橋の上で暮らす人々
それは、頑丈そうな中路アーチ橋だった。
鉄骨で出来た緩やかなカーブを描く弧の
真ん中に橋桁が通っているやつだ
ジジイは、「つぎはぎ丸」を低速で走らせ
ゆっくりと橋に近づいている。
そして、子供たちは船尾に隠れていた
川幅は70メートルほど、
橋の全長は120メートルほどだ。
川の緩やかなカーブを超えた「つぎはぎ丸」の
目前に、ふいに橋が出現したとき、
橋と船との距離は500メートル程だった
少女3人と共に
船尾で縮こまっているヨッシーの手には、
自分のスマホが握られていた
そして、スマホから聞こえてくるのは
ジジイの声だ
「変だな....
橋桁の下に、何やら網のようなものが
垂れ下がっているように見えるのだが」
船のゆっくりとした進みと共に、
橋の全貌が見えてくる
ビーグルマップの上空画像で見た通り、
橋の両側に2台の車が止まっている。
緑色のRV車と、白色のワゴン車だ
それぞれの車はお互いに橋の向こう側に
頭を向けている。
要するに、距離を挟んでお互いが背中合わせに
なっている感じだ。
橋の真ん中付近、つまり鉄骨のアーチが
橋桁の上にせり上がって
弧の頂点となっている部分の橋桁には、
みすぼらしいバラック小屋のようなものが
密集している
そして、橋桁の下に垂れ下がっている
細長い網のようなもの
それは、アーチと橋桁が交わるよりも
ちょっと手前の部分、つまり、
真下が川岸になっている箇所から始まり、
対岸の同じ箇所まで続いている
つまり、網は川幅をすべてカバーしているのだ
水面から橋桁までの高さが10メートル程で、
水面から網までの高さが8メートル程だ
操舵室で舵を取りながらジジイがつぶやいた
「とりあえず今のところは
この船でなら、難なく下を通れるだろうが。
あの網を川に降ろされたらマズいな」
...と、唐突に2台の車が後ろに下がった。
つまり、同時にバックした
そして、その動きに連動して網がゆっくりと
降りていき、ついに川の中に沈んだのだ。
網は、水面から1メートルほどの高さで
止まった
ヨッシーのスマホから、ジジイの声が響く
「くそっ、網が川の中に降ろされたぞ!
なんてこった、
明らかに俺達の通行を妨げてやがるぜ
多分、車と網がロープで繋がっているんだ」
悪い予感は的中してしまった。
橋の上に誰かが住んでいることは確実で、
彼等は”敵対的”だったのだ
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その網は、上流から定期的に流れてくる
”救援物資”を受け取るためのものだった
網は、橋桁を下から包み込むように
展開されていて、
それぞれの端の上流側と下流側から伸びた
2本のロープを、
手すりに付けた2個の滑車を使って
車の後ろに結び付けている
つまり、橋の両端の2台の車が前進すると
網は持ち上げられ、
後進すると網は降ろされる仕組みだ
降ろされた網は、
上流側は水没する高さに、下流側は
水面1メートルの高さに設定していた
そして、救援物資を掬い取るための
その網と滑車は、かつて
上流からやってきた”大型ドローン”によって
投下されたものだった
....つまり、橋の上で暮らす人々は、
生活の全てを上流からの救援物資に
頼りきっていたのだ。
彼等はすでに、
自分達の力でこの橋を脱出する気も、
自活する気も全く無くなっていたのだった
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「つぎはぎ丸」は、
橋から100メートル以内の距離にまで
近づいていた
橋の上に、数人の姿が見える。
彼等は、手すりから身を乗り出してこちらを
見ている。
そして、その中の一人の男が大声を出した
「お前、誰やねん!
この橋はワシらのもんやさかい、
勝手に通ることはでけへんで~
もちろん、橋の下も通られへんで」
ジジイは、アクセルレバーを固定して
舵もロックすると、操舵室のドアから身を
乗り出して大声で言った
「ずいぶん勝手な物言いじゃないか!
この橋と川は、誰かの私有財産じゃないぞ
俺は上流に行きたいだけだ、
川の中の網を上げて通してくれよ」
上流からかすかに腐敗臭が漂ってきて、
ジジイは顔をしかめた。
やはり、橋の周辺は人型が集結しているらしい
橋の上の男が再び大声でがなり立てた
「文句あんのかおっさん、
言うたやんけ、
この橋はワシらのもんやっちゅーねん!
ガタガタ抜かすなや、
いてこましたるぞワレ、コラ」
明らかに、橋の上のチンピラどもは、
”西の大都市圏”からやってきたよそ者だろう。
言葉使いでバレバレだ
加えて、連中は、この過疎地の住民としては
不自然なくらい若い
この橋の周辺は小さな集落があって、恐らくは
老人たちが住んでいただろう。
ジジイは横目で、橋の左側のほうを見た。
川の周辺の低いところは、大洪水の跡が
見受けられるが、少し先の高台には
まだ建物が残っている
(橋の上には、”若いよそ者”しか居ないか
地元の老人たちはどうした?
.....まあ、考えるまでもないな、
まったくもって外界はクソだぜ!)
しかし、ジジイは橋の上のチンピラどもの
注意をこちらに集中させるべく、再び
猿芝居を打った。
距離が数十メートル離れていようが、
かつて大型漁船の船長として鍛えた声は
朗々と周囲に響いた
「わかったよ、通行料を払うから通してくれ。
船の倉庫の中に、イセエビとアジをたんまり
積んでいるんだ。
アジは氷漬けしてるし、
イセエビはまだ生きてる。
どちらも、新鮮だから美味いと思うぞ」
橋の上のチンピラどもは、固まってヒソヒソと
話し合っている
(不本意だが、子供たちの力を借りる選択は
正解だったかな....
リナの言ったとおり、自分一人の力だけで
何とかしようなんて
思い上がりもいいところだった
遠洋漁業をやっていたときは
知っていたはずなんだがな。
仲間達の助けが無いと、
俺は何一つ成し遂げられないってな)
そして、ジジイは顔を動かさず、
視線だけを橋の右側のほうへやった
孫のヨッシーが、アーチの鉄骨をサルのように
伝って上っている最中だった




