第9話 合縁奇縁!? 錬生術師を志した理由
「さて、はじめまして炎の錬生術師さん。……自己紹介とかいる?」
「名乗りたければ好きにしろ」
「ガーデルでーす。お前は、あー、《リーパー》だったか。セレスタが……あぁ、うちの可愛い女の子が世話になった」
僅かに《リーパー》は構えを深くする。ダルストンズは既に自分の事をある程度周知している。少し前に戦ったもう一人のダルストンズから聞いたのだろうか。
「自己紹介も程々にしといて……行くか」
次の瞬間、《ガーデル》の両腕が異常な程に長く伸びる。関節を外しているなどという次元ではない。射程外から一気に迫る腕に対し、《リーパー》は跳躍で回避する事しか出来なかった。
「逃げられないぜそんなんじゃ」
両腕は跳んだ《リーパー》を追尾。着地した天井を走って逃れようとするが、指先が視界の端に映る。
《フェルム・アルミラージ!! オールマイティジャンプ、決めて魅せろ!!》
ここで《リーパー》は《フェルムアルミラージ》へ形態変化。足に備えたギアをフル回転させ、天井を蹴りつける。両腕を振り切る勢いで《ガーデル》へと急接近する。
「やっべ」
しかし《ガーデル》は咄嗟に両腕を戻すと、網の様な形状に変化させて防御。跳び蹴りを相殺される。更にそのまま腕が《リーパー》の足に絡みついた。
「何っ!?」
「セレスタが口酸っぱく愚痴ってたからなぁ。間に合って助かった」
《ガーデル》は《リーパー》を壁や床、天井に何度もぶつけられながら、嵐の様に振り回す。
「ぅっ、ぐっ、ぁがっ!」
「ユナカさん!!」
一瞬意識が飛びかけたものの、晶の呼び声で何とか踏みとどまる。そして何とかフラグメントゲートへ手を伸ばす。
(やるしかない!)
《フェルムアルミラージ》を取り外した瞬間、右腕と右足から解き放たれた鉄のウサギが飛び出す。そしてそのまま《ガーデル》の顔面を蹴りつけた。
「いたぁっ!?」
仰け反った一瞬の隙を突き、身体を高速で一回転。両腕の拘束を振り解くと同時に、
《カーボン・ゴーレム!! さぁ、レボリューションの始まりだ!!》
《カーボンゴーレム》へ形態変化。それを見た《ガーデル》は顔をさすりながら唸る。
「逃げられちまったかぁ。でもなぁ」
再び両腕を伸ばして《リーパー》へ掴みかかる。対する《リーパー》も右腕の噴射筒からタールを発射。ぶつかり合った両者の攻撃だったが、《ガーデル》の腕はタールの激流を掻き分けて《リーパー》の首を掴み上げた。
「おいおい、なんか汚い泥水で対抗されるの傷つくんだが。舐められすぎだろ」
「舐めてなんか、ない……!」
《リーパー》の狙いは《ガーデル》の攻撃を防ぐ事ではない。むしろ攻撃を受ける事だった。
タールが滴る自身の腕、そして滾り始める《リーパー》の炎を見て、《ガーデル》もようやく気がついた。
「うぉ、やべぇこれ、早く離さねーと……って離れねぇし!」
タールは既に硬化し、《リーパー》から手を離す事が出来ない。それどころか絞めあげる事すら出来なくなっている。
「はぁぁぁっ!!」
全身から上がる火炎は腕を導火線の様にして伝い、《ガーデル》を炎上させた。
「ぉぉぉあちちちちちちっっ!!?」
火炎によってタールが溶けたおかげで何とか手を離したが、注意を《リーパー》から離してしまった。
《クリティカル リアクション!!》
噴射筒の銃口に収束するのは、先程発射したタール。やがてゴーレムの目と口から炎が溢れ始める。
「ぇ、なにそれぇ、エコだねー……」
《サラマンダー・ゴーレム!! アルケミックストライク!!》
発射される螺旋の炎。やがて怒り狂うゴーレムの頭部を象った形状へ変化し、《ガーデル》へ直撃した。
「やった……!」
「いや、これは……!」
ガッツポーズをした晶とは対照的に、《リーパー》は構えを解かない。
「うぐぇぇぇ……きっつ〜」
そこには火炎放射が直撃したにも関わらず、《ガーデル》は身体の端々で燻る炎をはたき消す事に躍起になっていた。
「き、効いてない!?」
「いやいや普通に痛いんですけど。俺じゃなきゃ粉々よ? あっちち」
《ガーデル》の言葉とは裏腹に、本体への損傷は大したものではない。《リーパー》が再び火炎放射を放とうとした時、噴射筒が掴み上げられた。
