吸血鬼さんと奥さんと
病院の待合室は、今日は人が少ない。そこでぼんやりと待っていたとき、受付から「浜坂さん、どうぞ」と声がかけられた。
一瞬辺りを見回したけれど、よくよく考えたら私以外にいる訳もなく、「はあい」と返事をしてから、診察室へと入っていった。
真夜さんのかかりつけの病院は、真夜さん家の血筋のことも、真夜さんの体質のこともよく知っていて、私が通うことになったところも自然とそこだった。
真っ白で清潔な診察室で、お医者さんに診てもらう。
今日の定期検診も特に問題がなく終わり、食事の話や健康管理の話を聞いてから、私は病院を出ることにした。
外では、おろおろしながら真夜さんが待っていた。
「終わりましたー」
「あー……今日はどうやった?」
「別に? 順調だってさ」
「あー……ほんまによかったぁ……」
籍を入れてしばらく経つけれど、この人の過保護は加速していくばかりだ。
私の妊娠が発覚したとき、一緒に病院に行って何回も赤ちゃんの体質のことをお医者さんに確認していた。
鏡に映らないし、写真にも写らない。この辺りは現代社会を生きる上では致命的だから、余計に子供まで同じ体質になったらどうしようと思ったみたい。
もうすっかりと真夜さんの体質に慣れてしまった私からしてみれば、そこまで怖がらないでもと思うけど、怖がり過ぎて一度失踪しているくらいだから、真夜さんの中ではこちらが思っている以上にナイーブな問題らしい。
真夜さんとのんびり歩きながら、私は思ったことを言う。
「もう、ちゃんと私にプロポーズのときに言ったでしょうが。灰にならないでベッドで寝ててって」
「そりゃ言うたけど」
本人なりに頑張ったんだろうけど、プロポーズ受けたときの話を振ると、途端に顔を真っ赤にしてあっちこっちに視線をさまよわせる。
乙女か。
「大丈夫だってば。あなたと似ているんだったら絶対に可愛い子だし、あなたが育てたら、ちょっと残念な健康オタクになるだけでしょうが。ほら、なんにも問題ないでしょ」
「って、うちのん健康オタクになるの決定事項かいな」
「えっ、多分そうじゃないの? 私は適当に聞き流すけど」
「いや、流すな。なるちゃんのズボラは下手したら体壊すレベルやし」
「もうそこまで壊すほどズボラしてないし」
そう言っていたら、真夜さんはなにげない様子で手を差し出してきた。それに私は自分の手を載せると、軽く握られた。
もうちょっとしたら暑くて手を繋いでいられないだろうし、きっと今だけだろう。
夏が終わったら、家族も増えるし。
「今晩はなに食べたい?」
「うーんと、まだ夏野菜は早いかなあ。野菜がたくさん食べたい」
「ラタトゥーユがええかなあ」
「あ、おいしそう」
新しく家族が増えるのを待ちながら、今の時間を楽しもう。
<了>
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