八拾伍 父の述懐-夢を捨てた日
「麿が初めて将門という男に興味を抱いたのは承平五年二月のことだ。常陸国・野本で源護の手勢に待ち伏せを受けた将門は、逆に護の三人の息子を討ち取って、追撃の末、護の本拠地まで焼き払ってしまった。それを聞いた時、何という男かと思った。
争いそのものは、身内のいざこざと、護と平真樹という者の間の小競り合いが絡んだものであったが、普通はそこまでやらぬ。護の手勢に打撃を与えて相手が逃走した時点で満足し、意気揚々と引き揚げるところだろう。
当時の源護と言えば、前常陸大掾として厳然とした力を持っており、将門など及びも付かぬ相手であったのだ。その手勢に待ち伏せを受け追い払ったとすれば、それだけでも大変な武名を残せる。大抵はそれで満足してしまうだろう。しかし、面目を潰された護が黙っているはずは無い。兵を集め仕返しに出るだろう。
そうなれば多勢に無勢ということになるが、そう成ったら、真樹と同盟して護と対峙すれば良い。普通の者はそんな風に考える。
しかし、長年領地のことで揉めていたとは言え、己の浮沈を掛けてまで真樹が将門を守るかどうか分からん。己が不利と見れば、将門を見殺しにして、護と手打ちに持ち込むということも大いに有り得る。
そこまで読んでのことか、或いは何も考えず、単に激高した上でのことであったのか、一気に護の本拠地を焼き払うところ迄やってしまった。相手は前常陸大掾だぞ。従う者も多いはずだ。いずれ将門が潰されることになろう。誰もがそう思っていた。噂を聞いた時には、正直、麿もそう思った。
だが、三人の息子を全て討たれ、領地を焼き払われた護にはその力は残っていなかった。たった一匹の犬が、いきなり熊の喉笛に飛びついて噛み切ってしまったのだ。
麿は、将門という男の戦の才について、並々ならぬものを感じた。それが本物かどうか、他人にも調べさせ、麿自身も武蔵から下総に入って噂を集めた。その際、草原にも寄って、そのほうの母・露女に出会うたのじゃ。
その頃はまだ、将門が朝廷に盾を突いて乱を起こすとまでは思うてもおらず、手懐けて置けば何かの際に使える男かも知れぬと思うていただけだがな。
だが、身内の争い事を抱えていた将門が、焼き討ちの際、護の舘に居た伯父の国香をも焼け死させていたことから、身内の争いが拡大して武蔵にまで及ぶことは有り得ると思った。
そして、武蔵の村岡に拠点を置いていた良文の動きも気になった。何しろ良文は、音に聞こえた剛の者であったからな。下総と村岡を結ぶ線の上に有ったのが草原だ。
村岡から刀祢川沿いに東に進み、更に川沿いに南に向かうとすれば草原の辺りを通ることになる。
村岡五郎(良文)の動きを知る為には、草原は大事な拠点と思えた。僅かな縁を辿って久稔と誼を通じておこうと思った。
久稔に取っても益の有ることと読んでの上のことじゃ。結局、鎮守府将軍として陸奥に在った良文は動かなかったがな。
探った結果、麿は益々将門に興味を持つようになった。そのうち、将門は伯父の良正を破り、その結果、遂に良兼が兵を起こして良正、貞盛と連合して将門に戦を挑んだ。
この頃になると、将門の強さに驚くと言うより、良正、良兼らの愚かさに、麿は呆れておったがのう。
だが、仮にも上総介・平良兼が兵を起こしたとすれば、事態がどう動くか分からぬ。細作を放って、動きを監視させた。
何と、わざわざ北上してこの下野との国境辺りで将門を向かい討とうとしていると言う報せが入って来た時には、呆れるのを通り越して、『馬鹿者共めが』と怒りが沸いて来た。
この下野に雪崩込んで来る事態を考えねばならぬ。恐らくは破れ、将門に追われてな。そうなれば、貞盛は縁者ゆえ、良兼は貞盛を通じ麿に助力を求めて来るに違いないと思った。麿は将門と戦いたくは無かった。かと言って、平氏の身内の争いに介入して将門に味方する訳にも行かず、佐野に引き上げることにした。
郎党共は、下野の地を土足で踏み躙られ黙っていたら、この秀郷の名折れになると口々に言い立ておった。
秀郷が尻尾を巻いて逃げ出したと言われたら、土豪共に軽く見られ離反する者が続出し、国府が麿の捕縛に動くかも知れぬと思ったのであろう。
麿には考えが有る。従えぬ者は暇を出すから、今この場から去れ! と一喝して、僅かな留守居の者を残して、門を閉じて佐野に引き揚げた。幸い、去る者はひとりも出なかった。
探らせていたところ、将門は良兼らを下野国府に追い込んだが、意外にも護を攻めた時のように徹底的にはやらず、下野の国守の説得に応じ良兼らを開放し、囲みを解いて引き揚げたと言う。後から知った処では、どうやら、私君・忠平を憚ってのことだったらしいがの。
その後、土豪達の引き締めには、麿も相当骨を折った。
天慶二年(九百三十九年)十一月のことじゃ。常陸の国府を襲って、将門が私闘から謀叛へと突き進んだ。
千の兵で、常陸介・藤原維幾率いる三千の国府軍を破り、国府の印鎰(長官の印と諸司・城門・蔵などの鍵)を奪ったのだ。
