第21話 劣悪労働!! 犠牲になった幸せ
「っ、ふっふっふ……私はやはり天才か? いや、よく考えなくとも天才ではあると自覚しているが……こんなに上手くいってしまうとは」
部屋の中で独り、完成した装置を天に掲げるザクロ。それは以前、仮面の男から受け取った装置を分解、改造し、再び組み上げたものだ。
一見すると格子状の扉の左右にフレームが付き、下部からフラグメント・Vが突き出た奇怪な形状をしている。ザクロはそれを、作業机に設置されたテスト用の接続装置へ装填。
「ん、装填後の挙動も問題無し。あとは現地で実験する必要があるが……んっふふ、被検体が丁度良く顔を出したじゃないかぁ」
「誰が被験体だ」
部屋に入ってきたユナカに対し、ザクロはほくそ笑む。しかしその後ろから入ろうとする翡翠に対しては、
「お邪魔しまっぷぁ!?」
掃除用モップを顔へ押し付け、部屋の外へ追い出した。
「誰が入っていいなんて言った風の錬生術師! 出て行きたまえ!」
「何だよー!! ユナカ先輩だけオッケーとかズルじゃん! 共同戦線の話は嘘かー!?」
「工房は錬生術師の中でも最大の秘匿情報だ! 入りたければそれ相応の交換対象を持ってくるんだね!」
「もぁぁぁくっさこのモップ!! ヴォェッ!!」
粘っていた翡翠だったが、強烈なモップを前にあえなく退散。部屋はユナカとザクロの2人きりとなる。
「さて、邪魔者が消えたところで本題だ。ユナカ、これを次の戦いで使いたまえ」
ユナカへと差し出される装置。しかしユナカは受け取ろうとしない。
「つい少し前にフラグメント・Vを貰ったが?」
「……ユナカ、まさか疑ってるのかい?」
「被験体なんて聞いたら普通疑うだろ……っていうのは、今更か。理由はまた別にある」
こくりと首を傾げるザクロへ、ユナカはあるものを見せた。それは店のドアノブに装飾されているカラスの置物、否、それに似せたアトラム探知用レーダー。
「これをもう一個欲しい。それも録画録音機能をつけたものを」
「おいおい、盗撮とは品位が地に落ちたなユナカ。土の錬生術師に通報案件だ」
「期待させて悪いがそんな用途じゃない。……嫌な予感を解消したいんだ」
「ほーん? まぁ良いだろう。けど今更また作るのは面倒だ。それを改造しよう」
ユナカからカラスを受け取ると、代わりと言わんばかりにザクロは装置を手渡した。
「どう使うかはこの場で改造しながら説明しよう。まぁ10分もあればいけるか」
「そんな短い時間でいけるものなのか?」
「当然だろう、私は天才だからな」
訝しむユナカへザクロはウィンクで返す。が、ユナカは更に訝しむ表情を深めた。
オフィス内に響く、キーボードを叩く音。皆が虚な表情で画面を睨む中、突如怒声が静寂を破った。
「何寝てんだよおいっ!!」
「うわぁっ!?」
続いて椅子が蹴り上げられ、床に投げ出される音。皆が一斉にその方向を見ると、倒れた社員を怒鳴りつける男の姿があった。
「寝てる暇があったら早く記事を書け!」
「す、すみません……でも、少しだけ、休憩を……」
「俺が今言ったこと聞いてなかったのかよ!!」
男は社員の腹を蹴り付けた。だが度を越した行為に対し、誰も助けに入ることが出来ない。
何故ならこの男は、会社の社長の息子。少し前に前社長と入れ替わりで就任した社長となってから、この会社の体制は大きく変わってしまった。
社員は家に帰る事すら許されず、劣悪な環境で記事を書かされていた。
「おら、もう1発行くか!?」
再び蹴ろうとした時だった。割って入った人影が男の肩を掴み、それを止めた。
「やめろ月永!」
「水春……お前、誰に口聞いてんだ」
男 ── 月永を止めたのは水春だった。語気こそ強かったが、水春の目元にも濃い隈が刻まれ、その息は荒い。
「こんな無茶な締切で仕事が回せるわけがないだろ! 皆を休ませろ!」
「うるせぇ奴だなぁ……自分の仕事も終わってねぇのに偉そうによ!!」
水春と月永は、大学時代に知り合った仲だった。その時はこんな関係ではなく、共にブログを設立する程に良かった。
だが、この会社に入社した日から、全てが狂い出した。
「締切破ったらどうなるか……分かってんだろ、水春」
「……俺が引き受ける。だから皆を休ませてくれ」
「休ませて、くれ?」
「……休ませて、下さい」
月永はニヤリと笑い、水春の肩を叩いた。
「聞いたかぁ? 優しい優しい水春くんが、皆の分の仕事やってくれるってさぁ! かっこいいねぇ、はっはっはっ!」
水春は知っている。月永がこんな無茶なローテーションで仕事を回している理由を。
「……こんな悪質な捏造だらけの記事、何の価値があるんだ」
嘘か本当か分からないサブカルチャーは好きだ。だが今自分達が書かされているのは、著名人や政治家、果ては一般の人間まで巻き込んだ捏造記事。不安を煽るようなスキャンダルや、根も葉もない噂をでっち上げた、文字の暴力。
