第8話 大地激震!! 凶悪犯共を逮捕せよ
「あらあら〜、可愛いメイドさんがいつの間にか入ったのかしらねぇ」
「こんにちは〜。ジュエルブレッドの雰囲気にピッタリなメイドさん、お掃除頑張ってね〜」
「うっ、ぅ……は、は〜い、ご、ご来店お待ちしてま〜す」
通りすがった高齢の女性達の温かな激励に晒され、身悶えしながら灰簾は挨拶を返す。何とか笑顔を取り繕ってはいるが、本心は今すぐにでも掃除を投げ出して逃げ出したい気分である。
しかし給料のみならず住居まで提供され、挙句の果てには生活費まで肩代わりされている身。最早言いなりになる他に選択肢は無いも同然だ。
「くぅ……大人しい顔してるのに、まさかこんな羞恥を……」
「灰簾さん、掃除は……」
「ひぃっ!?」
突如開いたドアから顔を覗かせたユナカに跳び上がる灰簾。しかしそんな様子など気にせず、ユナカは灰簾の周囲を見て感心した様に頷いた。
「流石です灰簾さん。玄関の掃除、ありがとうございます」
「……掃除くらい、誰だって出来るでしょ」
「それを出来ない奴がいるからこそ分かるありがたさなんです」
── 玄関掃除だって? 私は自分の部屋の掃除で忙しいんだ。自分の店の掃除くらい自分でやりたまえよ ──
ザクロの言葉を思い出すだけで溜息を吐きそうになるが、灰簾は頼んだ指示を素直に聞いてくれるだけでなく、期待以上の成果を示してくれる。これだけでも十分すぎる程に嬉しかった。
「灰簾さんならもっと良い職場が見つかったかもしれませんが……ここが繋ぎくらいになってくれれば」
「い、いやいや。こんな高待遇で雇ってくれる場所なんて無いから辞めるつもりはないけど……ただ、やっぱりこの制服は」
「え? 似合っているから問題はないかと……」
どうやら本気でそう思っているらしく、普段無表情な彼の顔がキョトンとしている。これはもう諦めた方が賢明だと灰簾が脱力した時だった。
『ゴァッ、ゴァッ!! アトラム出た!! アトラム出た!!』
「ぁっ!? もう何っ!?」
「アトラム……!」
ドアノブのカラスを摘み上げると、勢いよく飛び立っていく。ユナカは急いで店の鍵を閉め、《またのお越しを》と書かれた看板をドアノブへ提げた。
「しかもあの方向は……!」
「待っ、待ってユナカくん! 嘘、私この格好で行くの!? ぅぁぁもうっ!!」
自分の羞恥心と人々の安全。それらを秤にかけて羞恥心を選べる様な性格ではなかった。
「犯人確保ぉ? ノー、ノー!」
《バンデットアトラム》は右腕の機関銃を構える。
「逆にユーが、デェッドゥ!!」
轟音と共にばら撒かれる弾丸が《ファントム》へと降り注ぐ。避ける事すら出来ずに全てが直撃する。
「アッハァ、ビーネストの出来上がっ!?」
だが《バンデットアトラム》の銃撃を物ともせず、《ファントム》は弾雨の中を進み、挙句その胸ぐらを掴み上げて投げ飛ばしたのだ。壁にめり込んだ《バンデットアトラム》は放心した様に脱力する。
「ホワイ……ミーの、フェイバリッツマシンガンが……ノーダメージ……?」
「お、おい!? 何やってんだよお前! 役に立たな、ぃっ!?」
今度は叫ぶ玖珠岡の目の前に《ファントム》が接近。反射的に発砲するものの、顔面に着地した弾丸は傷一つ付ける事は叶わず、
「まずは凶器を破壊する!」
逆に猟銃を片手でへし折られ、玖珠岡は腰が抜けて倒れ込む。その隙に襟を掴み上げると、
「金弥さん、銀一さん、犯人の確保を!」
「は、離せ、ぅあ、ぎゃあっ!?」
力一杯投擲。銀行の外に投げ出された玖珠岡へ、間髪入れず手錠がかけられる。
「はい、犯人逮捕。こんなあっさりと捕まえちまうと味気ないな」
「金弥さん不謹慎ですよ!」
「離せ、おい! 殺すぞ!!」
暴れる玖珠岡へ、金弥は足への手錠を追加する。そして無理矢理引き起こす。
「10年前は良い弁護士様に助けて貰ったみてーだが……次はねぇよ。一生娑婆に出られねぇの覚悟しとけよクズ野郎」
「……」
「さて、後は……」