「なにしれっと二射目パナそうとしてんのよ、鬼なの?」
「くっ……!」
《カーボンゴーレム》は噴射筒と重装甲を支える為、右腕と右足の筋力が通常より活性化されている。それだというのに掴んできた片腕を振り解く事が出来ない。
「俺、鈍臭いし空も飛べないけど、腕っ節と頑丈さだけは自慢出来んのよ。それだけあれば戦えるし。そんなわけで」
《ガーデル》の腕が徐々に引き寄せられ、《リーパー》との距離が近づいていく。
「このまま近づいて貰って、ギャグ漫画みてーにボコボコにしてやん……うへっ!?」
しかし、今度は側面から透明な水流が来襲。《ガーデル》を吹き飛ばし、拘束から《リーパー》を解放した。
「やれやれ、やっと辿り着いたのかい、水の錬生術師」
「灰簾さん……!」
《レイス》がヴィトロスタッフから水流を放ったのだ。完全に不意を突かれ、《ガーデル》はずぶ濡れの状態で震えながら立ち上がる。
「おいおい、2対1は卑怯だ……ろ、へっくし!!」
《ガーデル》は大きなくしゃみをすると、横目で《ファントム》と《バンデットアトラム》の戦いを確認する。
「……ぁ」
「?」
「じゃあ俺、風邪引きたくないからここで失礼するぜー。てなわけでバイバイ!」
何かを察したのか、《ガーデル》は自らの後ろの壁を破壊し、凄まじい速度で跳び去ってしまった。《リーパー》はおろか、《スピネルユニコーン》を用いても追跡は出来ないだろう。
「逃した……何だったんだ、あのダルストンズ」
《リーパー》は訝しむが、今はそんな事を考えていても仕方がない。
「灰簾さん、援護ありがとうございます」
「……」
「灰簾さん、っ!?」
直後、彼女の身体が揺らいだと同時に倒れ伏した。間もなく変身が解除される。
《リーパー》が駆け寄る。灰簾の息は荒く、汗も大量に噴き出している。外傷は見当たらないが、道中で別の敵に襲われたのか。
「灰簾さんどうしたんですか!?」
「ぅぅ……ユ、ユナカくん……」
か細い声に《リーパー》が耳を澄ませる。
「も、もっとゆっくり走って……そ、それか、タクシー使う……うぇ、けっほ、ぅぇぇ……」
「……なるほど」
「何がなるほどなんですか!?」
独り合点する《リーパー》に晶が思わず声を上げると、灰簾を起こしながら話し始めた。
「ここまで走って来たんだけど、すっかり灰簾さんのペースを考えてなかった。まぁ錬生術師だし大丈夫かなって……すみませんでした」
「む、むしろ何で、ユナカくんは、平然として……おぇ、えっほ!」
咳き込む灰簾の背中を摩る《リーパー》。しかしジュエルブレッドから銀行までの距離を考えると、ユナカの体力が並外れているのだろう。
「さて、残るはアトラム……まぁ、あの様子じゃ心配はいらないだろうがね」
クリアフラグメントを足へあてがうザクロの言葉を聞き、晶は自然ともう一つの戦いへ目を向けた。
「ヌゴォォォッ!!」
吹っ飛ばされた《バンデットアトラム》は観葉植物に直撃。カツラのように頭の上に被さった葉を振り払い、機関銃を連射する。
「もう観念しろ!」
「ノォォォ!! ドントカムヒァァァ!!」
悪足掻きも虚しく、《ファントム》のドロップキックをまともに食らってしまった。機関銃がひしゃげ、光り輝く装甲がグシャグシャに潰れ、最早見る影もない。
「ちょっと警部殿ー! これ以上銀行破壊すると怒られちまうんですがー!」
「ぁ……す、すみません金弥さん」
外から飛んできた金弥の叫びで冷静さを取り戻す。《リーパー》の存在と人質の解放が合わさり、知らぬ内に普段よりも荒い動きとなっていたのだ。
戒めと気の引き締めを兼ね、両手を思い切り叩くと、フラグメントゲートを閉じる。
《クリティカル リアクション!!》
「も、もうこうなったら……ラストウェポン、だぜぃ……」
《バンデットアトラム》の胸部から何かが転がり出す。セーフティピンが刺さった、パイナップルに似た黒い物体。それを見た金弥と銀一は思わず息を呑む。
「ちょっ、金弥さんあれは!?」
「手榴弾かよ!? ていうかデカすぎるだろ!? バスケットボールぐらいあるぞ! おい警部、早く、早くトドメを刺してくれ!」
