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第11話 奇々怪々? 忍び寄る不穏な影 後編

 

 店じまいをしたユナカ達は、一狼達の家を訪ねた。晶が途中で両親へ一狼の家に泊まりに行く事を伝えると、迷惑をかけないように告げた後に了承してくれた。隣で事情を説明し、誠実な対応をした灰簾のおかげでもあるかもしれない。

 そして一狼の父親はというと、最初こそ驚いた様な反応をしていたが、一狼の母親の説明を聞くとこれを了承した。

「私達は不審者の線を考えて、家の周りを見張ります。ご両親は晶くん達と一緒に、中でいつも通り過ごして頂ければ」

「はい……申し訳ございません、他人である私達にここまで」

 一狼の両親達と話す灰簾の様子を、ユナカとザクロは見守っていた。同時に、家の中から漂う異様な気配の正体を外観から探る。

「珍しいな。お前の事だからてっきり自分も中に入るなんて言うと思っていたが」

「別に許可なんて取らずとも入らせてもらうさ。今はまだその必要がないだけ」

「……一狼君の家から漂ってくる、奇妙な気配は何か分かるか?」

「知らないね。少なくともアトラムじゃないよ。けど私達錬生術師の感覚に引っかかるというのは奇妙だ」

 ふと、ユナカは灰簾を見る。彼女も何かを感じているのだろう。僅かに足元が震えている。晶も何処か落ち着かない様子だ。

 錬生術師の感覚に引っかかる存在が、果たしてアトラム以外にも存在するのか。

「こればかりは、深夜になるのを待つしかないねぇ」



 時が過ぎるのはあっという間だった。晶と一狼は共に宿題を済ませた後、テレビゲームに興じていた為だ。友達同士の時間は怪奇現象の事など忘れさせてしまう。

 やがて就寝する時間となった時、晶は一狼があるものを持っている事に気がついた。

「それ、人形、かな?」

「うん。ちょっと怖いけど、子供の時からずっと一緒だからつい持って寝ちまうんだ!」

「そ、そう、なんだ……」

 動物のぬいぐるみや、西洋の可愛らしい人形という訳ではない。長い黒髪を垂らし、着物を身につけた日本人形である。陶器の白く、真っ黒な小さい目と微笑みの所為で、奇妙な雰囲気を与える。

 何より、人形を見ていると右眼に違和感が残る。それがどうしても気になるのだ。

(も、もしかしてそれが原因……)