《ファントム》が目を向けたのは、壁から這い出た《バンデットアトラム》。見れば金貨の様な複眼が熱せられた銅の様に赤熱している。
「それ、金貨じゃなくて銅貨だったんだ。十円玉?」
「……キルユー」
掲げた左手が散弾銃の様な形状へ変化。開いた口からドロドロに溶けた銅が溢れ出した。
「キルユーキルユーキルユーキルキルキルキルゥゥゥ!!!」
散弾を連射するが、《ファントム》の岩盤の様な装甲は一切傷つかない。それどころか仰け反りすらしない。
《ファントム》は一般人達を背にしない様な位置に立ち、敢えて挑発してこちらへ注意を向けさせた。自身へのダメージなど微々たるものだが、流れ弾が一般人達に当たってしまっては意味が無いない。
《錬成轟鎚 フラグメントメイス!!》
《ファントム》の右手に現れるメイス。打突部の根本に2つのスロットを備えた琥珀色の鎚を振りかざし、ゆっくりと、確実に距離を詰めていく。
「キルキルキルキルキヴァッ!?」
振り下ろされたフラグメントメイスが右の複眼に直撃。一撃で粉砕され、中にある小さな複眼が姿を現す。
「ウヌグガガガ!!」
機関銃と散弾を滅茶苦茶に発射するが、《ファントム》の鎧を撃ち抜く事は出来ない。突き出された打突部が、今度はアタッシュケース状の装甲を粉砕した。
「ちっきしょー!! 何でキル出来ねぇんだよぉ!!」
「火力不足だから」
《ファントム》はフラグメントメイスのスロットへ、2本のフラグメント・Vを装填。
《チタニウム・ヘルハウンド》
《アルミニウム・シムルグ》
《ガッキーン!!!》
打突部中央に浮かび上がる、黒犬と神鳥が合成された怪物。羽を模した刃に無数の牙を備えた大斧へ姿を変えた。
《ガイアクラッシュ!!》
「ウゴギャアッ!?」
一撃をまともに受け、《バンデットアトラム》は何度も転がりながら床に叩きつけられた。寄生主との繋がりが未だ残っている為に撃破こそされないが、身体はボロボロである。
「オ、オファァァ……!!」
「後はお前を倒すだけ……けどその前に」
悪足掻きで発射される機関銃と散弾の嵐の中で、振り上げたフラグメントメイスの一撃で再び壁へとめり込ませる。そしてその隙に、
「皆さん今のうちに避難を!」
《ファントム》の声と同時に多数の警官が進行。人質達を救出していく。
「足を撃たれている女性がいる! 早く応急処置を!」
「あぁ、早くしたまえよぉ〜。痛いよぉ〜」
わざとらしく声を上げるザクロだが、本当に油断ならない状況である。晶も慌てて駆け寄ろうとした時だった。
「ほら、君も早く……」
「あぁ、いいっす別に。それより邪魔なんでちょっと退いてくださいなっと」
「うがぁっ!?」
奇妙なやりとりが聞こえた瞬間、ザクロを抱えようとした警官が吹き飛ばされた。
別の警官が投げ飛ばされ、ぶつけられたのだ。
「な、何が……ザクロさん!」
「あっ、はは……こりゃ、まずい」
「あーあ、あのおじさん逮捕されちまった。ま、最低限の仕事はしてくれたし、後は牢屋で一生暮らしてどーぞ。あとは」
人質の中に紛れ込んでいたガーデルが、腕にフラグメントゲートに似た装置を出現させた。
「俺も最低限の仕事しないと、だな」
《バフォメット・フラグメント!!》
《Mixing!》
手にした山羊頭の悪魔を象ったフラグメント・Vを挿入。破砕音の中でも響く程に大きく首を鳴らし、深く挿入した。
「んっ、と、錬身」
《Impurities Mix Mix Mix!! ガーデンクォーツ・バフォメット!!》
気怠げな瞳に歪な紋章が浮かんだのも束の間、その姿を怪物へと変貌させた。
太く湾曲した右角に対し、半ばから折れた左角。地に着くほど長い腕の半ばから刃物に似た爪が突き出し、括れた腰から黒い翼が腰蓑の様に巻き付いている。ひび割れた全身に浮かぶ白い液体、更に左肩に浮き出た山羊の頭は目を剥き、苦痛に呻くような悍ましい顔となっている。
「その変身……まさか、ダルストンズ」
「あいよー、そこの刑事さん。俺も混ぜてくれよ」
