渓谷
ヨッシーは、3年前までは漁港町に住んでいた。
しかし、川の上流にある市に行った記憶は
ほとんどない。
漁港町からの直通の鉄道はなく、路線は一旦、
県庁所在市方面に20キロ程進んで
そこからようやく分岐することになる。
整備された広い国道も、主に県庁所在市から
伸びている。
漁港町からの最短アクセスは、川沿いの
お世辞にも通りやすいとは言えない県道を
使用しなければならず、
昔から漁港町と市との関係は薄かった。
両者とも、県庁所在市との繋がりのほうが
大きかったのだ
川を上ってすぐに見えてきた周囲の風景は、
その理由の一端が分かるものだった
「つぎはぎ丸」は、
両側に険しい山岳地帯を望む渓谷に
入っていた。
ジジイは、船のエンジンを低速で走らせ
慎重に舵を取っている。
ダッダッダッダッダッ
時が止まったような風景の中、
控え目な船のエンジン音だけが響いている。
川の流れはそこまで早くはなく、
それでも船はゆっくりと前進している
そして、子供たちは船首に集まり、それぞれ
ブリッジの視界の邪魔にならないように
船縁に寄って景色を眺めていた
キョロキョロと周囲を見渡すリナとリサの姉妹
そんな彼女たちに対して、ヨッシーが説明する。
船のエンジン音も、今はそこまで
うるさくないので大声を出す必要はなかった
「壮観だろ?10キロくらいこの渓谷が続くぜ。
この地理条件のおかげで行き来が不便でよ、
さっきの漁港町とリバーサイド同盟の市は
昔から馴染みが薄かったんだ
この渓谷も超過疎地ってやつでさ。
でも、そのおかげでこの川は自然の状態に
保たれていて、途中に堰とかが作られてない
順調に行けば、この船でたどり着けるはずだ」
横浜出身のリナが言った
「本当に、秘境って感じね...
川の水の色も、深緑色でいかにも深そうだし
確かに、この船でなら遡れそうね」
妹のリサが相槌を打つ
「ま、だからこそ人型の気配も全く無いし...
でも、こんな秘境を上ったところに
本当にあんなに豊かな地があるとか
信じられないわ」
ヨッシーは答えた
「でも、リバーサイド同盟の市は、かつて
それなりに大きな都市だったんだぞ。
そりゃあ、横浜とは比べ物にならないかも
しれねえけどさ。
結構デカいショッピングモールとかもあって
俺も薄っすらとそこに行った記憶がある」
と、スミレも会話に参加してきた
「めちゃデカいショッピングモールが
あるよね!
にぃは覚えてないかもしれないけどさ、
私、そのショッピングモールのゲーセンで
パンマンの乗り物に乗った覚えがあるんだ」
ヨッシーは苦笑いした
「あっ、俺もなんだか思い出してきた!
スミレが乗ったパンマン号、
100円入れたら曲が流れるだけで
めちゃウケた
・・・・・・・
ああ...
あの頃は普通に行けた場所だったんだな
今では、海賊と人型を恐れ、
こうして秘境探検みたいな思いをして
たどり着こうとしているのにな」
船はゆっくりとした速度で、川を遡っていった。
この辺りになると、
川幅は80~100メートル程になる。
そして、水深は最低でも1.5メートル、
出来れば2メートルは欲しいところだったが、
心配はいらないみたいだ
どうやら、上流にあるダムが決壊して以来、
川の水量がわずかに増している感があるのだ
全員が、わずかに楽観的になっていた。
周辺の景色も相まって、
まるで遊覧船で旅をしているように感じる
と、現実を思い出させる光景が目の前に現れた
倒壊したままの古い橋だ....
ため息をついてヨッシーが言った
「やっぱり、ここは崩壊世界なんだよな。
橋のある場所は、集落の中心部になることが
多いけど、ここも例に漏れずみたいだ。
周囲の破壊された家屋跡が、
余計に物悲しさを演出しているぜ」
川と山の間にある狭い低地には小規模な集落が
点在していて、
かつては小さな田畑が川沿いに
へばりつくように存在していた
ゾンビパンデミックと大洪水によって、
それらは放棄され、破壊され、
雑草が生い茂るままになっている。
そして、倒壊した橋の周辺には、数軒の家屋の
残骸が見受けられる。
「かつては人が住んでいたのに、それは
もう二度と再建されることはなく、
静かに朽ち果てるのみか....
人型の姿もなく、あの悪臭もないのは
喜ばしいことなのだが、
寂しさに押しつぶされそうになるぜ。
マジで、この世界には俺達しか居ないような
惨めな気持ちになる....」
ヨッシーが独り言を呟いていると、
隣でリナが相槌を打った
「なんだか私たち、死の世界へと
旅立っているみたいね」
すかさずリサが苦情を言う
「ちょっと、怖いことを言わないでよ
お姉ちゃん!
でも、確かにまるでホラー映画や怪談に
出てきそうな場所だよね。
でも、人型や海賊よりも、よっぽど幽霊の
ほうが無害に感じてしまうとか
....ハア」
目の前の倒壊した橋は、
川の中から突き出した橋脚だけが
ポツリと残っている。
橋桁の部分は、両端を残して大洪水で
流されてしまったみたいだ
ジジイは、慎重に船を操作して倒壊した橋を
通り過ぎた
そして、再び、険しい山々の緑色がこちらに
迫ってくるような風景が続く
ヨッシーの妹のスミレが、
両腕を頭の後ろで組みながら
呑気そうに言った
「なんだかんだと、リバーサイド同盟まで
つつがなくたどり着けそうだね」
しかし、ヨッシーは、例の怪し気な橋のことが
気になっていた。
どうも、そこは”人が住んでいる気配”が
プンプンとするのだ。
ビーグルマップは、2時間おきに
衛星からの上空撮影画像を更新している。
その橋は上空から見たら、鉄骨の骨組みが
橋の真ん中周辺を覆っているように見える。
ジジイによれば、それは
”中路アーチ橋”と呼ばれる構造らしい。
出発前にビーグルマップで確認したところ、
その橋の両側に車らしきものの姿が見えたし、
橋の真ん中には、
バラック小屋の粗末な屋根のようなものが
密集していたのだ。
もしも、そこに誰かが住んでいるのなら、
周囲に人型が集まっているはずだ。
しかし、橋桁を超えた道路の先は、
木々の枝葉が邪魔していて
よくわからなかった....
(そろそろ、あの怪しげな橋にたどり着くし、
川上りの旅も道中の半分に達する頃だ。
このまま順調に行けば
リバーサイド同盟の地まで
たどり着けそうだし、
何よりも今ならまだ、引き返すこともできる
そろそろ、連中にアポを取らなきゃならねえ
頃合いだ
...とりあえず、ジジイに確認してみるか)
ヨッシーは、ブリッジのドアを開けて
操舵室に入ろうとした。
ふいに聞こえてきたのは、フロントの窓際に
置かれたタブレットPCから聞こえてくる
『リバーサイドラジオ』だった




