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第16話 怨恨侵食! 新たな侵略の始まり

 

『ノリが悪いな、炎の錬生術師』


 奇妙な静寂を破ったのは風の錬生術師だった。不可思議な共鳴によりその声が男性のものか女性のものか判別が付かない。

『話に聞いた通りだ。顔はそこそこ良いけど表情に乏しい、戦いの腕前は錬生術師の中でも随一だがいまいち感覚がズレている。まぁパン作りの腕は戦い以上と噂に聞いているけど』

「急によく喋るようになったな。そのまま話してくれ、急に襲ってきた理由を」

『顔見せと腕試し、それと……』


 次の瞬間、風の錬生術師は《リーパー》へ急接近。顔面へヴィトロガンを突きつける。

 反射的に《リーパー》はハイキックを繰り出した。だがそれが風の錬生術師の狙いだったのだ。

 蹴り抜いた風の錬生術師の顔は雲のように霧散。目の前にいたのは囮だった。


『ちょっとばかし小遣いを、ね』

 いつの間にか背後にいた風の錬生術師の手には、リーパーの腰のホルダーにセットされていた《クローラリー・バジリスク》のフラグメント・Vがあった。あの一瞬で《リーパー》から盗み出したのである。

『どうせこのフラグメントは君と相性が良くない、ならこっちが持っていた方が為になる』

「そうか。だが返して貰う。それを失くすとうるさい奴がいるからな」

 今度は《リーパー》が風の錬生術師へ接近。身を低くした状態の風の錬生術師へ炎を纏った踵落としを見舞おうとする。

 だが風の錬生術師の反応は早かった。不安定な姿勢からヴィトロガンを発射し、踵落としを迎撃。《リーパー》が弾かれて崩れた体勢をバク転で立て直した瞬間を見計らい、地面へ弾丸を乱射。土煙を巻き上げた。

 《リーパー》が蹴りで土煙を払った時には既に風の錬生術師の姿は無かった。

 残された吹き荒ぶ風に乗ってきた紙を掴む。記されていた文字は。


《また会おう、さらばー》



「…ふぉ、ひぅわへへす(と、言うわけです)」

 ユナカの声が間抜けな響きになっているのは、横からザクロが鬼の様な形相で指差し棒を彼の頬へグリグリと押し付けている為だ。

「馬鹿か、君は馬鹿か、そして君は馬鹿か? フラグメント・Vをスられる錬生術師なんて歴代で君しかいないが? 恥ずかしくないのか?」

「ふぁふぇほふぇんせいふゅふゅひのほふてきふぁふぁふぁひふぁへんが、ひひほうほうほくふぉ(風の錬生術師の目的は分かりませんが、一応報告を)」

「そ、そう。ありがとうユナカくん」

 穴が空くのではないかという勢いでグリグリされているが、一切取り合わないユナカに灰簾は困惑しながら礼を言った。

「でもその様子だと風の錬生術師は闇サイトの件とは関係なさそう。というより、何を考えているか分からないから関係付けられないって感じかな……」

「ただどうしてこのタイミングで風の錬生術師が姿を現したのか。それと関係している可能性は十分に……」


 その時、琥珀のスマートフォンが鳴る。


「はい黄山です。はい……っ、分かりました、すぐ現場に向かいます!」

 琥珀の声色に、ユナカと灰簾に緊張が走る。噂をすれば影、というものか。

「闇サイトの一件と関係する通報があったみたいです。現場に向かいます!」

 琥珀はすぐに店を飛び出す。そしてそれを追う様にユナカも店を出た。

「私も行かないと!」

「あぁ待ってくださいよ灰簾さん!」


「待った、君らは待機だ」


 出て行こうとした灰簾と晶をザクロは制止する。

「あの2人が行けば十分さ」

「どういうこと?」

「分からないかね? このタイミングで人目に触れる様な騒ぎを起こす理由が」

「私達、というより、晶くんを誘い出すこと」

「正解だ。あの2人なら上手くアンフィスを撒けるだろう。そして万が一の時の事を考えて、君にはここにいて貰わないと困る」

「……その通りね」

 灰簾の言葉を聞いた晶は感謝の気持ちと、申し訳ない気持ちが入り混じる。自分ではアンフィスを倒すどころか、アトラムから自分の身を守る事すら満足に出来ない。その所為で貴重な戦力を割いているのだから。


「僕も、ユナカさん達みたいに戦えたら良かったのに……」




 駆けつけた場所には既に大量の野次馬が押し寄せていた。駅のホームということもあり、駅員や警官が必死に散らせようとするものの、人の波は止めどなく押し寄せてくる。

 次々と掲げられるスマートフォンにユナカが渋い表情を浮かべていると、前を行く琥珀の声がホームを貫く。

「警察や駅を利用する人の邪魔です! 速やかに退きなさい!!」

 彼の一喝で野次馬の波が引き、道が出来ていく。その先にあった光景に、ユナカと琥珀は思わず息を呑む。


「ァァァァァァァァィィィ!!?」

「ッ、ッ、ッ、ッ!!」

「ぉ、ぉ、ぉぉ、ぉぉ、ぉ、ぉ!!!」


 固い駅の床を転げ回り、奇声を上げながら痙攣する学生達だった。駅員や救命隊が泡を吹く彼等を必死に手当しているが、それが無意味な事だと2人は理解していた。

 学生達から滲み出ている灰色の霧はユナカと琥珀にしか見えていない。あれは人間の魂に傷が入り、そこから溢れ出したもの。所謂、魂の血液だ。

「ユナカさん、あれを治す事は……」

「ザクロが言っていた。俺達がフラグメントとして回収している心の傷は魂に根付いたもの。直接魂が傷ついてしまったら、後は本人の精神力に託すしかない。下手に他人が手を出せば傷は深くなる」