身構えた《ファントム》に対し、《ガーデル》は白い双眸を光らせながら近づいていく。
「そいつの話し方なんか変だけどさ、可愛い俺の後輩なわけ。だからあんまいじめんの、は?」
だが《ファントム》に辿り着く前に、動きが止まった。肩の上に乗せられた手に目をやると、何故か燃えていた。
「……ちょい待て、燃えてる手ってそれっ」
最後まで話すことも出来ず、《ガーデル》は吹っ飛ばされる。隣の《バンデットアトラム》と並んで壁のオブジェと化した。
「ユ、ユナカさん!!」
「ふぅ、大遅刻だぞ」
安堵した2人へ歩み寄る《リーパー》。しかしそれを見つめる《ファントム》の身体が僅かに揺れた。
「今、あの子……ユナカ、って……!? っ、いや、それよりも!」
動揺する心に鞭打つと、《ファントム》は急いで寄生主の男性の元へ駆け寄る。大きな怪我はないが、うわ言で自身を責め続けている。
「しっかりしてください! もう人質になった人達は避難しました、あとは貴方だけです!」
「私が、私があの時、通報なんて……」
「何を言ってるんですか!」
《ファントム》は男性を立ち上がらせると、俯いていた彼の顔を前へ向かせた。
「10年前、貴方が通報しなければ死人が出ていたかもしれない!僕の先輩が言っていたんです、貴方の勇気ある行動のおかげで誰も死なせずに済んだって!」
その時、初めて男性の目に光が戻った。鎖の端が少しずつ崩れていく。
一度はあの日と同じ様に通報ボタンを押そうとした。だが再び悲劇を繰り返してしまう事を恐れ、一歩踏み出す事を躊躇った。
そしてあの日の自分と同じ様に一歩を踏み出した女性行員は撃たれてしまったが、おかげで今、絶望的な状況から人々を救い出せたのだ。
男性は担架で運ばれる女性行員に駆け寄る。
「ありがとう。皆が助かったのは、君の勇気のおかげだ」
「……はい」
穏やかな笑顔を見た瞬間、男性に繋がった首輪は消滅。背後から《ファントム》がヴィトロガンによってフラグメントを摘出したのだ。
それに気づく様子もなく、男性は女性行員へ付き添う為にその場を去って行った。
「後はアトラムとダルストンズ……なんだけど」
男性を見送った《ファントム》は、怪我をした赤髪の少女に寄り添う死神へ目を向ける。
「念の為にクリアフラグメントを持ってきて正解だった」
「早く使いたまえよユナカー。死にかけたんだからなー」
「あの、灰簾さんは……?」
「ん、あれ? さっきまで後ろについて来てた筈なんだけど」
「……やっぱり、ユナカって」
透明なフラグメント・Vで足の怪我を治癒すると、《ファントム》の元へ近づいて来た。
炎の死神を前にして一瞬身構えたが、彼が発した声を聞いて息を呑んだ。
「俺がダルストンズを相手する。君はアトラムを頼む」
「……」
「ん、不服か? 逆が良いならそれでも……」
「い、いや。お願いします」
やはり《ファントム》がよく知る声だった。だがまずは目の前の敵に意識を集中する。ダルストンズの出現ともう一人の錬生術師の出現には驚いたが、一対一に持ち込めるのであれば問題はない。
「んぁぁ、いってて……って、ぁ、首輪取れちゃってるじゃん」
「ワットゥ? ……ノォォォォォォ!!? オーマイゴォォォッドゥゥゥ!!!」
「俺達の見た目的にオーマイゴッドはダメでしょ」
壁から這い出た《ガーデル》と《バンデットアトラム》は未だ健在。先程まで怒り狂っていた《バンデットアトラム》も、自身が完全体になれない事を悟って目が覚めた様だ。
「マ、マイマスター! ミーはどうすりゃ……!?」
「慌てんなよ。ここを切り抜けたら新しい寄生先探してやるから。そしたらまた完全体になるチャンスが来る」
「センキュー!! それじゃあ、ミーがパーフェクトになるチャンスを奪った、あのファッキンポリスメンをキルさせて貰う!」
「はいよ。ま、俺もセレスタをボコった炎の錬生術師が気になってたし、丁度いい」
《ガーデル》は首と肩を鳴らした。
続く




