第13話 光竜襲撃!! 古の錬生術師
暗い空間の中で響き続ける呻き声。中心で蹲る自分。
一狼はすぐに理解した。最近いつも見る夢だと。だが夢だと分かっているにも関わらず、どんなに念じても醒める事が出来ない。
『デテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケ』
一狼を睨む、目を向いた日本人形。きっと目を醒ませば忘れてしまうだろう。この日本人形は、自分がずっと大事にしてきたものだ。何故こんな事をするのか、どうして出て行けというのか、何も理由は分からない。
「どうしてだよぉ……俺、お前をちゃんと大切に……」
『デテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケ』
「うぁぁぁ……!」
普段ならいつの間にかこの夢から醒める。だが何故だろう、今日に限ってはこのまま目覚めない気がしてならない。ずっと、ずっと、ずっと、この悪夢が続く気がしてならない。
「誰か、助けてくれ……」
『イチロー』
その時だ。悍ましい声を掻き分け、一狼の耳に届いた透き通る声。見上げた先にいたのは、見慣れた美しい着物。短く切り揃えられた、黒い髪。
『大丈夫。イチローが私を大切にしてくれるの、知ってるから』
「……もしかして、お前が」
少しだけ振り向いた白い肌の顔。目元は前髪に隠れて見えないが、赤い唇は微笑んでいた。
『デテイケデテイケデテイケデテイケ』
『出て行くのは、お前だ!』
『アガ、ガ!?』
少女が手を突き出すと、途端に日本人形の目が不自然な回転をし始める。
『イチローと、イチローのお父さんとお母さんを苦しめる悪霊め! イチローから出て行け!』
『アガガ、ヤダ、ヤ、ダ、ギャアアアアアア!!!?』
凄まじい絶叫と共に日本人形は破裂。異様な光景に圧倒されていた一狼だったが、今度は襲い来る眠気に視界が揺らぐ。
「な、なぁんで、夢なのに、眠く……?」
『目が醒めちゃうからだよ。少ししか話せなかったけど、会えて良かった』
少女の声も遠ざかっていく。
『イチロー、これから大人になったら、きっといつまでも一緒にはいられなくなるかもしれない。でも、たまには思い出してね』
「っ、はっ!」
一狼は答えるより早く、毛布を蹴り上げる自分の動きで目が醒めた。まだ外は暗いが、身体は軽い。
傍で自身を見守るように立っている日本人形。夢の内容は全く覚えていないが、日本人形を手に取ると、何故か温かい気持ちになっていく。
「……ありがとうな。……ん? 何がありがとうなんだ? ま、いいか!」
一狼は外の喧騒など気にせず、日本人形と共に眠りについた。無表情だった人形に浮かんだ、小さな笑みにも気づかないまま。
「んふんふんふ、ふぅん!?」
「んふんふんふ、んぅふ!?」
突如、アトラムに走る大量の火花。同時に2体と一狼を繋いでいた鎖が弾け飛んだ。
「は、えぇ!? 何が起きたの!?」
「心の傷を取り除かれたのか? 一体誰が……」
「いやぁ、全て私の予想通り事が運び過ぎて恐ろしいよ!」
《リーパー》と《レイス》が唖然とする中、玄関の扉にもたれ掛かるザクロが高らかに笑っていた。隣では2人と同じ様に状況が飲み込めていない晶が立っている。
「そっちで何があったの、炎の錬生術師!?」
「まぁ、あれだよ。世の中、科学じゃ証明できない事象も多々あるという事だ」
摘出したフラグメント・Vを見せつける様に振るザクロを見て、2人の予想は確信へと変わる。
「と、とにかくもう奴等は撃破出来る! 灰簾さん!」
「えぁ!? わ、分かった!」
《リーパー》は悶える片割れへハイキックを、《レイス》はもう片方へ水銀の鞭を打ちつける。
「んふぁ!?」
「んっふ、んっふ!」
遂に分離していた2体が再び融合。中心から現れた女の顔は怒りと苦しみで歪んでいる。
「んぁぁぁぁ!!」
「あぁ、ユナカ。そのアトラムは一狼くんの悪夢から来る傷を養分に育った個体だ。今は見た目以外に特徴は無いみたいだが」