「へっへ、コイツがエクスプロージョンすりゃあここら一帯はデザート化待ったなしだ……ヘェイポリスメン、来れるもんなら来てみなぁ!」
動揺する警察や民衆、勝ち誇った様子で手榴弾のピンを抜こうとする《バンデットアトラム》。だが《ファントム》の精神は一切揺るがない。
《ノーム!! アルケミックブレイク!!》
地面に打ち付けた拳から伝わるエネルギー。それらが瓦礫に纏わりついたかと思うと、まるで《バンデットアトラム》に引き寄せられるように飛来する。
「ガッ、ボッ、ェベァッ!? ピ、ピンが、ぬ、抜けな……!」
《バンデットアトラム》を押し潰さんばかりに集結する瓦礫。全く身動きが取れない状態の彼の元へ、地響きを鳴らして歩み寄る《ファントム》。右の拳から湧き立つ黄金の熱。
それが目の前まで迫った瞬間、《バンデットアトラム》は天まで届く絶叫を上げた。
「オォォォウマァァイガォォォァァァッッッドゥゥゥ!!!」
瞬間移動と見間違う様な速度で打ち上げられた後、エネルギーに耐えられなくなった《バンデットアトラム》の身体は爆散。
手榴弾が誘爆したおかげで、日が落ちかけた空に巨大な花火が打ち上がる事となった。
「つ、強い……」
「噂に違わぬ実力だな。まぁ噂と言っても私達の界隈だけだが」
妙に納得しているザクロに対し、晶はただただ圧倒されていた。灰簾の方を見ると、息も絶え絶えながらしっかりと戦いを見ていた様だ。
「彼が……土の、錬生術師……」
「温厚で争いを好まず、フラグメントを世の為、人の為に使った初代の系譜を、果たして彼は継いでいるかな。君はどう思う、水の錬生術師?」
「……まだ分からない。初対面だし。それに金識町に錬生術師が集まって来てる事も気になる」
「同感だね。君はどう思うよ、ユナカ……って」
ザクロが意見を求めた時には、既に《ファントム》へ向かっていた。律儀にまた礼をするのだろう。半ば呆れた様に笑みを浮かべた時だった。
「お久しぶりです。ユナカさん」
変身を解いたと同時に放った《ファントム》の言葉に、《リーパー》の足が止まった。
《ファントム》の変身者、琥珀を見た《リーパー》は、民衆の声にかき消されてしまうほど小さく呟いた。
「琥珀、くん……!?」
変身を解いたユナカの目は、いつもより見開かれていた。
「まずは、銀行強盗の犯人逮捕、並びにアトラムの撃破にご協力頂き、誠にありがとうございました。警視庁捜査一課、黄山琥珀、心より感謝申し上げます。」
ジュエルブレッドへ戻って早々、深々と頭を下げる琥珀。すっかり日が落ちてしまったが、事件に巻き込まれた晶から事情を伺うという名目でここに残っている。
晶へオレンジジュース、他の全員へコーヒーを置いた《リーパー・フラグメント》の死神を戻すと、ザクロは催促を始める。
「そんな挨拶なんか明日で構わないだろう。まずは何故警察が君を、もとい錬生術師を囲っているのかを説明したらどうだ?」
琥珀は一度差し出されたコーヒーに口をつけ、話し始めた。
「……先代の土の錬生術師からはお話は伺っております。貴女は事情をお知りの様ですが、よろしいので?」
「私からの説明じゃ納得しない者が一名いるからね」
暗に自身のことを言われた灰簾は少し苛立った様に目を伏せる。メイド服から既に私服へ着替えているからか、堂々と琥珀と向かい合う形で相対している。
「錬生術師は表だった活動が認可されていた時期もあったけど、もうそれは昔の話。現代じゃ無用な騒ぎの引き金になりかねないから、不用意に人前で変身するのは褒められた事じゃない」
灰簾の意見に晶は記憶を手繰り寄せる。言われてみれば2人ともアトラムの寄生主の前以外では、騒ぎに乗じて変身していた。あんな派手な変身では多少なりとも視認されるだろうが、アトラムという非現実的な存在から逃げる過程でいつしか忘れてしまうだろう。
だが琥珀は野次馬の目の前で瓦礫を吹き飛ばし、剰え変身してみせた。アトラムの騒ぎがあったとはいえ人の目が多すぎる。
「仰る通り。しかし近頃、アトラムの発生とそれに関与した悪質な事件が後を絶たないんです」
