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この手に平和をもう一度 ~英雄再生譚~  作者: 小夏雅彦
プロローグ
2/48

星海の世界

「シルバ、スタ……」

 リナは呆けた表情でシルバスタ、園崎真一郎を見た。

 真一郎は彼女を一瞥し、走り出した。


 一瞬のうちに十メートルはあった水鏡と柱との距離を一瞬にして詰め、

飛び出した。リナが何かを叫んだ。その先は石畳の階段になっており、

距離は二十メートル、地上からの高さは五メートルほどあった。

落ちれば怪我をする恐れもある。


 だが、シルバスタの強化脚力を持ってすればその程度の距離はないも同然だ。


 シルバスタは眼下の戦場を見た。星明かりの下、僅かに立った篝火に

よって照らされた戦場は、生身の目では戦場を見通すことなど出来まい。

 だが、シルバスタには暗視能力が標準装備されている。金色の目が

一際強く輝いたかと思うと、彼の視界を補正した。

 彼の足元、ちょうど着地地点辺りで、人間の兵士とオークとが

もみ合っていた。組織的な戦闘能力はともかく、一対一での戦闘では

オークに軍配が上がるのだろう。屈強な戦士はオークに組み敷かれそうに

なっていた。真一郎はオークの頭頂に着地した。


 オークの潰れた、平べったい顔が、胸のあたりまでめり込んで

行ったように相対していた戦士には見えたし、実際その通りだった。

分厚く醜い脂肪と筋肉の層をブチブチと切断しながら、オークの頭は

自分の胴体へとめり込んで行った。

 真一郎は踏み込む足に込める力を更に強くする。オークの頭が完全に

埋没し、真一郎はそこを足場により高く跳び上がった。


 その凄惨な光景を、戦闘に参加していた近くの兵士たちは見ていた。

オークも、人間の兵士も、その姿を凝視し、真一郎の着地点と思しき

場所から一目散に逃げだした。おかげで、真一郎は易々と着地することに

成功した。その行く手を遮るようにオークが現れる。その手に持っている

武器は粗雑な剣、斧、弓。刃には血と脂が巻き付いている。


「グイッヒッヒッヒ! 何だか知らんが貴様を殺せば名が上がりそうだなぁー!」


 どうやら喋れるようだった。潰れた喉で無理矢理喋っているような、

不快感を想起させる声だったが、とにかく喋れるということは驚きだった。

 真一郎は腰に帯びていた鞘から剣を抜いた。サーベルのような片刃剣だが、

グリップガードに当たる部分がやたらと大きい。柄の方にはトリガーが

ついており、その先には銃口があった。シルバスタ専用に開発された銃剣、

シルバーウルフ。逆手に持つのが正しい持ち方なのだ。


 斧を振り上げ、目の前のオークが勝鬨を上げながら突撃して来た。

真一郎は殺伐とした戦場にはそぐわないことだが、幼い頃両親と一緒に

行ったふれあい牧場を思い出した。もちろん、目の前にいるのは可愛い

ミニブタではなく醜悪なオークだ。


 だから躊躇いなく剣を振るうことが出来る。上段になぎ払った剣が、

斧をオークの頭ごと切断した。あまりにも滑らかな切断面からか、

オークはそのまま走り続け、やがて転倒して止まった。

「……死にたい奴がいるなら、好きにしろ。来なければ殺さん」


 一瞬の静寂、そして怒号。真一郎の親切な言葉は、逆にオークを

逆上させる結果になったようだ。彼は嘆息した。こんなところで時間を

食っている場合ではない。真一郎は目の前にいたオークに向かって

トリガーを引いた。銃口から光弾としか表現できないような、

ピンポン玉ほどの大きさの弾丸が超音速で射出された。


 人体の持つ生命エネルギーを使って、この鎧シルバスタは顕在化している。

 生命エネルギーを生成すればありとあらゆる形を取らせることが可能であり、

逆に生命エネルギーの供給を途切れさせれば瞬時に鎧は風化していく。

これを作り出した科学者にそう聞いたことがある。現代科学とは

かけ離れたもののため、あまり良く理解することが出来なかったが、

向こうにいるうちにもっとよく聞いておけばよかった、

と真一郎は思った。


 シルバスタが射出しているのは弾丸ではない。生命エネルギーを

固着化させたものだ。真一郎の消耗がすなわちシルバスタの消耗に

繋がり、シルバスタが消耗すれば真一郎も消耗する。弾丸はシルバスタ

そのものを削る行為に他ならない。

 変身に用いる《スタードライバー》には常に真一郎の生命エネルギーが