「悪夢……そうか、ならこいつの名前は《ナイトメアアトラム》か」
「名前なんて正直どうでもいい訳だが」
合点した様に頷いた《リーパー》目掛け、《ナイトメアアトラム》が突進。ボロボロの歯を剥き出して噛みつこうとするが、ヴィトロサイズの刃で受け止められる。
「んぐんぐんぐ」
「はっ!」
「んげぐっ!?」
その状態で振り抜かれてしまえば、当然残った歯は全て持って行かれてしまう。残酷な抜歯の後に待ち受けていた《リーパー》の顔面蹴りで転げ回る。
「んばんば……ばっ!」
相手が悪いと判断したのか、今度は《レイス》へと突進。しかし、
「ちょっ、来ないで!」
「んびっ!?」
《ヒュドラギュルム・スライム》の鞭は《ナイトメアアトラム》を滅多打ちにし、近づく事すら叶わない。更には、
「んげ、げん、ば、ば……!?」
《ナイトメアアトラム》が打たれた箇所に小さなスライムが纏わりついたかと思えば、自由に動けなくなっていく。
「水銀は猛毒だからねぇ、考え無しに喰らい続ければそうもなるさ」
「それ私は大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃなかったら使わせる訳ないだろう」
ザクロが《レイス》の不安を一蹴した事を合図に、《リーパー》はヴィトロサイズを新たな姿へ変形させる。
《ハーフ サイズ!!》
柄の半ばが折れると、切断面から2つを繋ぐ炎の鎖が出現。数回転振り回し、《ナイトメアアトラム》へ投擲する。
「んぁぁぁっぐ!?」
炎の鎖が四肢を拘束し、刃が口へ喰い込んで封殺。完全に捕らえた。
「灰簾さん!」
「うん!」
《クリティカル リアクション!!》
フラグメントゲートの開閉と同時に、ヴィトロスタッフの先端へ収束していくスライム。その体積は小さく、ビー玉程までに収縮。そしてそれを空へと打ち上げる。
《ウンディーネ・スライム!! アルケミックストライク!!》
瞬間、拡散したスライムが銀色の雨となって飛来。《ナイトメアアトラム》のみを正確に射抜いてみせた。
「ん、んふ…………グヤジイ」
《ナイトメアアトラム》は穴だらけになったまま爆散。かくして幽霊騒動は終焉するのだった。
「無事終わったか。晶くんは、大丈夫?」
「は、はい。なんか、その、よく分からないものは見ちゃいましたけど」
「っ? まぁ無事なら良かった」
「おーい、私の心配はしないのかー?」
「何を心配しろと」
不満げなザクロの言葉は流し、《リーパー》は変身を解除しようとする。それを見た《レイス》も同様に変身を解こうとした時だった。
「ん、ん? なんか、右眼が……痒い」
「痒い? 擦ったらダメだよ晶くん」
「あ、はい、分かってま……うっ!?」
《レイス》が晶の目を確認しようとした瞬間、晶の右眼が異様な光を放った。見れば紋章が、いつもよりも克明に浮かび上がっている。
「あ、晶くん!? どうしたの!?」
「わ、分から、な、ぃ!?」
「ザクロ、これは……!?」
「……こっちの方は、予想通り行って欲しくなかったが」
ザクロの様子もいつもとは違う。額に浮かんだ汗、固く結ばれた唇、細められた瞼。慌てた様子で懐からヴィトロガンを取り出す手も僅かに震えている。
その時、《リーパー》達の背後を眩い光が包んだ。まだ夜更けには早い時間。太陽ではない。
そして《リーパー》と《レイス》も気づく。自身に刻まれた紋章が、心臓の様に脈打つ感覚に。
「ようやく見つけた」
振り返った先に立っていたのは、1人の少女。金と銀が入り混じった長髪に、背丈は小柄なザクロと同じくらい。白いワイシャツと紺色のスカートに、《リーパー》は見覚えがあった。
「金識女子中学の、制服……」
「私の右眼を返して貰う」
「右眼、だと!?」
見れば少女の左眼は、晶と同じ様に輝いていた。そして浮かんでいる紋章も同じ。これを見た《リーパー》と《レイス》はすぐに理解した。
「「光の、錬生術師……!?」」
「ひ、光……?」
《ミッシングゲート》
