七拾弐 黄金 2
都留儀と話が有るとのことで、朝鳥は同行を遠慮した。恐らく、長い距離を歩くことになると知って億劫になったのだろう。千方の供は、夜叉丸と秋天丸の二人だ。
吉次の部下は四人。他に都留儀が警護と恐らくは監視の為に付けた郎党が六人。総勢十四人は朝早く馬で舘を出発し山に入った。
二つほどの山を越し谷に降りる。
「うま は このあたりに おいてまいりましょう」
吉次が言った。
「ならば、馬は吾が見ておりましょう」
郎党の一人が馬の見張り役として残ることになった。
山間の川にしては広い流域を持った川だ。山間を縫うようにして清らかな水が流れている。屈曲の多い川で、大小の岩や小石が転がっている。岩や大きめの石を伝うようにして一行は上流へと向かう。吉次の部下達は何かを入れた革袋を背負っている。
「このあたりで ためしてみましょう」
吉次の部下の一人が言った。
「うん。ちけいもよい。やってみるか」
辺りを見回しながら吉次が頷く。部下達は背負っていた荷を降ろし準備に掛かる。
吉次と部下達の会話は新羅の言葉でする方が遥かに楽なのであろうが、何を話しているのか分からないということは、都留儀の郎党達に疑念を抱かせる基となる。吉次は都留儀やその郎党達の前で部下達に新羅語で話すことは決してし無かったし、部下達にもきつくそう命じていた。
「まずは くさねびき をしてみましょう」
吉次が千方に言った。
「くさねびき? 」
「はい」
と言うと吉次が内側に湾曲した流れの水際に草の繁っている辺りを指差した。
裾を捲り上げて紐で縛った部下達が草を引き抜いて来て、根に付いた土を、丁寧に、窪みの有る厚い木の盆のような物の上に払い落す。
幅一尺(二十九・四センチ:唐尺)長さ二尺(五十八・八センチ)ほど。厚さは二寸(五・八センチ)ほどの柳の木の盆で、手前の縁を残し、中を刳り抜いたものだ。先が少し広がっている。それを流れの中に持って行き、揺らすように動かし始めた。
「何をしておるのか? 」
千方が尋ねた。
「きんは あるしゅの いわのなかに、そうをなして うもれております。しかし、ほんのすこしです。いわをくだいて こなごなに しなければなりません。たいへんなひとでと ときがかかります。ですが、さいわいにも、くだけたいわが ながいときをかけて かわを ころがってくだるうちに すなとなって つもります。それを よりわけて きんを とりだすことが できます。このように ながれが おおきくまがっているところでは すなが おおくつもっていますので きんもおおく まじっていることが あります。きんは くさのねにも つちやすなにまじって つきます」
千方は、水の中に盆を入れて揺すっている吉次の部下の後ろに回って、興味深げに覗き込んだ。夜叉丸と秋天丸も目を輝かせて覗き込む。
「それは、何と言う道具じゃ」
「やまとことばでは ゆりいた といっております」
「光っています、六郎様。金で御座います」
秋天丸が興奮して声を上げた。
「うん? おお、真じゃ、光っておる」
「ははは。ちがいます。それは うんも でごさいますよ。ゆれておりましょう。きんは そのようにかるくはありませぬ」
後ろから吉次が言った。
「…… うん、そうか。金はどこに有る? 見えぬのう」
「まあ、そう おいそぎなさいますな。そんなにきんがとれたら あべさまのやかたの ゆかも はしらも やねも すべて こがねとなってしまいましょう」
「それもそうだな。採れぬから珍重される訳だ」
「そればかりでは ございません。きんは てつよりも しゅ(鉛)よりも おもく、しかも てつ や どう のように さびたりはしません。そのうえ きんはやわらかく さいくもしやすく たたいて かみよりも うすくのばすこともできます。そして、いつどこにおいても こうきな かがやきを うしなわないのです」
「どのようにして金を見付けるのか? 」
「はい、いま やっているように つちやすな を ゆりいたにいれて みずのなかで ゆりうごかします。すると、おおきくてかるいつぶは うえのほうにあがってきます。ちいさいつぶ おもいつぶは したのほうに しずんでゆきます。うえにあがってきた つぶのなかには きんはありませんから すてます。のこったものを またみずのなかで ゆすります。そして、また うえにあがってきたつぶを すてます。にさんど それをくりかえすと もし おおきなきんのつぶが まじっていれば みわけられます。しかし、そんなおおきなつぶは めったにありませんから こまかいすなが そこのほうにのこります。さらに みずのなかで ゆすると こまかいすなのなかでも おもいきんが したにしずんでゆきます。さらにくりかえすと さきんがあれば こまかいきんのつぶが あつまってくるのです」
「ふ~ん。成る程な。…… しかし、手間の掛かるものだな。小さな革袋でさえ、一杯にするのは、大変なことなのだな」
「はい。だからこそ かちが あるのです」
「ところで、この辺りには有りそうか? 」
「あるか ないか といわれれば そこいらじゅうに あるものです」
