよ。悪い意味で」
「月永……通りで見覚えがあると思ったら」
「ユナカくん、知り合いなの?」
灰簾からの問いにユナカは頷く。
「大学時代から変わりません。自分より力や権力のある人間には擦り寄って、自分より下と見た人間には陰湿な嫌がらせをする。水春は悪い奴じゃないと言ってましたけど」
「何それ、めっちゃ悪い奴じゃん! ……ちなみにユナカ先輩はどっち側だったんです?」
「泥水を頭からかけられたり、階段から突き落とされたり、財布を捨てられたくらいかな」
「あー……バリバリ舐められてたと。お疲れ様でした」
「それはもういいんだけど」
「いいんだ……」
こんな苛烈な嫌がらせを一言で一蹴してしまったユナカに晶は感服する。
「優しくしてくれた水春にこんな仕打ちをするのは、流石にどうかしてる」
「あーあ、なんか合法的に会社に勝ち込める理由が欲しいなー」
「もう喧嘩屋の物言いだ……ん、あれ?」
と、灰簾はあることに気がついた。月永に胸ぐらを掴み上げられた水春の左胸に、小さな灰色の霧が立ち込めていることに。
「どうやら水の錬生術師が、カチコミの建前を見つけた様だねぇ」
いつの間にか姿を現していたザクロの言葉に、3人は小さく頷いた。
「警部、捜査の許可は出ましたかー?」
「出てません。今はサイバー犯罪課が動いているみたいですね」
「はぁ……うちの出番は無しですか」
あからさまに残念そうな溜息を吐く金弥に、琥珀は苦笑いを浮かべる。理由は明白だ。
「ネット記事で警察関連のデマを流してる会社……明らかにうちを舐めてるな。直接手錠かけてやりてー」
「金弥さん、警察官が言っちゃいけないライン踏んでますよ」
それを聞いた銀一も呆れた様な言葉を吐く。しかし金弥は自身の言葉を撤回せず、むしろスマートフォンの画面を2人へ見せつけた。
「うわぁ……陰謀論ならまだしも、連続殺人犯をわざと逮捕していないとかあり得ない話ですよ」
「残念ながら、自分で情報を整理出来ない奴等がどんどん拡散しちまう。広まっちまえばもう尾鰭が付きまくって手がつけられないぞ」
スクロールされていく捏造記事。その中に琥珀はあるものを見つけた。
「金弥さん、この記事は……」
「あぁ、警部が変身した姿、まんまと飯の種にされてますよ。クリック率もトップ、コメント欄も香ばしいもの揃いだ」
《警察の闇! 怪物を飼い慣らす国家組織の陰謀を暴く!》
記事にはアトラムやバデックと戦う《ファントム》の写真。そしてその下のコメントは、
『どっちが怪物か分かんなくて草』
『こいつ暴れたら誰も勝てなくね? お巡りさん達ちゃんとその辺考えてます???』
『特撮番組集団と化した税金泥棒』
「うわうわうわ、金弥さんもう見せないで下さいよ。警部の気持ち考えてます?」
「僕の戦い方にも問題があるのでそれはまぁ……それよりも」
銀一を宥めると、琥珀は記事のある部分に注目する。
「編集者の名前……」
「ん、どれどれ……月永張士? こいつがどうかしました?」
「……ふぅ」
琥珀は小さく溜息を吐くと、静かに席を立つ。
「警部?」
「ちょっと早いですけど上がります」
「えぇ、ちょ!?」
「……お疲れやしたー」
「金弥さん!?」
引き止めようとした銀一を座らせる金弥。彼は琥珀の意図を理解していた。
「警察として動けないなら、仕方ないよな」
「働け働け!! 仕事なら無限に出してやるからなぁ!」
「ぁ……ぁ、ぁ……」
オフィスはたった1日で、地獄から更にその下へ着いていた。白目を剥き、涎を垂らしながらパソコンに向かい合う社員達。それらを愉快そうに見渡す《エンプロイヤーアトラム》。
月永はそんな状況を見ながら引き攣った笑いを浮かべるしかなかった。《エンプロイヤーアトラム》は月永に対し、茶を汲ませたり、雑談相手にしたりと仕事を振る様子はない。だが下手を打てばあの集団の中に放り込まれるのは目に見えている。怪物の機嫌を取り続ける事が生き残る為の唯一の方法なのだ。
「だ、めだ……もう……」
「おい手を止めるな!!」
だからこそ作業の手を止めさせる訳にはいかない。突っ伏したままピクリとも動かない社員に暴力を振るう月永だが、一向に目覚める気配はない。
すると、《エンプロイヤーアトラム》は面倒臭そうに何かを取り出す。
「しょうがねぇ、こいつをぶち込むか!」
自身から生成した缶を、倒れた社員へ叩きつける。
「ぁ……な、なんで……寝たいのに、ね、眠れなぃぃぃ!!」
「1発でお目覚めだ! おっし、じゃあ仕事再開ぃ!」
「いぎゃぁっ!?」
そして腕の鞭で背中を一撃。激痛に耐えきれず、再びキーボードを叩き始める事となる。
「か、感服致しました!」
「凄いだろぉ? 見てみろ、俺が社長になってからネットニュースランキングは俺達の会社の記事が独占だ。この調子でもっともっともっともっと稼ぐぞ!」
「……ち、ちなみに、警察の事は……?」
「心配すんなよぉ。あんな雑魚ども、俺が全部ぶっ飛ばしてやる」
「さ、さすがでございます!」
《エンプロイヤーアトラム》の上機嫌な笑いに合わせ、月永は上擦った笑い声を上げる。
その時、オフィスに新たな影が現れた。
「調子良さそうじゃん」
「あぁ? 社長になんだその口の聞き方は? この奴隷、ぃぃ!?」
振り返った《エンプロイヤーアトラム》は、自身が吐いた言葉を後悔する。
「は? てめぇこそ誰に口聞いてんだよ、おい!」
「セ、セレスタさぶぁぁっ!?」
セレスタは《エンプロイヤーアトラム》の顔面をふみつけ、壁にめり込ませる。
「しゃ、社長!? このクソガキ、何してんだ!!」
「あぁん? こいつが社長なら私は大株主だ! 引っ込んでろクソメガネ!」
「しょ、しょうだ! この御方にしゃからうならお前も奴隷にしゅる!」
「ぇ……も、申し訳ございませんんん!!」
額を床に擦り付ける月永に構わず、《エンプロイヤーアトラム》を踏みつけながらその寄生主である水春を睨む。
地面に這いながら記事を打つ水春へ、セレスタは噛んでいたガムを吐き捨てる。
「こんな状況でも仕事すんのかよ。どうしようもねぇなコイツ。だから寄生先に選んだんだけど」
「ぅ……ぐぅぅぅ……」
そんな彼等を、密かに窓から監視する目があった。今までは映像に収める為だったが、今回はそれだけではない。
自らの腹に格納したユナカのスマートフォンへ、カラスは小さく囁いた。
「ゴァ、ゴァ、アトラムいた、アトラムいた」
続く




