処刑
後ろから羽交い絞めにされ首を絞められ
顔にナイフを突きつけられながらも、
ヨッシーは落ち着いていた。
なぜなら、カーゴパンツの膝ポケットの中に
M360J「SAKURA」という短銃身のリボルバーを
忍ばせていたからだ。
ヨッシーはポケットからその拳銃を取り出し、
背後の男の脇腹に銃口を突きつけて
こう言ったのだ
「俺の勝ちだ」
あらかじめハンマーを起こした
”シングルアクション”のトリガーは軽かった
ズダンッ!!!
クイッと曲げた手首が勢いよく跳ね上がり、
危うく拳銃が手から飛び出しそうになった
「あっつぁ、あつぁ....あっつ!」
ヨッシーを背後から締め上げていた力が
ふいに無くなり、顔にめり込んでいたナイフが
床に落ちる
ヨッシーは振り向いた
金髪にノースリーブシャツに
ワンポイント刺青の、
どチンピラ男の後ろ姿が見える
男は、撃たれた右脇腹を片手で押さえながら、
まるで場違いのような
軽いステップを踏んでいた
片脚を折り曲げてピョンと飛び上がる動作を
数回繰り返した後、
アラシヤマ次男は糸が切れたかのように
バタンッと倒れたのだった
ヨッシーの中に湧き上がってきたのは、
どうしようもない”怒り、怒り、怒り”だった
倒れたアラシヤマ次男に向けて怒鳴り散らす
「俺が丸腰だとでも思ってたのか?
人の命を取引材料に使おうとしたんだ、
反撃されるのは当然だ!
いいか、俺は全然、悪くないからな、
そっちの自業自得だからな!」
撃ったばかりで硝煙が纏わりつくリボルバーを
右手に持ちながら、
左手で頭を抱えるような動作をして、
ヨッシーはさらにがなり続けた
「なんで、こんな、しょうもないことで
命を粗末にするんだ!
ゾンビパンデミックを生き延びてよ、
ここで生活できることが
どれほど幸運な事なのか分かってるのか?
なんで、分不相応なことをやろうとして
自滅するんだ?
なんで、せっかく手にした幸運を
自ら手放す?
なんで、こんなにバカなんだ!」
ヨッシーの目の前には、
倒れたアラシヤマ次男とその横にパンマン号。
アラシヤマ次男は無様に床にうつ伏せになって
モゾモゾと動いている
ヨッシーは、リボルバーの銃口を、
彼の右脇腹から斜め上方向に向けて撃っていた
それは、最悪の被弾だった
放たれた38スペシャル弾の進む先には、
人間にとって重要な臓器がよりどりみどり。
さらに、弾は身体を貫通することはできず、
そのまま体内に留まったのだ。
弾は心臓には到着しなかったために
即死することも出来ず、
助かる見込みもないままひたすら
苦しむばかりだ
脇腹から大きく広がっていく血だまり
そして、ヨッシーも自分の左頬を暖かい液体が
流れ落ちるのを感じていた。
先ほどまで突きつけられていたナイフが
頬に傷を付けていたのだろう。
しかし、全く構うことなく、ヨッシーは眼下の
男に向けて怒鳴り続ける
「いいか、俺は全然、悪くないからな!
分かるだろ?
こうなったのは自業自得だ
この世界ではバカは罪なんだよ、
バカは皆を危険に晒すからな!
バカなのが悪いんだよ、
俺は全然、悪くないからな!」
・・・・・・・・
カナエの前に転がるアラシヤマ長男はもっと
酷い状態だった。
カナエは、右手に持った日本刀をだらりと
下げて、放心状態になっていた。
生きた人間を斬るのは、これで二人目だ
一人目は、治療に成功して存命だが、
目の前の男はまず助かることはないだろう...
うつ伏せになった男の上半身と下半身は
わずかに位置がズレている。
そして、上半身はまるで、本能的にこの場から
逃げようとしているような行動を取っていた
自分の血の海の中を、両腕を動かして
這うように進もうとしているのだ。
上半身がわずかに前進して、
その切断面からはみ出た臓器が追従する。
一瞬、下半身が置いていかれまいと
ガニ股の両足を前後に動かした。
「うぐっ...」
一度だけ嗚咽した後、カナエの表情はどんどん
冷徹になっていった。
男のすぐ側まで歩み寄ると、
右手の日本刀を両手で持ち、下向きにした
少し離れて、ヨッシーの怒声が聞こえる。
それに打ち消されるような小声で
カナエは呟いた
「私は、今日、初めて人を殺す。
今までそれは他の人がやってくれていたけど、
それは、自分がやったのと同じこと。
だから....だから、
これが初めてとは言えないわね」
そして、うつ伏せのアラシヤマ長男の
首筋めがけて刃を下ろしたのだった
ザンッ!!
....こうして、カナエは今日、
はじめて”自分の手で”人を殺したのだった
と、ウメさんに拳銃を突きつけられていた
アラシヤマが叫んだ
「がああああああ!!!!!」
カナエの止め刺しを見たアラシヤマが
正気を失い、突撃してきたのだ
ウメさんが、彼の進行方向に片足を突き出す
小太りのおっさんは足を引っ掛けられて
前のめりに倒れた。
白髪でセーターにジーンズ姿の
小柄な老婆であるウメさんは、両手にそれぞれ
M10リボルバーとブローニング・ベビーを
持っている
そして、右手に持つブローニング・ベビーを
倒れたアラシヤマの後頭部に突き付けた。
そして、引き金を引いた
バァンッ!バァンッ!バァンッ!
非力な25ACPとはいえ、ゼロ距離から3発撃たれ
アラシヤマは絶命した
・・・・・・・・
聞こえてきた銃声にヨッシーは振り向いて、
そして、すぐに状況を察した
再び手に持つリボルバーのハンマーを起こすと、
ズカズカとアラシヤマ次男のほうへ歩む
「いいか、悪いのはそっちなんだからな!」
アラシヤマ次男は
床にへばりつき弱々しく痙攣していて、
その顔は横向きになっていた。
人型を倒す時のように、彼の側頭部に銃口を
向ける
今度はちゃんと両手でグリップを握った
ズダンッ!!!
シングルアクションのトリガーは軽かった
弾は、耳の上あたりに命中した。
金色に染めた髪の間に小さな穴が開き、
アラシヤマ次男の目は大きく見開かれ、
さらに眼窩から少し飛び出した
ガラガラガラッ!!!
ふいに、シャッターを開ける音が聞こえ、
ヨッシーの目の前が明るくなった
続いて大声が聞こえる
「警察だ!全員、手を上げろ!
そこの男、銃を捨てろ、捨てるんだ!!」
店内からのドアと、
ヨッシーの目の前の開いたシャッターから、
続々と”警察官”が入ってきたのだった