「でもまさからコイツが原因な訳ないよなー! ずっと一緒だったのに今更意地悪なんてしないよな、な?」

「あぇ、あ、そ、そうだね!」

 などと気に入った様子の本人へ言える筈もなく、電灯は消えてしまったのだった。


 部屋の最後の灯りが消えた事を確認したユナカは、一層集中力を高めて辺りを警戒する。船を漕ぎ始めているザクロは放って置き、灰簾と共にまずは家の周囲を見て回る。

 時間は深夜1時55分。死者の時間とされる丑三つ時を目前に、付近を通る人影など一つも無い。

「……そんな不審者がいたら、とっくに通報されてもおかしくないか」

 ユナカは家の周りを一周すると、家の方を見つめている灰簾の肩を軽く叩いた。

「灰簾さん、何か……」

「んぎゃっ、んっ、んん!」

 叫びそうになった口を自ら無理矢理塞ぐと、灰簾は少し苛立った様子でユナカを睨んだ。

「あ、の、さ! 急に声かけたり、肩叩いたりするの禁止!」

「すみません。灰簾さんの方には異常ありませんでしたか?」

「周りには何もない。それより、ここに来てずっと気になってるのは……」

「やっぱり、家の中ですか」

「うん。それに変な事があって、この時間になって変な気配が増えたの。しかもそれは、ちょっとアトラムに似ている気配」

「……確かに、集中すると感じますね」

 ただならぬ違和感が肌を刺す。一度ザクロへ問おうとした時だった。

「っ、ザクロ……」

 船を漕いでいた彼女の姿はなく、代わりに家のドアが半開きになっていた。

「まさか中に、ってユナカくん!?」

 迷わず駆け出していったユナカの後を、灰簾は慌てて追いかける。だがドアを開け、家の中に入った時だった。


「……え?」


 そこは、一狼の家のトイレの中だった。明るい内に家の中を見た時、一狼の家のトイレは2階にあった。少なくとも玄関へ繋がる扉を開けて辿り着く筈がない。

 加えて、

「あ、開かない……っ!?」

 中から何度もドアノブを回すが、空回るばかりで開かない。そして今度は、

「んんんんんんんんんぅぅぅぅぅぅむぅぉぉぉ」

 ── ダンダンダンダンダンダンガチャガチャガチャ ──

 絞めあげられる男の様な呻き声、何度も叩かれるドア、何度も回されるドアノブ。

 真の意味で恐怖に取り憑かれると、人間声すら出なくなるらしい。灰簾はドアからなるべく離れると、口元を押さえて恐怖心に耐え忍ぶことしか出来なかった。


「っ、灰簾さん!?」

 先程まであった灰簾の気配が消えた事に気づいたユナカは彼女の名を呼ぶ。だが暗い部屋の中に、声は吸い込まれるだけで返って来ない。

「いない……それに、ここは」

 そしてようやくユナカは気がつく。玄関から入ったというのに、今、自身がリビングに立っている事に。そして、


「ぇぁっはははははははは!!!」

「ぃぃっふふひひひひひひぃぃぃ!!!」


 何も映っていないテレビを見つめながら、狂った様に笑う一狼の両親。目はほとんど白目を剥き、口の端から涎を垂らしている。

「……これは」

 その時、ユナカの背後から白い陶器の様な腕が襲い掛かった。



「ぅ、ぅぅん……?」

 晶は嫌な気配に魘され、目を覚ました。右眼に嫌な感覚が巡る。これは間違いない。

「あ、アトラムが出た!?」

 飛び起きた晶は一狼を揺さぶり、起こそうとした。が、しかし、

「ぅぅ、むにゃ、ひ、ひぃえぇ……」

 彼の首には、アトラムと繋がっている事を示す首輪と鎖が巻き付いていたのだ。しかし一狼は眠ったまま。悪夢に魘されているのか、涎を垂らしながら汗を大量にかき、呻いている。

「ちょっ、何で寝たまま!?」

 起きる様子はない。外にいるユナカ達へ異常事態を知らせようとした時だった。

『ダメ』

「ひっ!?」

 何処からともなく響いた声に、晶は尻餅をつく。主を探して辺りを見渡すが、当然この部屋に晶と一狼以外いる筈がない。


『コッチ、コッチ』

「え……ぃいっ!?」


 ようやく理解した。否、理解してしまった。声の主人を。

 一狼が抱きしめて眠っていた筈の日本人形が、晶の方を向き、扉の側に立っていたのだ。


「や、ややや、やっぱり日本人形が原因で……!」

『オネガイ、イチロウヲ、タスケテ』

 カタカタと震えながら、日本人形は扉の方を向いた。目の前で動かれた所為で晶は危うく失神しかけたが、何とか持ち堪える。

 眼帯を外して日本人形を見ると、奇妙な気配こそ出ているが、嫌な気配とは全く別だ。

「き、君は、なんなのさ」

『イチロウノ、トモダチ。キミモ、デショ』

「一狼くんの、友達……君は一狼くん達を苦しめてるのが何なのか、知ってるの!?」

『シタニ、イル』

 一狼の方を見ると、鎖の色は濃くなっている。あまり時間はない。

「で、でも、僕には何も……」

『オネガイ、オネガイ、イチロウヲ、タスケタイ』

「んぐ……っ、もう! 何にも出来なくても文句言わないでね!」

 部屋を出る扉を開け、震えながら進む日本人形に足並みを揃えて走る。もうこの日本人形を信じて進むしかない。



 順路を進んでいる筈なのに、何度も同じ部屋へと辿り着く。ザクロは立ち止まると、ゆっくり周囲を見渡した。

 今、感じている気配は全く別のものが混ざり合っているものだ。それはこの家の中に入った時から気づいていた。そして先程調べた時に、その気配の正体にそれぞれ予想はついた。

「1つはアトラムのもので間違いない。だがかなり特異な性質だ」

 独り言の様に語り始める。


「一狼くんの傷は、恐らく悪夢。何度も連続して悪夢を見続けた人間は、心へ傷を刻み、やがて侵食されていく。そしてそれから生まれたアトラムは宿主が寝ている間にしか現れない。当然だ、悪夢で生じる傷で育つのだからねぇ。既に発現していた事に私達が気づかなかったのはそれが原因だ」


 そして、ザクロはある一点を指差す。

「問題はもう一つ。一狼くんを悪夢を見るまで、そして両親までも追い込んだ存在は何か。いやはや、まさか本当にいるだなんて驚きだったよ」

 指差した先にいたのは、長い髪で顔を隠し、ボロボロのコートに身を包んだ女。周囲から赤い霧が立ち込めている。

「お初にお目にかかるよ、幽霊くん。まさか錬生術師が心や魂のエネルギーを扱う力に長けているとはいえ、見えるものだとは初めて知った」

『──』

「んん? 何か言っているのかい? もっと大きな声でだね」


『シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ』


 何を言っているのか理解した瞬間、ザクロは冷めた表情となる。

「同情はしないよ。見るのは初めてだが、関連する書物はある程度読んでいるからね。もしかして君、昔ここに住んでいたんじゃないのかい? で、死んだ後もここに残り続けて、新しい住人を怨んで消そうとしていた、とか」