「真か? 」
「ただ、あまりに すくなければ てまだけ かかって わりに あいませぬ。もんだいは どれほど ふくまれて いるかです」
「楽しみだな」
そう言って千方は、作業を続ける吉次の部下の手許を注視した。夜叉丸、秋天丸も、目を輝かせて覗き込む。
古代日本で金鉱床の発見が遅れたのは、自然条件と技術水準に因る。
まず、日本のような弧状列島と朝鮮半島を含む大陸の地質では、地質の成り立ちに違いが有る。
日本列島は地質学的に活発な変動帯にあり、多数の火山が北海道から九州まで分布している。しかも、過去二千万年に渡って、ずっと火山島弧の状態に在った。
日本の主要な金鉱床は、地表近くに生成している。こうした金鉱床の中に入っている金の粒子は一般に微細だ。
これに対して、大陸では数億年或いは数十億年前に変動の時期を終え、安定した地域が広く存在する。こうした大陸型の金鉱床の鉱石には、しばしば大きな金粒が入っている。地下深部に生成した金鉱床も、数億年の時間が経つうちに、その地域の隆起と共に、鉱脈を隠していた上部の岩石が浸食作用で削り取られ、鉱脈が次第に地表に露出して来る。
島弧でも大陸でも、地表に露出した金鉱脈はやがて風化して、ばらばらに崩れて行く。岩屑や鉱物の分子は、雨水に洗われ、河川で運ばれる。この時、地形の状況に寄っては、大きな岩屑と一緒に金が現地に残留することが有る。
また、流水で運ばれる岩屑と金の粒子が、河床や川岸に堆積することが有るのだ。これらの金の濃集体を砂金鉱床と呼ぶ。古代の人々が最初に利用したのは、こうした砂金であった。
しかし、日本にも小規模ながら、地下深くに出来た大陸型の金鉱床が有る。
それは、他ならぬ奥六郡に有ったのだ。
現在の宮城県から岩手県に掛けての南部北上山地に分布する金鉱脈は、日本がまだアジア大陸の一部だった頃、凡そ一億年も前に出来た大陸型の鉱床なのである。
百済王・敬福が砂金を発見した黄金迫や、古代中世の数百年に渡り日本の産金を支えた北上山地の砂金は、こうした大陸型の金鉱をその源に持っていた。
後に藤原清衡が中尊寺の金色堂を建立するに至るのも、この金鉱床が有って、始めて可能となったことであり、マルコポーロが伝え聞いた『黄金の国ジパング』のイメージもこの辺りから醸成されて行ったものであろう。
千方主従三人は、食い入るように吉次の部下の一人が扱う揺り板を覗き込んでいる。
吉次の部下は慣れた手付きで、水の中の揺り板を円を描くように廻しては、手前を持ち上げて、上の方に浮いた砂を、流れに乗せて捨てて行く。上澄みが流れ出ると、素早く手首を返して、下に残った砂を一気に手前に戻す。そしてまた、水の中で円を描くように廻す。次第に砂の量は少なくなり、且つ細かい粒子のみとなって行く。
「金ではないのか? 」
残った砂の中に、金色の粒が混じっているのを見付けて千方が尋ねる。
それは、雲母のように、陽の光を受けてきらきらと光っている訳では無いが、重厚で落ち着いた金色の粒だった。揺り板を水から引き揚げ土の上に置くと、濡れた指を袖で拭った吉次の部下が、金色の粒に乾いた指先を押し付ける。少し持ち上げて素早く親指を合わせて摘んで、千方の方に腕を伸ばした。
千方が手を出して、掌を開く。吉次の部下が、その上に小さな金の粒を置いた。夜叉丸と秋天丸も覗き込む。
「ほんの すうつぶ のようでございますな」
千方に言った後、
「あのあたりと あのあたりで ためしてみよ」
と吉次が部下達に指示した。道具の入った革袋を担いだ部下達が指示された辺りに向かって散って行く。
指示された場所に着くと、部下達は、革袋の中から、揺り板と、大きな三角形の鉄制の刃に柄の付いた、カッチャと呼ばれる土を掘る道具を取り出し、川辺の土を掘り始めた。そして、揺り板に入れて水の中での選別作業を繰り返す。
数刻の後、部下達が集めて来た金の粒を掌に乗せ、
「ふ~ん。これだけか」
と吉次が呟いた。
「このあたりは あまり きたいできぬようです。もうすこし じょうりゅうに いってみましょう」
一行は上流に移動し、更に探査を続けた。しかし、千方達が同行したこの日、捗々しい成果は得られなかった。
同じ日、忠頼は全く別の場所に居た。
やはり川辺である。河原には、十基ほどの流し桶が設置されている。流し桶とは、長さ四尺(約一メートル)ほどの樋のようなもので、水路と桟を組み合わせたようなものである。砂金を含む土砂を流し、砂金を桟や筵に引っ掛けて回収する装置なのだ。当然、揺り板より遥かに大量の土砂を一挙に処理出来る。
「どうじゃ、順調に行っておるか? 」
「はい、忠頼様。ここには、まだまだ多くの金が埋もれております」
郎党が答える。
「そうか。精を出してくれ。我等の目指す日高見の国を作る為に欠かせぬことじゃ」
『力で抑え込むには限界が有る。今、我等に必要なのは、財力と象徴だ。吾にはその道筋が見える。いつの日か、必ず我等の国を作って見せる。いつまで大和に媚びているつもりは無い』
山波を見渡しながら、忠頼は心が高ぶるのを感じた。