その証拠と言わんばかりに、琥珀は机の上に5つのフラグメント・Vを並べて見せた。戦闘で使用した2つの他に、白色の骸骨騎士、銀色のスライム、白緑色のコカトリスを象ったもの。
それらを順に手に取ったザクロは、小刻みに振りながら興味深そうに眺める。
「ほうほう、カルシウム、水銀、酸素……後の2つはアルミニウムとチタン。全て君が精製したのかい?」
「いえ。僕はアトラムの対処だけ。精製は先代が」
「ふむ、中々な精製技術だ。流石は国家組織、良い設備を使っているようだ。まぁ私には到底及ばないが」
「今回の様に、犯罪者とアトラムが手を組むケースも今後は増えるかもしれない。先代はその可能性を考えて、僕をこの街に配属したんです。リスクは勿論ありますが、一般人の前での変身は犯罪者達への牽制にも繋がるとの事で、特に禁じられてはいません」
灰簾は琥珀の説明を耳にすると、苦い表情を浮かべる。理屈は分かったが、それでもやはり思う所があるようだ。
「あの、琥珀さんの前の錬生術師さんは何をしていた人なんです?」
話の腰を折る事を承知で晶は尋ねる。琥珀が公の場での変身を許可した人物がどうしても気になった為だ。
琥珀は失念していたのか、はっとした表情で話す。
「あぁ、そうだね。……僕の師匠、先代土の錬生術師は、現警視庁警視総監です」
それを聞いたユナカと灰簾が、飲んでいたコーヒーで咽せてしまった。灰簾に関しては鼻からコーヒーの雫が飛び出ていた。
「け、警視総監……って、どういう人、なんです?」
「っくふっ、警察の中でもかなり偉い人、かな、ぇほ」
しかしながら小学生の晶には分かる筈もない。ユナカが咽せながら補足する。普段冷静なユナカが思わず咽せるくらいには凄い人物という事だけ晶は理解した。
「じゃあ琥珀くん、君が変身出来る様になったのは……」
「はい。とあるご縁で知り合って、引き継ぎました。僕がこの力を職務で使う事を許可してくれているのも彼です」
「力を手に入れた経緯は分かった。……理由は」
「きっと、ですが……ユナカさんと同じです」
銀行での、そして今のやりとり。晶は2人を見て感じたもう一つの疑問をぶつけた。
「ユナカさんと琥珀さんは……友達なんですか?」
その問いを聞いた2人は少し困った様な顔をした。仲が悪い、という様子ではなく、何といえば良いのか、といった雰囲気だ。
「え、と……ユナカさんに妹がいる事は知ってるかな」
「はい。ほたるさん、ですよね?」
「うん……そのほたるちゃんに恋人がいるのは?」
「はい……ん、ちゃん?」
晶が引っかかると同時に、琥珀は関係を明らかにした。
「ほたるちゃんの恋人が、僕」
「えぇーっ!?」
どんな偶然なのだろうか。ユナカの妹の話を聞いたその日に、その恋人と出会うなど。それも錬生術師として。
「じ、じゃあ楽しみですね! ほたるさんが海外留学から帰って来るのが!」
その時だった。琥珀の顔から笑顔が消えた。瞬間、背中に凍りつく様な寒気が走る。優しく垂れた目が鋭くなるだけで、彼の人相は真逆の印象へ変わってしまった。
「……彼等には、そう説明したんですね、ユナカさん」
「あぁ……やっぱり、琥珀くんは知ってるんだ」
「はい。気持ちは分からなくはないです。でも、隠したっていつかは分かる事だとも思います」
「まさか君に会うとは思ってなくて。でも、丁度いい機会か」
するとユナカは何故かザクロの方を見つめた。まるで何か確認を取る様に。
「何だい、別に私が許可する様な事なんかないだろう。話すなら好きにしたまえよ」
ザクロはそう言い放つと、再びフラグメント・Vを眺め出す。ユナカは溜息を吐いたが、晶には何処かそれが安心した様に見えた。
「ほたるが海外留学に行ってるっていうのは……嘘なんだ」
「嘘……? じゃあ、何処に……」
「行方は分かってない。2年前に消息を絶ったまま」
ジュエルブレッドの外から、水が滴り落ちる音がし始める。いつの間にか外は大雨が降りしきっていた。
「原因も、どうなってるのかも、何も分からない。俺はほたるの居場所を探す為に、錬生術師になったんだ」
続く
Next Fragment……
《ヒュドラギュルム・スライム!!》
《ルクスドラゴン・レフト》