少女は左手首に、フラグメントゲートに似た装置を出現させる。異なるのは右側の扉が欠け、代わりにホルダーのようなものが取り付けられている。
そしてベルトからフラグメント・Vを取り出した。握り締めた少女の手の中で、半身の竜が甲高く吼える。
《ルクスドラゴン・レフト》
右のホルダー部を開き、そこへフラグメント・Vをセット。再びホルダーを閉めた。
《アナライズ》
左手を突き出し、左側の扉のロックを外した時。光が迸る中、少女の瞳が一層強く輝いた。
「変身」
開いた扉に描かれた模様とフラグメント・Vのキャップが連なり、1匹のドラゴンを象った。
《ゲート・カイホウ》
《Open the Gate!! Glorious the Legacy!! Half Awakening Lux Dragon!!》
少女は姿を変える。煌々と輝く黄金の装甲を身につけた右上半身と左下半身、対照的に全ての光を呑み込む様な漆黒の左上半身と右下半身。黄金の装甲に備わった竜の爪、漆黒の装甲に備わった竜の甲殻。
竜の頭を象った左の複眼だけが、輝く。
《Open the Left Eye》
「晶くんの右目の件から嫌な予感はしていたけど……まさか封印が解かれていたとはねぇ、《アンフィス》」
「炎の錬生術師の弟子……大人しく私の右眼を返して貰おうか」
その声は少女のものではなく、壮年の男のものだった。
「晶くんには手を出させない!」
飛び出した《リーパー》が《アンフィス》へ蹴りかかる。しかしそれは、一切の予備動作もなく受け止められてしまった。
「っ!?」
「良い機会だ。この場で炎と水の紋章も頂く事にしよう」
《リーパー》の足が払われると、《アンフィス》の拳が瞬時に腹へ叩き込まれる。仰け反った一瞬の隙に、更に重い連撃を打ち込まれた。
「ぅ、ぐっ、ぁ!!」
連打の刹那の隙間を狙って回し蹴りを放つが、またしても掴まれる。だが次は同じ様にはいかない。
側面から連なって飛来した水弾。《アンフィス》は《リーパー》を払い退けると蹴りでそれらを撃墜、次いで放たれるレーザーを半身で回避した。
「光の錬生術師……話は聞いてる。炎の錬生術師とは比べ物にならないほどの禁忌を侵した狂人……!」
「貴様が今の水の錬生術師か。稚拙な……原理主義者の血の末路がこの様だというなら、やはり私の考えこそ正しい」
「訳の分からない事を!!」
《レイス》が放つ水弾を僅かな動きだけで躱し、距離を詰めていく《アンフィス》。そこへ《リーパー》がヴィトロサイズを振りかざして立ち塞がる。
「出来損ない、私の前に立つな。不愉快だ」
「あんたの事はザクロから聞いている。晶くんに近づくな」
「ザクロ? ……あぁ。ならば分かる筈だ。貴様達が私に敵う筈がないと」
「だとしても、だ。錬生術師の都合で晶くんを巻き込むわけにはいかない。あんたに退く意思がないなら俺は戦う」
「あぁ……顔や声はおろか、態度まで奴に似ているとは」
《アンフィス》が一歩踏み出した刹那、《リーパー》はヴィトロサイズを振り抜いた。
《リアナライズ》
「はぁっ!」
「その上でこの実力、反吐が出る」
「いない……!?」
背後から聞こえる《アンフィス》の声。いつの間に回避されたのか頭では追いつかなかったが、《リーパー》は咄嗟にヴィトロサイズを投げ捨ててフラグメントゲートを開閉する。
《サラマンダー!! アルケミックブレイク!!》
《ルクスドラゴン ルミナスクラッシュ》
《リーパー》の炎を纏った背面蹴りと、《アンフィス》の白光を纏った左拳が衝突。
しかし拮抗する間もなく《リーパー》の足は押し返され、胸部中心へ鋭い光の一撃が突き刺さった。
「ぐっ……!!」
その場に崩れ落ちると同時に変身が解除。追い討ちの様に《アンフィス》の蹴りを喰らい、晶達の元へ吹き飛ばされる。
「ユナカさん、ぅぅっ!?」
《アンフィス》が近づくにつれ、晶の右眼の光が強くなっていく。同時に拍動ははっきりとした激痛へと変わる。
《クリティカル リアクション!!》
そこへ、《アンフィス》の行手を阻む無数の水球が現れる。