「僕が先代に聞いた時と同じ答え……フラグメントを無理矢理引き抜かれると、根付いた傷から魂に直接亀裂が走る。だから本人の魂と心の傷の結び付きを弱めなければならない」


「警部! 捜査のご協力を……」


 駆けつけた刑事の言葉に頷くと、琥珀は目撃者達へ話を聞きに行った。

 その時だった。野次馬の中に、ユナカは不穏な影を見つける。彼等と同じ学生服を着た少女だ。

「……ざまぁみろ」

 野次馬の喧騒の中でも、彼女の声だけはユナカの耳に飛び込んで来た。ホームを去ろうとする彼女を急いで追いかける。

「この、人混みじゃ!」

 人の海を掻き分け、階段を飛び降り、ユナカは少女を追う。しかしホームを出た所で、完全に見失ってしまった。

「きっとあの子が……っ!」


 ユナカは気づいてしまった。


 道路を渡った先にある広場の方角。そこからあの学生達と同じ、灰色の霧が見えたのだ。


 ユナカの記憶にある灰色の霧と重なる。あの日見た霧と炎。惨劇がフラッシュバックする。


 赤信号も、迫る車も構わず、ユナカは駆け出す。花壇を飛び越え、広場の外れに位置する林へ入った。

 そこで蹲る人影が目に入る。あの少女だ。そして最悪な事に、灰色の霧は彼女から滲み出ていた。

「君、しっかりしろ!」

「……」

 しかし少女は何も答えない。灰色に濁った瞳と小さく開いた口。まるで生気を感じられない、人形の様になっていた。いくら肩を叩いても反応しない。

「これは……!?」


「おや、やっぱり来たね」

 声がする方向へ目をやる。そこには黒いスーツを着た長髪の男が立っていた。

 ユナカは男の素性を問う言葉を吐かない。僅かに開いた瞼から覗く濁った瞳と、手にした奇妙な銃を見れば分かる為だ。

「ダルストンズ、彼女に何をした?」

「報復の対価を頂いただけだよ。駅の学生達は見たかな? 予想は付くだろうが、あれはそこの少女が僕に依頼したんだ」

「闇サイトはやっぱりお前達が作ったものか」

「いつの時代も、人間の恨みつらみから出来る心の傷は絶えない。最初はアトラムの苗床を探す為に始めたんだけど」

 男 ── モルオンは銃を改める様に見つめる。よく見ればそれはヴィトロガンに酷似していた。銃口を掴む様に取り付けられた鉤爪状のパーツと、燻んだ灰色をしている点以外。

「これのおかげで違う利用方法も見つかった。闇サイトは近いうちに警察が嗅ぎつけるかもしれないけど、その時はまた方法を変えればいい」

「違う利用方法だと?」

「これからは同時並行でアトラムを増やしていく。そうすれば君達の対処もいつか追いつかなくなるからね」

 モルオンは笑うと、奇妙なヴィトロガンを懐へしまう。そして代わりに、その腕からフラグメントゲートに似たあの装置を生成した。

「顔合わせだけじゃもったいない。腕試しをしてみないかい?」

「……腕試しで、終わればいいな」

 ユナカもフラグメントゲートを出現させる。いつもとは違い、握り締めた《イグニス・サラマンダー》のフラグメント・Vからは煌々とした炎が漏れていた。

「随分好戦的じゃないか。嬉しいな」

 モルオンは再び穏やかな笑みを浮かべたかと思うと、握り締めたフラグメント、サソリの尾を纏う獅子の頭を象ったものを装置へ装填。


《マンティコア・フラグメント!!》


《Mixing!》


 直後モルオンは目を見開き、穏やかな笑みが一気に凶暴さを帯びる。


「錬身!!」


《Impurities Mix Mix Mix!! モリオン・マンティコア!!》


 後頭部、首から肩、上半身を覆う黒い立髪。鋭い爪を携えた両腕、腰から這い出た2本のサソリの尾をまるでベルトの様に巻き、腹部と脚の筋肉を甲殻のような鎧を纏う。牙を剥いた獅子の口から、黒い水晶に似た単眼が覗いていた。


「来い、炎の錬生術師。この姿でやるのは久々だ。オレを満足させてみろ!」

「……変身」


《イグニス・リーパー!!》


 ユナカも《リーパー》へと変身。《モルオン》と相対する死神の炎は、いつもより少しだけ勢いよく燃え盛っていた。



続く

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