『……』

 ボソボソ呟いていた幽霊が突然黙り、ザクロへ近づいてくる。

「ん〜、図星とは。いや、中々に理不尽だな。本来ここを退くべきは君の方なんだから」

『……』

「だが、魂だけが残り続ける事例が確認出来て安心したよ。裏を返せば、魂のエネルギーを扱う方法も開拓出来るという可能性が……」

 言うまでもなく、ザクロは気がついている。この幽霊の殺意に。当然である。自分の家に住む親子を呪い殺そうとしていたら、訳の分からない部外者が大勢、好き勝手にしているからだ。そしてそんな思考に行き着く幽霊が、素人の説法で成仏する筈がない事にも。

「はぁ、こんな話を君にしたところで仕方がないか。結論を言わなきゃならないみたいだ」

 ヴィトロガンを取り出し、ザクロは幽霊へ銃口を突きつけた。無論、ヴィトロガンが通用するなどとは考えていない。これは挑発だ。幽霊の意識を自身へ釘付けにする為の行為だ。


「さっさと成仏したまえ」

『ンヌルルルルルォォォォォォボボボボ』


 ザクロの言葉が遂に逆鱗に触れたのだろう。奇声を発しながら髪を振り乱して迫る。

 その時だった。

『コッチ、コッチ』

「待ってよもう、速いって……ざ、ザクロさ、ひぇっ!?」

 日本人形の後に遅れてやってきた晶。ザクロを見た瞬間に浮かべた安堵の表情は、幽霊を見て一気に蒼白となる。

「待っていたよ晶くん。眼帯は……うん、外れているなら、そのまま幽霊を見ていてくれ」

「いやいやそんなの、む、むり……」

 振り向いた幽霊の容姿はとても見ていられるものではなかった。ボサボサの長い髪、血塗れな上に剥き出しの歯茎、剥かれた白眼は赤く濁っている。

『アイツ、イチロウト、イチロウノオトーサン、オカーサンヲイジメタ』

 日本人形の指がカタカタと音を鳴らし、幽霊を指差す。

『ココハモウ、イチロウタチノイエダ!』

『ボボボボボボボボボボ』

 日本人形が発する幼い声に対し、幽霊は悍ましい叫びをあげて威圧する。

「……幽霊は、怖いけど」

 その時、晶の右眼が輝きを放った。


 捉えた幽霊から映像が頭の中に流れ込む。自らの欲のままに生き、その果てに全てを失い、全てに見限られ、最期に残った家に縋りつきながら息絶える。これがあの幽霊の過去なのだと、晶は直感で理解した。


「少し、可哀想……だけど! だからって一狼くん達を酷い目に遭わせるなんて、僕は許せない!」

『ンヌボガォォォボォレ』

 右眼から放たれる光に晒された幽霊が苦しみ始める。何故かは分からない。だが晶は幽霊から決して視線を外さない。

『ゴ……ボ……』

 やがて光を浴び続けた幽霊の姿は、消えてしまった。瞬間、辺りを包んでいた謎の気配の一つが消失した事をザクロは感じ取った。

「あ、あれ……消えちゃった……」

「……あくまで賭けだったが、やはりここまで目覚めているとなると」

 ザクロは座り込んだ晶を助け起こし、近くの壁を背に座らせる。

「晶くん、何となく察してはいるだろうけれど、今の力は錬生術師のものだ」

「錬生、術師……幽霊を成仏させた、あれがですか?」

 いつもは不敵な笑みを浮かべているザクロが、少し険しい表情を浮かべて話している様子が、晶は不安で堪らなかった。


「あれは成仏だなんて生優しいものじゃない。光の錬生術師が持つ力の一端。それは心、魂を完全に消し去る力だ」

「心を、消す!?」


 晶は慌てた様子で右眼を抑える。自らの眼に宿る力がそこまで恐ろしいものだとは思ってもいなかった為だ。

「今は問題ない。全盛期、というよりも初代とは違って、肉体から乖離したものや壊れる寸前のものでないと消し去れないようだし、どうやら晶くんの身に危機が迫らない限りは発現しないみたいだ。だが、それとはまた別の問題がある」

「別の、問題……って、それよりザクロさん、一狼くんからアトラムの鎖が!」

 ようやく思い出し、晶はザクロへ一狼の危機を伝える。だがそれを聞いた彼女の様子は、驚くほど冷静だった。

「その点は心配いらないさ。今回のアトラムはかなり特殊だが……一狼くんには強い味方がいる」

「味方……あ、あれ?」

 先程までいた筈の日本人形が、いつの間にか何処かへ消えていた。



続く

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