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藤原千方伝・坂東の風  作者: 青木 航
幼年編 第一章
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拾九 弓矢と竹藪

 杜木濡そまきぬ一族のその後についても祖真紀は語ったが、触れないことにする。

 千方の日常に戻ろう。

 弓と乗馬は、暫くの間、古能代が着きっ切りで教えることとなった。筋肉が疲れていない朝方、まず、半弓の稽古をする。次に乗馬。最後に太刀打ちとなるが、これは朝鳥が受け持つ。太刀打ちの最後は、決まって朝鳥の連続横面打ちとなり、千方がを上げるまで続く。この郷に来て三日目には客扱いの日々は終わり、そんな繰り返しが千方の日常となった。

 角髪みずらも解き後ろで束ねて、その姿は完全にさとわらべ同様となった千方は、未だ経験したことの無い毎日と向き合うこととなった。

 古能代との稽古は、豊地との稽古とも、朝鳥とのそれとも違っていた。豊地は、只管ひたすら熱心に指導し、微に入り細に入り、千方に技を教え込もうとした。朝鳥は、豊地と比べれば乾いた態度で千方との距離を取り、少し突き放した様子で接していた。しかし、ぶつかりながらも、千方にはやはり甘えがある。ところが、古能代との稽古は、それとは全く違った雰囲気をふたりの間に漂わせることとなった。

 もちろん古能代は千方に威圧的に接したりはしない。あくまで謙虚で慇懃な態度を崩したりはしないが、その風貌と無口な性格からか、千方から見れば、甘えを許さない壁がそこにある。なんのかんの言っても、朝鳥は千常から与えられた千方の郎等であるのに対し、古能代はそうではないということもあるのかも知れない。

 弓について言えば、長弓と半弓の違いはあるが、千方も幼い頃より習っている。しかもすじは悪くはない。呼吸を整え、形を整えて精神を集中してじっくりまとを狙う稽古を続けて来た千方がそのようにしようとすると、古能代は、引き絞ったら間髪を入れず放つよう指示した。しかも、的などは設置せず、とにかく次から次に放てと言う。矢がどこへ飛ぼうと、そんなことは全く気にする様子は無い。

 これが朝鳥相手の稽古であったなら、

「こんなやり方で上手くなるのか? 」

と千方は問い掛けていたことだろう。しかし、なんと無くではあったが、そんな質問を投げ掛けられる雰囲気は無かった。おまけに、半弓は千方が想像していたよりもはるかに張りが強く、千方の腕の筋肉は見る見る固くなって行った。疲労の溜まった筋肉では十分につるを引き切ることが出来なくなり、矢は急速に力を失って近くに落ちるようになる。

 それを見ていた古能代が、

「少し、休まれませ」

と声を掛けた。

 しかし、気を抜いた千方が何と無く空を見上げていると、

「そろそろ参りましょうか」

と声を掛けて来る。もう少し休みたいと思ったが、仕方無く千方はまた射始める。一度疲労の溜まった筋肉はそう簡単に回復はしない。前よりも短い時間で限界に達する。頃合いを見て古能代が声を掛けて来るが、休んだと思う暇も無く、また再開することになる。それが数度繰り返され『もう、この辺で良いであろう』と千方が思い始めてから大分経ってから、

「弓はこの辺に致しましょうか」

とやっと古能代が言った。

「では、後ほど乗馬の稽古を致しましょう。矢をお願いします」

 そう言い残して古能代は去ってしまった。

 ”矢? ” 一瞬、千方には何のことか分からなかった。少しして『矢を拾えということか』と思い当たった。矢は後で誰かが拾い集めるものだと思い込んでいたのだ。最初、郷人の誰かに言って拾わせようかと考えた。しかし、それならば、古能代自身が指示しているはずだ。自分で誰かに命じるのは少々気が重いし、さすがに気が退ける。結局、自分で拾えということなのか。そう思い至るまでに、千方の思考回路は多少の時間を要した。

 木に突き刺さっているものが多いが、外れて遥か遠くに落ちているもの、射損ねてあらぬ方向に飛んで行ったもの、力無く近くに落ちたものなど、様々に散っている。仕方無く千方は、近くに落ちている矢から拾い始めた。それは良いのだが、どこへ飛ぼうと古能代が何も言わなかったこともあり、疲れて来てからは、半ば承知の上で藪に打ち込んでしまった矢もあるのだ。

『何でこんなことまでやらねばならぬのか』

との思いはぎったが、仕方が無いとすぐに諦めが付いた。結局今はそれをやるしかないのだ。

 拾いながら、朝鳥なら何と言っただろうと考えてみた。

『矢はいくさの際に最も大事なもののひとつで御座いますぞ。矢切れとなれば命に拘わります。その大事なものを人任せにされるおつもりか? 矢一本を作るのにどれほどの手間が掛かるとお思いか。まず、鷹を捕えねばなりますまい。一羽の鷹から取れる矢羽は限られます。竹を割って真直ぐに整えて削り、切れ込みを入れて羽根を選んで差し込みしっかりと固定して真直ぐに飛ぶように調整する。詳しいことは分かりませぬが、兎に角、手間が掛かります。ここの者達はそれをすべて自分でやっているのです。今放たれた矢の一本一本が、誰かが自分の為に精根込めて作ったものですぞ”

 きっとそんな風に長々と講釈するに違いない。想像すれば自分でも察しのつくことをそんな風に言われたら、きっと自分はむくれるだろう。そう考えると千方は自分でも可笑しくなった。

 余りやる気が無かったので、最初、十本ほど拾ったら戻って矢筒に収め、また拾いに行くという全く非効率なやり方でやっていたが、或いは試されているのではないかと思い当たった。

 千方は、矢筒を三つほどそのひもを持って肩に担ぎ、矢の散っている辺りまで行ってそこに置き、ひとつを持って拾い集め、一杯になったら替えるという方法に替えた。気持ちを切り替えたせいか作業も早まり、木に刺さったものを抜いてほとんどの矢を集め終わった。

 しかし、左手奥の藪に打ち込んでしまったものも何本かあるはずである。探して見ようと藪に入りあちこち探してみたが、わずか一本の矢を見付けることが出来ただけで、後はどこに飛んだのか皆目分からない。おまけに、落ちていた竹の枝を踏んだ時、その端が足の裏に刺さってしまった。

「うっ」

うめいて左足を上げ、竹を掴んで刺さった小枝を抜いた。

『もうこの辺で良いだろう』

探そうという気持ちの切れた千方は、そう自分に言い聞かせた。

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