そして月永は、それらを利用して水春に過酷な労働を強いる事で苦しめている。心底下らないが、それが目的であるのは水春も既に気づいていた。
皆が何も言わずに帰り始める中、水春はデスクに座り記事を打つ。しかし内容は全て社長や月永が提示したものに則したものでなければならない。
「……琉華ちゃん、寂しいだろうな」
まともに家にも帰らない夫に愛想を尽かしていないか心配になる。スマートフォンを見ると、メッセージが一件入っていた。
《無理だけはしないでね》
「あっはは、まだ大丈夫みたい」
僅かに光を貰い、水春は小さく笑った。
「いいご身分だなぁ水春ぅ、仕事中にスマホ弄るなんてぇ」
直後、黒い液体が水春の頭にかけられる。火傷しそうなほどに熱せられたコーヒーだった。
本来なら熱さに転げ回りそうなほどだったが、不思議と身体は動かない。
「はっ、そいつ琉華か。相変わらず顔だけはいいな」
「……」
「嫁の顔見たくて仕事が手につかないなら」
その時、月永は水春のスマートフォンを取り上げた。
「集中できるようにしてやるかぁ」
「おい、やめろ月永!!」
立ち上がり、取り返そうとする水春を払いのけ、月永はスマートフォンのデータを全て削除してしまった。
あの中には大学時代に築いた沢山の友人、そして琉華との思い出が納められていた。何年分もの思い出を、一瞬の内に消されてしまった。
俯いたまま震える水春の足元にスマートフォンを落とした月永は、わざとそれを踏みつけながら顔を近づける。
「ほんとダメな奴だなお前。大学の時とはお、お、ち、が、い。いや、大学の頃からこんなんだったか? お勉強だけは」
「月永……」
「何だその顔、おもしれぇ顔してる暇あんなら早く働け」
限界だった。
「ふざけるのもいい加減にしろよ……この屑野郎!!」
「うごっ!?」
水春は月永の首を掴み、机に押し付けた。もう善悪の判断もつかない程に彼の心は蝕まれていた。
「お前なんかと関わった所為で……!!」
「はな、せよ! てめぇ、警察呼ぶぞ!!」
「お前なんかと、関わらなければ、うぁぁぁ!!?」
その時、水春の心に巣食った種が芽吹き始める。今までの苦痛と奪われた怒り。全てを肥料として。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!?」
首輪が生成、その鎖の先につながる水春の心臓から、巨大な影が姿を現した。
「はぁ……? 何が起きて……ひぃっ!?」
「っあぁぁぁ、休暇は終わりかぁ」
水春の中から現れた怪物の姿は異形だった。頭は常に回転を続ける石臼のようであり、両肩は唸りを上げ続けるエンジン、胴体は自販機の様であるが、内部は大量のエナジードリンクの缶が押し込まれている。腰には鉄球がぶら下がった腰蓑を巻き、両腕からはミミズの様な太い鞭が垂れ下がっている。
「んんん? おいおい、奴隷どもがいねぇじゃねぇか。ご主人様に断りなく勝手に帰るたぁ良い度胸してんな」
「ば、ば、化け物……!!」
「お、一匹残ってたか。おいお前」
怪物 ── 《エンプロイヤーアトラム》は、腰を抜かした月永を指差した。
「今すぐ帰った奴隷どもを連れ戻せ。今日から俺がここの社長だ」
「な、何言ってんだこの化け物……」
「ご主人様の命令にはぁ、《はい》か《YES》しか許されねえんだよ!!」
「うひゃっ!?」
《エンプロイヤーアトラム》は腕の鞭を振るう。空を裂く破裂音を前に月永は再び腰を抜かす。
「す、す、すぐに連れ戻します!!」
「それでいい」
電話をかける月永を見ると、《エンプロイヤーアトラム》はうずくまる水春へ腰掛ける。
「ぅっ……!」
「さーて、俺は職場改革の準備でも……」
「何の騒ぎだ、静かに……のわぁぁぁっ!!?」
と、この異様な空間に足を踏み入れた者がもう一人。それは月永の父親であり、現在の社長だった。
怪物がいることなど想像もつかなかったのだろう。息子と同様に腰を抜かして後退る。そんな彼を見た《エンプロイヤーアトラム》は何かを思いついた様に指を鳴らした。
「おっと忘れてた。社長が2人いちゃ変だよな。ってわけで」
胸のボタンを押すと、1本の缶が転がり出る。そしてそれを社長へ向けた瞬間、
「ひぃ、お、ぉ、おぇぇぇぁぁぁぁぁぁ……!!」
身体から滲み出た霧が缶へ吸い込まれていく。やがて霧を吸い尽くされると、社長は白目を剥いて倒れ伏した。
「いいから戻れって……うわぁぁぁ、パパァァァ!!」
「お前は自分の仕事しろ!!」
泣き叫ぶ月永の尻を蹴り飛ばし、《エンプロイヤーアトラム》は缶の中身を呑み干す。すると、胸の自動販売機内部の缶にも緑色の液体が満ちた。
「一仕事、やろうぜぇ」
続く