「私も、ユナカくんと同意見。貴方はここで倒す!」
《ウンディーネ!! アルケミックブレイク!!》
水球から一斉に発射された水流が、《アンフィス》の元で集結。瀑布の様な轟音と共に弾け飛ぶ水滴。
「水の錬生術師、貴様の紋章も貰う」
「っ……!?」
しかし水流に飲まれた筈の《アンフィス》は、《レイス》の目の前に立っていた。フラグメント・Vの能力を使う様な仕草は無かった。それどころか水流を受ける寸前まで身動き一つしていなかった。
《ルクスドラゴン シャドウヴァティング》
理解が追いつかない中、目の前に迫る黒い竜の顎門に気づく《レイス》。咄嗟にヴィトロスタッフを構えて防ごうとしたが、
「あっ、が!?」
ヴィトロスタッフ諸共、顎門に並んだ牙を突き立てられた。数歩よろめいた後、《レイス》の変身が解除。
「灰簾、さん……!!」
目の前に倒れる灰簾の姿を晶は直視出来ない。見知った人物達が傷つく様を見る事が出来ない。
ユナカは立ち上がろうとするも血を吐き、灰簾はぐったりとしたまま動く気配が無い。
頼れるのはもうザクロしかいない。《リーパー》の技も、《レイス》の技も通じない相手へ、ヴィトロガンを向けるザクロしか。
「参考までに聞きたいんだがね、一体どうやって紋章を手に入れるつもりなんだい?」
「話すものか。だが抜き取られた者の末路は知っているだろう」
「正当な継承手段を踏まずに紋章を引き抜く事は、その人間の心を丸ごと引き抜く事と同義だ。そんな事をすれば、残るのは抜け殻だけ。その抜け殻もいずれは腐り果てる事になる」
「それを防ぐには、ヴィトロガン一つでこの状況を打開しなければならない訳だが」
「あっははは、まぁ、お手上げだね、正直」
晶は震え、ザクロの服の裾を無意識に握り締める。つまりこのままでは全滅する。難しい言葉は理解出来ずとも、それだけは理解出来た。
「封印からどうやって抜け出したのか、なんて、話す訳がないか」
「話は終わりだ。こんなくだらない事に時間をかけるほど暇ではない」
「2500年もかけて蘇った訳だしねぇ。それだけご執心なのもよく理解した。しかし残念だが、こっちも時間みたいだ」
「訳の分からない事を、っ!?」
その時、ザクロ達と《アンフィス》の境界へ撃ち込まれる大量のエネルギー弾。思わず《アンフィス》が一瞬視界をザクロ達から外す。たった1秒にも満たないその時に、ザクロはヴィトロガンの引き金を引いた。
《ゲート カイホウ!!》
《走れ! 走れ!! スピネルユニコーン!!》
銃口から走ったのは弾丸ではなく、炎の馬。一瞬の内に4人を回収したスピネルユニコーンは夜空へ駆け上がり、彼方へと消えて行った。
しかし《アンフィス》にとって晶の右眼はその程度で諦めるような代物ではない。すぐに後を追おうとする。
「っ、ふ。全く、これが精々か」
だが途中で変身が解除されてしまった。アンフィスの力は未だ不完全である。全盛期の半分以下の力といえど、数分の行使がやっとなのだ。
アンフィスはしゃがみ込み、先程のエネルギー弾の着弾跡を調べる。
コンクリートの破片に混じった小さな結晶を摘み上げる。ヴィトロガンが放つ弾丸と似たものだが、更に密度が高い。強力な出力でフラグメントのエネルギーを凝縮した証だ。
「ヴィトロガンとは違う、兵器……」
実を言えば、アンフィスは《リーパー》や《レイス》の武器に見覚えがなかった。ザクロが作った可能性も無いわけではないが、だとしても《リーパー》のものがやっとだろう。《レイス》の武器は出所が分からない。
「この現代に、そんなものを造る錬生術師がいるのか……」
目的を果たした影は踵を返す。
街灯も消えた金識町の暗闇の中、首に巻かれたマフラーが棚引く。右手のヴィトロガン、そしてもう一つ、左手に持った一回り大きい銃を仕舞い、去って行った。
月明かりで一瞬反射された、若草色の光を僅かに残して。
続く
Next Fragment……
《クローラリー・バジリスク!!》
《ヴェントス・シルフィーネ》




