八拾四 真の敵を秘めて
「久し振りに麿も過ごそうと思う。汝ももっと飲め」
そう言って秀郷が千方に酒を勧める。
「恐れ入ります。頂きます」
「六郎。先程は、そのほうのことを青いと申したが、実を申せば、汝の年頃の麿の方が余程青かった。大狸と言われた麿が青かったなど可笑しいと思うであろう」
「いえ。そのようなことは御座居ません」
「麿の父は、大掾であった。この下野の実力者じゃ。京から赴任して来る国司などの受領は、父の協力が無ければ地元のことは何も分からぬし、父を中に入れることにより物事が障り無く進むので、父には一目置いていた。
しかし、京から国守に従って来る者達の中には、地元の司人や民に対して威張り散らす者が結構おる。若い頃の麿は、そんな連中を相手に喧嘩ばかりしておった。
さすがに父も怒って、国衙の牢に放り込まれた。牢番は馴染みの者であったので、麿の方は大して堪えてはおらなんだが、父は大変だったらしい。下げたくも無い頭を国守に何度も下げなければならなかったようだし、財も相当使ったらしい。
汝達はいずれも孝行者だが、麿は親不孝者だったのだ。父は、今から考えれば、麿のことで気の休まる暇も無かったのではないかと思う。しかし、なぜか麿には良くしてくれた。今更遅いが、父には申し訳無かったと思うておる。
その父が亡くなった途端、国府から目の敵にされるようになってのう。過去の所業を蒸し返され、鞭打ちの刑を受けたこともあった。
我儘勝手に生きて来たが、己には何の力も無く、全て父の庇護の許に生かされておったことを、その時初めて悟った。
そして、身を慎むようにしていたが、その後も国府は、麿を何とか始末しようとした。
まずは捕らえて、その後で罪を論い、流罪にでもしようとしたのか、呼び出しが有ったが、麿は危険を感じ、一時身を隠した。
表面的には国府に従いながらも、麿を匿ってくれる者は多く居た。父からの恩を忘れずにいてくれた者や、威張り散らす役人と渡り合っていた麿に、内心、喝采を送ってくれていた者も多くおってな。隠れるところに不自由はしなかった。
また、あの郷を強引に手に入れておいたことも幸いした。祖真紀が郷の者達を使って、常に国府の動きを探って報せてくれた。そのお陰で、隠れ家を察知され急襲された時も、すんでのところで逃れることが出来たのじゃ。
暫く身を隠しておった。そのうち国守の交代があり、新任の国守は、麿とは何の関わりも無い男で、特に前任の国守と親しい間柄でも無かった。情報を集め、様子を見た上で舘に戻った。
信じられる者を多く持つことが、いかに大事なことであるかを学んだ。父に何かをして貰った者が麿を助けてくれた。
下野の者達の立場に立ち、京から来て威張り散らす者と渡り合ったことが、我が身を助けた。又、先代の祖真紀は麿のことを、郷の滅亡を救ってくれた恩人と思うてくれておる。恩を売ると言ったら身も蓋も無いが、他人の為に尽くすことが我が身を守ることになる。
それからの麿は、己の気持ちを制して、他人との繋がりを作ることに専念した。父が残してくれた財も惜しみ無く使って、助けてくれた者達に報いた。
繋がりを作ると言っても、武力で従わせた者も多く居たがな。従った後には、出来るだけのことはしてやった。
綺麗事ばかりという訳には行かぬ。他人を繋ぎ止める為には財が要る。その為には色々な方法を取った。盗賊の上前を撥ねるようなこともしたな。
延喜十六年(九百十六年)、麿が三十四歳の時、上野との国境で水争いが起きてな。
足利の辺りじゃ。旱魃で矢場川という川の流量がかなり減っていた。そんな時、上流の上野の者達が川を堰き止めて己達の田への水を確保しようとした。そんなことをされたら、下野の者達は田が干上がってしまうので、当然抗議し争いとなった。争いが大きくなり、上野の国府から役人が出張って来た。そして、下野の者達を痛め付け、主な者達数人を捕らえて引き立てて行った。下野の者達は、捕らわれた者達の解き放ちと川を堰き止めることをやめるよう上野と掛け合ってくれと下野の国府に訴えた。だが、何日待っても、なぜか下野の国府が動く様子は無かったのだ。
痺れを切らせた者達が麿の許に相談に参った。大人しくしていたお陰で、その頃には麿も少掾と成っていたが、放っては置けぬと思うた。
早速、下野の国府に出向いて国守に会った。上野の国府には申し入れをしている。返事が有るまで、騒がず暫し待つようにとの返事だった。
『それなら、麿に掛け合いをさせて欲しい』
と申し入れた。だが、国と国との問題だ、当然、国守同士が話し合う必要があり、少掾如きの出る幕では無いと一蹴された。この男、赴任したばかりとは言え、麿を軽く見ておるなと腹が立った。
暫く抑えていた反骨の気概がむくむくと湧き上がって来てな。弟達や身内の者を集め郎党共も連れて足利に向かい、更に足利の者達も引き連れて上野に入り、麿と弟達が見張って、上野の者達に手を出させぬようにして、郎党達にも手伝わせ、足利の者達に、堰き止める為に川に並べられていた石を全て除かせた。
