七拾四 出羽夢譚-朝貢 2
出羽守の任を終えて帰京した男が、或る公卿の前に平伏している。
目の前には布を掛けて台の上に乗せた貢物が置かれている。
「無事、出羽守の任を終えることが出来ました。これも偏に大納言様のお陰と思うております。感謝の気持ちの万分の一にも成りませぬが、出羽の土産を持参致しました。お気に召して頂けるかどうか分りませぬが、お収め頂ければ、望外の仕合わせに存じます」
「ふん。何であろうかの? これへ」
大納言が言う。
控えていた家司が立ち上がる。目で指示をすると、二人の従者が腰を低くし、摺足で貢物に近付き大納言の前まで運ぶ。
二人の従者は貢物を大納言の前に置くと、腰を低くしたまま後ずさりをして隅に退く。家司が覆っていた布をめくる。
「おお、美しいのう。見事な細工じゃ。何の飾りじゃ? 」
「恐れながら申し上げます。それは、馬飾りに御座います」
「何? 馬飾り…… 麿に、馬に乗ってどこへ出陣せよと申すのか? 」
「め、め、滅相も御座いません。そ、そのようなつもりは毛頭御座いません。ただ、美しき細工物ゆえ、お飾り頂ければと思い…… も、申し訳御座いません」
大納言の機嫌を損ねたと思った男は、脂汗を流し、己の今後に、殆ど絶望的な感情が湧いて来るのを抑切れなくなっていた。
「広げて見せよ」
再び二人の従者が貢物に歩み寄り、広げて大納言の方に向ける。
「うむ。見事な細工じゃ。馬飾りか…… 美しいのう。近衛の兵達の馬に着けて並べたら、さぞかし良き見栄えとなろう。これ一つのみか」
「は、はい」
大納言が気を悪くしたのでは無く、他意の無い言葉だと知って、大いにほっとした前出羽守だったが、これ一つのみかと言われてまた困った。
「蝦夷から献上されたもので、これ一つのみに御座います」
「蝦夷にこれほどの細工は出来まい。どこから手に入れたものか? 」
「さ、さあ。恐らくは、異国の船が難破して流れ着いたものではないかと思われます」
「確かめておらぬのか? 使えぬ男よのう」
「お、恐れ入ります」
今度は本当に気を悪くされたかと思った。
「良いわ。主上(天皇)のお目に掛け、お気に召して頂ければ、朝廷抱えの匠に作らせてみよう」
「ははっ。至らぬことで申し訳も御座いません」
「この品気に入ったぞ。大義」
「はは~っ」
その六年ほども前のこと。出羽の海岸。三十~四十人の蝦夷が海辺に集まり沖の方を見ながら騒いでいた。水平線の彼方に帆柱のようなものが見え隠れしているのだ。二日前に海が荒れた。風に吹き流された大和の船だろうか。
「もし、あのままこの浜に着けるつもりなら、どうする? 」
「大和の者をこの浜に上げる訳には行かん。追っ払うしかねぇ」
「どうやって? 」
「近付いて来たら、舟出して火矢を射掛けて追っ払う」
「そうだな。舟集めろ! 舟」
「しっかし、でけえ船だぞありゃあ。勝てるかな」
「馬鹿言ってんじゃねえ。大和者なんぞに負ける訳ねえ」
「軍船かも知れねえぞ。吹き流されたんじゃなくて、この辺りを攻める為に来た大和の軍かも知れねえ」
「そんなら、こっちも本気で戦うだけだ。村長に報せろ! 」
報せを受けた村長は、浜に出た。
「年寄、女、童は山に隠れさせろ! 男らは舟を有るだけ掻き集め、火矢の用意をしろ! 」
数名が村に走り、女子供の避難の指図をし、後の男達は舟の手配と火矢の準備の為散って行く。
二刻(一時間)ほど後、弓と、松脂を塗った布を巻いた矢の束を持ち、二十数艘の小舟に乗り込んだ男達が村長の指図を待っている。蝦夷の数は七十~八十人にも達していようか。
「恐ろしく早い船だ。…… あれは、大和の船では無い」
船はもうその姿がはっきりと見て取れるほどに接近して来ている。舳先の飾りや帆の形が、明らかに大和のものとは違う。そして、竜骨を持った船である。
大和の船は大船でも、未だ、川船のような平底構造なのである。当然、早さや機敏性に大きな差が出る。この船の構造の差こそが、百済に加勢して朝鮮半島に出兵した大和軍が、六百六十三年(天智二年)八月、白村江の戦いで、唐と新羅の連合軍に大敗した原因のひとつと言われている。
徐々に近付いて来る大船。異国人らしい風体の水夫達が船上を動き回り、見慣れぬ派手な甲冑を付けた将兵の姿も見て取れる。だが、火矢を打ち込むとなれば、もっともっと近付かなければならない。