充填されることになっている。要は電池のようなものだ。戦闘継続時間は

それなりに長くなっているが、油断は禁物だ。


 ともかく、シルバーウルフから放たれた弾丸はオークに着弾し、彼らの

体に風穴を開けた。着弾地点の穴から、奥の風景が見て取れるほどのものが。

真一郎はトリガーを引きっぱなしにし、弾丸を連続で射出した。

さすがにオークにも学習能力というものはあるようで、弾丸に

当たらないように身をすくめた。


 取り敢えず、突破のために必要な穴をあけることは出来た。

真一郎は走り出し、走り幅跳びの要領で怯んだオークを飛び越し、

襲撃を受けた住宅街の方向に走り出した。オークは怯んでいたが、

その姿を見ると醜い顔を更に醜く歪ませた。

「ちゃ、チャンスだぜ! あの方向なら……やれる!」


 背の低い雑草で覆われた平原を、真一郎は走った。シルバスタは速力を

売りにした個人用生体機動装甲ゴースターだ。

 百メートルを平均三秒八で走り、一万メートルをそのペースで走り続ける

ことが出来る。シルバスタのモニタが映し出した距離計測によれば、市街地に

辿り着くまでに二分もかかるまい。

 だが、走り続けていた真一郎のモニタに『危険』の二文字が浮かんだ。


 急停止した彼の眼前に現れたもの、それは空だった。


「……なっ……! これは、いったいどういうことだ……!?」


 切り立った崖の先に、大地はなかった。その下には、無限に広がる

空があるだけだった。よほど高い場所にいるのか? そう思ったが、

違った。眼前に小さな岩塊が浮いているのだ。苔のような植物の

まとわりつくそれは、まぎれもなく大地だ。


 少し見て見ると、目指す住宅地が少し低い場所にある『大陸』だと

いうことに気付いた。他にもいくつもの『大陸』が空中に存在している。

川と思しき場所から、空に水が落ちて行った。

 山、森、街。見慣れたものがあるだけに、見慣れぬ空飛ぶ岩塊が

浮かぶ世界は彼の常識というものを根こそぎ揺さぶった。

そんな彼の背後で、足音がした。


「グシシシシシ、こんなところに追い詰められるなんてなぁ……バカめ!」

 オークに罵られることになるとは思っていなかった。


 真一郎は振り返った。

 彼の視界を埋め尽くさんばかりの、大量のオーク。

 数で押されれば、後退せざるを得ないだろう。

 だが彼の背後に大地はない。

 無限の空に落ちていけば?

 生きていられるとは思えない。


「なるほど、俺をここから突き落とすつもりか。だがお前らのいくらかは死ぬぞ」

「グッシッシ! 最後に生き残るのは俺様に決まっているのだ!」


 そう言った声が、集団のそこかしこから上がった。

 真一郎はオークという集団について少し理解でいたようにした。

 底抜けの明るさ、底抜けの愚かさ。自分が生き残ると信じて疑わぬ

ポジティブシンキング。反吐が出るほどの惰弱さ。


 真一郎はその場で振り返った。

 観念したか、そうオークが思った時、彼は跳んだ。


 オークは驚愕の表情でそれを見た。自殺か?

 そう思ったが、違った。真一郎は空中に浮かぶ岩塊を目指して跳び、

そしてそれを踏み更に跳躍した。足場を次々と変え、どんどん進んでいる。

そんなことが出来る生命体は、オークの知識の中にはなかった。


(ありとあらゆるサブガジェットを無くし、頼りになるのはこの銃剣のみ。だが十分だ)

 真一郎に恐怖はない。一歩足を踏み外せば死、そんな状況にあってさえも。

(生身で高層ビルから落ちたことだってある……シルバスタがあるだけマシだ!)


 機械によって補正された感覚は、彼に工業機械以上の精密さを与えてくれた。

 岩塊を蹴り、飛び、そしてまた岩塊を蹴る!

 計算上は対岸に辿り着くことが出来るはずだ!

 ならば、そこにどれほどの迷いが必要あろうか?

 そんなものは必要ない!


 オークたちはその光景を呆然と見た。

 その軽やかな姿は、彼らの口伝に伝わる伝説の英雄、

オルクスを彷彿とさせた。彼は樫の大樹のような大柄さで、

天女のように悠然と跳ねまわり、オークたちに永遠の暴食と

姦淫を与えると伝えられていた。


 彼らの背後で、金属のこすれ合う音と、人間の足音がした。

 オークたちは恐る恐る振り返った。彼らが蹂躙して来た人間たちが、

そこにいた。落とされるのは彼らの番だ。


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