その足で、厩橋の上野の国府まで行き、捕らえた者達を解き放つよう申し入れようとしたが、報せが入っていたと見えて兵を繰り出して来た。小競り合いとはなったが、まさか、下野の少掾たる者が、上野の兵と戦って国府に押し入り、牢破りまでする訳には行かん。謀叛になってしまうからな。仕方無く、足利の者達を宥めて引き揚げた。思えば、麿としたことが、中途半端なことをしたものよ。上野の兵達は追っては来なかった。
佐野に戻っていると、翌日には国府から呼び出しが有った。
上野の国府からの申し入れが有って、麿を罰するつもりとは察したが、己の国の民を守らず、申し入れが有ったからと言って、麿を捕らえようとするのは筋が違うだろうと思うたので無視した。
足利の者達が訴えた時の動きの鈍さと比べて、下野の国府の動きの素早さには驚いた。今一度呼び出しが有ったが、それも無視すると、三日目には、麿と一族の者を流罪にするとの触れが出た。恐らく、当時の下野守には、上野介に頭の上がらぬ訳があったのであろう」
「…… それで父上は流罪となったのですか? 」
驚いて千方が尋ねると、酒を飲み干した秀郷は、にやりと笑った。
「なったと思うか? 」
「いえ、そう聞いたことは有りません」
「それまで十数年の間、麿は他人との繋がりを作ることに専心していた。暴れたい時もじっと我慢してな。それが我が身を救うことになった。
国府の中にも麿に従う者が多くおってな。国守の言ったことは全て麿の耳に届いていた。麿を捕縛する為に人を集めようとしても、流行病などと言って大勢が出仕しない。
おまけに大掾たる者が、下手に秀郷を刺激すると飛んでもないことに成るなどと言って国守を脅す始末だ」
「大掾と言えば、当時の父上に取っては上役では? しかも、国守の補佐をすべき立場」
「そうじゃ。表向きはな。だが、その頃の麿は既に、役は少掾であっても、大掾を凌ぐ力を持つに至っていたのだ。それを知らぬのは、着任したばかりの国守だけじゃった。
二年後の延長七年(九百二十九年)になって、朝廷の許しを得て、乱行の廉で麿を追討せよとの官符が出された」
「追討? 流罪の後は追討ですか」
「ふふ。天下の極悪人扱いじゃ。
ところが国府にはな、麿を流罪にする官符を出したとの記録は有るが、どこに流したかという記録は無い。追討の官符を出したという記録は有っても、麿はこうして今も生きておる。
将門の乱で、その辺はうやむやになってしもうたが、近隣諸国の兵まで動員しながら、麿を流罪にすることも討つことも出来なかったことは、朝廷には屈辱として残っておる。
忘れてはおらん。話は戻るが、もし麿が上洛していたら、魚名候とは違って、冤罪などでは無く、旧悪を暴いたとして、問う罪に不自由はせんのよ。
追討の官符が出た後は、国守との睨み合いが続いた。油断をすればやられる。麿を守ってくれたのは、面倒を見てやった者達だ。麿に従う者が多かった為、国府は、麿を流罪にすることも、討つことも出来なかったのだ。分かるか? 」
「はい。裏切りと策謀に明け暮れる者達から政を取り上げ、恩と義理を大事に思う者が政を行えば、世は良くなると思いました」
「ふっ、はっはっはっは。愉快、愉快じゃ」
秀郷が声を上げて笑った。
「汝は素直よのう。だが、世の中そう単純に割り切れるものでは無いぞ。…… では聞こう。どうやって、藤原北家から政を取り上げる? 帝でさえ出来ないことだぞ」
「まずは、父上が進められているように、多くの兵と誼を通じ、坂東の者達の力をひとつにすることが必要かと思います」
「それから? 」
「それから…… 」
千方は言葉に詰まった。具体策など何も考えていなかった。
「将門のように乱を起こすか? 」
「いえ…… 」
「勝てまい。朝廷には」
「はい。今の我等の力ではまだ…… 」
「なぜ勝てぬ。汝ひとりの力でも、公家の五人や十人斬り殺すことなど造作も無いことではないか」
「我等が戦う相手は公家ではありません。恐らく、兵同士の戦いになるかと」
「そうじゃ。麿と将門のようにな」
心の中で千方は『しまったと』思った。この話の流れでは、父が将門を討ったことを非難していると取られ兼ねない。
「なぜ、そうなる? 」
「はい。…… 太政官は位階に寄って兵を操ります」
「そうだ。その結果、兵同士が血を流し合い、我等を顎で使う公家共は、京でのうのうとしておることになる」
「は、はい」
「どうした。麿が官位欲しさに将門を討ったと思っておるのか? 」
「いえ。そうは思っておりません」
「将門を見切った後には、少しでも高い官位を得て置きたいと思うた。その後の為にな。だが、官位欲しさに将門を裏切ったと思うておる者達も多い。それは仕方の無いことじゃ」
「見切った? 」
「麿の望むことと将門が進もうとしている方向とは、似て非なるものであったということが分かったので、討つことにした。それまでは、将門と言う男を買っており、あの男に夢を託そうかと言う気にもなっておった。