そして、翌十二月に入ると、この下野に兵を向けると思われるとの報せが入って来た。
麿は本当に迷っておった。その頃になると、将門の力は強大に成っていたから、もはや都合良く使うなどという訳には行かぬ。良くて対等。或いは麿が将門の下に付くことになるかも知れぬと思うた。
だが、取り敢えずは、また佐野に引き揚げることとした。様子を見る為にな。
前回、私闘の頃の将門が侵入して来た時とは違い、麿は、舘を空にし、郎党共を一人も残さず佐野に連れて戻った。そして、門は閉ざさず開けたままにした。当然、将門の兵が侵入して略奪を行うと思った。舘は踏み荒らされ、調度は奪われることになるだろうとは思った。だが、そんなことはどうでも良かった。まだ、将門を敵に回す気には成っていなかった。門を閉ざすことは、将門を拒否したと取られる。開けて置いて、どうぞ好きに使ってくれと言う意思を示したのじゃ。まずは静観してみよう。それが麿の結論だった。
下野守らは、戦わず将門に降伏して印鎰を差し出したが、追放された。
そして、将門はその日のうちに佐野に使いを寄越し、会いたいと言って来た。行けば従うより他に無い。従わぬと言えば殺されるだろう。佐野に籠って戦うにも、兵を集める暇も無かった。
場合に寄っては将門の下に付くこともやむを得ぬことと覚悟したが、問題は、果たして謀叛が成功するかどうかであった。
策が無ければ、強いだけでは上手くは行かぬ。先を読む必要が有ったが、将門の動きが余りにも早かった為、十分な情報が得られていなかった。
麿が策を授ける立場に成れば良いと思うた。そう思うて、翌日、将門を訪ねたのだ」
「将門とはどんな男でした? 」
そこに特に興味を持っていた千方が尋ねた。
「大柄で、見るからに逞しい男であった。その大男が、麿が尋ねて来たと聞いて奥から広間へ慌てて飛び出して来た。そして、満面の笑みを湛え、
『秀郷殿、良う来て下された』
と走り寄って来て、今にも麿の両の手を取りそうになった」
「はい。それで? 」
千方が思わず身を乗り出した。
「その時、咳払いが聞こえたのだ」
「咳払い? 」
「後ろにおった公家姿の男だ」
「興世王? …… 」
「その通りじゃ。一瞬動きを止めた将門が、笑みを消して屈み掛けていた身体をゆっくりと起こし、上座に向かった。そして、こちらを向いて腰を下ろした後、取って付けたような表情を作り、ことさら重々しそうに
『良う参った、秀郷殿』
と抜かしおった。それで全てが読めた」
「それで将門を見切ったということですか」
「いや、その時はまだ、完全に見切ってはおらなんだ。ただ、この腐れ公家を何とかしなければと思うた。この男が付いている限りは、坂東の者達が望んでいる世など作れぬとな。
だが、この機を逃して良いのか? と己自身に問い掛ける心が残っておった。麿も表情を作り、恭しく将門に名簿を捧げた上、退席した」
「その時、朝鳥も従っていたのですね。外に出てから
『愚かな』
と父上が呟くのを聞いたと申しておりました。
「そうであったか」
「その後、将門は上野に出兵し、十九日には国府を落とした。そして、菅原道真の霊を通じて八幡大菩薩の託宣が有ったとして新皇を称し、あの除目を行ったのだ。将門の除目に付いては存じておるか? 」
「はい。朝鳥から聞きました」
「武蔵守は誰とした? 」
「はい。確か、武蔵守は、なぜか任じていなかったと思います。え? まさか」
「ふん。将門に会うて後、麿は動かなかった。思案しておったのじゃ。上野の将門自身から密かに使いが参った。武蔵守の座を用意してお待ちしておるとな」
「下野守では無く、なぜ武蔵守だったのでしょう? 」
「麿を下野守にするのは危険と思うたのであろうな」
「成る程。父上の力が大きくなり過ぎるのを警戒したということですね」
「うん。…… そういうことじゃ…… 」
秀郷の目がとろんとしているのに千方は気付いた。
「除目を行ったことは括目すべきことじゃ。
京には官位を受けられず長年、只働きをさせられて不満を持っている若い者達が大勢おる。将門があのまま勝ち続け、地位を確立すれば、その不満の輩を自陣に取り込むことが出来る。官位欲しさに京の朝廷を見限る者が続出したことだろう。
だがな、除目とは、朝廷のみが行えることで、それこそが朝廷…… と言うよりも公卿達、更に言えば藤原北家の者達の力の正体だからな…… う~、だが将門は新皇などと名乗ってしまった以上、除目を行わざるを得なかったのだ…… だが、それは諸刃の剣じゃ。…… それが、将門を滅ぼすことになった…… う? 分かるか六郎…… 」
その後、話が戻って、将門、興世王の印象、会談した時の雰囲気などに付いて話し始めたが、秀郷の言葉は途切れ途切れとなり、やがて眼を閉じ、首を項垂れてしまった。
そこには、もはや、下野の暴れん坊としての面影も、策士・大狸と言われた男の印象も無く、ただ、酔い痴れた老人がうたた寝をする姿が有るだけだった。
千方は一抹の寂しさを感じた。
静かに廊下に出、郎党を呼んで、一緒に秀郷を寝床に運んだ。