「恐れることぁねえぞ。上からならもう届く距離なのに、奴等、矢も射掛けてこねえ。きっと恐れを成しているんだ」
「いいか。矢を無駄にするな。もっと近付くんだ。合図をしたら、一斉に射掛けろ。種火が消えないように気を付けろ! いいな」
「おう! 分ってらい」
その時、ひとりの男が舳先に立って、頭の上で両手を大きく振り始めた。他の乗組員とは違う風体の男だ。
「お~い! お~い! 待て! 待て! 戦うつもりは無い」
和語である。
「何か言ってるぞ」
「構うことぁねえ。矢に火を点けろ、早くしろ」
「待て! 聞くだけ聞いてみよう」
「村長。騙すつもりかも知れませんぞ」
「聞いてやる! 何が言いたい! 」
村長が大船に向かって叫んだ。
「水と食料を補給したいだけだ! 戦うつもりは無い! 吾は、元渤海国の者だ。使節に従ってこの国に来て、三年ほど京におったことが有る。今は東丹国に従っている。
嵐に遭って船団から逸れ、流れ着いた。水と食料を補給出来れば、十分な礼はする」
男はそう言った。
「水と食料を補給したいだけだ! 戦うつもりは無い!」
と言う言葉だけは、はっきりと聞き取れた。しかし、後は、風に遮られて、はっきりとは聞こえなかった。
「騙すつもりで無いなら、小舟を降ろし、汝ひとりがこっちへ来い! 」
「分かった! そちらも騙すなよ。射るな! 」
やがて小舟が降ろされ、漕ぎ手の他はその男ひとりで、蝦夷の村長が乗った舟の方へ漕ぎ寄せて来た。
結局、争いは避けられることになる。
乗組員達は上陸し、蝦夷達に様々な珍しい品を贈る。半月ほど滞在し、風待ちをして、蝦夷から提供された水と食料を積み込み、船は帰って行った。その際、和語の話せる渤海人の男はこの地に居残った。
二年後、東丹国の船が再び出羽の沖に現れる。今度は三隻の船団である。流されたのでは無く、出羽を目指して渡って来たのだ。
この頃には、居残った渤海人の男は、すっかり村に溶け込んでいた。東丹は以前に倍した贈り物を蝦夷達に贈る。そして、ひとつの提案をしたのだ。
「この村の代表を我が東丹国の宗主国である契丹に招待したい。皇帝にも拝謁出来るぞ。もちろん、沢山の贈り物も用意すると申しておる」
渤海人の男が、東丹人の言葉を通訳して村長に伝える。
「但し、ひとつだけ条件が有る。皇帝に拝謁するのだから、正装を用意して貰いたい。大和朝廷の正装をな」
「大和の正装? なぜ我等がそんな物を着なければならんのだ。我等には我等の正装が有る」
「遼の皇帝に拝謁するのだぞ。この国を代表する者でなけれは拝謁が適う訳がなかろう」
蝦夷達は互いに顔を見合わせた。
半年後、十人の出羽の蝦夷達の姿が、黄河中流域に有る遼の都・開封の王宮に在った。両脇には百官が居並び、遥か遠くに見える壇上に据え付けられた玉座には、煌びやかな衣装を身に着けた皇帝が座している。
「皇帝陛下に、謹んで申し上げます。この度、陛下の忠実な僕である東丹国王は、遥か東の海に浮かぶ蛮国・日本に人を遣わし、強大な遼国の力と皇帝陛下の慈愛について説き聞かせましたところ、かの蛮人共も深く感銘し、陛下の徳を慕って、貢物を捧げ、臣従する為に使者を送って参りました。
早速、謁見の栄を賜りましたこと、この者達、深く感謝致しているところで御座います」
文官らしい男が大音声で言上しているが、もちろん契丹語であるから、蝦夷達は、何を言われているのか全く分からない。ただ、仕方無くひれ伏しているだけだ。そして、その装束を見ると、どこで調達して来たのか、束帯姿有り、直衣姿有り、狩衣姿の者まで居る始末。いずれも、着こなしがめちゃくちゃで、大和の者が見れば、正に珍妙と言う他にない光景なのである。
遼(契丹)と日本との間には正式な国交は無かった。
しかし、後日談になるが、嘉保二年(千九十四年)五月二十五日、前大宰権帥の正二位・権中納言・藤原伊房が前対馬守・藤原敦輔と謀り、国禁の私貿易を行った。発覚後、伊房は従二位に降格。敦輔は従五位下の位階を剥奪された。
注目すべきは、平将門が『実力者が天下を治める』例として遼の太祖・耶律阿保機を挙げていることである。
因みに、契丹は中国史上最初に中原を制した、異民族による征服王朝である。それは、モンゴル族のチンギス・ハーンが中原を制する凡そ二世紀前のことだ。又、そのチンギス・ハーンがブレインとして重用した耶律楚材は遼(契丹)の太祖・耶律阿保機の長男である東丹国の懐王の九世の末裔と言われる。




